身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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鐘愛

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フィアナは結婚式の最中だと言うのに、他の事に気を取られて何一つ耳に入っていなかった。どうしようと困っていると「誓いますか?」と、神父様が聞いて来た。
(あっ、この場面知っている)

何回も見て来たから何時の間にか覚えていたのだろう。無意識にするりと言葉が口から出てしまった。
「Yes.Ido」
言った本人が一番驚いた。しかし、次の瞬間 サーっと血の気が引く。私、とんでもない事をしてしまった。
花婿は、私が妖精だと知らないのに。
結婚と言う約束をしてしまった。ショックなような、舞い上がってしまいたいような、何だか分からない気持ちだ。
でも、どんな約束なのだろう……。
人間の結婚って『番』になることよね? 番……つまり、子供を産んで育てるを、繰り返しながら一生を終えることだ。でも、人間と妖精は同じ?
漠然とした 何か大きなことを決めたと言う不安に怯える。
(良かったのだろうか? )


心に浮かんだ悩みも消えないうちに、ベールが持ち上げられた。誓いのキスの時間だ。花嫁たちは微笑んでいたり、涙ぐんで居たりしてはずだ。私も同じようにした方が良いのだろうか? 微笑もうとするが、顔が引きつるだけで上手く笑えないでいると、花婿の手が頬に添えられる。
(温かい……)
私を気遣う何気無い優しい仕草なのに、その温かさが冷たくなった体に染みこむ。
(緊張していたんだ……)
お母さんと同じ。寄り掛かりたくなる。フィアナは甘えるように、その手に自分の頬を押し付けてホッと息を漏らす。
(このまま、こうしていたい……)
しかし、ハッとして目を開ける。私ったら、子供じみた態度に恥ずかしくなる。上目使いで花婿の表情を伺うと私と違って自然な笑みが浮かんでいる。

花婿が自分に危害を与えないと言うことは分かってるのに、何故か胸がドキドキする。それに、頬が燃えるように熱いし、花婿と目を合わせられなくて盗み見している。
(私、どうしちゃったの?)
こう言う気持ちは慣れない。火照った頬を手で扇ごうとする前に花婿の唇が頬に押し当てられた。
(これがキスなのね……)
花婿の唇は柔らかく熱く潤っている。
何度も見て来たが、自分がされるのは今日が初めてだ。花婿が唇を離すと名残惜しそうに手も離す。私も寂しい気持ちになる。すると、花婿が私の腰を掴んで引き寄せる。
「えっ?」
神父様が何か言っているが、腰に回されて花婿の手が気になってしかたない。お母さん以外で、こんなに密着したことはない。
その事を意識すると、胸のドキドキが、酷くなる一方だ。
このままだと死んでしまいそう。
そう思って花婿から離れようとすると、また腰を掴まれて引き寄せられる。

このままでは不味い。
花婿と距離を取ろうとすると、
「フィアナ。ここにサインして」
と言ってペンを渡された。そのインクの匂いに、昔、悪戯したことを思い出した。

人間の真似事をしようと、自分の身長ほどもあるペンを使って文字を書こうとした。だけど、当然上手く書けずに、ドレスにインクの染みをつけるだけで終わってしまった。
(お母さんに怒られたな……)
そんな事を思い出しながらペンを動かすと、すらすら書ける。
我ながら上手く書けた。
体が大きいと今まで出来なかった事も出来そう。ちょっと得した気分になる。ペンを返すと花婿が腕を組んで歩き出す。胸に当たる花婿の逞しい腕にドキリとする。今日の私は変。
花婿と触れる度に、おかしくなる。
人間になったから、体が不調なのかも。兎に角、平常心を取り戻そうと深呼吸をくり返す。

気付けば 、いつの間にか教会の外に出ていた。自分の顔に当たる太陽の光で我に返る。
早くお母さんの所へ行かなくちゃ。そう思って歩き出したけど動けない。反対に、お母さんから遠ざかっていく。そうだ。腕を組んでた。
「あの……」
お母さんのところへ立ち寄りたいから、腕を離して欲しいと頼もうと花婿を見た。と、その向こうに、小さなキラキラしたものが見える隠れする。
(あっ!赤毛の妖精)
ビビアンで間違いない。

ビビアンの元へ行こうとする。でも、腕は挟まれたままだし、参列者に囲まれていて思うように近づけない。
それでも、ビビアンの方に近づこうとするが、彼女もどうにもできずに、参列者の後ろを右往左往している。あとちょっと、そう思っても人間が生み出す風のせいで彼女が遠くへ飛ばされてしまう。お互いに何とか近づこうとするが、その度に花婿が何処へも行かせなと引き留める。
「ちょっと待って……」
声をかけたが、次の言葉が出てこない。話しても無駄だ。姿も見えないし、声も聞こえない。
(ビビアンと話しがしたいのに……)
両側に参列者たちが並んでいて進行方向が固定されてる。
こんなに人が多くては難しい。
でも、諦められない。

「待って」
「ちょっと」
「だから」
いくら花婿に声を掛けても、参列者に笑いかけるばかりで、こっちを見てくれない。このままでは花婿の思い通りだ。少しは私の言うことを聞いて欲しい。
(もう!)
怒って花婿の腕を叩く。すると、花婿が驚いたように私を見る。
やっと、こっちを向いてくれた。
「あのね……」
話しだそうとしたが、狙いすましていたかのように参列者たちがライスシャワーの花弁や米が投げつけて来る。
(痛っ!)
米、一つ一つは小さい。でも、まとまって投げつけられては別だ。腕で顔を庇いなから進む。しかし、笑いながら参列者たちが次々に投げつけらる。
(もう、嫌だ。これに何の意味が?)
「痛い!」
痛みに足が止まった。すると、花婿が私を抱き抱えて走り出した。しかし、
その後を参列者たちが追いかけてくる。
(もう、なんなの。しつこい)
逃げ込むように馬車に乗る。ドアを閉めてやっと解放されたと安堵する。
体に着いた米を払い落としていると同じ聞こえる。
顔を上げると花婿と目が合う。その事が可笑しくお互いに笑い合う。

シートに凭れてホッとしていたが、ビビアンの事を忘れていたことを思い出して起き上がる。
(そうだ。彼女はどこ? )
ガラス窓に両手をついて、頼みの綱の彼女の姿を見つけようと目を凝らす。さっき見かけたから、絶対近くに居るはず。すると、私はここよと、大きく手を振っているビビアンを見つけた。
(居た。良かった……)
手を振り返すとビビアンが両腕で円を作る。分かったと言う意味でいいのかな?きっと、ビビアンが追いかけてくるはず。だったら、それまで大人しく花婿の家で待っていよう。教会の外に出たら事がないから、道が分からないし、入れ違いになっても困る。
(後は、ビビアンの到着を待つだけね。そうすれば、元通り)
そう安心していたが、馬車が動き出しえいることに気付く。


このままでは教会の外に出てしまう。一難去ってまた一難。早く皆の所へ戻らないと取り返しのないことになる。
フィアナは教会を指さしながら半べそで花婿に訴える。
「あっ、駄目! 教会の外へ出ちゃう」
「そうだ。これから屋敷に帰る」
何を悠長なことを。屋敷に着く前に襲われる。フィアナは恐怖で腰が抜ける。
(嫌だ。そんな恐ろしい所へ行きたくない!)
皆が教会の外には恐ろしい生き物がいて、妖精など一口で食べられてしまうと言っていた。助けてけれと花婿に倒れ込むようにしがみつく。
「たっ……たっ……助けて……」
「大丈夫。馬車は安全な乗り物だ。いざとなったら私が守るから」
しかし、花婿は落ち着いた声音で返事をする。私を引き上げると自分の膝の上に私を乗せると肩を抱き寄せる。

「分かっている。大丈夫だから」
「えっ? えっ? えっ?」
花婿が任せてくれと頷く。
どう言う事? モンスターから私を守ってくれるって言う意味?
体は大きいけど、人間ってそんなに強いの?
馬車が門をくぐり、教会から離れてどんどん小さくなり、とうとう見えなってしまった。フィアナは頭を抱えて硬く目を瞑って祈った。
(もう、駄目だ。ああ、どうか食べられませんように)
「どうした。頭でも痛いのか?」
頭? 何に言ってるの? 怖くないの?

花婿の言葉にフィアナは恐る恐る目を開けてチラリと見る。
花婿が心配そうに私を見ている。今度は窓の外をチラリと見た。そこには静かな、教会の周りと同じような街並みが広がっている。
馬車が石畳を走る音しか聞こえない。
(あれ? どうなってるの? )
「……怪物は?」
「えっ? 何だって?」
花婿が怪訝そうな顔で聞き返して来る。
フィアナは首を捻る。何かが変だ。
「外には怪物がいると聞いていたんですけど………」
「………怪物?」
そうだと頷く。生まれたてときから、お母さんに口酸っぱく言い聞かされて来た。でも、花婿の眉間の皺がどんどん深くなっていく。人間はモンスターが居るって知らないの?
「………」
「それは物の喩えじゃないのか」
「物の喩え?」
花婿の言葉にフィアナの中で疑問がわく。お母さんたちから聞いていた話しと違う……。花婿のオーラが緑色に変わっていく。不安?
つまり、花婿は私の態度に不安を感じている。
(………)

もしかして、騙されていたの? ミツバチさんや蝶々さんたちまで、グルになって私を騙してたんだ。一人で勝手に出掛けて迷子にならないように。
お母さんも酷い。何時まで経っても子供扱いして!
頬を膨らませて怒っていると、花婿が不思議そうに顔で私を見ている。その顔を見て、これ以上突っ込まれないように慌てて取り繕う。
「………そっ、そうですね。怪物なんて……いないですよね……ははっ……ははっ……」
まさか怪物に食べられると思っていたなんて、恥ずかしくて言えない。
「フィアナ」
名前を呼ばれて顔を向けると花婿が真剣な顔をしている。
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