身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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胸臆

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 ビビアンは 季節から逃げるようにレイの家へと馬車で向かっていた。『水が緩くなった』、『日差しが暖かくなった』。
誰もが春の訪れを歓迎している。だけど、私にとってそれは 耳をふさぎたくなる言葉だ。

 もうすぐ大切な友達がいなくなってしまうと 告げられているようで、心が乱れる。 寿命だと割り切るには、あまりにも心を許してしまった。幼馴染のように 長い時間を共に過ごしたわけじゃない。
ただ一つの出来事を一緒に解決しただけだ。それだって、敵を倒すとか そういうものではない。 私が自分のした事の後始末に力を貸してもらっただけだ。だけど、私たちにとっては特別な時間だった。

 たったそれだけ。他の人ならそう
思う。でも私たちの関係は、そんな物差しでは測れない。だから、目も耳を塞いで通り過ぎるのを待つことなど出来ない。失いたくない気持ちが強すぎる。

 昨日、アルフォンが訪ねてきた。
両親や使用人たちもいい顔をしなかった。フィアナとは 友達だとしても アルフォンは別だ。出入りするのさえ避けたい相手だ。
しかし、その姿に気圧されて許可した。部屋に入ってきたアルフォンの その顔を見ただけで、意志が固いことは見て取れたし、何を言いたいのか察しがついた。それは私も同じ願いだから。


 メイドが出て行くとアルフォンが
お茶を飲む時間も惜しむかのように単刀直入に 頼んできた。
「妖精王に会いたい 」
言葉を飾っても意味がないと思ったのだろう。 私なら どうして妖精王に会いたいか、その理由は分かっていると知っているから。
その願いが、 たとえ叶わないとしても、自分で確かめなければ納得できない。その気持ちは分かる。アルフォンの、その率直な態度に私も誠実に応えたいと思った。
「分かったわ。でも、私が代わりに聞くから、あなたは待ってて 」
「ありがとう。頼む」
アルフォンが 感謝を込めて頭を下げると出て行った。 それ以上何も喋らなかった。本当にフィアナのことしか考えていない。直接会いたいと、ごねるかと思ったが思いの外素直だった。 それだけ彼にとっても、私にとっても、妖精王は最後の希望だから。

 ダメならダメで覚悟ができる。
無駄に期待する日々を送りたくない。そういうことなのだろう。
冷えきってしまった紅茶を口に運びながら、レイに聞くのは自分もこれを 最後にしようと思った。 
フィアナとの時間をもっと有意義に使おう。

***

 ビビアンは メイドがドアを開けるか 開けないかのタイミングで 書斎の中に滑り込む。それだけ焦っているのかもしれない。いつもは指定された日時に訪ねているが、今日は勝手にやってきた。 
だから、忙しく仕事をしていたレイが 驚いた顔で私を見た。
(隙だらけだ)
「 ……… 」
「 ……… 」
無言で見つめると私の気持ちを探るように 見てくる。そんな二人の最後でドアが閉まる。
まるで、スタートの合図のようだ。私もアルフォンを見習って、時候の挨拶を飛ばそうかしら?

 その姿勢を真正面で受けながら、 つかつかと近づくと机の上にバンと両手をつく。私に集中させるためのパフォーマンスだ。
「今日は、お願いがあってきました」
そう言った途端、うんざりした表情を浮かべた。レイも 私が何を言いたいか知っているからだ。
しかし、もう慣れっこだ。だから、レイの態度など歯牙にもかけない。そして、それはレイも同じで、また、黙々と仕事の続きをしだした。私を無視して、 ペンを走らせている。だからといって 聞いていないわけではない。聞き耳を立てているのだ。
(私は知っている)

 だから、お構いなしに 机に手をついたまま訴える。
(この話をするのは初めてじゃない。それでも 言わずにはいられない)
「フィアナの寿命を、少しで良いから 伸ばしてほしいの」
「 ……… 」
予想通り返事はない。だけと、フィアナとは家族以上の絆がある。だから、頭では分かっていても、心が事実を受け入れない。
「1年とは言わないわ……ほんの数日でもいいの」
「 ……… 」 
ここまで譲歩すれば言うことを聞いてくれるはず。そう思ったのに反応がない。それでも言葉を続ける。300年前の無力なレイじゃないんだから、なんとかなるはずだ。
「自分の羽を手に入れたんだから、妖精の力も強くなったんだし、出来るでしょ」

 この前2枚目の羽を取り戻して、さらに神秘的になった。それは力が増したということだ。その力があれば、不可能が可能になるかもしれない。そう期待するのは仕方のないことだ。レイのペンが止まる。そのまま顔を上げたが、氷のように冷たい表情していた。ぞっとして身を守るように机についた手をパッと離す。
「延命など、残された者のエゴだと思わないか?」
「そっ。それは……」
その言葉が胸に突き刺さる。私とアルフォンだけが望んでいることで、フィアナは多分望んでいない。数日なら焼け石に水のようで意味はないかもしれない。それでも、何もしないという選択肢は私たちにはない。

 言葉をつまらせたまま俯いていると、レイがため息を一つつく。
「はぁ~全く、他人事なのに、よくそこまで悩むものだ? 全く理解できない」
「そんなの知ってるわよ。でも そう思えないのが人間でしょ」
「愚か過ぎる」
レイが肩をすくめると呆れ果てたように言う。自分の寿命を知っても、平気な妖精には理解できないだろう。だけと、人間は そこまで利己的には生きていけない。
「本当に、どうにもならないの?」
「何度言えば気が済むんだ。病気じゃない。寿命だ。寿命!」
すがるように尋ねると苛立ったレイが吐き捨てるように言う。
自分でも無理なことを言っている分かっている。だけど……。
私を見据えていたレイの瞳が和む。
「命は命でしか償えない」
「えっ?」
「お前も、あの男も、自分の寿命を差し出してまでフィアナを生かしてあげたいのか?」
「 ……… 」 
その問いに、首を振ることも、頷くとも出来ない。私は ともかくアルフォンは進んで命を差し出しそうだ。しかし、それではフィアナ
が助かったとしても別の不幸を作るだけだ。

「朝陽は始まりを意味する。じゃあ、終わりを意味するものは何だ?」
「それは、夜でしょ」
レイが 突然 謎かけのようなものを言い出した。朝日と共に起きて 夜とともに眠りにつく。人間は そうやって生きてきた。でも、レイは不正解だと首を横に振る。
「妖精にとって朝陽は始まりであって、終わりでもある」
「 つまり……朝日とともに生まれて、朝日と共に死んでいくって言うこと?」
「そうだ。フィアナの体は人間だが、死ぬ時は妖精として消えるだろ」
「消える?」
「そうだ。文字通り消滅する」
急に何でそんな話をするのかと思ったけど、きっと私に覚悟させるためだ。レイの話では亡骸さえなくなってしまうらしい。
「そんなことって……」
アルフォンは このことを知っているんだろうか? 死を悼む時間さえくれないなんて、どうして神様は酷い仕打ちをするのだろう。
二人の気持ちを考えると、慰めの言葉も見つからない。
どうして、自分は無力なのだろう……。


貴族社会はどちらが金持ちか、どちらが美しいか、常に競い合い、蹴落とすことしか考えない。そのせいかビビアンは甘くみられない様に、常に自分が主導権を握らないと気が済まないタイプの人間だった。そんな私と友達になってくれた唯一の友は、もうすぐこの世から消えてしまう。瞳から涙がこぼれる。このところ 泣いてばかりいる自分が嫌いだ。泣くまいと唇を噛むと血の味がした。泣くと自分が弱い人間になった気がする。
だけど、全ての事情を知っているレイの前だと気が緩んでしまう。
「泣く暇があるなら、フィアナの傍にいてやれ」 
そう言ってハンカチを投げてよこす。
「それこそが、今のフィアナにとって 一番必要なことだ」
「言われなくても行くわよ」
レイが、帰れ帰れと手を振るとペンをインクにつける。
そんなレイに向かって、イーッと歯を見せると 背を向けた。私だからいいものの。本当に慰めるのが下手な人だ。

 渡したハンカチで涙を拭うビビアンを見てレイは口角を上げる。

*****

 フィアナは教会のラフィアナの花を見上げていた。白い蕾が膨らんでいる。後、四日、五日もすれば沢山の花が一斉に咲いて、甘い香りが人々を幸せにする。
しかし、それはフィアナの余命があと少しだと伝えている。

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