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擯斥

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 フィアナは 雨の音に外に出ると、聞こえてきた音に優しく笑う。

同じ雨粒なのに、当たる物によって音色が変わる。その音が、それぞれ重なり合い、まるでオーケストラのように奏でる。妖精の時は、雨の日の楽しみだった。だけど、雨粒が当たると痛かった。でも、人間になったら今なら、手を差し出す。私の手に落ちた雨粒がピチャリと音を鳴らす。 

 もう冷たくない。 見上げた空は薄いグレーで、冬の空とは違う。 もう雪が降ることはないだろう。これからは、雨が降るたび暖かくなっていく。春の訪れは近い。誰にも平等なように、時は止まってくれない。同じように私の命が尽きるのを待ってはくれない。
こみ上げてくる気持ちを、深いため息とともに押し戻す。
「はぁ~」
 もう時間がない。 後悔が残らないように、やっておくべきことは、やっておかないと。 いつまでも後回しには出来ない。私も、アルも、覚悟する時間が必要だ。

*****

 カリカリカリカリ……カリカリカリ……。 一心不乱にペンを走らせていたビビアンだったが、一向に減らない手紙の山を見て頭を抱える。
( これ、いつ終わるのよ!)
今日も一日中手紙の返事を書いていた。 それもそのはず 連日手紙を書いている。

 こうなったのは婚約パーティーのせいだ。出席した者も、招待状もらわなかった者も、誰もが婚約者であるレイに興味を持った。そのせいで会いたいと手紙を寄越してくる。
最悪なのは、レイが手紙を受け取らないから、そのしわ寄せが私に来ていることだ。
(門を閉じて 魔法をかけているようだ)
 あまりの数に、手伝ってほしいと頼むと『 そんなの女の仕事だろう』とバッサリ切り捨てられた。
妖精のくせに男尊女卑。
その時の事を思い出すと眉間にシワがよる。こう言うところが嫌いだ。 嫌なことを積んでいったら、私の身長を超える。
新しくため息をつく。
「はぁ~、こうなると分かっていたら……」




『 面倒などは私に任せて、おしゃれして私の横に立っていればいい』そんな言葉に純粋な私は、額面通り受け取ってしまった。全くやってられない。
完全に騙された。
レイだと思ってバンと机を叩く。すると、待ってましたとばかりにドアが開いてレイが入ってきた。
「終わったか?」
「 ……… 」
無言で手紙の束を押しやる。
レイが 鼻歌を歌いながら宛名を確認している。そんなレイを黙って見つめる。もう諦めた。
いくら 泣いても、怒っても、手伝ってくれる気は全くない。羽を取り戻すことしか考えていない。 派手な婚約パーティーを開いたのは、関係性のない人から招待状を手に入れるためだ 。話題になれば会ってみたいと思うのが人間だ。

 お目当ての物を見つけたのかレイの目がキラリと光る。 獲物を狩る目だ。
 その目を見るのは2回目だ。最初に話し合いをした時のことが思い出される。
あの日は、応接室でデートという名の作戦会議をしていた。


空っぽになったレイのカップを見て二杯目のお茶を淹れる。レイはアールグよりダージリンが好きで、少し渋みがあるのが好みらしい。
こんな風に相手の好みを気にするなんて、本当の婚約者みたいだ。そんなことを考えてる自分がおもしろい。
カップを差し出すとレイが受けとる。
 「誰が、羽を持っているか知っているの?」
「ああ、私を呼んで泣いている」
「 ……… 」
泣く? いくら王の羽とはいえ、自我があるとは思えない。共鳴みたいなものだろうか?
「だったら、さっさと奪い返せばいいじゃない」
私の一言にレイのカップを持つ手に力が入る。 怒りに燃えている。しかし、紅茶を一口飲むと、その怒りは別のものに変わった。
「それだけでは面白くない。そう思わないかい?」
「 ……… 」
笑顔で問いかけるようにレイが私を見るが、その目は返事を求めていなかった。

 私はレイに 何と声をかけていいの分からなかった。 応援する? 慰める? 止める? いいえ、私に口出しする権利はない。やられたら、やり返す。当たり前のことだ。私だってそうする。
そう分かっていても、自分がその手伝いをするのかと思うと後味の悪さを覚える。だけど、300年間、苦汁を舐めてきたレイの気持ちを思うと、私の中の小さな同情も、正義も、塵に等しい。ただそのことが、レイを苦しめないことを願うだけだ。


 協力すると言ったんだから、最後までついていこう。その時決めた。
「最初のターゲットが決まった。ダニエル・ランドロスだ」
レイが、そう言って手紙を私に差し出す。手紙を受け取ったことで、とうとうその時が来たんだと感じる。後戻りは出来ない。ゴクリと唾を飲み込む。私の緊張に気づいたのか、レイが
「ちょっとお茶を飲むだけだよ」
そう言って私の肩に手をかけた。

***

『 何がちょっとお茶を飲むだけよ』 招待に応じて家を訪問したが、お茶会のではなくランドロス伯爵夫人だけしかいなかった。人の良さそうな60過ぎ
の夫人で 顔のシワが穏やかな人生送ってきたことを物語っている。上品で可愛らしい老婦人だ。単に私の婚約パーティーの話が聞きたかっただけらしい。レイも一緒だったけど、1回目の話を聞き終わると
「ちょっと失礼します」
と言って、私の肩を叩いて勝手に、どこかへ居なくなってしまった。
老夫人と2人きりになり、機嫌を取るように笑みを浮かべる。
初対面の相手との会話を続けるなど、苦行でしかない。
「そう、そう、フレッドとの婚約パーティーで」
「あっ、はい」
老夫人、その話2回目です。フレットの靴が踊っている時に脱げちゃうんでしょ。 
「踊ったとき靴が脱げたのよ。後で聞いたのだけど、間違えてお父様の靴を履いてきたんですって」
「そうですか」
「フレットのお父様というのが、クマみたいに体が大きくて」
「へー、そうなんですか」
 適当に相槌を打って聞き流していたが、40年も前の婚約パーティーの思い出を楽しそうに語っている老夫人を見ると、 自分の婚約式が、つまらなく思える。
(よく覚えているものだ)
私は2回もしたのに、 どちらもいい思い出ではない。一回目は逃げて、二回目は嘘。
( ……… )
「ふふっ、フレッドには困ったものだわ」
 いつのまにか俯いていたのか、老夫人の笑い声に顔を上げる。
(レイ。早く戻って来て)

*****

 フィアナはアルとお茶を楽しんでいた。 お茶を入れるのも手慣れたものだ。それだけ長く共に暮らしている。
フィアナは アルにカップを差し出した。
「はい」
「ありがとう」
こうしてあげるのもあと少しだ。
少しでも長く一緒にいたい。
だけど、私が消えても アルの人生は続く。このままその時が来るまで 何も言わないのは間違っている。


アルはバレてないと思っているけど、夜な夜な怪しげな場所に出かけている。夜の匂いと一緒に、タバコや、お酒。 そして香水の匂いを連れて帰ってきていた。御者を問い詰めると浮気ではない。信じてくれと言った。もちろん、そんのことはないと信じている。
多分、占いとかそういうモノの力を借りようとしているんだと思う。
そんなものは無い。と、言っても諦めてくれない。 この話題になるとアル
が不機嫌になってたしまう。
アルとの時間は大切だ。一秒だって無駄に出来ない。
そんなことが続いて、説得するのを諦めた。だけど、今から話すことは 私だって譲れない。

 ちゃんと約束させなければ安心できない。そうは思っても、いざ話そうとすると口にできない。勇気をかき集めて
口を開こうとしても、アルを見た途端 勇気がこぼれ落ちていく。
(駄目。すべてアルの為なのよ)
そう自分を叱りつける。
「アル。あのね。お願いがあるの」
「何だい。言ってごらん」
アルがにっこりと笑って自分を見つめてくる。その瞳を見ると 今から言う事が酷く残酷な事に思える。でも、きちんと話して置かないとアルは一生私を救えなかった事で、自分を責め続ける。一緒に暮らしていうちに、アルのその人柄を知る度 にいかに素晴らしい男性か知った。こんな素敵な男性だから、幸せになって欲しい。温かい家庭を築いて、子供にも恵まれて、おじいちゃんになって死んで欲しい。

 アルが幸せになれるなら、私を忘れても良い。アルの幸せが私の幸せ。愛する人が不幸になる姿なんて見たくない! 決意して話を切り出した。
「私が死んだら……」
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