身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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習練

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レディーの勉強は、今日は休み。

フィアナは、息抜きも兼ねて 母の元を訪れていた。 毎日、来ようと思っていたのに、なんだかんだと先延ばしになってしまっていた。
寂しい思いをさせたかもしれない。
たくさん おしゃべりして、思う存分羽を伸ばそう。そう思ってお母さんのところに行くとビビアンの姿があった。
(何で?)
今日は会わないと思ったのに……。



「ビビアン。どうして此処に居るの?」
『行く当てが無いなら、ここに居なさいと言ったのよ』
(あっ、そうか……)
ビビアンの代わりに母さんが答えた。
妖精だから、家に帰っても姿は見えないし、声も聞こえない。
辛いだけだ。
そこに居るのに、居ないも当然の扱い。 元人間のビビアンにとって、無視されると 頭まで 分かっていても堪える。
「ビビ……」
声をかけようとすると、話したくないと言うように、顎を上げて飛んでいってしまった 。全身で話しかけるなと言っている。
同情されるなど、まっぴらご免だと言うことだろう。いかにもビビアンらしい。 弱みを見せるのが苦手なんだ。
 

*****


ビビアンは近くの枝に移動した。
別に盗み聞きするつもりはない。
だけど、二人が どんなやりとりをするか興味がある。妖精の母と娘は人間と同じような関係性なんだろうか? 葉の陰に隠れると、フィアナがお母さんと話しているのを近くで見守る事にした。


フィアナが母親の真正面に立つ。
穏やかな笑みを浮かべている。私も早くあんな顔で両親に会いたい。
「お母さん……」
『フィアナ……』
「ごめんなさい。心配かけて。もう大丈夫だから安心して」
『いいのよ。済んだ事だもの仕方ないわ。それにあなたがアルフォンと一緒に馬車に乗った』
「えっ?」
そうか、見てたんだ。そりゃ一人娘だもの心配よね。
私の両親のようにフィアナのお母さんも 眠れに一夜を過ごしたんだ。それも別れの予感に怯えながら……。
フィアナのお母さんの気持ちを考えると……。唇をかみしめる。

『乗った時からこうなると分かっていたわ』
「そうなの?」
『そうよ』
(それは私も初耳だ)
フィアナも初耳らしく驚いている。だけど、納得した。
 フィアナが人間になると分かっていたから、受け入れるのが早かったんだ。だから、あんな事を確認させたのね。
フィアナのお母さんも、もしかしたらと希望を持っていたのかもしれない。 もっと詳しく聞こうと、耳をそばだてて聞き入る。

「お母さん」
 急に、フィアナが何かを告白するみたいに 居ずまいを正す。
「私の勝手な行動で、妖精じゃなくなってしまうけど、 人間になってもたくさん逢いに来るわ」
『ええ、待ってるわ』
(そうそう、後悔先に立たずよ。切り替えなくちゃ)
フィアナの お母さんの優しい声音に、フィアナが微笑みえす。
二人の温かさが私にも伝わってくる。余計なことを言わなくても通じるものがある。
母娘の絆は妖精でも、人間でも、同じだ。そう感じると急にお母様に会いたくなる。私の一番の理解者で、友達みたいに軽口を叩ける相手。
(元気でいるだろうか……)

『それで、人間の生活はどう?』
「凄ーく」
フィアナがチラリと視線を向けてくる。その視線にパッとそっぽを向く。
多少 厳しいところがあると思うけど、そこまでじゃない。大袈裟だ。
( 言いつける気だろうか?)
無意識に身構える。
 「誰かさんのおかげで 充実してるわ」
 フィアナが私を見て、にっこりと笑う。ほっとして微笑み返しそうになったが、止めた。甘い顔をしては示しがつかない。
私たちのやり取りを見てフィアナのお母さんが笑う。
『はっ、はっ、はっ』
「うわっ」
振動が幹から伝わってきたことに驚く。笑ったから揺れてるんだ。まるで人間だ。お父様の膝の上で、じゃれあっていた幼い日が蘇る。
あの時も、こんな風だった。
(お父様……)
『ビビアン』
「えっ、あっ、はい」
名前を呼ばれて我に返る。
『 私の娘をよろしくね』
「任せてください」
 肩腕を曲げて騎士のように一礼する。もとよりそのつもりだ。
(これで、めでたし、めでたしね)

でも、レッスンのせいでフィアナが
お母さんと自由に会えないのは 良くない。今度からは時間を決めて行こう。

『アルは優しくしてくれる?』
「とっても優しいわ。この前なんか」
フィアナが目を細めて楽しそうに、アルフォンの自慢をしだした。
はい。はい。ごちそうさまと、飛び立つ。

フィアナは 今までの生活を捨てて、新しい生活を受け入れた。
その努力もしている。
妖精だったから、人間の生活は何も知らない。だから、一から学んでいかなくてはいけない。それでも愚痴一つ言わない。
それに引き換え私は、いつまで 逃げてばかり。

そろそろ身の振り方を考えないと、いつまでも延ばすのは良くない。
親に納得してもらうためにも、それなりに将来について話さないと。

*****

フィアナは居間でロージーにオルゴールを回してもらいながら、アルとダンスの練習をしていた。
「あっ」
ハッとしてピタリと止まる。
(靴の下に柔らかいものが……)
下を向かなくてもアルの足を踏みつけていると分かる。
怒っているのかと見上げると 変わらず微笑んでいる。

「はぁ~」
アルの足を踏むのも、これで10回目。
そろそろ愛想をつかされても仕方ない。
結婚披露宴では上手に踊れたのに……。ちゃんとステップを踏むとなると 覚えるのは大変だ。
「下を見ていては、いつまで経っても上達しないよ」
それは分かっているけど……。やっぱり無理。アルは 痛くないと言ってくれるけど、ふみつけるたびに罪悪感が増す。
「アル。 今日はここまでにしましょう」
「いいのかい?」
「ええ」
「分かった。じゃあ」
そう言うとアルが、私に背を向ける。本当に終わりにするんだ。もう少し練習しようと、言うのかと思っていたか、らちょっと拍子抜けした。
( 仕事がたまっているんだろうか?)
首を傾げてアルを見送っていたが……。

***

フィアナはテラスでビビアンとレッスン休憩していた。今日はオレンジを用意した。
(本当に果物が好きなのね)
「ねえ、ビビアン」
「何?」
「ダンスって、でどうしても踊らなく
ちゃ ダメ?」
「駄目よ」
「そんなぁ~」
にべもない返事に絶望してフィアナはテーブルに突っ伏すと、顔だけ動かしてビビアンをみる。
(どうしてこんなに才能がないんだろう……)

平気だと言って帰っていくアルは足を引きずっていた。思い出すたび悲しくなる。 ロージーを相手にステップの練習をしているが、あまり成果がない。
「パーティーでは一曲は踊らないと、それがマナーだし」
「 ……… 」
そう言ってビビアンが林檎の上に乗る。
「剥いて」
「はぁ~」
助けて欲しくて聞いたのに……。 綺麗なドレスを着て、笑ってるだけでいいと思ったのに、考えが甘かった。
ズサッ。
ため息と共に起き上がると、ナイフを手に取って林檎を半分に切る。

「アルフォンの 足を踏むのが嫌なんでしょ」
その通り。こくりと頷く。このまま練習に付き合わせてたら足が腫れて靴が入らなくなってしまう。 そうなったら二度と練習相手に呼べない。他の使用人達もアルの腫れ上がった足を見て、
練習相手をさせられるかもと、私が近づいただけで蜘蛛の子を散らすみたいに逃げていくかも。 想像すると余計に憂鬱になる。
ズサッ。 
林檎をまた半分に切る。

「慣れよ。慣れ」
「 ……… 」
アドバイスになってない。もう100回は踊ったけど、全然だ。そんなの信じないと首を左右に振る。
ズサッ。
また半分に切って8等分にする。

「男も女も、みんな足を踏んだり踏まれたりしながら覚えていくのよ。アルフォンだって怒らないでしょ」
「それは、そうだけど……」
だから余計に申し訳ない気持ちになっちゃう。少しでも怒ってくれた方が気が楽なのに……。
ズサッ。ズサッ。ズサッ。ズサッ。
 8等分に切った林檎を横に4等分にして皿に並べる。
「パーティーでパートナーの足を踏むなんて、可愛いものよ。もっとすごいことが待ってるんだから」
林檎を両手で持ったままビビアンがニヤリと私に向かって笑う。ぞくりとする。なんだかパーティーに行くのが心配になる。それでも、それが何か気になる。
「なっ、何が待ってるの?」
「知りたい」
うんと頷く。
するとビビアンが、まるで獣が肉を噛みちぎるように、林檎を噛みちぎる。

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