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二十三日目・写生帖

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 春花は 小黒と一緒に旅に出た。 しかし、二日酔いの小黒を気遣って歩いていたので、予定より遅れていた。それでも最初の街道の分かれ道についた。
標識の石碑の前で、どっちへ行った方が早いかなと 地図を見ていると 小黒が話しかけてきた。
『向坂? そんな国 あったか』
 驚いたことに 字が読める。
またしても 新事実。

 李真人とのやり取りを思い出した。
(そういえば……)
小黒を預かってほしいと 再度 訪ねた時 悪い 魂ではないから 体探しに付き合ってあげなさいと言われた。しかし 、 
「いくら 道官様のお言葉でも、お断りします。そんな無駄なことはしません」
 と、言って断ったけど、得があるとか、生き霊の方が たちが悪いから早く手放すためにそうした方がいいとか、言っていた。 あの時は無視したけど、この際だいろいろ聞いて手がかりを集めよう。
そうすれば、正体もわかるし、体を発見すれば、魂が自ずと吸収されると言っていた。
(目的に着くまでは暇だし、ついでに探してみるか)

 淀みなく 村の名前を言ったところを見ると それなりの 教養があると考えていい。不自由なく 読み書きするには、1000文字は覚えないと無理だ。
くるりと振り返ると 小黒と目が合う。相変わらず のっぺりとした顔だ 元人間の面影の一つもない。
『たっ、何だよ』
「 ……… 」
つまり 田舎の子供や、貧しい子供ではないと考えられる。
「字は読めるみたいだけど、書ける?」
『はっ、馬鹿にするなよ』
そう言うと 小室が首を伸ばして、くねくねと体を動かしはじめだ。 空文字で書いているらしいが……読めない。気味の悪い 踊りにしか見えない。
多分、私の名前を書いていると思うけど、私の名前は子供でも書ける。 本当に書けるかどうか確かめるなら 、今晩にでも筆を持たせてみる。 
そうすれば本当に読み書きできるかがわかる。 でも、手がないから口に筆をくわえることになる。
私の大切な筆がけがされる。
それは嫌だ。

 どうだ。と、ふんぞり 帰ってる小黒を無視して質問する。
「ところで一体 自分のことどれぐらい知ってるの?」
『どのぐらいって?』
「そうね~。 例えば 村に住んで
たとか、両親はいるのとか、兄弟はいたのとか?」
『覚えてない』
「だったら、自分のことはどう?」
自分の名前さえ忘れてるけど、酒が好きだったり、文字が読めたりする。だったら、生活に関することは記憶があるはずだ。
『そうだな~、元気! 男! 体を動かせた! うまいもの食べてた。酒なら何でも好き』
ハキハキと答えるのが、私が知りたいことじゃない。相変わらずバカ丸出し の答え方に、ここまで残念な生き霊はいないと思う。そもそも生き霊のくせに 陽気すぎる。
「最初の3つは無視して、4つ目の
食事の話はどう? 好物とか覚えてないの」
「最初の3つは無視するのかよ!』
「いいから」
今は体が無いけど、 五感 (皮膚)触感、(鼻 )嗅覚、( 耳) 聴覚、( 目 )視覚、(舌)味覚 、があったはずだ。
このうち 味覚はある。 
それじゃあ 他は?
『匂いで旨いかどうかわかるんだよ。こう ピリッとした 山椒の香りとか、ゴマの焼けた匂いとかで。 美味しそうな匂いって感じるんだよな 』
全く無いわけではないが、細かいところまでは分からないんだろう。それにしても、味覚じゃなくて 嗅覚があるの? 

 その記憶で、美味しいかどうか判断してるんだ。食べ物の記憶が あるなら、そこから他の記憶を引き出せるかもしれない。
「その料理を 誰と食べたとか、誰に作ってもらったとか? 1つぐらい覚えてることあるでしょ」
『覚えてないよ』
「っ」
即答した。考える ふりさえしなかった。 あまりの能天気ぶりに箱を蹴る。
『ぐえっ! 何するんだよ』
「躾よ」
適当なことばかり言って、自分のことなのに無頓着すぎる。
 『もう乱暴だな~。そうだ! 触覚はあるぞ』
「えっ? どうして」
『吏元に捕まれた時 痛かった』
「 ……… 」
少しでも期待した私の馬鹿だった。本人が本気で自分の体を探したいと思わない限り見つけられない。体探しは中止だ。
(もういい )
地図を懐にしまう。

***

 途中、川を見つけた 春花は 水筒に水を入れよう と道を下りた。
すると、土手にクコの花が咲いてるのを見つけた。
(クコだ……)
可愛い。本物の花を見るのは初めてだ。 花の手前でしゃがむと、前に読んだ内容を思い出す。花は 薄紫色で、1cmの五弁。若葉は食用で、川などの土手などに多く自生する。 その通りだ。
背負子を下ろすと早速 写生帖
を開く。
『それなんだ?』
「クコの花よ」
『クコ? 酒じゃないのかいのかよ』
(全く 酒ばかり。 どれだけ好きなんだか)
がっかりしたような、 つまらないもの のような物言いにむっとして立ち上がると、小黒に向かって これが どれほど人間の役に立っているか 説明する。
( 全く知らなすぎる)
「いい、 乾燥果実はクコの子、根皮は 地骨皮で解熱剤に、葉は食用、またはクコヨウになるの!」
『分かった。分かったから』
小黒が私の気迫に気負わされて のけぞる。まだ言い足りないが、これぐらいにしてやる。

 写生帖を手にすると、また話しかけてきた。
『何で、実じゃなくて 花なんだ?』
「全く。いい!赤い実 と言っただけでも 何種類もあるの。クコと 言っても、その実をはっきり分かる人はいないのよ」
春花は 小黒に向かって 今回の旅がいかに、人のためになるかをくどくどと説明した。
「どんな花が知っていたら、後で必要になった時役に立つでしょう。あんたも、クコのことを 知っていても、花を知らなかったでしょ。葉に至っては 全然わからないでしょ。その実が本当にクコなのかどうか確かめるために記録してるの」
『 あーなるほど』
どう見ても適当な相槌だ。こういう輩がいるから 重要性が伝わらないんだ。今すぐ箱を上下に振りたい。
「 いいわね。とにかく大人しくして よしててよ」
念押しすると再び写生帖を取り出した。 この国、いや、この地に生きる人の 誰もが薬に詳しいわけではない。医者にかかれない人もいる。 その人たちが間違って使用しないようにするためには図鑑が必要だ。図鑑があれば 素人でもちゃんと 正しいものを集められる。
私のやっていることは、その植物がどんな葉っぱで、どんな花で、どんな実がなるかを記憶して広く知識を広めることだ。
『 でもそれって、 ずっとやるのか?』
「そうよ」
必要性を感じない 小黒にしたら 、親子二代でやっていると言ったら無駄なことだと鼻で笑われるかもしれない。 でも私は続ける。
(これは生前 父が使っていたものだ)
写生帖を撫でる。
これがあれば、
貧しい人が高額の植物の 薬を買ったのに 偽物だったらあまりにも理不尽すぎる。
害のない ものならいいけど、時にはそれが害になって死に至ることもある。だから私は、少しでもそういう人が減るように この図鑑に携わっている。

 『だけど 薬 なんて』
言いたいことは分かっている 手を出して遮る。
『わかってる。でも 私は 一生の仕事にするつもり」
 私の代で終わることはない。
『 分かった。 俺も協力する』
 「何をするんですか?」
 珍しく真面目な態度に春花は目を見開く。少しは大人になったのか。期待を込めて その内容を聞く。
『 うん 。大人しくしてる』
「 ……… 」 
開いた口がふさがらない。でも本人は いたって真面目だ。
(やっぱりこいつは荷物だ)
頑張れとか、褒めるとか、してくれると期待した私がバカだった。ずっとしたままだ。小黒に背を向けると 写生帖の続きを描く。 
今は黙っているが、 いつまでもつか。 この後も私の写生してる間 静かだとは思えない 。きっとすぐに喋り出すに決まっている。 一刻も黙っていられないだろう。 筋金入りのおしゃべり 野郎だ 。何か策を考えないと……。 


 屋台を見つけた春花は 食事を取ることでした。
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