身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

文字の大きさ
上 下
40 / 59

破鏡

しおりを挟む
ビビアンは いつもの席で、いつものお茶を飲みながら フィアナに妖精王との話を説明した。
フィアナは信じられないと首を振って否定する。確かに私も未だに信じられない。
「運命? 有り得ないわ! 人と妖精は相容れない者同士。ビビアンと入れ替わるまで、アルは私の存在自体知らなかったのよ」
運命という言葉にロマンチックなものを想像するかと思ったが、今のフィアナにとっては、不確定なものにしか思えないらしい。
「でも、妖精王が あなたはアルフォンと出会う運命だと言っていたわ」
「ビビアンは妖精王を信じるの?」
フィアナが不満そうに眉間に皺を寄せる。正直、運命の一言で全てを片付けられては、たまったものじゃないと言いたい。ただのこじつけにしか思えない。
でも、同意する事が出来ない。
「……否定するだけの根拠が無いわ」
「じゃあ、ウエディングドレスを着ただけで運命が変わってしまったの?」
「それは……」
私にも分からない。
あのウェディングドレスが本当に魔法のドレスなら、話は違ってくる。魔法と運命。もはや無敵のワードだ。
いくら話しても堂々巡りで、フィアナが納得す答えは 一生かかっても出ないかもしれない。問題は別の事だ。

その事をいざ、切り出そうとするとフィアナが絶望するか顔が浮かぶ。
(どうして、フィアナにばかり悲しい事が起こるのだろう……)
けれど、黙っている事の方がフィアナを深く傷つける。たとえこれで口を聞いてもらえなかったとしても、その事をきちんと話そう。秘密にしても意味が無い。何よりフィアナには、残った時間を悔いなく生きて欲しい。
そのことを伝えるのが友であり、入れ替わった相手の私の責務だ。
「今はそれより、大事な話が有るの」
「今度はいったい何?」
フィアナの不安そうな顔が、一層深くなる。

ビビアンは祈るように真実を伝える。
「フィアナ、私達は入れ替わったけど、もって生まれた物まで、入れ替わったわけじゃないの」
「……どういう事?」
キョトンと首をかしげているフィアナ
を見ていると、くじけそうになる。
ビビアン自身この事を伝えるのは辛い。乾いた唇を何度も舐めて、愚図愚図している自分を叱りつける。
(あなたはビビアン・マーガレット・ロイドなのよ)
気持ちを落ち着けると躊躇いがちに切り出した。
「……落ち着いて聞いてね。……貴女の寿命は変わらないの」
「えっ?」
まるで仮面のように色を失ったフィアナの顔にピシリとひびが入る。
「……ああぁぁぁ」
その亀裂から悲鳴が噴き出して、内側から彼女を壊して行く。
細く長く続く悲鳴に 堪らず目を背ける。見ていられない。

ビビアンはこみ上げてくる苦しみに押し潰されそうになっていた。『死ぬのは あなただ』まるで、そう言って胸に剣を突き立てるように余命宣告をした。妖精王に、そう聞かされた時から この役目は私だも気付いていた。 
だから覚悟できているはずだった。
それなのに……。
( こんな姿を見るくらいなら……)
後悔で痛み出した胸を押さえる。

フィアナは、人間として生きると決めた。その事で、新しい人生を手に入れたと思っていたのに、 それは期限つきのものだと知ったのだから残酷すぎる。事実を受け入れるのは難しい。
フィアナの心の内が手に取る様にわかる。もしかしたら、それは私だったかもしれないんだから。
出来る事なら自分の寿命を半分、分け与えたい。 そう言いたくなるほど、泣きくれる姿は、あまりにも 痛ましかった。
悲鳴が止み、それと同時に 支えを失ったように崩れ落ちた。

「フィアナ……」
無力な私は掛ける言葉が見つけられず、ただオロオロするばかり。
溶けてしまいそうなほど涙がとめどなく溢れ、フィアナの頬を滝のように涙だか流れ落ちる。
(ああ、こんな時人間だったら抱きしめて涙を拭ってあげられるのに)
泣き出したフィアナを歯がゆい気持ちで、その周りを飛んで見守るしか出来ない。計り知れないフィアナの悲しみが私にも伝わってくる。
「大丈夫?」
嗚咽をあげるフィアナに、そんな言葉を掛けた自分を蹴飛ばしたい。大丈夫なはず無い。だけど他に慰めの言葉が見つからない。

両手で覆って泣いているフィアナの顔を覗き込んだ。その顔は人形の様に感情が無くなっていた。
涙が零れて居なければ、死んでいるかと思ってしまうほと 無機質なものだった。フィアナが壊れてしまった。
言い知れぬ不安が心を揺さぶる。
「フィ、フィアナ……」
そっと声をかけた。すると、私の呼びかけに微かに頷いて、ヨロヨロと立ち上がった。
呆然としたフィアナの目はうつろで、どこを見ているのかわからない。
私の声が耳に本当に入っているのかも疑わしい。

「フィアナ」
死人のようなフィアナの態度に堪らず
名前を呼ぶと、焦点の合わない目が私を見る。
「っ」
ぞくりと背中を冷たいものが流れる。完全に生きる気力を失くしている。
そうさせたのが自分だと思うと、ごめんなさいと謝りたい。だけど、奥歯を噛み締める。
(死の宣告をしたのは私なんだから、 揺らいでは駄目だ)
そんな無責任なことをしたくない。

本当は立ち直るまで傍にいてあげたい。だけど、今は私の顔も見たくないだろう。
フィアナが、 部屋に向かって歩き出す。傷ついた動物が本能的に一番安全な場所へ帰ろうとするのと同じだ。 
酔っ払ってるかのように、あちこちぶつかりながら。おぼつかない足取りに、ちゃんと送り届けようと、ぶつかりそうになる度、服を引っ張って引き戻す。

無事フィアナが部屋に入ったのを見届けると、 後ろ髪引かれる気持ちのまま
飛び立った。
私に出来るのはここまでだ。これから、フィアナに待ち構えていることを思うと苦しい。受け入れるのが 難しいことは分かっている。だけど、一日も早く立ち直って欲しい。
(ああ、どうか……どうか……どうか……)

*****

フィアナは 泣きながら鉛のように重い体を引きずって、何とか部屋に戻って来た。ベッドに腰掛けて震える息を吐きだす。
(ああ、どうして……)
そう考えただけで新しい涙が視界をぼかす。自分が死ぬことが恐ろしい。
妖精にとって死ぬことは当たり前の事だったし、今まで一度も悲しいと思った事が無かった。

他の妖精が朝日と共に金の粉になって消えて行くのをただ見守るだけだった。でも、今は違う。
死にたくない。
お母さんや、アルや、ビビアンと別れると思うと身を切られる程辛くて悲しいし。もっと一緒に居たい。
(心を凍らせられる事が出来れば、こんなに苦しくないのに……)

ビビアンから 自分の余命が後7ヶ月だと聞かされた瞬間、一番先に頭に浮かんだのはアルと別れなくては いけない言う現実だった。自分でも気づかぬうちにアルに対して好き以上の気持ちを持っていたんだ。多分、愛と言うものだと思う。
それを知るタイミングが この時なんて……。自分の身勝手な行動がアルを傷つける。
(アルに何と言えば良いの?)
私に好意を向けてくれた。そんな大切な人なのに……。
騙す気持ちなど微塵もなかった。だけど、恨まれるのは当たり前だ。
きっと黙っていたことを怒るだろう。
何も知らずに私と結婚しまったと。
心を弄んだと罵るだろう。

心のどこかで、ビビアンと入れ替わって人間になったんだから このままアルと生きられる。
死なないと思い込んでいた。
愚かだった。アルとの暮らしが 幸せで、 すべてが上手くいくと信じて疑わなかった。笑って過ごしてるうちに、寿命のことなど すっかり忘れていた。

いいえ。もしかしたら気づかぬうちに、自分で自分をだまして 付きまとう死の影を無意識に見ないふりをしていたのかもしれない。
フィアナは見慣れた自分の手を見る。もう人間でいる事が、当たり前になった。羽もそのうち全部消えてしまう。
(どうしてこんなことに……)

軽い気持ちでビビアンの提案を受けたから、妖精に戻れないと知ってショックだった。それでも、 人間としての新しい人生を与えられた。天からの恵みだと思った。アルの側にずっと居られるし、お母さんにも会いに行ける。
とても幸運だと自分のおかれた状況に満足していた。だから、人間になっても、このままで良いと思っていた。

ビビアンの事も、本気で心配していた。妖精になったことで、ご両親と生き別れのようになってしまっている。そんな状態を 一人で耐えている姿に同情した。何とかして元に戻って欲しいと願っていた。そのための協力を惜しまないと。でも、そのうち入れ替わる必要はないと 考えるようになっていた。
(何て自己中心的な嫌な娘になってしまったんだろう)

この世にそんな上手い話など落ちてはいない。自分の力で手にしなければ、得た時と同じように あっという間に失ってしまう。
(大事に守っていたのに……)
アルを幸せにしたいと思っているのに、私がすることは全部悲しい思いをさせるだけ。
「どうして?……ねぇ、どうして? どうしてなの?……どう……して?……」
誰かに答えを求めるように言葉を繰り返す。でも聞こえてくるのは、すすり泣く自分の声だけ。泣いても、泣いても、涙が溢れる。スカートには雨に打たれたようにシミができていた。



どれぐらい泣いていただろう。気づけば、あんなに泣いていたのに、涙が枯れ果てていた。 もう諦めるしかない。そのことを受け入れるしかない。
アルとの日々は、きっと神様が くれたプレゼントだったんだ。 そうアルは私へのギフト。だったら大事にしなくちゃ。これ以上アルを悲しませたくない。私に出来るアルを幸せにする方法は一つ。 

瞳のふちを赤くしたままフィアナは、無理やり口角を上げて笑顔を作る。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】真実の愛はおいしいですか?

ゆうぎり
恋愛
とある国では初代王が妖精の女王と作り上げたのが国の成り立ちだと言い伝えられてきました。 稀に幼い貴族の娘は妖精を見ることができるといいます。 王族の婚約者には妖精たちが見えている者がなる決まりがありました。 お姉様は幼い頃妖精たちが見えていたので王子様の婚約者でした。 でも、今は大きくなったので見えません。 ―――そんな国の妖精たちと貴族の女の子と家族の物語 ※童話として書いています。 ※「婚約破棄」の内容が入るとカテゴリーエラーになってしまう為童話→恋愛に変更しています。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

処理中です...