春花の開けてはいけない箱の飼育日誌

あべ鈴峰

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四十八日目・まだ終わらない

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   晩御飯の用意をしなくていいというのは とてもありがたい。
人のことは言えない。
私も結 同様 お土産に期待している。信や小黒の話から万城は善人らしいことはわかった。
多少の心配はあるが今日も大丈夫だろう。
心配なのは これからの事だ。
根本的な問題は解決したわけじゃない。逆にもっと有名になってしまった。市井の者 相手に 細々としてたのに 一気に 貴族にまで名が知れ渡ってしまった。声をかけたら 行かないわけにはいかない。
(困ったことになりそうな気がする)
このままだと引っ張りだこになる。 万城のような皆が善良とは限らない 。早く何とかしないと、いつまでたっても奇術師の仕事から足が洗えない。
何か きっかけが欲しい。
私たちが帰るまで時間がない。
引き延ばせたとしても二、三
日。それ以上になったら私のクビが飛ぶ。


   書きかけの絵に色を塗ろうと卓
の上に準備していると結が近づいてきた。筆を使うなど 一生縁のない人間も多い。まして子供だ。 
間近で見たこともないだろう。 
そんなものが目の前にあるんだから興味があって当たり前。
「楽お姉……お兄ちゃん。絵が上手いんだね」
驚いたように言われて、ちょっと嬉しい。絵だけは父さんより上手かった。あのまま 父さんが生きていたら 絵師になってたかもしれない。
 「ありがとう 。結も何か書いてみる?」
「 うん 」
首が
もぎれる
んじゃないかと思うほど勢いよく頷いた。子供って感情表現がオーバーだ。
「見て」
結の声にそっちを向くと、重ねられた 大小の丸に四本棒が刺さったモノが二つ並んでいる。
(………)
「これお兄ちゃんと結でしょ」
「そう」
満面の笑みの結を見ていると自分の幼い頃 を思い出す。自分も父さんと同じように よく描けたねと 頭をなでる。そして同じように絵の具を使わせないために誘導する。
「結、自分の名前を書いてみない」
「なまえ?」
絵の具は高価だ。
「そうよ。書いてみる?」
「かく」 
幸いなことに結の糸へん 以外は信
の名前も棒を書くだけで済む。
画数も少ない。


   その後 私が色塗りをしてる間 結はほっぺに墨をつけながら夢中で書いていた。
そして夕方 無事に信たちが帰ってきた。
「おかえりー」
「ただいま」
「くっ、苦しい……。
 もう当分 食べなくていい」
小黒が腹がはち切れそうだと ぼやいているが みんな無視してお土産に舌鼓をした。
今日は昨日と違う料理だ。
ダブらないように考えてくれたのかもしれない。
「美味しいね」
「本当だね」
「うん」


狭いからと 仏像から出て小黒がいつもの箱に入って寝ている。
(………)
小黒のためにも依頼を受けないように、 家にいない方がいいだろう。
明日はみんな外に出かけよう。
 


   緊張の日々が 終わり 日常が戻ってきた。私は結と森へ、信は日雇いの仕事に。そして小黒はお留守番。


   一人になって ウトウト と眠っていると小さな物音でで目が覚めた。
何で起きたんだ!?
大きな音じゃない 小さな音だ。
耳を澄まして 音に集中するとトントンと床を歩く音がする。
聞き覚えがない。
春花たちの足音は覚えてる。
そうか わかった。今日はみんな外出しているのに大人の男の足音がするからだ。
ずっと 蓋を押し上げて 外の様子を見る。石岳と同じような身なりの
男が一人 ウロウロしている。
( 町人じゃないな……)
納戸を開けたり卓の下を覗いたり、水瓶の蓋 まで開けた。
何かを探しているようだ。
この家に金目のものはない。
そんなことは一目瞭然なのに……。
何を探してるんだ?
路銀は春花が肌に話さず持っている。いくら探しても何も出てこない。すると男がこっちに向かって来た。
 (やばい!)
蓋を閉じる。
ガタガタと周りの物をどかす音が続く。随分と しつこいな。
そう思っていると俺が入っている箱が持ち上げられた。
体を箱の内側に張り付け
踏ん張っているとポイと 投げられた。
( うわっ!)
ガタンと音を立てて床にぶつかる。 痛いのを我慢していると、男がゴソゴソと今度は寝台の裏を覗いている。
(あそこは……)
用済みになったから 寺に戻そうと
信が仏像を置いていた場所だ。
男の顔に笑みが浮かんでいる。
やっぱり 探してたな仏像か。
えっ? ちょっと待って…… つまり俺を探していたのか!?
男は大事そうに包むと家を出て行った。
これって……まずいんじゃ。
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