春花の開けてはいけない箱の飼育日誌

あべ鈴峰

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四十日目・遠い遠い記憶

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   小黒を触った信の様子がおかしい。
「しっ、信……なっ、何?」
「 恐る恐る その理由を尋ねた。 
「あっ、温かい」
「はっ?」
生き霊なのに?
実体があることだけでも異常なのに、体温まであるの?
「そうだよ。あったかいよ」
「 ……… 」 
う~ん。確かめたい気持ちはあるけど、止めておこう。
 好奇心に負けそうになる自分を 頭をふっと追い出す。


*****

   小黒は目の前で繰り広げられている光景に心が浮き立つ。
大家から借りてきた布団を、どこに敷くとか、どっち側で寝るとか そんなつまらないことで揉めて
いる三人を見ていると、穏やかな気持ちになる。そのことが なんとなく不思議な感じだ。
三百年ぶりに蔵から出てやっと人に会えた。人情の欠片もない奴だけど 春花は俺の話し相手になってくれた。 飯も食えるし、それなりに楽しかった。何より俺を閉じ込めない。それで十分だと思っていたのに、信と結に会った。
二人とも俺を怖がらない。
それ以上に仲良くしてくれる。
( 特に結が……)
一人、二人と、俺を受け入れてくれる人が増えていく。その事がすごく嬉しい。






 「それじゃあ お留守番 お願いね」 
「仕事をさかしに行くから、小黒とおとなしく待ってろよ」
朝ごはんを食べると、二人とも そう そう出かけてしまった。
残されたのは俺と結だけ。暇だと寝ること以外することがない。
結がいるだけマシだ。
俺の予想じゃ 二人とも帰ってくるのは 夕方だ。
せっかく 二人居るんだ。
結が望むなら奇術で、おやつを食べてもいい。止めろと言われたが 少しくらいなら大丈夫だろう。

   絞りきれてない雑巾で結が前身頃を濡らしながら 拭き掃除をしている。一宿一飯の恩義
なのか知らないが、兄弟揃って真面目だ。
「なあ結。そんなこと止めてどっかに出かけようぜ」
「うん!」
声をかけると結が 元気よく頷いた。 何だ。やりたくて やってたわけじゃないのか。 俺と気が合い
そうだ。
「面白いところに連れてってくれよ」
せっかく 旅に出たのに観光しないで、ずっと部屋にこもりきりだ。
名物料理も食べてないし、景勝地にも行ってない。
「 そうだ 」
結がポンと手を叩くと、くるっとこっちに近づいてくる。
「街を あんなあしてあげる」
「おっ、いいね」


風呂敷に包んで 結が俺を背負う。荷物扱いだが こうした 外の空気を吸うだけでも気が晴れる。
空を見上げると青空で 気持ちいいし、顔に当たる日は暖かいし、食べ物の香りがする 。
風呂敷の隙間から覗く街は賑やかだ。所狭しと 店が並ぶ。飴に かんざし、笠屋に饅頭、人形にうどん 。行き交う人に馬車。 その間を縫うように サンザシアメの売りと 風船売りが声をあげている。 
その ごちゃごちゃしていることに 活気を感じる。
(こういうの 久しぶりだな……)
遠い遠い昔の記憶が蘇る。
やっぱり 人間だったんだな俺……。


   結が忘れ物を取りに行くと住んでいた 場所に連れて来られたが、寺というより廃墟だろう。
(こんな 野ざらし みたいなところでよく生活できたな)
藁をあさっていた結が
「あった」と言って何かを掲げた。丸っこい 茶色の物だ。あれをわざわざ 取りに来たのか ?
価値のあるよう物には見えない。
「それなんだ?」
「お兄ちゃんが作ってくれた 猫だよ」
「ふ~ん」
猫というより 凹凸のある木片だ。  
結は しまわずに俺に向かって ほらほらと見せ続けている。目がキラキラしている。何を期待してるんだ?……あっ! なるほど……。
「かっ、可愛いな」
「でしょ」
エヘンと胸を張る。
満足気な表情に 兄貴のことが好きなんだと伝わってくる。
(妹か……)
永遠の味方だな。

   その後 二人であちこっち見て回り、途中で唯が饅頭を二つ買って一つを風呂敷の中に押し込んだり欲しいと言わなくても 俺の分も買ってくれた。くすぐったい 気持ちが心の中に溶け込んでくる。
そろそろ帰ろうと、大通りを歩いていると、
「おい! お前」
いきなり肩を掴まれた。
振り向くと大柄な男が立っていた。敵意は感じないが 声も行動も乱暴だ。結がビビってるのは体の震えから分かる。
「なっ、何ですか?」
「奇術を見せろ」
「えっ?」
春花の言った通りだった。
(くそっ……)
言われた通り 他の道を歩いていたら、こんなことにはならなかった。
「ええと……」
「どうした?」
すっかり 萎縮してる結は まともに返事ができそうにない。 だからと言って断ったら殴られる。
見世物興行は客を選べない。やるのは簡単なが言いなりになるのは問題だ。
「結、お兄ちゃんが いないから無理だって言え」
「何で!?」
「いいから!」
「えっと……お兄ちゃんが いないからできないです」
「なに!?」
「ほっ、本当です」
男が兄を探して辺りを見回して兄を探してる。兄妹でやることを知っているようだ 。本当にないことが分かると、
「 それじゃあ、明日 兄貴を連れてこい。い いな」
「はっ、はい」
言うだけ言って立ち去った。
小黒はその後ろ姿を見ながら 厄介なことになったと思っていた。
ただの使い走りの男のようだ 。
名前も、住まいも、時間も言わなかった。
「結、大丈夫か?」
「うん……」
元気のない返事に俺も 元気がなくなる。いつも兄貴に守ってもらってたんだ。一人で対応したから怖かったんだな。さっきまで楽しかったのに……。
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