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臈長

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 ビビアンは ランドロス家の帰りの馬車の中で 同乗している、機嫌の良さそうにレイに目をやる。 無事、羽根を回収できたようだけど、どうやって見つけたんだろう? この前、羽と共鳴しているみたいなことを言っていたから、音
とかを頼りに探したんだろうか?

「羽ってどこにあったの?」
「金庫の中に入ってた」
「金庫? どうやって開けたの?」
意外と言えば意外だ。
 まさか泥棒の才能を持ち合わせていたのか? 驚いて聞き返すとレイがか片眉を上げる。
「私を誰だと思ってる」
「あー、はい。はい」
妖精の力で、チョチョイのチョイね。分かりましたと、小刻みに頷く。すると、レイが ため息をひとつつく。もちろん 正攻法で 羽根を取り戻すとは思ってなかった。
( でも、こそ泥とは……)
私が老夫人の注意を ひきつけている間に盗んだんだろうけど。
(妖精王としては、どうなの?)

「特別に、見せてやろう」
そう言うと、どこからともなくボロい木箱を取り出した。 錆びが浮かんでいて、木箱と同化している。とても金庫とは思えない代物だ。
(これを金庫と呼んでいいのか、どうか……)
胡散臭そうに見ていると、不満なのか言い訳を始めた。
「金庫と言っても、300年も前のものだ」
「ふ~ん」
そう言われれば 劣化しているのは頷ける。それにしてもコンディションが悪い。中身が駄目になっているかもしれない。
すると、私の考えを察したのかレイが自分の考えを語り出した。
「長い間、誰も開けなかったんだ。だから、子孫達は中身を知らないまま 保管していたんだ」
もしくは存在自体忘れていたのかもしれない。人間の寿命は短いから 、金庫のことを伝えることが どこかで途絶えたのかもしれない。
でなければ、妖精の羽が入っているのに、ほったらかしにするはずがない。 私なら最新の金庫に保管する。今時の金庫が鉄製だ。

「忘れたとしても、盗んだらばれるんじゃないの? そうなったら 私達が犯人だと疑われるわ」
老夫人が気づかなかったとしても、使用人や親族の者が気付くかもしれない。いくら違うと言っても、絶対怪しまれる。
お茶会に他の招待客がいなかったから、人付き合いもあまりなさそうだ。そうなると、マークされて
動きづらくなる。
「心配ない。最初の一軒だから普通に偽物と交換してきた」
(最初の……)
何故か、その言葉に敏感になってしまった。そして、自分の考えの甘さを痛感した。盗まれたものを取り返す。そう思っていても 誰かを騙すことに変わりない。それを後5回、手を貸さなくてはならない。
( ……… )
人の良さそうな老夫人の顔を思い出すと、『ごめんなさい』と謝りたくなる。 奪ったのは先祖たちだし……。相手が悪そうな人なら、こんな罪悪感を持たなくていいのに……。
「次の家は、もっと手の込んだ方法にする」
楽しそうに話すレイの楽しそうな
横顔にゾッとする。入れ換え以上の方法をとるきだ。そして、どんどんエスカレートして、最後の一軒は、もっとも残酷な方法で復讐るすきだ。もしかしたら、人を殺すかもしれない。


*****


 「そんな顔するな。今まで享受していたものを返してもらうだけだ」
「 ……… 」 
レイは人間に言い訳している自分が信じられない。人間など 五月蝿くまとわりつく羽虫のような存在だ。それなのに、なぜ嫌われたくないと思ってしまうんだ?

 こわばった顔のビビアンを見れば、何を考えているかお見通しだ。私が人間を殺すんじゃないかと 心配しているんだろう。そんなことはしない。
「盗んで手に入れたものは簡単になくなるものだ」
「 ……… 」 
そう言っても 反応が無い。仕方ない。ビビアンの協力は必要だ。
ビビアンの機嫌をとろうと誓いますと言うように片手を上げる。
「人間を殺したりしないと約束する。これで良いだろ」
そこまで言って、やっとビビアンが笑顔になる。

 翅が、すり替えられたことを他の5人にも伝わるはずだ。そして、次は我が家かもと戦々恐々するさまを思い浮かべると溜飲が下がる。しかし、まだだ。
アイツに届くまで、より残酷で、より卑劣で、より狡猾に痛めつけなくてはならない。
(絶望して自ら死にたいと思わせてやる)
すっかり機嫌の直ったビビアンの笑顔を見ると 隔たりを感じる。
(純粋過ぎる)
解ってくれとは言わない。だが、約束したんだから、最後まで付き合ってもらう。


***

 馬車が、ドランドル伯爵邸につくと、帰らずにレイの後ろに続く。 すると、玄関の前で立ち止まるとクルリと振り返った。
「なんで、ついて来るんだ?」
「なんでって、それは見たいからよ。協力したんだから、それく
らいいいでしょ」
「 ……… 」
 正真正銘の本物の羽を見るチャンスだ。見逃せない。無言で私を見ていたが、レイは プイと前を見るとそのまま歩き出した。
 追い返されかと思ったが、OKってことでいいのかな?


 テーブルに置かれた木箱をメキメキと、力任せに開けだした。そこは魔法じゃないんだ。そう思っていると中から光が溢れ出した。

 それだけで、その羽が特別だというのは一目見てわかった。
翅脈のところが血液が流れるみたいにキラキラしたモノが流れている。
(生きてるみたい……)
これだと、泣いているという表現は正しいかも。レイが羽を取り出すと放り投げる。
その羽が 6枚の羽の右の二番に、
くっついた。自分が、どこの羽か
知ってるようだ。前からあった羽と溶けるように合体した。
そして、その羽がブルッと震えて    さらに美しくなった。

 言葉では表現できない。とても神聖なモノに思える。人ならざるモノの美しさだ。だから、そのぶん遠い存在に感じる。
一枚取り戻しただけで、これほど変貌するとは思わなかった。6枚揃った時は、どれほどだろう。

 男性に対して、そんな感想を持つのは間違っているかもしれないけれど、それが、ぴったりだ。
ずっと見ていたい。
「ビビアン」
「えっ」
名前を呼ばれて顔を向けると、イが私の頬に手を伸ばす。
私を見つめる青い瞳が、宝石のように乱反射する。
「 ……… 」
「 ……… 」
 その輝きに目が離せない。引き寄せられるように近づくと、レイの指が私の口元に止まる。
「クッキーのカスが付いてるぞ」
「なっ!」 
我に返って、その手を払いのけると 慌てて口元を指ではらう。
(恥ずかしい!)
 あまりの美しさに惚けてしまっていた。レイに背を向けると、赤くなった頬を両手で隠す。


*****

フィアナは 太陽を味わうように目を閉じる。顔を当たる陽射しが、日に日に暖かくなってきている事を教えてくれる。
テラスでのお茶も苦にならなくなった。もう季節は春だ。
(春と言えば……)

 ふとこの前、アルとデートで行った美術館のことを思い出した。
(初デートの場所だ)
そこで、一輪だけ咲いている薔薇を見つけて 随分気が早いと アルと
笑ってしまった。
刺繍しかけのハンカチを優しく撫でる。
思い出だけじゃなくて、思い出の品があった方がいいかも。
だから、そのとき見た薔薇を絵柄にした。これがあれば、私が消えても 見るたび私を懐かしんでくれる。そんな思いを込めて作り出した。


 思い出の場所を辿るのは、二度と来れないかと思うと寂しくなる。だけど、楽しかった時間をもう一度体験出来ると思うと楽しくもある。
( ……… )
こうして少しずつ気持ちを整理している。 その日が来ても笑顔で消えられるように。

 ここでお茶を飲むのも思い出の一つだ。よくビビアンが訪ねてきた。そう言えば、このところ あまり会えていない。
妖精のときは連日押し掛けて来たのに、薄情なものだ。
妖精王との仕事があるからと忙しくしている。
(仕事ねぇ~)
事の真相をして、がっかりしたとため息を一つつく。

 妖精王と婚約したと言うから、やっぱり王妃になるのかと 手を叩いて喜んだのに、まさか手伝いをするために婚約するなんて……。
結婚を何だと考えているんだろう。しかも、引き受けた理由が暇だから。これで羽が全部回収されて、お役御免になったら、2回目の婚約破棄だ。
アルも言っていた。婚約する事に、嫁ぎ先の条件が悪くなると。
本人は気にしていないようだけど、怒ったご両親が 変な相手に嫁げと言うかもしれない。


 楽しそうにレイとの冒険談を語っていたビビアンの顔が浮かぶ。
ビビアンには困ったものだ。
「はぁ~」
手がつけられないと首を左右に振る。見た目は完璧な伯爵令嬢なのに、中身をおてんばな市井の娘だ。心配だわ。
 妖精王は羽を取り出すためと言っているけれど、それだけじゃないはずだ。


 妖精王にとって人間は見下して来た存在だ。その見下している人間に騙された。その上、羽をむしり取られて、幽閉された。 許せるものではない。復讐する気だ。
それにビビアンが巻き込まれるかもしれない。
危険すぎる。断るべきだ。 

 それなのに、そんなことはないと聞く耳を持たない。私の気持ちなど知ろうともしない。言っても、ビビアンのことだ心配し過ぎの一言で受け流されてしまうだろう。 
「はぁ~」
妖精の考えと人間の考えでは大きな隔たりがあるのに。
心配でたまらない。私が消える前に、少しでも落ち着いてくれるといいけど……。でも、彼女の性格を考えると無理そうだ。 それでも、一言でいいから注意したい。
そうよ。 諦めたらダメよ。
「う~ん」
そのためにも、会いたいけれど。どうしたものかと考えていたがパッと思いついた。

 手紙を書いて約束を取り付けれだ、いいんだわ。
そうすれば、確実に一緒の時間がもてる。我ながら良い考えだと 指を合わせてにっこりと笑う。


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