身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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輔翼

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パーティーに参加していたフィアナは仕事の話をするアルと別れて、一人別行動していた。そこでビビアンから注意されていたベスと、その取り巻きに拘束される。



フィアナはベスに髪を掴まれて、なすすべなく屈していた。
私がここに居ることを知っている人は誰もいない。 普通に考えれば、助けに来る人などいない。
(だけどアルなら……)
ジョキリと言うハサミの音に、ぎゅっと目を瞑る。その瞳の縁を涙が滲む。
私が悪かったんだ。もっとビビアンのアドバイスを真剣に聞いていれば……。腕を掴まれたとき悲鳴をあげれば……。ああすればよかった。こうすればよかった。後悔だけが浮かぶ。

ベスが私の髪の毛を掴んだ。もう駄目だ。そう思った時 ドサリと何か重い音がしたかと思うと、体の自由が戻る。
「フィアナ!!」
自分を呼ぶアルの切羽詰まった声音に目を開けると、そこには大きく広い背中があった。
(助けに来てくれた)
ありがとう……。安心すると今まで堪えてに堪えていた涙があふれ出す。
絶望的な気持ちになっていたから、来てくれたことが奇跡のように感じる。
「アル……」
しかし、まだ何も終わってない。
気を抜くのは早い。溢れる涙をお急ぎで両手で拭う。

見ると私を押さえつけいた女が、他の女の手を借りて立ち上がっていた。 
どうやら、アルが突き飛ばしたらしい。その証拠にすごい顔でアルを睨みつけている。その視線に縮こまっていると、アルが後ろを振り返って話しかけて来た。
「フィアナ、大丈夫かい? 怪我は無いか?」
「えっ、ええ。だっ、大丈夫だから前を見て」
心配してくれるのは嬉しいけれど、話している場合じゃないのにと、やきもきする。 今にも女達が襲いかかってきそうだ。それなのに私の気も知らずに、無視して私に向かってくっきりと笑う。
「そうか良かった。危険だから下がっていて」
「はい」
フィアナは言われた通り足手まといにならない様に後ろに下がった。

だけど、 一人で大丈夫なのかと心配になる。女とはいえ相手は5人もいる。油断していたら やられちゃう。
(ああ、どうしよう……)
私の代わりにアルが怪我して欲しくない。助けを呼びに行く?  でもその間に、アルに何かあったら……。
「べス! お前は出入り禁止だろう。誰の手引きで入ったんだ。答えろ!」
「ふん。 女の前だからって意気がって!そういう態度に虫酸が走るんだよ」
そう言うとハサミをアルめがけて振り下ろす。
(あっ!)
アルがサッと避けると、身体を反転させてハサミを持っているベストの手首を掴む。ハラハラしながら見ているとアルが 、そのまま腕をひねり上げてハサミを落とさせようとする。
「「ベス!」」
「 近づくな!」
騒ぐ女達をアルが一喝する。

ベスは女だけど、力が強いらしく中々ハサミを離さない。
「私のフィアナを傷つけた罪は重いぞ。必ず償ってもらう!」
「うるさい。放せ!」
誰もが震えあがるような地を這う声。腹の底から感じる恐れ。
聞いた事のないアルの厳しい声にフィアナは怖いと思った。
優しい人だと思っていたのに、こんな一面もあるなんて……。私の前では大声さえだしたことさえ無かったのに……。まるで別人のようだ。
しかし、その姿に何時もは昼寝ばかりしていた母猫のその姿とアルが重なった。


教会に迷い込んで来た犬から、仔猫に守る為に毛を逆立てて唸り声を上げて襲いかかっていた。
その事をお母さんに話すと
『それが普通なのよ』
「ふつう?」
『大切な子供を守る為なら、母親は何でもするの』
「ふ~ん」

あの時は、どういうことなのか分からなかったが、今なら分かる。
あの時の母猫と一緒だ。私を守ろうとしてくれている。
フィアナの胸に温かい気持ちが灯る。
「こんなことして、只じゃ済まさないぞ」
「はっ、あんたに何が出来るのさ」
ベスを恫喝するが、ベスも簡単には引き下がらない。やはり、リーダーだけのことはある。しかし、アルも負けて
はいない。
「ここがサム・ウィリアムズの家だということを忘れてないか?」
「くっ」
アルが そう言うと初めてベスが動揺した。それに合わせて仲間の女達が、不安そうな顔で辺りを伺う。

そうか。
アルが 私を見つけ出したんだから、他の人が見つけるのも時間の問題だ。
応援が来たら形勢逆転だ。そのことが仲間の女たちを追い詰める。赤色だったオーラが恐れを表す緑色に変わる。 弱腰になった女たちが、ベスに話しかける。
「べス……早く逃げようよ」
「五月蝿い。黙れ」
「でも……」
今にも人が来そうだと、気をもんでいる。
「いい加減諦めろ!」
「そうだよ。今度は牢屋に入れられちまうよ」
「逃げよう」
「いいから、さっさと助けろ」
苦痛の表情を浮かべながらも、何とか反撃しようとベスが援護を頼む。
しかし、女たちはハサミを持ったまま、もみ合いっている二人に近づく事も出来ず周りをうろついている。
( 近くに誰かいれば、駆けつけてくれるかも)
女達がアルとベスに気を取られている今がチャンスだ。
フィアナは胸一杯息を吸い込むと、両手を口に当てて思い切り叫んだ。
「助けてー!」
その声にベスの気がそれる。その一瞬をついて、アルが強引にベスからハサミを取り上げた。
武器の無くなったベスが怒りの表情でアルを睨みつける。ここで引き下がるのはプライドが許さないのだろう。
「ベス! ベス! 早く、しないと誰か来るよ」
しかし、他の女たちは戦意喪失したらしく、逃げ ようとしきりに手招きする。

ベスが悔しそうな表情を浮かべた。
「クソッ! 覚えてろよ! ずらかるよ」
そして、捨て台詞とともに体を翻して 駆け出した。
「ベス! 待ってよ」
逃げ出したベスを 他の女たちが追いかけようとしたが、その先から どやどやと男達がやって来た。
それを見て、ベスたちが反対側に逃げようとしたが、 そちらからも男達が来た。挟み撃ちに合ったベスたちが、右往左往する。
既に全ての出入り口に男たちが待ち構えていた。
「ベス。助けてよ」
「ベス。どうするんだよ」
女達が情けない声でベスに縋り付く。しかし、もはやベスに どうする事も出来なかった。


連行される姿に、やっと終わったと安堵して胸を撫で下ろす。
これで終わった。
私たちも帰ろうとアルの傍に行くと何処か切ったらしく指先から血がしたたり落ちている。
「きゃあ! アル! アル! 血が沢山出ているわ!」
悲鳴を上げてアルの手のひらにハンカチで押さえる。
しかし、白いハンカチが見る見る血で赤くなっていく。
「ああ、このままじゃ、アルが死んじゃう」
「これくらい大丈夫だから」
死んでほしくない。生きていて欲しい。いまアルを失ったら生きていけない。


自分がどんなにアルに頼り切っていたのか、嫌と言うほど思い知った。
それほど大切な人なのに、自分のせいで傷つけてしまった。情けなくて悲しくて涙が止まらない。
「ごめんなさい。私のせいで怪我までして……ごめんなさい」
「泣かないで。フィアナこそ平気だったかい。怖かったろう」
私を助けようとして、怪我したのはアルなのに……。それなのに私の事を心配してくれる。
アルが怪我していない方の手で乱れた髪を耳に掛ける。
「 せっかく綺麗にしたのに……ごめんよ」
「ううん。私は大丈夫だけど……アル
が……」 
また溢れ出した涙をアルが指で拭う。
「私より痛そうな顔して……。見た目ほど酷くないから、安心して」
「アル……」
泣いているばかりの自分が嫌になる。私は何も出来なかった。私がしっかりしていれば、 こんなことにはならなかった。
「もっと早く気付いてれば、怖い思いをしなくても済んだのに……」
涙を拭うと、謝ってばかりのアルの顔を両手で挟んで咎めるように見つめる。アルが大人しく、されるがままになる。でも、その表情はどこか楽しそうだ。

フィアナは願いを込めて言う。
「髪は直せば済むけど。傷はそうは行かないわ。私の為に無茶しないで」
「フィアナを助けるために無茶しないで、何時無茶するんだい」
冗談を言って場の雰囲気を変えようとするアルに、コツンと額をくっつける。
「馬鹿……」
もうこんな思いをしたくない。フィアナはアルの背中に手を回すとギュッと抱きしめる。押し付けた耳にアルの心臓の音が聞こえる。ドクン。ドクン。ドクン。生きている。
このまま、アルに守られてばかりでは駄目だ。
(強くならなくちゃ)
フィアナは、そうなろうと決意した。
それがアルを守ることにもつながる。


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