上 下
83 / 86

八十日目・

しおりを挟む
 まずい……。
小黒は扉の向こうに人の気配を感じて 身を強張らせた。その相手が 泥棒だからだ。
扉に差し込まれた金具が証拠だ。
盗賊にはニ種類のタイプに分かれる。華麗に気づかれないように盗むか、派手に見つかっても構わないと 盗むかだ。
前者は人を殺したり、物を壊したりしない。 だが、後者はそうじゃない。下手したら証拠隠滅にと火を放つこともいとはない。やばいやつらだ。

 この家は見るからに貧乏だ。
きっと、コイツも春花の絵が目的だろ。
(………)
俺に侵入を止める術はない。
通り道にならないところに移動しないと 壊される。


✳✳✳

 宮貫は どうなってるのか わからなくて不安を抱えていた。
なるべく 殺したくはない。
コツン、コツンと軽いものがぶつかる音が続く。規則正しく聞こえた。まるで 大工が仕事をしているような音だ。
修理でもしているのか? 首をひねる。

 もう少し聞こうと耳を押し付けた。
コツン、カカッ、コツン、カカッ、カカッ、コツンと、今度は不規則な音だが、確かに聞こる。
どうする?
ゴクリと唾を飲み込んだ。
相手は一人だ。 押入れか?
(一人ぐらいなら何とかなる)
それとも出直すか?
どうする?

✳✳✳


 「よく来てくれた」
笑顔で 私たちを迎え入れた銀万城は噂にたがわぬ美丈夫だった。護衛もいるから、ひ弱かと思ったが 衣もしても胸板が厚いのが分かる。人物画は描かないが それでも描いて
みたいと思わせて魅力がある。


✳✳✳

 万城は入ってきた若者を見て眉をひそめた。男と言える女子のようだ。
体が育っていない少年の頃はそう 勘違いされる者が多い。しかし 首と肩のつき具合、茶を手にした時の手首の細さ。関節が目立たない指。どこを見ても女子に見える。決め手になったのは 背中を丸めた時のその不自然さだ。
胸を晒して巻いているからかスムーズな動きにならない。
(男装してまで……)
貴族の女子なら たしなみとなるが、市井の女子となると、金の無駄遣いだとやらせてはもらえなかっただろう。
肩みの狭い思いをしたことだろう。それでも筆を離さなかったんだ。描くことが好きなのだろう。

✳✳✳

 春花は出され菓子に舌鼓していた。
 お菓子も美味しいけど お茶も美味しい。
久しぶりだ。そんなことを思って、お茶をすすっていたが 招かれた目的を思い出した。
そうだ。食べてる場合じゃない。
 「これが私の写生帖です」
そう言うと 風呂敷を開けた。
こんなものを見たいとは変わっている。
「おお、そうだった」
万城が嬉々として写生帖に手を伸ばした。
間違いない。 相当の実力者だ。
楽が持参した一冊目の写生帖を見終わると、次の写生帖を掴んだ。

✳✳✳

  暇を持て余していると部屋の奥に画材道具が目に入ってた。
「気になるの見ても構わんぞ。なんなら何か描いてもいい」
「では お言葉に甘えて」
 気にならないと言えば嘘になる。
社交辞令だとしても見てみたい。このチャンスを逃したら次はないことを知っている。

 机の上にズラリと並んだ顔料も、描き捨ててある紙も 乱雑に置いてある筆も、どれをとっても高級品だ。私は見るだけで使ったことはない。これは金持ちの道楽。そう 嘆きたいところだが、それに見合う作品を作っている。 特に この女の人の絵。 恋人だろうか?
絵からはその人に対する愛情を感じられる。
こちらを見ている 瞳の輝き 笑ったことで できる 頬の膨らみ 髪の毛 一本一本に至るまで 微に入り細に入り という言葉が似合う作品だ。市井の者に対しても傲慢でもない。
その作品を見て、万城に対する考えを改めさせられた。


✳✳✳

 宮貫は盗みに入ることを決めた。
念のため 用意していた 短刀を懐に隠して。
思い切って中に入った。 しかし 人の気配はない。さっきの音は何だったんだ?
窓も開いていない。家の中を一周してみたが 猫の子一匹いなかった。不可解なことばかりだ。
「………」
早めにこの家から出よう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

クラスメイトに死ねコールをされたので飛び降りた

ああああ
恋愛
クラスメイトに死ねコールをされたので飛び降りた

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...