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六十五日目・それぞれの青空
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小黒は今までの疲れが出たのか ご飯も食べずに眠り続けていた。
カクン
体が大きく傾いて目を覚ました。
よく寝た。体も軽くなった気がする。かぶっていた木箱をどかして、体を伸ばして 最後の眠気を追い払う。
う~ん。
狭い路地から見る空は細長い。だけど、青く どこまでも高かった。
「いい朝だ」
春花のところへ帰ろう。
何日かぶりか知らないが、心配しているだろう。
(………)
信と結は絶対 心配している。
もう一度 箱をかぶって通りに出ようとしたが どこからともなく いい匂いが漂ってきた。
旨そうだ。 クンクン。肉の出汁がよく出ている汁の匂い。きっと 肉そばだ。
同意するようにググッと腹が鳴った。
ここまでを遅くなったんだ。 もうちょっとぐらい遅くなっても大丈夫だろう。
方向 を大通りに変更すると動き出した。
久々に飯が食える。
そう思うと足早になった。
✳✳✳
万城は新しく 手に入れた姿見の前で 体をひねって 後ろ姿をチェックした。今日のために衣
を新調した。
(落ち着いていても若々しく見える生地だ)
そのことが気分を良くしてくれる。
部屋を出ると控えていた石岳が立ち上がる。
「 馬車にいたしますか?」
「………」
その方が楽だけど、きっと通りは人でごった返して身動きが取れなさそうだ。
それでも 馬車で向かう者が多い。
どちらが先に通るかで喧嘩している場面 よく見かける。中途半端に身分が高いものほど、つまらぬことにこだわるものだ。
「 馬で行く」
「御意」
石岳が拝手すると踵を返した。
その後ろ姿を見ながら これでいいかと顎に手をやる。庶子の私のことをよく思わない物は多い。
( 顔も金も 武芸も人より秀でているせいだ)
まずは父上のところへ行くか。
合流した方が遅れても文句は言われない。
門を出ると青い空が広がっていた。
天も今日を楽しみにしてるのかもしれないな。
✳✳✳
通夜でもここまで暗くはない。
全員が眠れぬ夜を過ごし 無言のままだ。
二人とも 小黒の話をしたら泣き出しそうだ。
そんな どんよりとした食卓に春花は信たちと
座っていた。食卓に適当に作った料理を並べられているが 誰も箸が進まない。
この二日。 調べられることは調べた。
しかし、どこにも隙がない。 耳に入ってくるのは悪い話ばかり。警備は厳重、本堂から 祭壇までの動線もわからなかった。私たちがいた場所も他に人がやってきて 弾き出された。
寺院の周りには昨夜から 場所取り合戦が始まっていた。近くの建物の上で 見物しようと酒を飲んでいる強者も 現れた。役人、見物人に、それを目当てに商売する人、といろんな人が群がっている。こうなっては どうやっても近づけない。つまり 小黒を助けられない。
(………)
小黒がいなくたって 何ともない。
ただ別れ方が気に入らない。
食べ過ぎてお腹を破裂させて死ぬ。 逃げようとして 馬車に引かれて死ぬ。そんな、しょうもない理由の方が納得できるというものだ。
時間は刻一刻と過ぎていく。
だけど、小黒が死ぬ覚悟はできない。
見殺しにするしかない。その事が 諦めきれない気持ちになる。信たちも何も言わない。
泣いたり 怒ったりしないのは本人たちも もう小黒を救う術がないことを自覚しているからだろう。
でも行かなければ。たとえ救えなくたとしても、それに立ち会うのは 飼い主としての責任だ。春花は すくっと作っと立ち上がった。
二人が私を見る。
「 行こう」
そう言うと、こくりと二人が頷いた。
二人とも私と同じ気持ちだ。
戸を開けると眩しい光が襲ってきた。
目を細めて空を見ると無駄に綺麗な青空だった。その青空を恨みがましい気持ちで睨みつける。雨とは言わないけど 小黒の死は哀れむなら
少しは曇っててもいいのに……。
歩き出すと素直に二人がついてくるのは、自分たちの親の死を見届けたからだろう。
親の死は 魂に傷ができると言っても過言ではない。それほどまでに 重い。
また一つ 傷を増やすのかと思うとやるせない気持ちになる。
✳✳✳
新しい衣に青い空と上がった気分で父上を迎えに行ったが、正室の荷氏の出迎えに急降下した。きっちりとした髪、化粧、衣、 どこを取っても隙がない。
( それが男を遠ざけるのに……)
ネチネチと小言が続く。
『庶子のくせに』『 身の程を知れ』『 父親の寵愛を受けているからと調子に乗るな』
(そもそも あんたの子育てが失敗したからだろう)
いつものことと 受け流していたが 、途中で、そう言いそうになった。
万城は父上と同じ 馬車で 龍泉寺に向かっていた。
(厳のやつ、 父上の見送りにも顔を出さなかった。だからダメなんだ)
馬車は予想通りのろのろとしか進まない。馬車の窓開けなくても人の気配が分かる。
「まるで 見世物ですね」
「綺麗な言葉で言い繕っても同じことだ」
「………」
敵の大将の首を掲げたり、城門に死体を吊るしたり、 昔も今もそうやって世に知らしめている。負けたものに 尊厳などない。
それはお化け人形も一緒だ。
(だが本当に成仏するのだろうか?)
あの人形は 主恋しさに彷徨っていたんだ。
幽霊人形として復活しないといいが……。
「手順は覚えたか?」
「 はい」
父上は座っているだけで、実際 進行するのは私と住職だ。
✳✳✳
小黒は、ばれないように屋台が置いてある
卓の下を通りすがりに一口ずつ つまみ食いしては移動していた。舌の肥えたものが 、味が薄いと言っていたり、言った時は ドキッとしたが、見つからなかった。気づけば 大通りの端に来ていた。追われていた頃を思い出して眉間に皺が寄る。あんな思い二度とごめんだ。
今度から大人しく与えられたものだけを食べよう。うん、うん。そうしようと頷いた。
しかし 気になるのは 人気のなさだ。
どうなってるんだ⁉
早朝より少ない 。首をひねっていると、
「竜泉寺に行くだろう」
「 もちろんだよ 俺の予想じゃ 町中の人間が行くね」
卓の下から上を見た。二人とも笑顔だ。
そんなに人気の催し物があるのか?
春花のところに戻ったら自由にはできなさそうだし、腹ごなしも兼ねて行ってみるか。
カクン
体が大きく傾いて目を覚ました。
よく寝た。体も軽くなった気がする。かぶっていた木箱をどかして、体を伸ばして 最後の眠気を追い払う。
う~ん。
狭い路地から見る空は細長い。だけど、青く どこまでも高かった。
「いい朝だ」
春花のところへ帰ろう。
何日かぶりか知らないが、心配しているだろう。
(………)
信と結は絶対 心配している。
もう一度 箱をかぶって通りに出ようとしたが どこからともなく いい匂いが漂ってきた。
旨そうだ。 クンクン。肉の出汁がよく出ている汁の匂い。きっと 肉そばだ。
同意するようにググッと腹が鳴った。
ここまでを遅くなったんだ。 もうちょっとぐらい遅くなっても大丈夫だろう。
方向 を大通りに変更すると動き出した。
久々に飯が食える。
そう思うと足早になった。
✳✳✳
万城は新しく 手に入れた姿見の前で 体をひねって 後ろ姿をチェックした。今日のために衣
を新調した。
(落ち着いていても若々しく見える生地だ)
そのことが気分を良くしてくれる。
部屋を出ると控えていた石岳が立ち上がる。
「 馬車にいたしますか?」
「………」
その方が楽だけど、きっと通りは人でごった返して身動きが取れなさそうだ。
それでも 馬車で向かう者が多い。
どちらが先に通るかで喧嘩している場面 よく見かける。中途半端に身分が高いものほど、つまらぬことにこだわるものだ。
「 馬で行く」
「御意」
石岳が拝手すると踵を返した。
その後ろ姿を見ながら これでいいかと顎に手をやる。庶子の私のことをよく思わない物は多い。
( 顔も金も 武芸も人より秀でているせいだ)
まずは父上のところへ行くか。
合流した方が遅れても文句は言われない。
門を出ると青い空が広がっていた。
天も今日を楽しみにしてるのかもしれないな。
✳✳✳
通夜でもここまで暗くはない。
全員が眠れぬ夜を過ごし 無言のままだ。
二人とも 小黒の話をしたら泣き出しそうだ。
そんな どんよりとした食卓に春花は信たちと
座っていた。食卓に適当に作った料理を並べられているが 誰も箸が進まない。
この二日。 調べられることは調べた。
しかし、どこにも隙がない。 耳に入ってくるのは悪い話ばかり。警備は厳重、本堂から 祭壇までの動線もわからなかった。私たちがいた場所も他に人がやってきて 弾き出された。
寺院の周りには昨夜から 場所取り合戦が始まっていた。近くの建物の上で 見物しようと酒を飲んでいる強者も 現れた。役人、見物人に、それを目当てに商売する人、といろんな人が群がっている。こうなっては どうやっても近づけない。つまり 小黒を助けられない。
(………)
小黒がいなくたって 何ともない。
ただ別れ方が気に入らない。
食べ過ぎてお腹を破裂させて死ぬ。 逃げようとして 馬車に引かれて死ぬ。そんな、しょうもない理由の方が納得できるというものだ。
時間は刻一刻と過ぎていく。
だけど、小黒が死ぬ覚悟はできない。
見殺しにするしかない。その事が 諦めきれない気持ちになる。信たちも何も言わない。
泣いたり 怒ったりしないのは本人たちも もう小黒を救う術がないことを自覚しているからだろう。
でも行かなければ。たとえ救えなくたとしても、それに立ち会うのは 飼い主としての責任だ。春花は すくっと作っと立ち上がった。
二人が私を見る。
「 行こう」
そう言うと、こくりと二人が頷いた。
二人とも私と同じ気持ちだ。
戸を開けると眩しい光が襲ってきた。
目を細めて空を見ると無駄に綺麗な青空だった。その青空を恨みがましい気持ちで睨みつける。雨とは言わないけど 小黒の死は哀れむなら
少しは曇っててもいいのに……。
歩き出すと素直に二人がついてくるのは、自分たちの親の死を見届けたからだろう。
親の死は 魂に傷ができると言っても過言ではない。それほどまでに 重い。
また一つ 傷を増やすのかと思うとやるせない気持ちになる。
✳✳✳
新しい衣に青い空と上がった気分で父上を迎えに行ったが、正室の荷氏の出迎えに急降下した。きっちりとした髪、化粧、衣、 どこを取っても隙がない。
( それが男を遠ざけるのに……)
ネチネチと小言が続く。
『庶子のくせに』『 身の程を知れ』『 父親の寵愛を受けているからと調子に乗るな』
(そもそも あんたの子育てが失敗したからだろう)
いつものことと 受け流していたが 、途中で、そう言いそうになった。
万城は父上と同じ 馬車で 龍泉寺に向かっていた。
(厳のやつ、 父上の見送りにも顔を出さなかった。だからダメなんだ)
馬車は予想通りのろのろとしか進まない。馬車の窓開けなくても人の気配が分かる。
「まるで 見世物ですね」
「綺麗な言葉で言い繕っても同じことだ」
「………」
敵の大将の首を掲げたり、城門に死体を吊るしたり、 昔も今もそうやって世に知らしめている。負けたものに 尊厳などない。
それはお化け人形も一緒だ。
(だが本当に成仏するのだろうか?)
あの人形は 主恋しさに彷徨っていたんだ。
幽霊人形として復活しないといいが……。
「手順は覚えたか?」
「 はい」
父上は座っているだけで、実際 進行するのは私と住職だ。
✳✳✳
小黒は、ばれないように屋台が置いてある
卓の下を通りすがりに一口ずつ つまみ食いしては移動していた。舌の肥えたものが 、味が薄いと言っていたり、言った時は ドキッとしたが、見つからなかった。気づけば 大通りの端に来ていた。追われていた頃を思い出して眉間に皺が寄る。あんな思い二度とごめんだ。
今度から大人しく与えられたものだけを食べよう。うん、うん。そうしようと頷いた。
しかし 気になるのは 人気のなさだ。
どうなってるんだ⁉
早朝より少ない 。首をひねっていると、
「竜泉寺に行くだろう」
「 もちろんだよ 俺の予想じゃ 町中の人間が行くね」
卓の下から上を見た。二人とも笑顔だ。
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