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欺騙

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フィアナは人間として生きると決めた。お母さんにも、アルにも、そう言ったのに……。
心に刺さた欠片が痛む。
前を向かないといけないのに……。
こんな気持ちを、抱え続けなくては駄目なの?

瞼が震えアルが目を覚ます。
煙ったようなグレーの瞳を覗き込むと、アルが緩慢な動きで頬に手を伸ばす。その手を掴んで自分の頬に押し当てると、アルが寝ぼけまなこで 微笑む。
「……お……はよう……」
まだ夢の中なのか、ちゃんと喋れてない。そんなアルを見ていると、心がポカポカと春の日のように温かくなる。

アルが私に向かって微笑むのは 初めてじゃない。それほど何気ないことだ。だけど、その何気ない事が私の心に刺さっていた未練を溶かしていく。
(この笑顔が、私を守り、優しくしてくれる)
私が自分の気持ちを整理するまで、急かさずに待っていてくれた。 それだけ、私を一番に考えてくれている。
花婿がアルで良かった。私は幸運だ。 寂しさをアルの微笑みが埋めてくれる。

アルにも、私が花嫁で良かったと思ってもらえる様に努力しよう。
うん。そうしようと頷く。

「おはよう」
フィアナは 笑顔でアルの額に "おはよう" のキスをする。
すると、アルが手を引き寄せて 私の唇にキスをした。
突然のことに驚いて唇に手をやる。
そんな私に向かってアルが微笑む。
"おはよう" のキスじゃない。
その微笑みに、さっきまであった無邪気さはない。ドキリと鼓動が一つ鳴る。

*****

昼過ぎになってビビアンは、フィアナの家を訪ねた。
(もう十分、落ち着いころだろう)
テラスで一人お茶を飲んでいるフィアナが、私に気づくと スッキリした顔で
出迎えてくれた。
「いらっしゃい。ビビアン」
その表情から覚悟がついたらしいと察して、心からホッとする。


フィアナが淹れてくれた普通の味のお茶を飲みながら、クッキーにかじりつく。
元人間の私は 何を食べても問題ない。

フィアナが 気もそぞろで会話が続かない。何か言いたいことがあるのか私を盗み見する。
それをクッキー越しに観察する。
俯いてモジモジしているところを見るに、何かある。
そう思いながら 何を話すのかと待っていると、意を決したようにフィアナがパッと顔を上げて私を見た。
「その……」
だけど、私の顔色を伺うように、恐る恐る話しかけた。
「……ごめんなさい。昨日は……酷い事言って……怒ってる?」
小首を傾げて私の返事を待っているフィアナを凝視する。
(謝った……)

人に謝るのは勇気がいる。
それに、思い返しても 謝られる程 酷い言葉を言われた記憶が無い。
(子供みたいに大泣きして、駄々をこねられただけだ)
「いいえ。私が あなただったら、きっと同じことしてたわ」 
理解出来る。
(多分、私の方が悪質だろう。悪態をついて物を壊している自分が容易に想像できる)
フィアナの八つ当たりなど可愛いものだ。
「ビビアン……ありがとう」
胸のつかえが取れたと安心している。そんな姿に、つくづくフィアナは素直な良い子なのだと思う。
「お礼を言われるような事してないわ」
首を振って否定する。
今度は感謝されて調子が狂う。
するとまたフィアナが、もじもじしながら上目使いで 私を見る。
(今度は何?)
 緊張しているのか唇を舐めている。
謝るより 難しいことなの?

「私……人間になるでしょ。だから……
その……いろいろと……人間の生活を教えて欲しいの!」
 ためらうように言い始めたが、最後は身を乗り出して迫ってきた。
勢いに押されて仰け反る。

目をキラキラさせている。フィアナの
ヤル気に満ちた表情を見て鷹揚に頷く。
(フィアナが その気なら付き合うしかないわね)
勉強するのは良いことだ。そして、その役目に適任なのは私しかいない。
下手なマナーの先生より、私の方が教えるのが上手い。
「分かったわ。私が、ビシバシ教えて、立派なレディーにしてあげる」 
自分の胸に手を置くと、顎をツンとあげる。



自信に満ちた表情を浮かべるビビアンを見て嫌な予感がする。
(ビシバシ?……もしかして やる気に火をつけた?)
教えてもらうなら事を情知っている相手がいいと思ったんだけど……。
「この前は、お茶の淹れ方を教えたから……」
一人ブツブツ言い出したビビアンを見て、始まってもいないのに後悔した。

***

場所を寝室に移動するとビビアンの指導のもとレッスンがスタートした。
「まずは、立ち振る舞いね」
と言って本棚に飛んでいくと、一冊の本をペシペシと叩く。
「この本を頭に乗せて歩いてみて」
「はっ?」
そんなこと言われてもピンとこない。本を載せる意味がわからない。
人間が本を乗せて歩いているところなど 見たこともない。
本当にあってるの?
「ほらほら、早く」
疑問を言う間も与えられず、頭に本を乗せて部屋の端から端で何往復も歩かされる。
しかし、数歩も行かないうちに本が落ちてくる。その為にダメ出しの嵐。
「猫背になってる」
「背筋を伸ばして」
「顎を引いて」
「手と足が一緒になってる」
「ドレスは蹴って進む」
 蹴る? どこを?
「膝が曲がってる」
「頭のてっぺんから糸で引っ張られてる感じ」
糸で引っ張られる感じ? 操り人形みたいに動けばいいの?
「だめだめ。手足の動きこちない」
「指先まで気を配って」
「もっと優雅に」
言われるがままに厳しい指導についていたが、"もう無理" そう言おうとしたタイミングで、ロージーがワゴンを押して入ってきた。
(よかった。休める)
「奥様、少し休憩されたらいかがですか?」
 ロージー あなたは女神だと、手を取ってニッコリと微笑む。
「あっ、ありがとうございます」
すると事情を知らないロージーが面食らったような顔をしたが、 恥ずかしそうに手を放すと机の上にデザートを並べ始めた。


フィアナはデザートの苺をナイフを使ってビビアンが食べやすいように4等分にする。食事のたびに使うからナイフを使うのも上手になった。

プレートの皿を挟んで左右にナイフとフォークが何本も並んでいた時は驚いた。 後でアルから その理由を説明してもらった。
ぶどうの皮を剥いているとビビアンが苺を両手で持ってかじる。
「お茶会とか、パーティーの招待状が届いてるんじゃないの?」
手と口を拭きながら聞いてくる。
お茶会? パーティー ? 招待状?
葡萄を剥く手が止まる。
(あっ!)
綺麗に飾られた封筒を見たこと思い出した。そういえばロージーに、出席するかどうか聞かれた。
「来てるわ」
アルに、 どうするのかと聞くと断ると言っていた。いっても、つまらないとアルは言っていたけれど、ロージーは華やかで 楽しいと言っていた。
ちょっと興味があったけど、すぐに妖精に戻るから関係ないと思って、気にもとめなかった。でも、これからは そうもいかない。
他の人間との付き合いも大事だろう。

人間になるんだから、 腰を据えて考えないと、アルに相談してみよう。
「それで、返事は誰が書いてるの?」
「多分……アル?」


ビビアンは疑問形で答えたフィアナを見て、 やっぱりアルフォンが 過保護にしていると呆れる。
もちろん、アルフォンが心配もわかる。フィアナは妖精だし。
だけど、伯爵夫人なんだから、 社交界とは 切っても切れない。
そろそろ社交界デビューも考えないと、つまらぬ噂が流れかねない。
「う~ん」
ビビアンは腕組みして、今まで付き合いのあった夫人や令嬢たちの顔を思い浮かべる。

 一番聞かれるのは 出目と馴れ初めだ。新参者だし、電撃結婚だから、みんな 聞きたくてうずうずしてるはず。
( ……… )
そう言えば、どうしてアルフォンと結婚したのか聞いてなかった、

その場で決心させたんだもの、どんなことを言って承諾させたんだろう。
秘密が知りたい。
他人の恋話を聞くほど楽しいものはない。
「 その……フィアナはどうしてアルフォンと結婚 しようと思ったの? 決め手って何?」


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