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蜜月

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「辛くても構わない。だから教えてくれ」
アルフォンはフィアナに向かって頭を下げた。 
ここまで秘密にしがると言うことは、
聞いても良い事はないだろう。
しかし、これ以上何も分からないまま 押し問答を繰り返しても、問題は解決しない。揺れるフィアナの瞳をみつめながら、これまでのことを思い出していた。



執務室でアルフォンは、ロージーからの報告を聞いていた。
「奥様が、旦那様宛のお手紙を書いていました」
笑顔でロージーが そう言うが、それが別れの手紙だと直感でわかった。結婚してからラブレターを送るなんて素敵だとロージーは喜んでいるが、私は身も凍る思いだった。

フィアナが妖精だと知った時から脳裏に、こびりついた不安が、現実になった。
(私を捨てるんだ……)
悲しみと同時に怒りが湧き上がった。フィアナがいなければ、生きていけないほど愛してるのに。
フィアナは簡単に私と別れようとしている。
私を好きだと言ったのは、ついこの前だったのに……。あのときの歓びを忘れられない。フィアナの気持ちが、通じあった瞬間だった。片思いじゃない。両思いだと……。

それなのに、もう私に飽きたのか?
私の気持ちなど考えないのか?
しかし、もう一人の自分が違うと言う。フィアナはそんな娘ではない。
本当にラブレターかもしれない。私の思い過ごしであって欲しい。そう思っていたのに無情にもドアが開いた。
だけど、呪いにも似たこの感情を失くすことなど出来ない。

*****

一人、家を出て行こうとしたフィアナ
だったが、アルが待ち構えていた。
それでも出ていこうとした。 しかし、アルの傷ついてまで、私を引き留めようとする姿に、フィアナは とうとう折れることにした。ここで説得しないと、本当にアルは私を監禁して自分自身を許せなくなるだろう。
コクリと頷くと、アルが私のかばんを取り上げる。


二人でベッドに並んで腰掛けると、フィアナはアルに 負担にならないように
 何気ないように語った。
私は死んでしまうけど、それは寿命だから仕方ない事。だから、アル も重く考える必要はない。

涙が溢れそうになる度、口角を上げて笑顔を作った。唇が震えが治るのを待って、続きを話した。最後まで泣かないで説明することが出来た。
これならアルも分かってくれる。

全て話し終わると アルが私の頬を撫でながら謝った。
「君に辛い決心をさせたのは、私が頼りないからだ。ごめんよ」
「違うわ。全部私のせいなの。アルはちっとも悪くないわ」
首を振って否定する私の顎を、アルが持ち上げて止めさせる。
その瞳は温かく微笑んでいる。死を恐れて、私を捨てることも、手放すことだって出来るのに、私と一緒にイバラ
の道を歩いてくれる。そう伝えているかのようだ。
「二人なら耐えられる。だから、傍に居たい」
「アル……」
アルが出した覚悟にフィアナは感謝した。アルだって私と同じくらい辛いはずなのに……。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「謝らないで」
アルが私の心を包むように 優しく抱き寄せる。それに答えるように自分も アルの背中に腕を回して頬を押し付ける。規則正しい心臓の鼓動に目を閉じる。毎晩聞いていた音だ。

「知っていたのに……自分の余命が一年を切っていると、知っていたのに、あなたと結婚してしまった。……ごめんなさい」
「……後悔してないよ。又あの日に戻っても、きっと結婚すると思う。それに」
「それに?」
アルが包容を解くと後れ毛を耳にかけて、額にキスする。
「フィアナは 結婚式の誓いの言葉を覚えているかい?」
「誓いの言葉?」
「そう。病めるときも、健やかなときも、死が二人をわかつまで」
(あっ)
「神様の前でそう誓ったんだから、その日まで一緒に暮らそう」
「アル……」
ただの言葉だ。誰もそこまで真剣に、宣誓していない。
だけど、その優しい嘘を信じる。だから、神様に約束した通り、その日まで手を取り合って生きていこう。
「まさか、こんなに早いとは思わなかったけど……」
引きつった笑みを浮かべて冗談を言う
アルの気持ちが悲しい。そうさせているのが、自分だと思うと余計に、居たたまれなくなる。

こんな結末なら出逢わない方が良かったかも。でも、出会ってしまった。
そして、愛してしまった。それならば、命尽きるまで妻としてアルに尽くそう。 
(その為には……)
フィアナは唾を飲み込むと、意を決してアルの額に自分の額を押し付けてそっと囁く。
「私を本当の花嫁にして」 
「何を言っているのか分かっているのか?」
アルがグイッと体を離して苦しそうな顔で聞いて来る。
アルに向かって本気だと頷く。
結婚しても、人間になると覚悟してからも、アルは一度も夫婦の営みを求めなかった。私が無知な事も原因だけど、アル自身も不安から踏み出せなかったんだと思う。でも、今なら大丈夫。

「ええ。ベッドを共にするんでしょう」
「………」
すると、アルが微妙な顔をする。
その顔は、本当に知ってるのかと疑っている。確かに経験はない。だけど、この前、メイド頭のアンヌから夫婦の仲直りの秘伝を伝授されたばかりだ。
(いつも通りに振る舞っていたつもりだったけど気付かれてた)
それが一番だと言っていた。
言葉よりそっちの方が手っ取り早く確実だと言う。何の事かさっぱり分からなかったが、あれやこれやと説明を聞いていくうちに、青くなったり、赤くなったりして、とうとう話の途中で耳を塞いだ。
そんな事が本当に出来るか自信は無いが、皆が出来らなら私だって出来る。心の中でコクンと頷く。頑張れる。
「……誰に聞いた?」
「メイド頭」
「まったく……」
呆れたような、仕方ないと言う様に言うと自分の顔を拭っている。
私の願いは、最期の一秒まで彼方の妻でいること。

フィアナはアルの手を取ると、その手ひらの傷にキスした。私への愛の証。
怪我をしてまで私を守ってくれた。
あの時のことを思い出すと、私のせいでアルが死ぬかと思ったから、今でも怖い。それほど大切な人だ。
「あなたを幸せにしたい。だから、私の全てを捧げたいの」
「……運命を恨んだ。どうして私たちの絆を試すような 試練ばかりあたえるのかと。……でも、今は感謝している」
「私も同じ気持ちよ……」
誰かを愛することは、楽しいことばかりじゃない。時には悲しいこともある。だけど、後悔してない。それが私の気持ちだ。
アルが顔を近付けて来る。フィアナは瞳を閉じてその時を待ち受ける。



ベッドに押し倒されると、心臓がドキドキして口から飛び出しそうだ。
でも、夫婦になったらこれが当たり前だと言っていた。
この行為が自分をどう変えるのか分からなくて、不安ばかりが心に積もって行く。それでも逃げないでいるのは、自分を見つめるアルの瞳に絡め獲られているからだ。
(ああ、そうだ。この瞳が綺麗だとみとれていた)
初めてのことで怖いのに、アルの手が体に触れる度に喜びに変わる。
もっと触れて欲しいと思ってしまう。
アルの手が、唇が、体に触れる度、恥ずかしいのに嬉しい。怖いのに楽しい。心臓がドキドキして死に、そうなのにまだ生きている。

新しい自分が生まれる気がする。
どうなっているの? どうなっていくの?
他の誰も知らない二人だけの時間。
濃厚で、濃密で、親密で、妖しくて苦しい時間。二人の熱い吐息が花になる。聞こえるのは 互いの息づかいと、ベッドの軋む音。
部屋を埋め尽くすほど、花が咲き乱れる。二人だけの花園でピッタリと体が重なり合う。

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