春花の開けてはいけない箱の飼育日誌

あべ鈴峰

文字の大きさ
上 下
68 / 93

六十五日目・それぞれの青空

しおりを挟む
 小黒は今までの疲れが出たのか ご飯も食べずに眠り続けていた。
カクン
体が大きく傾いて目を覚ました。
よく寝た。体も軽くなった気がする。かぶっていた木箱をどかして、体を伸ばして 最後の眠気を追い払う。
う~ん。
狭い路地から見る空は細長い。だけど、青く どこまでも高かった。
「いい朝だ」
 春花のところへ帰ろう。
何日かぶりか知らないが、心配しているだろう。
(………)
信と結は絶対 心配している。
もう一度 箱をかぶって通りに出ようとしたが どこからともなく いい匂いが漂ってきた。
 旨そうだ。 クンクン。肉の出汁がよく出ている汁の匂い。きっと 肉そばだ。
同意するようにググッと腹が鳴った。
ここまでを遅くなったんだ。 もうちょっとぐらい遅くなっても大丈夫だろう。
方向 を大通りに変更すると動き出した。
久々に飯が食える。
そう思うと足早になった。


✳✳✳

 万城は新しく 手に入れた姿見の前で 体をひねって 後ろ姿をチェックした。今日のために衣
を新調した。
(落ち着いていても若々しく見える生地だ)
そのことが気分を良くしてくれる。
部屋を出ると控えていた石岳が立ち上がる。
「 馬車にいたしますか?」 
「………」
その方が楽だけど、きっと通りは人でごった返して身動きが取れなさそうだ。
それでも 馬車で向かう者が多い。
どちらが先に通るかで喧嘩している場面 よく見かける。中途半端に身分が高いものほど、つまらぬことにこだわるものだ。
「 馬で行く」
「御意」
石岳が拝手すると踵を返した。
その後ろ姿を見ながら これでいいかと顎に手をやる。庶子の私のことをよく思わない物は多い。
( 顔も金も 武芸も人より秀でているせいだ)

 まずは父上のところへ行くか。
合流した方が遅れても文句は言われない。
門を出ると青い空が広がっていた。
天も今日を楽しみにしてるのかもしれないな。


✳✳✳

 通夜でもここまで暗くはない。
全員が眠れぬ夜を過ごし 無言のままだ。
二人とも 小黒の話をしたら泣き出しそうだ。
そんな どんよりとした食卓に春花は信たちと
座っていた。食卓に適当に作った料理を並べられているが 誰も箸が進まない。
この二日。 調べられることは調べた。
しかし、どこにも隙がない。 耳に入ってくるのは悪い話ばかり。警備は厳重、本堂から 祭壇までの動線もわからなかった。私たちがいた場所も他に人がやってきて 弾き出された。
寺院の周りには昨夜から 場所取り合戦が始まっていた。近くの建物の上で 見物しようと酒を飲んでいる強者も 現れた。役人、見物人に、それを目当てに商売する人、といろんな人が群がっている。こうなっては どうやっても近づけない。つまり 小黒を助けられない。
(………)

  小黒がいなくたって 何ともない。
ただ別れ方が気に入らない。
食べ過ぎてお腹を破裂させて死ぬ。 逃げようとして 馬車に引かれて死ぬ。そんな、しょうもない理由の方が納得できるというものだ。
時間は刻一刻と過ぎていく。
だけど、小黒が死ぬ覚悟はできない。
見殺しにするしかない。その事が 諦めきれない気持ちになる。信たちも何も言わない。
泣いたり 怒ったりしないのは本人たちも もう小黒を救う術がないことを自覚しているからだろう。
でも行かなければ。たとえ救えなくたとしても、それに立ち会うのは 飼い主としての責任だ。春花は すくっと作っと立ち上がった。
二人が私を見る。
「 行こう」
そう言うと、こくりと二人が頷いた。
二人とも私と同じ気持ちだ。

   戸を開けると眩しい光が襲ってきた。
目を細めて空を見ると無駄に綺麗な青空だった。その青空を恨みがましい気持ちで睨みつける。雨とは言わないけど 小黒の死は哀れむなら
少しは曇っててもいいのに……。
歩き出すと素直に二人がついてくるのは、自分たちの親の死を見届けたからだろう。
親の死は 魂に傷ができると言っても過言ではない。それほどまでに 重い。
また一つ 傷を増やすのかと思うとやるせない気持ちになる。


✳✳✳

   新しい衣に青い空と上がった気分で父上を迎えに行ったが、正室の荷氏の出迎えに急降下した。きっちりとした髪、化粧、衣、 どこを取っても隙がない。
( それが男を遠ざけるのに……)
ネチネチと小言が続く。
『庶子のくせに』『 身の程を知れ』『 父親の寵愛を受けているからと調子に乗るな』
(そもそも あんたの子育てが失敗したからだろう)
いつものことと 受け流していたが 、途中で、そう言いそうになった。

   万城は父上と同じ 馬車で 龍泉寺に向かっていた。
(厳のやつ、 父上の見送りにも顔を出さなかった。だからダメなんだ)
馬車は予想通りのろのろとしか進まない。馬車の窓開けなくても人の気配が分かる。
「まるで 見世物ですね」
 「綺麗な言葉で言い繕っても同じことだ」
「………」
 敵の大将の首を掲げたり、城門に死体を吊るしたり、  昔も今もそうやって世に知らしめている。負けたものに 尊厳などない。
それはお化け人形も一緒だ。
(だが本当に成仏するのだろうか?)
あの人形は 主恋しさに彷徨っていたんだ。
幽霊人形として復活しないといいが……。
「手順は覚えたか?」
「 はい」
父上は座っているだけで、実際 進行するのは私と住職だ。

✳✳✳

   小黒は、ばれないように屋台が置いてある
卓の下を通りすがりに一口ずつ つまみ食いしては移動していた。舌の肥えたものが 、味が薄いと言っていたり、言った時は ドキッとしたが、見つからなかった。気づけば 大通りの端に来ていた。追われていた頃を思い出して眉間に皺が寄る。あんな思い二度とごめんだ。
今度から大人しく与えられたものだけを食べよう。うん、うん。そうしようと頷いた。
しかし 気になるのは 人気のなさだ。
どうなってるんだ⁉
早朝より少ない 。首をひねっていると、
「竜泉寺に行くだろう」
「 もちろんだよ 俺の予想じゃ 町中の人間が行くね」
卓の下から上を見た。二人とも笑顔だ。
そんなに人気の催し物があるのか?
春花のところに戻ったら自由にはできなさそうだし、腹ごなしも兼ねて行ってみるか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

最強陛下の育児論〜5歳児の娘に振り回されているが、でもやっぱり可愛くて許してしまうのはどうしたらいいものか〜

楠ノ木雫
ファンタジー
 孤児院で暮らしていた女の子リンティの元へ、とある男達が訪ねてきた。その者達が所持していたものには、この国の紋章が刻まれていた。そう、この国の皇城から来た者達だった。その者達は、この国の皇女を捜しに来ていたようで、リンティを見た瞬間間違いなく彼女が皇女だと言い出した。  言い合いになってしまったが、リンティは皇城に行く事に。だが、この国の皇帝の二つ名が〝冷血の最強皇帝〟。そして、タイミング悪く首を撥ねている瞬間を目の当たりに。  こんな無慈悲の皇帝が自分の父。そんな事実が信じられないリンティ。だけど、あれ? 皇帝が、ぬいぐるみをプレゼントしてくれた?  リンティがこの城に来てから、どんどん皇帝がおかしくなっていく姿を目の当たりにする周りの者達も困惑。一体どうなっているのだろうか?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...