身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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首途

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フィアナは、これ以上ついて行きたくないと立ち止まる。教会から出ていくなら反対方向だ。不安になって聞くと花婿が首を傾げる。
「神父様のところだよ。さっきフィアナが、『分かってくれたかな?』と聞いたら『はい』と返事をしただろう」
「えっ?……あっ、それは……」 
返事に困って言葉を濁す。
運命のドレスのゆらいが分かったと言う意味で、結婚するとは一言も言ってない。勘違いさせたのは私だけど、その結論は余りに乱暴すぎる。

名前さえ知らない相手と結婚なんてありえない。人間と妖精が番になるなんて、見た事も聞いた事も無い。
それに、私は結婚の意味さえ知らない。私が知っているのは此処で結婚式と言う物をする事だけだ。その以外の事は知らない。それなのに、分かりましたと簡単に頷けない。
花婿に間違いだと両手を振りながら、傷つけないような言葉を探す。
「だから、……その……ええと……」
「君まで私を……」
そう言って花婿が、私に感情を見せまいと瞳を伏せる。花婿のオーラに、うっすらと寂しい色が滲む。
(私だ。私の責任だ)
その事が自分の胸にポトリと落ちて広がって行く。すると、自分も花婿と同じように、どんどん辛い気持ちになる。
「………」
「………だ……ま……」
上手い言葉が見つからずオロオロしていると花婿が深い溜め息をつく。その溜め息が罪悪感が苛む。
花婿は何一つ悪くない。
私さえ来なければ、今頃はみんなに祝福されて笑顔だったのに……。慰めたい。その気持ちが膨らんで、つい声を掛けてしまった。
「あの……」
「フィアナ。君が嫌なら断ってもいい。だけど、……私の事を思うなら……」
花婿がパッと私を見て話しだすが声が小さくなり、俯いてしまった。

お手伝いの内容が他の事ならいくらでも協力したのに……。
残念で堪らない。
(でも、結婚は……)
悲しまないでと、花婿の頭を撫でようと そっと手を伸ばす。髪に触れる瞬間、花婿が顔を上げた。
フィアナは慌てて手を引っ込めようとしたが、その手を花婿が掴む。
手袋越しでも手の大きさや固さに驚く。よく見るとゴツゴツしている。
すると、花婿がギュッと私の両手を自分の両手で包み込む。
「フィアナ。少しだけで良いから、私と一緒にいて欲しい」
「えっと……でも、私……」
もちろん助けてあげたい。
でも、少しがどれくらいの期間を示すのか分からない。ビビアンが来て入れ替わってしまえば、すぐ終わってしまう。何時、ビビアンが来るかも分からない。今日かもしれないし、十日後かもしれないし、一月後かも知れない。そんな身勝手な約束など出来ないと首を振る。
(変に希望を持たせて、これ以上傷ついて欲しくない)

すると、花婿がグイッと掴んだ手を引き寄せると私の耳元に唇を近づける。
「お願いだ」
「………」
ジリジリと迫って来る花婿から逃げようと顔をそむける。だけど、花婿が私の名前を囁く。
「フィアナ……」
「………」
花婿の必死さが伝わるだけに、困って泣きなくなる。花婿の無茶な手伝いを断りたい。でも……。ドレスに選ばれたと言うこと。ビビアンが、妖精になってしまったこと。私の返事を花婿が誤解したこと。周りの人たちが期待していること。その全てが、自分にのし掛かって来て私を逃がしてくれない。
そんな私の気持ちを知ってるくせに、口説いてくる。
「ずるい……」
と花婿に向かって口を尖らせる。
花婿の視線が私の唇をチラリと見たかと思うと私を引きずるように歩き出した。
「えっ、ちょっと」
戸惑う私をまたずに、花婿がオルガン奏者に合図を送る。

パイプオルガンから再び結婚行進曲が流れると参列者たちが慌てて席に付く。
(どうしよう。どしよう……)
このままでは式が始まる。助けを求めて周りを見まわす。でも、誰も居ない。
(ああ、私はどうしたらいいの?)
どんどん追い込まれて行く。その間も一歩一歩と進んで行く。
とうとう、何一つ決心がつかないまま祭壇の前に着いてしまった。

*****

ビビアンは、アルフォンが、あの娘と一緒に祭壇に向かっているのを唖然とした顔で見ていた。
まさか、私の代わりに彼女と無理やり結婚しようとしているの?
都合よくウェディングドレスを着ているからって、誰でも良いの?
いくらプライドの為でも別人と結婚するなんてあり得ない。
それくらいの常識は持ち合わせていると思ったのに……。そのまさかが起こりそうだ。
兎に角、止めないと。
「罪も無い娘を捲き込むんじゃない!」

それなのにいくら手足をバタつかせても、スピードが上がらない。このままじゃ間に合わない。
妖精って自由に動けないの?
「もう!どうしたらいいのよ」
不満を爆発させたが、その視線の先に二人を捉える。二人並んで神父様の前に立っていた。
「身代わりなんて駄目よ!」
声の限りに叫んでも誰も耳を貸してくれない。
私の我が儘のせいで他人が不幸になんて絶対駄目!
そんなの余りにも辛すぎる。
(何が何でも、止めさせなくちゃ!)

*****

祭壇まで、後数歩と言うところで花婿が急に腕を外す。
えっ?ここまで強引に連れて来たのに、どうして私を置いて行くの?
何でと花婿を見ると神父様を見ている。だから、訊ねるように神父様を見ると慈愛に満ちた瞳で見返して来る。
その瞳は嫌なら嫌と言いなさいと語り掛けている。
嫌だと言いたい。でもそれを躊躇わせる何かが心の中にある。
自分で決断出来ず花婿を頼るように顔色を窺うと、真っ直ぐ前を見ている。
無視ししてるの?そう思ったとき、ゴクリと花婿がのど仏を動かす。
その音がはっきりと聞こえた。
緊張している?ううん。怖いんだ。私もビビアンと同じように逃げ出すのではないかと。

わざと、私を見ないようにしている。それはつまり……。最終決断を私にゆだねると、言う事で良いのだろうか?
中止しないと私を見る神父様。中止しないでと私を見ない花婿。
その気持ちを感じ取ったフィアナは『私は味方だよ』と、勇気づけたかった。だから、迷ったが結局、花婿の隣に並ぶことを選んだ。
すると、聞こえるか聞こえないか程の小さなため息を花婿がつく。
その音に見上げる私に向かって笑みを浮かべた。それを見て突然、どこで、この瞳を見たのか思い出した。

空いっぱいに広がるどんよりしたグレーの曇。その曇を突き破って雨上がりを知らせるように、金色の柱が地上を照らす。そう。虹がかかる前の空。皆が嬉しそうに見上げる空。それが花婿の瞳だ。雨に濡れた葉っぱから外に這い出て最初に見る空。私をホッと安心させる空。
(ああ、だから綺麗だと思ったんだ)
柔らかな笑みを浮かべると花婿が目を細める。

「神父様。お願いします」
神父様が自分の前に立っている私と花婿を目を泳がせながら見比べる。
「いや……だが……」
神父様が、何か言おうとしたが花婿が目で制する。その後もアイコンタクトで話しあってる。互いに首を振ったり頷いたりしている。
(何の話しをしているんだろう?)
それで会話が成り立っているんだから、人間って不思議だ。そんな二人を目の端で捉えながら、お母さんに空を閉じ込めた瞳をした人間がいると教えたいと考えていた。花婿を紹介したらお母さん驚くだろう。二人が対面したときの事を想像するとおかしい。口元が緩んでしまう。それを隠すようにブーケで口元を隠す。しかし、そこでハタと気づく。

そうだ。お母さん。きっと帰りが遅いと心配している。
早くお母さんの所へ帰らないと、そんな事を考えていると花婿に小突かれて、我に返った。
(えっ?)
顔を上げると神父様が心配そうに私を見ている。何時の間にか式は進んでしまっていたようだ。
他のことに気を取られて何一つ耳に入って無かった。何か返事を待っている用に見える。花婿を見るとその瞳には期待と焦りが浮かんでいる。
(何をすればいいの?)
目でそう問うが通じるはずもない。そうしているうちに、その複雑な瞳とは別に悲しそうなオーラの花婿を覆い始める。
(何?何?今度は 私 何したの?)
でも、声に出して聞ける雰囲気でもない。どうしようと困っていると「誓いますか?」と神父様が聞いてきた。

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