身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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内謁

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スマートな告白ではなかったが、アルと恋人同士になりフィアナは幸せな日々を送っていた。

好きは魔法の言葉。
何度言っても、何度言われても飽きない。
(なんて素敵なの) 
思わず踊りだしたくなる。
一度口にしてしまうと、スラスラと躊躇いなく出て来る。初めて言うときは、あんなに大変だったのに。

帰宅したアルと夜の散歩を楽しんでいた。不意にアルか立ち止まる。
どうしたのかとアルを見ると、熱っぽい目で告白してきた。
「好きだよ」
「私も好きよ」
私の返事にアルが、嬉しそうに微笑む。その緩るんだ口元を見ていると、 自分の口元も緩む。すると、アルが 顔を斜めに傾ける。何かを予感させる動きに目を閉じる。予想通り、アルが唇を重ねた。いつのまにか 好きと言った後 キスをするのがセットになってしまった。 でも、嫌ではない。
僅かに開いた唇から溜め息が漏れる。どちらの溜息か分からない。熱い溜め息。フィアナはアルの背中に腕を回して、シャツを握りしめた。
でないと、飛んで行ってしまうほど 地に足がつかない。

*****

ビビアンは、いつものようにフィアナ家のテラス席で紳士録を見ていた。
 フィアナに頼んで手に入れて貰ったが、それでも数は多かった。

「D、D、D」
ズラリと並んだDの文字にうんざりして紳士録を閉じると、その上に顎を乗せる。
「ドの付く家って なんでこんなに沢山 あるの」
誰ともなしに愚痴を言う。 
手に入れる前に5軒、手に入れてからは2軒。 その全てが 空振り。
何をやっても上手くいかないと正直、萎える。やる気が出ない。やめてしまいたくなる。止めては駄目だと頭では分かってるけど……心が……。
気分が乗らないと、うだうだしていたが、コトリという音に目を向ける。
綺麗に切られた林檎が皿の上に乗っている。 ちょっと前までは、皮つきだったけど、今は皮も剥かれている。
早速 林檎を一つ掴む。

この調子で、お茶もおいしく淹れられたら文句はないんだけど。未だに微妙な味だ。林檎を食べているとフィアナが分厚い紳士録のページを黙って捲っているに気づいた。
( ……… )
面白い内容でもない。それなのにズッと見ている。
「……何か気づいた事でもあるの?」
ヒントになるなら、今はどんな事でも構わない。
フィアナが紳士録を閉じると、自分の顎に指を当てて 考えをまとめながら話しはじめた。
「アルの家は築百年だって言っていたわ」
「ふ~ん」
思ったより古いのね。我が家は築……んっ?
何かが引っかかる。
「ええ。だから、 今もそこに住み」
(あっ)
その瞬間、ビビアンはフィアナの言いたい事がピンときた。
フィアナの 言葉を遮るように自分が思いついたことを話し出す。
「そうか! どうして気付かなかったのかしら、古い家柄の家から探せばいいのよ」
ヒントは他にもあったのだ。それに気づいたフィアナのお手柄だ。煉瓦造りじゃなくて石造りの家を調べればいいんだ。
「ありがとう。フィアナ、 行ってくるわね」


フィアナはビビアンが 光の粒になるのを見送ると、少しでも役に立てればと紳士録を見ながら古い建物を順番に書き出していた。 妖精王が見つかれば何が入れ替わったのか、はっきりする。(そしたら……)
リストを書くのを止めると、組んだ手の上に額を乗せる。 
見つかるのは時間の問題だ。寿命の件
を妖精王から知らされたら、きっとビビアンは私に騙されたと思う。それは本意ではない。 これ以上、先延ばしにはできない。話さないと。

***

ビビアンはフィアナを前に、話し出すのは待っていた。
「 ……… 」
「 ……… 」
 いつものようにフィアナの処へ調べ物プラス愚痴を言いに来たのに、様子がおかしい。
(何か深刻そうだ)
う~ん。 この前までアルとの、のろけ話をしていたのに……。飲みもせずカップを両手で持って、底をじっと見つめている。その雰囲気に自分から切り出すのを躊躇らう。正直者のフィアナは 自分の感情を隠せない。それなのに、なぜか今日は違う。

「ビビアン、あのね……」
やっと話す気になったのね。
沈黙が続いて居心地が悪かった。
「とっても大事な事があるの」
「何?」
フィアナの真剣な顔に どんなことを言われるのかと身構えた。
(何を言うき?)
「妖精は生まれた時から、余命が決まっているの」
「はっ?」
生まれた時に自分の寿命を知ってる?
つまり、自分がいつ死ぬか分かってるってこと? 本当にそうなら、こんな風に落ち着いていられる訳がない。
余りに荒唐無稽な話に馬鹿らしくなる。 冗談が過ぎると手を払う。

しかし フィアナは真剣な顔のままだ。 そこで初めて、真実なのかもと迷いが生まれる。
「どうして、そんなこと知っているの? おかしいわ」
「ううん、妖精はみんな知っているわ」
そう言われても納得できない。
自分の寿命を知っているなんて、どんな気持ちなんだろう。 私には悲劇以外の何ものでもない。
だけど、フィアナは悲壮な顔をしていない。どうして平気なの?
私だったら耐えられない。
(なんと答えれば いいのだろう)
突然、そんな大切なことを 私に話されても……。
 そこまで考えてハッとする。
「……もしかして……もうすぐ寿命が来るの?」
「………ええ、あと7ヶ月で消えてしまうかもしれないの」
(えっ? かもしれない?)
自分のことなのに、どうして曖昧なの。そう問うと、どこか不安そうな表情が浮かぶ。何か問題があるようで私の視線を避けている。ここまで言って
おいて、肝心なことを教えてくれないなんて卑怯だ。

ビビアンは腕組みするとフィアナをぐいっと見据える。
「フィアナ。 本当のことを話して!」
「 ……… 」
フィアナが絞り出すような声で答えた。
「私たち入れ替わってしまったでしょ。だから……もしそれが……寿命だったら」
「えっ、嫌だ。うっ、嘘いわないで!」
突然の余命宣告に狼狽して声が上ずる。 あと7ヶ月の命なんて信じられない。
「本当の事なの。お願い信じて!だけど」
フィアナの必死な表情に、とても嘘を言っているようには見えない。
「いいえ、嘘よ!」
フィアナから 首を振りながら離れる。
受け入れがたい話に 感情のままに怒鳴り散らす。
「信じない! 信じないわ! だって私は人間だもの。絶対間違ってるわ!」
妖精のまま死ぬなんて、それだけは絶対嫌だ。何が何でも生きて人間に戻るんだから!そうしなければ、両親を一生苦しめることになる。

「ビビアン! ビビアン!」
初めて聞いたフィアナの怒鳴り声に、
びっくりして我に返る。
しかし、 怒ってはいない。私を気遣うような視線に、落ち着きを取り戻した。
レディーとしてマナーを忘れていた。
(どんなときも落ち着いて冷静に対処 よ)
一呼吸おいて謝るとフィアナが首を左右に振る。
「ごっ、ごめんなさい。取り乱して」
「いいの。もうすぐ死ぬなんて言われてショックだったでしょ」
フィアナが私の手を指で挟んで優しく揺する。
「でもまだ、そうだと決まったわけじゃないの。違うものが入れ替わったかもしれないし……。ただ可能性の一つというだけ」
「可能性の一つ……」
違う。フィアナの 中では私が死ぬと決まってるんだ。 だから、こんなに落ち着いてられるんだ。こんな大事なことを、今まで秘密にしてきたことが証拠だ。奥歯をギリッと噛ましめる。
(見た目に騙されちゃ。駄目だったのに……)
さっと 手を引き抜く。
「その場合は……私かもしれないけど……」
唇を震わせているフィアナを見て、自分の中の裏切られたという怒りが消えていく。
言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだ。私じゃなければフィアナが、死ぬということなんだ。
なんて単細胞だったんだろう。少しでもフィアナの立場で考えれば、疑ったりしなかったのに……。

どうして神様は残酷なんだろう。せっかく出来た友達を奪っていく。 二人とも生かしてくれればいいのに。 どうして、片方が死ななくてはいけないの?
「本当に妖精の寿命は決まってるの?」
「ええ、たった一日の妖精もいれば、何百年と生きる妖精もいるわ。私は三年。もう二年過ぎたから、あと7ヶ月
なの」
何気ないように言うけど、カップが小刻みに震えている。
「 ……… 」
「嘘だと思うなら、お母さんに聞いてみて。この事はお母さんも知っているわ」
フィアナの話が本当かどうかは、まだ半信半疑だ。 
(死にたくない。だけど……)
フィアナに死んでほしくないと思っていても、死にたくないと思う自分がいる。そう自覚するとフィアナの顔を見続けるのは辛い。
可能性に怯えて過ごすのは嫌だ。 
考え時間が必要だ。



「 聞いてみるわ」
「……ええ」
別れの挨拶もなく、そう言い残すとビビアンが、ものすごいスピードで居なくなった。小さくなっていくビビアンを見送りながら、心は千々に乱れていた。生き延びたいと願うことが、ビビアンの死を望んでいるようで、苦しくなる。だからといって死にたいとも思わない。この事を考えると、自分が残酷な人間に思える。アルと 別れたくない。お母さんと もっと喋りたい。ビビアンと もっと仲良くなりたい。
でもそれは、無理なこと。


……ビビアンが死ぬと分かっても笑っていられる?

……自分が死ぬと分かっても笑っていられる?

 心の中で自問自答を繰り返すたび、 胸が締め付けられる。
余りの痛みに胸を叩く。

私は……私は……どうなるの?
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