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逃散
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妖精王のレイは、朝露で顔を洗うと大きく伸びをする。
この家に囚われて300年。70年前に家の主が死ぬと契約が終わり、自由を手に入れた。今では勝手に出入りできるようになった。
(今日もいい天気だ)
「はぁ~」
しかし、それをぶち壊すように耳障りな ため息が聞こえる。
声のした方を見るとビビアンが菊の花の上で膝を抱えて座っている。
あんなに自信満々で息巻いたのに、戻ってきてからは この有様だ。
ひどく落ち込んで、ため息ばかりついている。フィアナに真実を伝えれば、こうなると分かっていたのに、何で伝えのたのか?
人間のすることは意味が分からない。
何故、他人生き死にに責任を感じる?
やれやれと首を振る。
関わりを持ちたくない。
無視してその場を後にする。
私だってやる事はある。口に指をさして ナポレオンを呼ぶと、のそのそと生垣の隙間から通り抜けてやって来た。
「おはよう。ナポレオン。今日も頼んだぞ」
夕方、レイは今日も収穫なしだ肩を落として帰って来た。力があれば こんな苦労しなくてすむのに……。
300年前の自分が恨めしい。
ナポレオンの頭をご苦労様とポンポンと2回叩くと別れた。
手を振ってナポレオンを見送っていると、またしてもため息が聞こえる。
「はぁ~」
(今日で何日目だ?)
このまま居座られたら、こっちまで憂鬱な気分になる。
うんざりしてビビアンのところへ行くと、花びらが むしり取られた菊の花が無残な姿になっている。
(私を慰めてくれた、お気に入りの花が……)
止めろと言っても止めない。いや、耳に入ってないの方が正しいか……。
連日この調子だと庭の花が全部丸坊主にされる日は近い。
どんよりとしたオーラを放つビビアンを見て、どうしたものかと腕を組む。
声をかけるかべきか? 無視し続けるべきか? どちらを選べば 早く追い払える?
( ……… )
*****
「愛してる……」
自然と口から出た言葉が私を温かく包んでくれる。
私の心の中を占めるアルへの溢れる想いが今花開き満開になった。その甘さにそっとため息をつく。
私の大切な人。
私を好きだと告白してくれた人。
そして、守りたい人。
ビビアンから自分の余命が僅かだと知らされたとき、心配したのはアルの事だった。きっと、私が死ぬより、別れた方がアルの傷は浅い。
フィアナは夕暮れの中、ラフィアナの木の前で佇んでいた。その瞳からは涙が溢れ、青ざめた頬には幾筋もの跡を付ける。新しい涙が頬に描かれる。
この世の中心は母だけだったのに、今ではアルを中心に 色んなものが私を取り巻いている。そんな大切なものとも、さよならしなくては ならない。
ここへ来たのは自分の決意を母に伝えるためだ。
(こうして、会うのも今日が最後かもしれない……)
しかし、母は私の判断を間違っていると言う。
「どうして、愛しているなら、身を引くべきでしょう。死んでしまう私など、さっさと居なくなった方がアルのため息なの」
アルにとって、一番いいのは私が行方不明になることだ。 もしかしたら一生私を探し続けてもしれない。それでも目の前で死なれるより何倍の幸せだ。
(アルの未来のことを考えたら、その手を離すべきだ)
身勝手なことだと分かってる。それでも、その道しかない。
『それが、貴方の本心なの? そんな簡単にアルを諦められるの?』
「……ええ。そうよ」
口ではそう言っても、本当は違う。
でも、苦しめるだけだと分かっているのに、私を看取ってとは言えるはずが無い。そんな事を頼んだら、悲しい結果を招くだけだ。
こうすることが 命の残り少ない私が出来るアルへの最後のプレゼント。
アルの為、自分の為に、強くなろう。
そう決めたのに涙が止められない。
これでは、説得力がない。私は平気だと鼻をすすって涙を拭う。
『すべてを決めるのは貴方じゃない。アルよ』
「 ……… 」
お母さんがそう言うけど、例え恨まれてもアルに知られなくない。
伝える気はないと首を左右に振る。
何処か遠くでアルに愛されたと言う事実だけを胸にその時を待ちたい。
(苦しい気持ちも 辛さも 私が全部持って行く)
そうすれば アルは大丈夫。
悲しくても、時が経てば薄れて、他の誰かが埋めてくれる。
だから、新しい人生を歩んで欲しい。
(どうか、幸せになって……)
『貴方から逃げるのも、別れるのも、傍に居るのも、決断するのはアル本人よ』
「 ……… 」
何故そこまで決めなくては駄目なの?母は私が逃げ出すことを許してくれない。だけど、無理だと首を激しく振る。
『逃げないで、捨てないで、傍に居て』そう言いたいのに、どうしても、どうしても言えない。
分かっている。お母さんが言うのは正しい。私たちは夫婦なんだから秘密を作ってはいけない。だけど、この事を知っても、今までのように変わりなく私と居てくれる?
もし……もし、アルが私の告白に逃げ出されたら?
皆が私に背を向けて、一人ぼっちになったら?
可哀想にと憐れみの目で見られたら?
詐欺師だと蔑むような目で見られたら?
その先を、想像すると、足下からじわじわと絶望が這い上がって体を侵食する。
『愛は一つでなく、人の数だけあるわ。二人で その愛を見つけるのよ』
「 ……… 」
私が 愛してるけど、別れるように、
心は一つじゃない。
お母さんのように、楽観的には考えられない。
(見つけたものが 別れかもしれない……)
愛しすぎてしまった。
自分の中に溢れる気持ちに溺れて、窒息しそうだ。こんな僅かな時間なのに完全に虜になってしまった。
身も、心も、魂さえも捧げている。
だから、それを捨てられたら、私は立ち直れない。
自ら命を絶ってしまうかもしれない。
(だから、責めないで)
崩れそうな自分を抱き締める。
私はやっぱり、臆病者だ。そうでもしないと、心が壊れてしまう。逃げ出す私を許して欲しい。
『フィアナ。話さなければ 何も始まらないし、何も分からないし、何も終わらないのよ』
「 ……… 」
心は千千に乱れて、どれが二人にとって良いのか分からない。
アルに秘密にして、その日を一緒に迎える事も出来るけど。それは余りにも罪深い。そんな事をしたら 今までの事が全て偽りになってしまう。それだけは嫌だ。アルを愛した事は私の真実。それだけは守りたい。
最期の日を迎えるまで、指折り数えて過ごす日々をアルには体験させたくないと思っている。そう言う思いをするのは私一人で十分。
お母さんが、どんなに反対しても決めた事だ。アルを悲しませ続けるより 恨まれた方が気がらくだ。
その為には苦しい決断をするしかない。辛いけど……そうすればアルだけでも、幸せになれる。
『フィアナ。聞いているの!』
「お母さんには精霊分からないのよ。人を愛した事が無いから、それを失う悲しみを……」
『フィアナ……』
これ以上傷つきたくない。
それなのにどうして告白しろと、しつこく言うの? 言わない事は罪かもしれない。でもそれが、アルの為なら構わないでしょ。
誰にも看取られずf死んでいくのかと思うと、どうしようもなくアルが恋しい。この世を去るとき私の瞳に、写るのはアルの笑顔であって欲しい。
だけど……。
(ああ、アルをこんなに好きなのに……。失いたくない……。死にたくない。こんなにも死ぬのが怖いなんて……)
「お母さん……どうして私ばかりこんな目に会うの! 私が何をしたと言うの! どうして、そっとして置いてくれないの!」
フィアナは溜まりに 溜まっていた感情をぶちまけた。ビビアンは私のことを思って真実を伝えてくれたと思う。
だけど、こんな気持ちにならなら、知らなければ良かった。
ビビアンが憎い。私に、こんな思いをさせるビビアンが憎い。
でなかったら、今ごろアルたちに囲まれて笑っていたのに……。
「何も悪い事してないのに! ただ、アルを愛しただけ……それだけなのに……」
『 ……… 』
神様に聞きたい。
別れが直ぐ来るのに、どうして出逢わせるの? 私たちが苦しむ姿を見て笑ってるの?
***
外出用の服を着てフィアナは部屋を見まわした。
二か月過ごした自分の部屋。
クローゼットにはまだ袖を通してないドレスが残ってる。アルが店ごと商品を買って来たのが昨日のことのようだ。
( ……… )
幸せな日々だった。
この家に囚われて300年。70年前に家の主が死ぬと契約が終わり、自由を手に入れた。今では勝手に出入りできるようになった。
(今日もいい天気だ)
「はぁ~」
しかし、それをぶち壊すように耳障りな ため息が聞こえる。
声のした方を見るとビビアンが菊の花の上で膝を抱えて座っている。
あんなに自信満々で息巻いたのに、戻ってきてからは この有様だ。
ひどく落ち込んで、ため息ばかりついている。フィアナに真実を伝えれば、こうなると分かっていたのに、何で伝えのたのか?
人間のすることは意味が分からない。
何故、他人生き死にに責任を感じる?
やれやれと首を振る。
関わりを持ちたくない。
無視してその場を後にする。
私だってやる事はある。口に指をさして ナポレオンを呼ぶと、のそのそと生垣の隙間から通り抜けてやって来た。
「おはよう。ナポレオン。今日も頼んだぞ」
夕方、レイは今日も収穫なしだ肩を落として帰って来た。力があれば こんな苦労しなくてすむのに……。
300年前の自分が恨めしい。
ナポレオンの頭をご苦労様とポンポンと2回叩くと別れた。
手を振ってナポレオンを見送っていると、またしてもため息が聞こえる。
「はぁ~」
(今日で何日目だ?)
このまま居座られたら、こっちまで憂鬱な気分になる。
うんざりしてビビアンのところへ行くと、花びらが むしり取られた菊の花が無残な姿になっている。
(私を慰めてくれた、お気に入りの花が……)
止めろと言っても止めない。いや、耳に入ってないの方が正しいか……。
連日この調子だと庭の花が全部丸坊主にされる日は近い。
どんよりとしたオーラを放つビビアンを見て、どうしたものかと腕を組む。
声をかけるかべきか? 無視し続けるべきか? どちらを選べば 早く追い払える?
( ……… )
*****
「愛してる……」
自然と口から出た言葉が私を温かく包んでくれる。
私の心の中を占めるアルへの溢れる想いが今花開き満開になった。その甘さにそっとため息をつく。
私の大切な人。
私を好きだと告白してくれた人。
そして、守りたい人。
ビビアンから自分の余命が僅かだと知らされたとき、心配したのはアルの事だった。きっと、私が死ぬより、別れた方がアルの傷は浅い。
フィアナは夕暮れの中、ラフィアナの木の前で佇んでいた。その瞳からは涙が溢れ、青ざめた頬には幾筋もの跡を付ける。新しい涙が頬に描かれる。
この世の中心は母だけだったのに、今ではアルを中心に 色んなものが私を取り巻いている。そんな大切なものとも、さよならしなくては ならない。
ここへ来たのは自分の決意を母に伝えるためだ。
(こうして、会うのも今日が最後かもしれない……)
しかし、母は私の判断を間違っていると言う。
「どうして、愛しているなら、身を引くべきでしょう。死んでしまう私など、さっさと居なくなった方がアルのため息なの」
アルにとって、一番いいのは私が行方不明になることだ。 もしかしたら一生私を探し続けてもしれない。それでも目の前で死なれるより何倍の幸せだ。
(アルの未来のことを考えたら、その手を離すべきだ)
身勝手なことだと分かってる。それでも、その道しかない。
『それが、貴方の本心なの? そんな簡単にアルを諦められるの?』
「……ええ。そうよ」
口ではそう言っても、本当は違う。
でも、苦しめるだけだと分かっているのに、私を看取ってとは言えるはずが無い。そんな事を頼んだら、悲しい結果を招くだけだ。
こうすることが 命の残り少ない私が出来るアルへの最後のプレゼント。
アルの為、自分の為に、強くなろう。
そう決めたのに涙が止められない。
これでは、説得力がない。私は平気だと鼻をすすって涙を拭う。
『すべてを決めるのは貴方じゃない。アルよ』
「 ……… 」
お母さんがそう言うけど、例え恨まれてもアルに知られなくない。
伝える気はないと首を左右に振る。
何処か遠くでアルに愛されたと言う事実だけを胸にその時を待ちたい。
(苦しい気持ちも 辛さも 私が全部持って行く)
そうすれば アルは大丈夫。
悲しくても、時が経てば薄れて、他の誰かが埋めてくれる。
だから、新しい人生を歩んで欲しい。
(どうか、幸せになって……)
『貴方から逃げるのも、別れるのも、傍に居るのも、決断するのはアル本人よ』
「 ……… 」
何故そこまで決めなくては駄目なの?母は私が逃げ出すことを許してくれない。だけど、無理だと首を激しく振る。
『逃げないで、捨てないで、傍に居て』そう言いたいのに、どうしても、どうしても言えない。
分かっている。お母さんが言うのは正しい。私たちは夫婦なんだから秘密を作ってはいけない。だけど、この事を知っても、今までのように変わりなく私と居てくれる?
もし……もし、アルが私の告白に逃げ出されたら?
皆が私に背を向けて、一人ぼっちになったら?
可哀想にと憐れみの目で見られたら?
詐欺師だと蔑むような目で見られたら?
その先を、想像すると、足下からじわじわと絶望が這い上がって体を侵食する。
『愛は一つでなく、人の数だけあるわ。二人で その愛を見つけるのよ』
「 ……… 」
私が 愛してるけど、別れるように、
心は一つじゃない。
お母さんのように、楽観的には考えられない。
(見つけたものが 別れかもしれない……)
愛しすぎてしまった。
自分の中に溢れる気持ちに溺れて、窒息しそうだ。こんな僅かな時間なのに完全に虜になってしまった。
身も、心も、魂さえも捧げている。
だから、それを捨てられたら、私は立ち直れない。
自ら命を絶ってしまうかもしれない。
(だから、責めないで)
崩れそうな自分を抱き締める。
私はやっぱり、臆病者だ。そうでもしないと、心が壊れてしまう。逃げ出す私を許して欲しい。
『フィアナ。話さなければ 何も始まらないし、何も分からないし、何も終わらないのよ』
「 ……… 」
心は千千に乱れて、どれが二人にとって良いのか分からない。
アルに秘密にして、その日を一緒に迎える事も出来るけど。それは余りにも罪深い。そんな事をしたら 今までの事が全て偽りになってしまう。それだけは嫌だ。アルを愛した事は私の真実。それだけは守りたい。
最期の日を迎えるまで、指折り数えて過ごす日々をアルには体験させたくないと思っている。そう言う思いをするのは私一人で十分。
お母さんが、どんなに反対しても決めた事だ。アルを悲しませ続けるより 恨まれた方が気がらくだ。
その為には苦しい決断をするしかない。辛いけど……そうすればアルだけでも、幸せになれる。
『フィアナ。聞いているの!』
「お母さんには精霊分からないのよ。人を愛した事が無いから、それを失う悲しみを……」
『フィアナ……』
これ以上傷つきたくない。
それなのにどうして告白しろと、しつこく言うの? 言わない事は罪かもしれない。でもそれが、アルの為なら構わないでしょ。
誰にも看取られずf死んでいくのかと思うと、どうしようもなくアルが恋しい。この世を去るとき私の瞳に、写るのはアルの笑顔であって欲しい。
だけど……。
(ああ、アルをこんなに好きなのに……。失いたくない……。死にたくない。こんなにも死ぬのが怖いなんて……)
「お母さん……どうして私ばかりこんな目に会うの! 私が何をしたと言うの! どうして、そっとして置いてくれないの!」
フィアナは溜まりに 溜まっていた感情をぶちまけた。ビビアンは私のことを思って真実を伝えてくれたと思う。
だけど、こんな気持ちにならなら、知らなければ良かった。
ビビアンが憎い。私に、こんな思いをさせるビビアンが憎い。
でなかったら、今ごろアルたちに囲まれて笑っていたのに……。
「何も悪い事してないのに! ただ、アルを愛しただけ……それだけなのに……」
『 ……… 』
神様に聞きたい。
別れが直ぐ来るのに、どうして出逢わせるの? 私たちが苦しむ姿を見て笑ってるの?
***
外出用の服を着てフィアナは部屋を見まわした。
二か月過ごした自分の部屋。
クローゼットにはまだ袖を通してないドレスが残ってる。アルが店ごと商品を買って来たのが昨日のことのようだ。
( ……… )
幸せな日々だった。
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