身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

文字の大きさ
上 下
31 / 59

輔翼

しおりを挟む
パーティーに参加していたフィアナは仕事の話をするアルと別れて、一人別行動していた。そこでビビアンから注意されていたベスと、その取り巻きに拘束される。



フィアナはベスに髪を掴まれて、なすすべなく屈していた。
私がここに居ることを知っている人は誰もいない。 普通に考えれば、助けに来る人などいない。
(だけどアルなら……)
ジョキリと言うハサミの音に、ぎゅっと目を瞑る。その瞳の縁を涙が滲む。
私が悪かったんだ。もっとビビアンのアドバイスを真剣に聞いていれば……。腕を掴まれたとき悲鳴をあげれば……。ああすればよかった。こうすればよかった。後悔だけが浮かぶ。

ベスが私の髪の毛を掴んだ。もう駄目だ。そう思った時 ドサリと何か重い音がしたかと思うと、体の自由が戻る。
「フィアナ!!」
自分を呼ぶアルの切羽詰まった声音に目を開けると、そこには大きく広い背中があった。
(助けに来てくれた)
ありがとう……。安心すると今まで堪えてに堪えていた涙があふれ出す。
絶望的な気持ちになっていたから、来てくれたことが奇跡のように感じる。
「アル……」
しかし、まだ何も終わってない。
気を抜くのは早い。溢れる涙をお急ぎで両手で拭う。

見ると私を押さえつけいた女が、他の女の手を借りて立ち上がっていた。 
どうやら、アルが突き飛ばしたらしい。その証拠にすごい顔でアルを睨みつけている。その視線に縮こまっていると、アルが後ろを振り返って話しかけて来た。
「フィアナ、大丈夫かい? 怪我は無いか?」
「えっ、ええ。だっ、大丈夫だから前を見て」
心配してくれるのは嬉しいけれど、話している場合じゃないのにと、やきもきする。 今にも女達が襲いかかってきそうだ。それなのに私の気も知らずに、無視して私に向かってくっきりと笑う。
「そうか良かった。危険だから下がっていて」
「はい」
フィアナは言われた通り足手まといにならない様に後ろに下がった。

だけど、 一人で大丈夫なのかと心配になる。女とはいえ相手は5人もいる。油断していたら やられちゃう。
(ああ、どうしよう……)
私の代わりにアルが怪我して欲しくない。助けを呼びに行く?  でもその間に、アルに何かあったら……。
「べス! お前は出入り禁止だろう。誰の手引きで入ったんだ。答えろ!」
「ふん。 女の前だからって意気がって!そういう態度に虫酸が走るんだよ」
そう言うとハサミをアルめがけて振り下ろす。
(あっ!)
アルがサッと避けると、身体を反転させてハサミを持っているベストの手首を掴む。ハラハラしながら見ているとアルが 、そのまま腕をひねり上げてハサミを落とさせようとする。
「「ベス!」」
「 近づくな!」
騒ぐ女達をアルが一喝する。

ベスは女だけど、力が強いらしく中々ハサミを離さない。
「私のフィアナを傷つけた罪は重いぞ。必ず償ってもらう!」
「うるさい。放せ!」
誰もが震えあがるような地を這う声。腹の底から感じる恐れ。
聞いた事のないアルの厳しい声にフィアナは怖いと思った。
優しい人だと思っていたのに、こんな一面もあるなんて……。私の前では大声さえだしたことさえ無かったのに……。まるで別人のようだ。
しかし、その姿に何時もは昼寝ばかりしていた母猫のその姿とアルが重なった。


教会に迷い込んで来た犬から、仔猫に守る為に毛を逆立てて唸り声を上げて襲いかかっていた。
その事をお母さんに話すと
『それが普通なのよ』
「ふつう?」
『大切な子供を守る為なら、母親は何でもするの』
「ふ~ん」

あの時は、どういうことなのか分からなかったが、今なら分かる。
あの時の母猫と一緒だ。私を守ろうとしてくれている。
フィアナの胸に温かい気持ちが灯る。
「こんなことして、只じゃ済まさないぞ」
「はっ、あんたに何が出来るのさ」
ベスを恫喝するが、ベスも簡単には引き下がらない。やはり、リーダーだけのことはある。しかし、アルも負けて
はいない。
「ここがサム・ウィリアムズの家だということを忘れてないか?」
「くっ」
アルが そう言うと初めてベスが動揺した。それに合わせて仲間の女達が、不安そうな顔で辺りを伺う。

そうか。
アルが 私を見つけ出したんだから、他の人が見つけるのも時間の問題だ。
応援が来たら形勢逆転だ。そのことが仲間の女たちを追い詰める。赤色だったオーラが恐れを表す緑色に変わる。 弱腰になった女たちが、ベスに話しかける。
「べス……早く逃げようよ」
「五月蝿い。黙れ」
「でも……」
今にも人が来そうだと、気をもんでいる。
「いい加減諦めろ!」
「そうだよ。今度は牢屋に入れられちまうよ」
「逃げよう」
「いいから、さっさと助けろ」
苦痛の表情を浮かべながらも、何とか反撃しようとベスが援護を頼む。
しかし、女たちはハサミを持ったまま、もみ合いっている二人に近づく事も出来ず周りをうろついている。
( 近くに誰かいれば、駆けつけてくれるかも)
女達がアルとベスに気を取られている今がチャンスだ。
フィアナは胸一杯息を吸い込むと、両手を口に当てて思い切り叫んだ。
「助けてー!」
その声にベスの気がそれる。その一瞬をついて、アルが強引にベスからハサミを取り上げた。
武器の無くなったベスが怒りの表情でアルを睨みつける。ここで引き下がるのはプライドが許さないのだろう。
「ベス! ベス! 早く、しないと誰か来るよ」
しかし、他の女たちは戦意喪失したらしく、逃げ ようとしきりに手招きする。

ベスが悔しそうな表情を浮かべた。
「クソッ! 覚えてろよ! ずらかるよ」
そして、捨て台詞とともに体を翻して 駆け出した。
「ベス! 待ってよ」
逃げ出したベスを 他の女たちが追いかけようとしたが、その先から どやどやと男達がやって来た。
それを見て、ベスたちが反対側に逃げようとしたが、 そちらからも男達が来た。挟み撃ちに合ったベスたちが、右往左往する。
既に全ての出入り口に男たちが待ち構えていた。
「ベス。助けてよ」
「ベス。どうするんだよ」
女達が情けない声でベスに縋り付く。しかし、もはやベスに どうする事も出来なかった。


連行される姿に、やっと終わったと安堵して胸を撫で下ろす。
これで終わった。
私たちも帰ろうとアルの傍に行くと何処か切ったらしく指先から血がしたたり落ちている。
「きゃあ! アル! アル! 血が沢山出ているわ!」
悲鳴を上げてアルの手のひらにハンカチで押さえる。
しかし、白いハンカチが見る見る血で赤くなっていく。
「ああ、このままじゃ、アルが死んじゃう」
「これくらい大丈夫だから」
死んでほしくない。生きていて欲しい。いまアルを失ったら生きていけない。


自分がどんなにアルに頼り切っていたのか、嫌と言うほど思い知った。
それほど大切な人なのに、自分のせいで傷つけてしまった。情けなくて悲しくて涙が止まらない。
「ごめんなさい。私のせいで怪我までして……ごめんなさい」
「泣かないで。フィアナこそ平気だったかい。怖かったろう」
私を助けようとして、怪我したのはアルなのに……。それなのに私の事を心配してくれる。
アルが怪我していない方の手で乱れた髪を耳に掛ける。
「 せっかく綺麗にしたのに……ごめんよ」
「ううん。私は大丈夫だけど……アル
が……」 
また溢れ出した涙をアルが指で拭う。
「私より痛そうな顔して……。見た目ほど酷くないから、安心して」
「アル……」
泣いているばかりの自分が嫌になる。私は何も出来なかった。私がしっかりしていれば、 こんなことにはならなかった。
「もっと早く気付いてれば、怖い思いをしなくても済んだのに……」
涙を拭うと、謝ってばかりのアルの顔を両手で挟んで咎めるように見つめる。アルが大人しく、されるがままになる。でも、その表情はどこか楽しそうだ。

フィアナは願いを込めて言う。
「髪は直せば済むけど。傷はそうは行かないわ。私の為に無茶しないで」
「フィアナを助けるために無茶しないで、何時無茶するんだい」
冗談を言って場の雰囲気を変えようとするアルに、コツンと額をくっつける。
「馬鹿……」
もうこんな思いをしたくない。フィアナはアルの背中に手を回すとギュッと抱きしめる。押し付けた耳にアルの心臓の音が聞こえる。ドクン。ドクン。ドクン。生きている。
このまま、アルに守られてばかりでは駄目だ。
(強くならなくちゃ)
フィアナは、そうなろうと決意した。
それがアルを守ることにもつながる。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

死が二人を別こうとも。

すずなり。
恋愛
同じクラスに気になる女の子がいる。かわいくて・・・賢くて・・・みんなの人気者だ。『誰があいつと付き合うんだろうな』・・・そんな話が男どもの間でされてる中、俺は・・・彼女の秘密を知ってしまう。 秋臣「・・・好きだ!」 りら「!!・・・ごめんね。」 一度は断られた交際の申し込み。諦めれない俺に、彼女は秘密を打ち明けてくれた。 秋臣「それでもいい。俺は・・・俺の命が終わるまで好きでいる。」 ※お話の内容は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もございません。 ※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※誤字脱字や表現不足などは日々訂正していきますのでどうかご容赦ください。(目が悪いので見えてない部分も多いのです・・・すみません。) ※ただただこの世界を楽しんでいただけたら幸いです。   すずなり。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

夫が大変和やかに俺の事嫌い?と聞いてきた件について〜成金一族の娘が公爵家に嫁いで愛される話

はくまいキャベツ
恋愛
父親の事業が成功し、一気に貴族の仲間入りとなったローズマリー。 父親は地位を更に確固たるものにするため、長女のローズマリーを歴史ある貴族と政略結婚させようとしていた。 成金一族と揶揄されながらも社交界に出向き、公爵家の次男、マイケルと出会ったが、本物の貴族の血というものを見せつけられ、ローズマリーは怯んでしまう。 しかも相手も値踏みする様な目で見てきて苦手意識を持ったが、ローズマリーの思いも虚しくその家に嫁ぐ事となった。 それでも妻としての役目は果たそうと無難な日々を過ごしていたある日、「君、もしかして俺の事嫌い?」と、まるで食べ物の好き嫌いを聞く様に夫に尋ねられた。 (……なぜ、分かったの) 格差婚に悩む、素直になれない妻と、何を考えているのか掴みにくい不思議な夫が育む恋愛ストーリー。

処理中です...