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虎口

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憧れのパーティーに出席したフィアナ
は、予想と違ったことにがっかりして、気分転換に一人で池に行こうと建物を出た。ところが、見知らぬ女に強引にベスの前に引きずり出されていた。

 
「あんたが、アルフォンの新しい女なのかい?」
質問されたが、相手がベスということもあり、怖くて声が出ない。コクコクと頷くのが精一杯だ。しかし、それが気に障ったようで、右側に居る痩せた女が怒鳴りつけてきた。
「ベスが聞いてるんだよ! ちゃんと答えな!」
大声にびっくりして口を開いたが、出てきた声は震えてままならない。
「わっ……わた……私……た……しは」
「聞こえな~い」
すると今度は私の左側にいる背の低い女が自分の耳に手をやってからかってくる。 そんな私を見て他の女たちがクスクスと笑って馬鹿にする。

でも、カタカタと体が震えて口が動かない。フィアナは、生まれて初めて恐怖に支配されていた。
「わっ、私、わっ、私が」
それでも必死に声を絞り出そうとする。しかし、そうはさせまいと女たちが、私を指で小突きながら因縁を付けてくた。
「 純情ぶって」
「そっ、そんな」
「どんな手で、アルフォンをモノにしたんだ」
「モッ、モノって」
「市井の者は 夢見がちだ」
「そっ、そう言う訳じゃ」
「玉の輿に乗った気分はどうだい」「べっ、別に」
答えようとしても、次々に質問してくる。最初から私の話を聞く気などない。ただ言いたいことを言ってるだけだ。 理由もなく理不尽なことをされて涙が滲む。
(私が何をしたと言うの?)

これ以上、相手にしても損をするのは私のほうだ。抵抗するように口を閉ざした。
「 男はバカだから、すぐ騙される」
「 ……… 」
「やっぱり、この綺麗な顔を利用したのかい」
「 ……… 」
「後盾のないあんたは、すぐに捨てられる。賭けてもいいよ」
「 ……… 」
「だけど貴族社会は、甘くないよ」
「 ……… 」
どうして、こんなに目の敵にされるか分からない。 女たちの一言言うたびに、小突かれて右に左に体が押される。明らかに私を甚振る事を目的としている。


「もっとも、あのクソ生意気なビビアンが捨てられたのはスカッとしたけど」
「 ……… 」
そう言って痩せた女がニヤリと笑う。 同意するように他の者たちも笑った。
「そうそう」
「 ……… 」
「痛い目にあって当たり前だ」
「 ……… 」
「どこか遠くに逃げたらしいよ」
「 ……… 」
「はっ、みっともない」
「 ……… 」
「いい気味だ」
黙って聞いていたがビビアンの悪口に我慢出来ずに口を開く。
「そっ、そっ、それは誤解です」
アルが花嫁を私にしたから、間違って伝わってしまっている。決してアルが捨てたわけでない。どちらかといえば、アルの方が捨てられた。
「話を聞いてください。それは違います」
「言い訳は良いんだよ」
目の前に居る女に向かって訴えた。
しかし、 ちらりと見ただけで誰も取り合ってくれない。
完全に無視されてしまった。
フィアナは悔しさに唇を噛んだ。
(どうして話を聞いてくれないの?)

目の前の女がしゃがんで視線を合わせると、私の頬を叩く。
「他の人の心配より、自分の心配をしな」
「どっ、どういうこと?」
すると、背の低い女の私の肩にポンと手を置く。
「あんたが何処の誰か知らないけど。ここには、此処のルールがあるんだよ」
「ルール?」
「ルールを無視したら どうなるか分かるよね?」
どういうことなのか教えるように、顔を近付けて迫って来るベスの目には、猫が獲物をいたぶるときのような残忍な光が浮かんでいる。

フィアナは本能的に恐怖を感じて首を振りながら後退りした。
しかし、すぐに 後ろに居る女にぶつかる。ハッとした時には、二人の女に両脇を抱えられて無理やり立たされた。何か仕掛けてくる。
無駄かもしれないけど 振り解こうともがく。 そうしないともっと酷い目に遭わされる。
「放して! 私が何をしたと言うの」
逃げ出そうとすると、私を押さえて居る二人が更に力を入れて来る。
そんな私を見て、より面白そうにベスがニヤニヤする。
その澱んだ瞳に恐怖を感じて足がすくむ。体が勝手にガタガタと震える。 
もう自力で立っていられない。
「そんなに震えちゃって、可愛いね」
馬鹿にしたように言われても震えが止められない。怖い。怖くて堪らない。

これから何をされるか分からない恐ろしさに泣き出しそうになる。
その時、ビビアンの忠告を思い出した。

『いい。相手に弱みを見せては駄目よ。どんなときも強気に出るの。特に女の前では絶対涙は禁物』
「どうして?」
『男はためらうけど、女は図に乗るから』
そう口酸っぱく言われた。

そうだ。ビビアンを見習おう。されるがままでは駄目だ。 そう決心して令嬢らしく命令口調で言う。
「はっ、放しなさい!」
「はい。はい」
しかし、鼻で笑われただけだ。 遅すぎた。もっと前に言っていれば……。
そもそも 本物の貴族でない私は ビビアンのような態度はとれない。自分には向いてない。
私に出来るのは、必死に懇願することだけだ。
「嫌、嫌! 止めて、お願い。お願いだから止めて!」
しかし、ベスが近づいて来て羨ましそうに言うと髪の毛をガッと掴む。
「綺麗な髪だね」
「っ」
あまりの痛さに目を閉じる。

カチャ
何かが落ちる音に目を開けるとバラバラと髪の毛の顔にかかる。その間から髪飾りが見えた。
綺麗に結い上げられた髪は無残に崩れ去ってしまった。ロージーに着けてもらった時は、あんなに嬉しかったのに……。打ち捨てられた髪飾りは今の私のようだ。力でも言葉でも敵わない。もうどうにもできない。 負けを認めて目を伏せた。すると別の仲間が私顎を掴んで顔を強引にベスに向けさせる。
「ルールを破った者には制裁をしなくては、皆に示しがつかないでしょ」
「制裁? なっ、何をするの?」
その言葉に 真っ青になる。
「何をするって? 何をするでしょう」
嗤いながらベスが隠し持っていたハサミを私に突きつける。
ハサミと言っても普通のハサミじゃない。持つところを合わせれば50 CM はある。もはやハサミというより武器だ。その大きさに ゴクリと喉が鳴る。
「どこから切ろうかな~」
ベスがそう言って、ハサミを私の目の前で何度もジョキリ、ジョキリと音を立てて動かす。
フィアナは憑かれたようにハサミから目が離せない。額に汗が滲み出てくる。
「ここかな? そこかな? それともここかな?」
私を焦らすようにベスがハサミを至る所に押し付ける。 そのたびに、本当に切られたように痛む。

しかし、切ろうとはしない。
怖がる私を見て楽しんでいる。
でも、そのゆがんだ笑顔が私を見逃すことは絶対無いと言っている。
「おっ、お願い……止めて……」
このままでは気を失いそうだ。辛うじて 涙をこらえている私を見て、女たちが ケラケラと笑っている。
女達のオーラの色が好奇心のオレンジ色から赤へと変わっていく。興奮して ギラギラした女たちの目を見て思考が
止まる。

誰一人、自分の味方が居ない。
こんな場所で私は、ひとりぼっち。
私を助けに来てくれる人は一人しかいない。
(アル。アル。助けて……私はここよ)
心の中で強く念じる。
しかし、アルが都合よく現れるはずがない。
ジョキリと言う音が耳元で聞こえる。べスが私の髪の毛を掴んだ。もう駄目だ。フィアナは固く目を閉じて、その時を待った。 命が助かるなら髪の毛ぐらい我慢できる。 そう自分に 言い聞かせて。
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