32 / 59
研鑽
しおりを挟む
ビビアンは日課の空中散歩をしていた。
空の青さの美しさに笑顔になる。 空が広い。私を邪魔するモノは何一つない。 それを証明するように、くるくると バレリーナみたいに回りながら横へ移動する。
妖精生活にもすっかり慣れた。高く飛んでも全然平気になった。
(高所恐怖症だったのが嘘のようだ)だけど、人間に戻るのを諦めた訳じゃない。 くるりと身体を反転させて仰向けになると、頭の後ろで手を組む。
ビビアンは、これまでのことを まとめてみた。フィアナの母親が言う通り、私たちの入れ替わりに妖精王が絡んでいるなら事は簡単に行かない。
(もう一度入れ替われば、それで解決。そう考えていたのに 甘かった……)
妖精王は私のことを妻、つまり王妃に本気でするつもりなのだろうか?
妖精になって随分経つが、何の接触も無い。 放ったらかしにされてるみたいで気分が悪い。
( ……… )
そもそも、妖精王は生きているの?
「はぁ~。せめてヒントがあればいいのに……」
キーパーソンになりそうな妖精王を見つけようにも、こちらも情報が無い。 これでは解決策を考えようにも、何も材料が無いから無理だ。
まさしく雲をつかむようなものだ。
……フィアナに 相談してみよう。一人で悩むよりました。
そう言えば昨夜は、パーティーだった。フィアナのことだ。 驚きの連続に、あったことを話したくてウズウズ
してるはずだ。
(楽しみで仕方ないのか 私にドレスを自慢してた)
目を輝かせて話すフィアナの顔が浮かぶ。すると、自分も笑顔になる。
そう思ってフィアナの所を訪れたが、
ちょっと雰囲気がいつもと違う。
テラスのテーブルに座ってるけど……。何時は私に気づくと駆け寄ってくるのに、俯いたままだ。アルフォンと 喧嘩でもしたんだろうか?
恐る恐る声をかける。
「フィアナ…… パーティーはどうだった?」
「 ……… 」
しかし返事がない。 もう一度顔を覗き込むようにように声をかけると、フィアナが私を見上げた。しかし、その目がパンパンに腫れ上がっている。何かあったのは間違いない。
「フィアナ、どうしたの?」
「ビビアン……私……私…」
喋り出すとボロボロと涙が溢れ出した。アルフォンとの 喧嘩どころじゃない。 相当ひどい体験をしたいのは間違いない。
「分かったから、何があったのか話して」
よしよしと頭を撫でる。
何度も何でもハンカチで涙を拭いながら、その夜の出来事は話し出した。
(あちゃー)
話を聞きながら、フィアナを気の毒そうに見つめる。 社交界デビューで手痛い洗礼を受けてしまったようだ。
よりにもよってベスに捕まるなんて……。運が無かった。
「ひっく、ひっく、そっ、それでアルが……けっ、怪我をしてしまって……」
ベスからフィアナを守り抜くとは。
アルフォンの見せた男気に、フィアナに対する気持ちは本物だと思う。
ちょっと見直した。
涙の止まらないフィアナを慰めようと肩をトントンと叩く。
「ひっく、わっ、私……役立たずで……ひっく、ひっく、なっ、何も出来なかった……の。ひっく、ひっく、ビッ、ビビアンに色々アドバイスされてたのに……」
情けないと悔しそうに言うけど、誰だってそんな場面に遭遇したら 恐怖に飲み込まれて何も出来ない。まして、フィアナは妖精として平和な世界で暮らしてきたんだから。 絞れるほどハンカチを濡らすフィアナの姿に同じ人間として責任を感じる。
「フィアナ。世の中、 悪い人ばかりじゃ」
「そっ、それで、私強くなりたいの」
そう言って俯いてハンカチを弄り返していたフィアナが顔を上げた。
「えっ?」
もうパーティーに出席したくないと、臆病になってると思ったのに勘違いしてた。 沢山泣いて真っ赤に充血した眼。 鼻をかみすぎて化粧が禿げた真っ赤な鼻。後悔に 何度も噛みしめて血が滲む唇。
どれ一つ、強さを感じさせるものは無い。 だけど、私を見つめる瞳だけは強い光を放っていた。 戦う意思を見せてるフィアナの真剣な表情に顔をほころばせる。 妖精のお姫様はいなくなり、 一人の伯爵夫人が現れた。
ようこそ貴族社会へ。
「分かったわ。教えてあげるから、ついて来なさい」
「はい!」
短いけど、強い返事に頼もしさを覚える。教えがいがありそうだ。
「でも、その前に」
目の腫れを治そうと乗せた濡れハンカチがズレた。
ビビアンは、ずり落ちそうなハンカチを元の位置に戻そうと端を両手でつかむと、全身に力を込めて引っ張って元に戻す。 小さな体だから一苦労だ。
これでよしと手をパンパンと打ちつける。しかし、その直後にフィアナが
ハンカチをつかんで目を開ける。
「そうだ。ビビアンに伝えてないといけないことがあったんだ」
(せっかく直したのに……)
内心ムッとしながらフィアナの話を聞いていたが、その口から出た内容に一気に気分が高揚する。
*****
フィアナは自室でアルの帰りを待っていた。
怪我をしたのに 経った一日で仕事に復帰してしまった。もっと休めばいいのにと言うと、仕事だからと言われてしまった。
食べるためには仕事が大事なのは分かってるけど、体の方がもっと大事なのに 説得しきれなかった。
アルが帰って来るまでの時間、暇潰しに刺繍と言う物にチャレンジしていた。メイドたちの勧めもあるが、 刺繍はレディのたしなみらしい。 一番簡単だということで図案は花だ。
最初は思うように針が使えず梃子摺ったが、コツを掴めば こっちのものだ。
でも、この裏から針を出すのが難しい。集中して針をさしていたが、ドアの開く音にパッとそちらを見る。
「ただいま」
「お帰りなさい」
部屋に入って来たアルに弾む声で立ち上がって迎える。
ずっと待ってたから、アルが帰ってくるこの瞬間が嬉しくて、ほっとする。アルも 嬉しそうに微笑む。
だけど、アルがいつものように頬にキスをしようとしたとき、一瞬間があった。
「どうしたの?」
「あっ、いや……」
言葉を濁したが、アルの視線を見てすぐ何が言いたいか分かった。
羽が薄くなっている。 ある日突然、妖精の力が消えるのかと思っていたが、実際は 満開の花がハラハラと散るようにゆっくり無くなって行く。
羽が 薄くなる度に、少しずつ人間になり始めている。食べたいと思った事のない食べ物が食べたくなったり、美味しいと感じるようになったりしている。興味が無かった事に興味が出たりした。アルは私が日々人間らしくなる事に戸惑っているみたいだ。私が人間になる事が嫌なのだろうか?
(人間になれば、普通の夫婦 のように同じ時を刻めるのに ……)
「 ……… 」
「 ……… 」
気まずい沈黙が広がる。
踵を返して部屋を出て行こうとするアルの腕を掴む。
アルの 本心を知りたい。ここには、アルと私の二人きりだけだから、秘密にする必要もない。
「アルは妖精の私と、人間の私のどっちがいいの?」
「えっ?」
「私が人間になるのが嬉しくないの?」
フィアナはアルの両手を掴んで瞳を覗き込む。すると、本心を悟られたくないのか視線を外す。
アルのオーラが、 後悔を表す紫色に変わる。その事にショックを受ける。
(後悔してるの?)
知りたくなかった。キュッと心が痛くなる。こんな 能力がなければ 無駄に傷つかずに済むの……。
手から力が抜けてアルの腕を離す。
「……嬉しいとは素直に言えないよ。私が強引に結婚しなければ、こんな事にならなかったんだから……」
「えっ?」
そう言うことだったんだ。後悔してるのは、私が掟を破ったことだったんだ。まだ、そんな事を気に病んでいたなんて、思ってもみなかった。
お母さんとは毎日おしゃべりして楽しい時間を過ごしている。だけど、私が出かける度にアルは責任を感じていたのかもしれない。
だから、アルをこんなに 悲しませて
てしまった。
「どっちでもいいと言うのが本音だよ。僕が結婚したのはフィアナ・ラ・
スティルペース だから。人間になっても、妖精のままでも、僕の妻でいてくれたら、それでいい。今、目の前に居る君がいい」
アルが思い詰めた表情で 、そう告白すると私の手を取って指先にキスする。
オーラの色が恋しさを表すピンク色になる。アルの全身から溢れるその気持ちに、嬉しさが溢れる。
(ああ、こんな私を思ってくれて、大事にされている)
「アル……」
役に立つ妖精の力だってない。 その上、お金も、物も、何も持っていない。 それなのに、こんな私でいいと言ってくれる。
もっと自分の思いを伝える術があれば、こんなに悩ませる事も無かったのに……。
アルの気持ちに感謝してもしきれない。それに引きかえ私は 何もしてあげてない。アルに悲しい顔ばかりさせる自分が嫌いだ。
(アルを喜ばせたる事をしてあげたい。……そうだ)
「アル。デートしましょう」
フィアナはアルに自分から抱き付くと、上目使いでおねだりする。こうすると大抵の男は何でも言う事を聞くと、ロージーたちに教えてもらった。私の大胆な行動にアルがたじろぐ。
「えっ? どっ、どうして急に」
一殺だと言っていたが、効き目が無い。こうなったら もう一人のサマンサが伝授してくれた奥の手だ。
「若い男女はデートをすると言っていたわ。だから、し・た・い・の」
わざと一語一語、区切って言ってみた。前にデートの話を持ち出した時に
逃げられてしまった。だけど、話を聞く分にデートは、とても楽しそうだ。
だから、どうしてもアルとデートしたい。 私がしてあげられるのは、楽しい時間をプレゼントすることくらいだもの。
アルにも喜んでもらいたいのに、何故か顔が強張っている。
(男の人にとっては、楽しくないのかしら?)
心の中で首を捻っていたが、直ぐにアルが笑顔になる。
「………分かった。大丈夫なはずだ」
「えっ? 大丈夫?」
「こっちの話だ。気にしないで」
アルが顔の前で手をブンブン振る。 何だか誤魔化された気がするが、オーラの色がオレンジ色だから、大したことではないんだろう。
「それより、どこへ行きたい?」
「美術館。そこのバラの花が見頃だと言っていたわ」
「分かった。行こう」
アルの笑顔につられて自分もニッコリと微笑む。
空の青さの美しさに笑顔になる。 空が広い。私を邪魔するモノは何一つない。 それを証明するように、くるくると バレリーナみたいに回りながら横へ移動する。
妖精生活にもすっかり慣れた。高く飛んでも全然平気になった。
(高所恐怖症だったのが嘘のようだ)だけど、人間に戻るのを諦めた訳じゃない。 くるりと身体を反転させて仰向けになると、頭の後ろで手を組む。
ビビアンは、これまでのことを まとめてみた。フィアナの母親が言う通り、私たちの入れ替わりに妖精王が絡んでいるなら事は簡単に行かない。
(もう一度入れ替われば、それで解決。そう考えていたのに 甘かった……)
妖精王は私のことを妻、つまり王妃に本気でするつもりなのだろうか?
妖精になって随分経つが、何の接触も無い。 放ったらかしにされてるみたいで気分が悪い。
( ……… )
そもそも、妖精王は生きているの?
「はぁ~。せめてヒントがあればいいのに……」
キーパーソンになりそうな妖精王を見つけようにも、こちらも情報が無い。 これでは解決策を考えようにも、何も材料が無いから無理だ。
まさしく雲をつかむようなものだ。
……フィアナに 相談してみよう。一人で悩むよりました。
そう言えば昨夜は、パーティーだった。フィアナのことだ。 驚きの連続に、あったことを話したくてウズウズ
してるはずだ。
(楽しみで仕方ないのか 私にドレスを自慢してた)
目を輝かせて話すフィアナの顔が浮かぶ。すると、自分も笑顔になる。
そう思ってフィアナの所を訪れたが、
ちょっと雰囲気がいつもと違う。
テラスのテーブルに座ってるけど……。何時は私に気づくと駆け寄ってくるのに、俯いたままだ。アルフォンと 喧嘩でもしたんだろうか?
恐る恐る声をかける。
「フィアナ…… パーティーはどうだった?」
「 ……… 」
しかし返事がない。 もう一度顔を覗き込むようにように声をかけると、フィアナが私を見上げた。しかし、その目がパンパンに腫れ上がっている。何かあったのは間違いない。
「フィアナ、どうしたの?」
「ビビアン……私……私…」
喋り出すとボロボロと涙が溢れ出した。アルフォンとの 喧嘩どころじゃない。 相当ひどい体験をしたいのは間違いない。
「分かったから、何があったのか話して」
よしよしと頭を撫でる。
何度も何でもハンカチで涙を拭いながら、その夜の出来事は話し出した。
(あちゃー)
話を聞きながら、フィアナを気の毒そうに見つめる。 社交界デビューで手痛い洗礼を受けてしまったようだ。
よりにもよってベスに捕まるなんて……。運が無かった。
「ひっく、ひっく、そっ、それでアルが……けっ、怪我をしてしまって……」
ベスからフィアナを守り抜くとは。
アルフォンの見せた男気に、フィアナに対する気持ちは本物だと思う。
ちょっと見直した。
涙の止まらないフィアナを慰めようと肩をトントンと叩く。
「ひっく、わっ、私……役立たずで……ひっく、ひっく、なっ、何も出来なかった……の。ひっく、ひっく、ビッ、ビビアンに色々アドバイスされてたのに……」
情けないと悔しそうに言うけど、誰だってそんな場面に遭遇したら 恐怖に飲み込まれて何も出来ない。まして、フィアナは妖精として平和な世界で暮らしてきたんだから。 絞れるほどハンカチを濡らすフィアナの姿に同じ人間として責任を感じる。
「フィアナ。世の中、 悪い人ばかりじゃ」
「そっ、それで、私強くなりたいの」
そう言って俯いてハンカチを弄り返していたフィアナが顔を上げた。
「えっ?」
もうパーティーに出席したくないと、臆病になってると思ったのに勘違いしてた。 沢山泣いて真っ赤に充血した眼。 鼻をかみすぎて化粧が禿げた真っ赤な鼻。後悔に 何度も噛みしめて血が滲む唇。
どれ一つ、強さを感じさせるものは無い。 だけど、私を見つめる瞳だけは強い光を放っていた。 戦う意思を見せてるフィアナの真剣な表情に顔をほころばせる。 妖精のお姫様はいなくなり、 一人の伯爵夫人が現れた。
ようこそ貴族社会へ。
「分かったわ。教えてあげるから、ついて来なさい」
「はい!」
短いけど、強い返事に頼もしさを覚える。教えがいがありそうだ。
「でも、その前に」
目の腫れを治そうと乗せた濡れハンカチがズレた。
ビビアンは、ずり落ちそうなハンカチを元の位置に戻そうと端を両手でつかむと、全身に力を込めて引っ張って元に戻す。 小さな体だから一苦労だ。
これでよしと手をパンパンと打ちつける。しかし、その直後にフィアナが
ハンカチをつかんで目を開ける。
「そうだ。ビビアンに伝えてないといけないことがあったんだ」
(せっかく直したのに……)
内心ムッとしながらフィアナの話を聞いていたが、その口から出た内容に一気に気分が高揚する。
*****
フィアナは自室でアルの帰りを待っていた。
怪我をしたのに 経った一日で仕事に復帰してしまった。もっと休めばいいのにと言うと、仕事だからと言われてしまった。
食べるためには仕事が大事なのは分かってるけど、体の方がもっと大事なのに 説得しきれなかった。
アルが帰って来るまでの時間、暇潰しに刺繍と言う物にチャレンジしていた。メイドたちの勧めもあるが、 刺繍はレディのたしなみらしい。 一番簡単だということで図案は花だ。
最初は思うように針が使えず梃子摺ったが、コツを掴めば こっちのものだ。
でも、この裏から針を出すのが難しい。集中して針をさしていたが、ドアの開く音にパッとそちらを見る。
「ただいま」
「お帰りなさい」
部屋に入って来たアルに弾む声で立ち上がって迎える。
ずっと待ってたから、アルが帰ってくるこの瞬間が嬉しくて、ほっとする。アルも 嬉しそうに微笑む。
だけど、アルがいつものように頬にキスをしようとしたとき、一瞬間があった。
「どうしたの?」
「あっ、いや……」
言葉を濁したが、アルの視線を見てすぐ何が言いたいか分かった。
羽が薄くなっている。 ある日突然、妖精の力が消えるのかと思っていたが、実際は 満開の花がハラハラと散るようにゆっくり無くなって行く。
羽が 薄くなる度に、少しずつ人間になり始めている。食べたいと思った事のない食べ物が食べたくなったり、美味しいと感じるようになったりしている。興味が無かった事に興味が出たりした。アルは私が日々人間らしくなる事に戸惑っているみたいだ。私が人間になる事が嫌なのだろうか?
(人間になれば、普通の夫婦 のように同じ時を刻めるのに ……)
「 ……… 」
「 ……… 」
気まずい沈黙が広がる。
踵を返して部屋を出て行こうとするアルの腕を掴む。
アルの 本心を知りたい。ここには、アルと私の二人きりだけだから、秘密にする必要もない。
「アルは妖精の私と、人間の私のどっちがいいの?」
「えっ?」
「私が人間になるのが嬉しくないの?」
フィアナはアルの両手を掴んで瞳を覗き込む。すると、本心を悟られたくないのか視線を外す。
アルのオーラが、 後悔を表す紫色に変わる。その事にショックを受ける。
(後悔してるの?)
知りたくなかった。キュッと心が痛くなる。こんな 能力がなければ 無駄に傷つかずに済むの……。
手から力が抜けてアルの腕を離す。
「……嬉しいとは素直に言えないよ。私が強引に結婚しなければ、こんな事にならなかったんだから……」
「えっ?」
そう言うことだったんだ。後悔してるのは、私が掟を破ったことだったんだ。まだ、そんな事を気に病んでいたなんて、思ってもみなかった。
お母さんとは毎日おしゃべりして楽しい時間を過ごしている。だけど、私が出かける度にアルは責任を感じていたのかもしれない。
だから、アルをこんなに 悲しませて
てしまった。
「どっちでもいいと言うのが本音だよ。僕が結婚したのはフィアナ・ラ・
スティルペース だから。人間になっても、妖精のままでも、僕の妻でいてくれたら、それでいい。今、目の前に居る君がいい」
アルが思い詰めた表情で 、そう告白すると私の手を取って指先にキスする。
オーラの色が恋しさを表すピンク色になる。アルの全身から溢れるその気持ちに、嬉しさが溢れる。
(ああ、こんな私を思ってくれて、大事にされている)
「アル……」
役に立つ妖精の力だってない。 その上、お金も、物も、何も持っていない。 それなのに、こんな私でいいと言ってくれる。
もっと自分の思いを伝える術があれば、こんなに悩ませる事も無かったのに……。
アルの気持ちに感謝してもしきれない。それに引きかえ私は 何もしてあげてない。アルに悲しい顔ばかりさせる自分が嫌いだ。
(アルを喜ばせたる事をしてあげたい。……そうだ)
「アル。デートしましょう」
フィアナはアルに自分から抱き付くと、上目使いでおねだりする。こうすると大抵の男は何でも言う事を聞くと、ロージーたちに教えてもらった。私の大胆な行動にアルがたじろぐ。
「えっ? どっ、どうして急に」
一殺だと言っていたが、効き目が無い。こうなったら もう一人のサマンサが伝授してくれた奥の手だ。
「若い男女はデートをすると言っていたわ。だから、し・た・い・の」
わざと一語一語、区切って言ってみた。前にデートの話を持ち出した時に
逃げられてしまった。だけど、話を聞く分にデートは、とても楽しそうだ。
だから、どうしてもアルとデートしたい。 私がしてあげられるのは、楽しい時間をプレゼントすることくらいだもの。
アルにも喜んでもらいたいのに、何故か顔が強張っている。
(男の人にとっては、楽しくないのかしら?)
心の中で首を捻っていたが、直ぐにアルが笑顔になる。
「………分かった。大丈夫なはずだ」
「えっ? 大丈夫?」
「こっちの話だ。気にしないで」
アルが顔の前で手をブンブン振る。 何だか誤魔化された気がするが、オーラの色がオレンジ色だから、大したことではないんだろう。
「それより、どこへ行きたい?」
「美術館。そこのバラの花が見頃だと言っていたわ」
「分かった。行こう」
アルの笑顔につられて自分もニッコリと微笑む。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
35
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる