身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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永訣

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フィアナは一人、庭を歩いていた。
この家に来た頃は 花の盛りだったのに、今では花は枯れ、葉は落ちて、色のない景色が広がっている。 それはアルの居ないこれからの私のようで寂しさだけが漂う。わびしい世界。ポロリと涙が頬を伝って枯れ葉に落ちる。
(ああ、どうして告白してしまったんだろう)

自分の胸に閉まって置けば、余計にアルを悲しませることも、身を切られるほどの痛みもなかったのに……。
私に向けられるアルの笑顔、名前を呼ぶ声、優しい口つけ、その全てが愛おしい。こんなに思われていることが嬉しくて堪らない。
だけど……その分私を苛む。
あと7ヶ月で死んでしまうなら、アル
の想いを裏切り、不幸にする。
(ああ、どうして恋してしまったんだろう)

今更、後悔しても遅い。
だけど、後悔せずにはいられない。
幸せだから、その幸せを失うかと思うと恐ろしくなる。
好きな人を傷つけるのが自分だなんて……。余計に悲しみが深い。

涙の印のついた枯葉が、ふわりと風に運ばれて舞い上がる。そこには、いわし雲が広がっていた。
( ……… )
そうと決まったわけじゃない。涙を拭うと ギュッと口を引き結ぶ。
アルに対して秘密を抱えることは 後ろめたい。でも、このことを伝えて私と同じような思いをして欲しくない。
不安だと心を閉ざしてたら、周りの人も不安にさせるだけだ。
そうだとしても、そうじゃなかったとしても、アルと一緒の時間は大切なものだ。それは間違いない。
(フィアナ元気を出して! )
自分で自分を励ます。

 気持ちを切り替えると部屋に足を向ける。
(確か、刺繍がまだ完成していなかったはずだ)

*****

ビビアンは、とうとう妖精王を見つけるのに成功した。これで全てが明らかになる。そう思って手放しで喜んでいたが、よく考えれば相手は王族だ。 
粗相のないようにしないと、だけど 王族に会ったことなどないから、マナーなど知らない。
( ……… )
仕方ない。一般的な挨拶でいいだろう。

急降下して妖精王の前に降り立つ。 
頭を下げてスカートをつまむと、片膝を後ろへ下げる。
「初めまして、ビビアン・ロイドと申します。お会いできて光栄です」

シーン。

挨拶したのに沈黙が続く。
あれ? 間違った。
そろりと上目遣いで様子を伺う。
しかし、そんな私を 不機嫌にさせる
ほど、じろじろと妖精王が私を見てくる。

たとえ王だとしても失礼すぎる。
そっちがその気なら、 私だって、負けじとジロジロ見返す。すると今度は妖精王が何度も頷く。
(何なのよ)
 訳が分からない。
腕組みして妖精を睨みつける。挨拶したのに 何も喋らないのも、一人で納得したる姿も、偉そうな態度も 何もかもが気にいらないと、顎上げて食ってかかる。
「何よ!さっきから。レディを無遠慮に見るものじゃないと、教わらなかったの!」
「お前、元人間だな……それに妖精になってまだ間もないな」
目を細めて見ていたかと思うとズバリと私の過去を言い当てた。驚いて当たりだと声を上げる。
「そうなの!」
妖精王の力は本物だ。
どうして分かったの? 

怒っていたが、コロッと態度を変えて妖精王の言葉に飛びついた。 この人なら私たちの力になってくれる。やっと活路を見出せた。
「しかも、好戦的だ」
「なっ、何ですって?」
妖精王の言葉に目をぱちくりする。
好戦的?
(初対面の相手に何を言ってるの? )
好戦的イコール、気が強いとか そう言う事なら、よく言われる。
当たらずとも遠からずだけど、面と向かって言われると否定したくなる。
私は暴力的じゃない。今まで一度も人を叩いたことなどない。せいぜい口喧嘩する程度だ。
「お言葉ですが、私は」
「そのトンボみたいな羽を見ろ」
そう言って妖精王が 私の羽を指差す。
(話してる途中なのに……)
遮られてムッとしたはずなのに、気付くと自分の羽を見ていた。
確かに似ているけど、それがどうして好戦的になるの?
意味が分からないと怪訝そうに妖精王
を見返す。
「羽の形で性格が分かる」
「はっ?」
あまりの理屈に ぽかんとする。

確かに、フィアナとも 他の妖精たちとも 羽の形が違う。
だけど正確に言えば、全員羽の形が違う。私みたいに細長い羽の妖精だっていた だけど、友好的だった。
「人間が 妖精になるとたいていそうだ」
妖精王が気にするなと顔の前で手を払う。勝手に決めつけるなと文句を言おうとしたけど、" たいてい "の言葉に口をつぐむ。
" たいてい "と、言うことは……。
他に人間から妖精になった人間を見た事があるんだ。だったら……。


ビビアンは、入れ替わりの経緯、フィアナが掟を破ったこと、入れ替わろうとトライしたけど失敗したことなど、
今までの出来事を全て話した。話を黙って聞いていた妖精王が眉を顰める。
「なるほど、珍しいな」
やっぱり、私たちの入れ替わりはイレギュラーなことだったんだ。
聞きたい事も、言いたいことも、いっぱいある。水を飲んだくらいで掟を破ったことになるなんて厳しすぎるとか、王妃にしたいからって勝手に妖精
にするなとか、妖精になったのに何の能力もないとか、だけど一番は。
「その……私たち、元に戻れるの?」
両手をぎゅっと握って祈るような気持ちで妖精王の顔を見つめる。
(どうか、人間に戻りますように)
「何を元に戻すんだ?」
「はっ?」
妖精王に 聞き返されて怪訝そうに見返す。何を当たり前の事を聞いてくるのだろう。 さっき入れ替わりの話をしたんだから、 私の言いたいことも分かる
はずなのに……。私を焦らせるの?
それとも……。

自分を見る空色の瞳を見つめながら首をひねる。フィアナのお母さんが 何でも知っていると言っていたけど、本当は何も知らないんじゃないの? 
どうも疑わしい。
それに、この家に囚われて自力で逃げ出せ無いくらいだから、案外間抜けなのかもしれない。
(どうしよう……。 とりあえずもう一度聞いてみよう)
ビビアンは子供でも分かる様にかみ砕いて話す。
「だ・か・ら、私を人間に、フィアナをできたら妖精に戻す事よ」
私の言葉に妖精王が呆れ顔になる。
「気付いてないのか?」
「何を?」
「気付いてないなら、後で話す」
そんな顔されると馬鹿にされたようで頭に来る。つい、つけんどんな話し方になる。
「なによ。もったいぶって!早く話しなさいよ」
何処へも行かせないと、妖精王に 向かって腕を広げて行く手を遮る。
「話してなさいよ」
「 ナポレオン。帰るぞ」
「ちょっと!」
そう言って、猫の頭を叩く。 しかし、ナポレオンは毛づくろいに忙しいらしく頭を前足で撫でている。
(この猫ナポレオンって言うんだ)

「ナポレオン。言うことを聞け」
「どうやら私の味方みたいよ」
いい気味だと眉を上げてニヤリと笑う。
「 ……… 」
苛立ったように私を睨んでいたが、小さく嘆息すると妖精王が徐に話し出した。
「…………フィアナは、もう元には戻れない」
「掟を破ったから?」
「違う。自分の名前を残したからだ」
「残す?」
はて?と 首をかしげる。私が教えるまで文字をちゃんと書けなかった、そんなフィアナが名前を書いた?
「人間に名前を教えるのはいいが、人間界の紙に書いてしまうと、その存在が死んだ後も残る」
紙? あっ! 結婚証明書だ。
文字は書けなくても名前だけは、書ける市井の者は多い。
そう言う事か……。んっ? でも、どうしてフィアナのお母さんは、食べ物の話をしたんだろう?

「食べ物は関係ないの?」
「それもある。人間として死んだあと、妖精に転生することができる」
それじゃあ、フィアナは人間として死んで、人間に転生するってことなの? それじゃあ、お母さんと二度と会えないのね。
「 ……… 」
「勿論、 その紙を燃やしてしまえば問題ない。人間たちに記憶が残っていたら記憶を消せば良い」
(そんなことしたら、記憶喪失の人ばかりになる)
「造作も無いが、昔からの約束で人間が作った物に手を出してはいけない事になっている。そんな事をしたらこの世の理が崩れる」
「人の記憶を操るのも十分悪い事だと思うけど」
恐ろしい事をサラリと言ってのける妖精王が怖い。しかも悪い事だと、思ってるようすもない。

そのうえ、妖精王が不思議そうに首を傾げる。
「そうか?」
「そうよ」
「人間は記憶を忘れても平気で暮らしていけるだろう。お前も子供の頃の記憶は曖昧だろう」
「それは、そうだけど……」
そう言われると反論できない。幼い頃の記憶を思い出そうとしても、印象に残っていること以外は忘れる。口籠る私を見て妖精王の顔に怒りが浮かぶ。急に表情を変えたことに不安を感じる。
( 私、何か いけないことを言ったの?)
「人間はすぐ死ぬし、すぐ忘れるからな!」
妖精王が吐き捨てるよう言う。その迫力に首をすくめる。 怒りに目が燃えている。 だけど、まとう空気が冷たく、声音からは苦い経験が見え隠れする。
よほど嫌な事が会ったのだろう。
私と目が合うとマントを後ろに払って、そっぽを向く。
(………)
その背中を見ながら迷う。
機嫌が悪いなら出直した方が良い。
家は見つかったんだから、出直せばいい。そうすれば、八つ当たりされなくて済む。だけど、時間を無駄にしたくない。
(怒鳴られる覚悟で聞いてみよう)
「ところで、私は人間に戻れるの?」

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