春花の開けてはいけない箱の飼育日誌

あべ鈴峰

文字の大きさ
上 下
84 / 93

八十一日目

しおりを挟む
 宮貫は物が散乱した床に呆然と立ち尽くしていた。家中の扉という扉を開けた。
タンスの中の物を全部出してくまなく探した。米の入っている壺までひっくり返した。
何でだ! なんで何も見つからない。 
写生帖だ。それなりに厚みもある。
何処かの隙間に入ったとは考えられない。
(………)
この前まで写生帖が置いてあった場所に目をやった。認めたくない現実にドクドクと 脈打つ。昨日、下見した時は確かにあった。
他の者に 先を越されたのか?
さっきの気配がそうだったのか?
一攫千金のチャンスを逃したのか?
足の力に抜けそうになる。 
それもたった一晩で……。
誰かに出し抜かれたことに腹が立つ。それと同時に踏ん切りがつかず 今日まで 引き伸ばした自分にも腹が立つ。


✳✳✳

 小黒は寝台の脚の陰から泥棒を見ていた。
タッチの差で盗まれたなかった。
「あーっ、くそっ、くそっ」
泥棒が手当たり次第に物を投げ捨てている。 
完全に八つ当たりだ。
まあ、その気持ちも分かる。 俺だって、そうしただろう。分かる。分かるぞ。
箱の中で何度も頷いた。最後まで取っておいた好物を食われたような気持ちだろう。
好物といえば……。きっと今頃 春花たちはどうしてるんだろう? きっと ごちそうを食べてるんだろうな……。想像したら、なんだか腹が減ってきた。

✳✳✳

 ちょっとだけ。 そう思っていたのに……。
筆が滑らかで、顔料の発色は良くて、紙が滲まないとなれば、筆が乗るのはどうしようもない。春花は美しい庭園を前に絵を書き続けていた。

✳✳✳

 万城は音を立てないように楽の後ろを陣取ると出来上がっていく絵を見ていた。
特等席の気分だ。
薄墨で軽く下絵を描くと、どんどん 色を置いていく。集中して書いている姿から絵が好きだという気持ちが伝わってくる。
隣同士の色が混じらないように。逆に混じらせてみたり。大きな筆で背景をぼかして書く。しかし、それでいて何かはっきりと伝わる。極細の筆で花粉を一つ粒一粒描いていく。主役には色んな技法を駆使している。見ているだけで勉強になる。
描いてる姿勢が、絵をどう思ってるか感じられる。

✳✳✳

 信は結と出された料理を食べながら庭を見ている二人を見ていた。二人ともずっとあの調子だ。
 (何が楽しいんだろうか……) 
パタンと閉じる音に顔を向けると 卓のそばで写生帖を見ていた石岳さんが手に持っていた写生帖を他の写生帖の上に積んだ。
「これなら 盗まれるのはわかる気がする」
「うん。楽兄ちゃんは絵が
うまいもんね」
「 石岳さんは絵を描くんですか?」
「 いや、でもわかる」
「………」
「………」
「なんだ 信じないのか? これでも万城様のお付きで沢山絵を観てきたんだそ」
「そうなんだ」
「………」
見ただけで、絵の良し悪しがわかるは、不明だけど多少の目利きはあるんだろう。
「ところで、この写生帖どうす?」
「どうするって、何がですが?」
「泥棒に入られたんだろう。それでも持ち帰りか?」
「………」
「………」
確かにまた 泥棒が入るかもしれない。
運が悪ければ 鉢合わせするかもしれない。
それは一番心配していることだ。楽兄ちゃんと相談してみよう。あんまり写生帖に思い出いれがないみたいだし。

✳✳✳

 駄目だ……。
 ガクッと 肩を落とした。うまく書けない。
次だ。次こそ。そう思って新しい紙を用意しようとしたけど 紙が無かった。
「えっ?」
そんなに描いたのと辺りを見ました。
すると、足の踏み場もないほど描きかけの絵が散乱している。顔料も少なくなっている。調子に乗っていたと自分には呆れて首を振った。すると目の前に万城が居た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...