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二十二日目・二日酔い
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大忙しだった香玉の結婚式も無事終わり。
開けて翌日、清々しい朝を迎えるはずだったのに、小黒の唸り声が気分を台無しにする。
『春……花……みっ、水……水をくれ……』
「はぁ~」
春花は ため息をつくと水の入った茶碗を箱の横に置く。
やれやれと小さく 首を振ると 櫛に
椿油をつけて 髪を高く結い上げる。後れ毛が落ちないように手でつけて、頭のてっぺんで くるくるとまとめると、端っこを押し込む。用意しておいた布で、くるくる巻きにして 後ろに結び目を作る。
鏡で出来上がりを確かめる。
どこから見ても 貧乏書生だ。
晒しを巻いたから胸も、ペタンこ。今着ている衣は 綿できた青色の、どこにでも売ってそうな物だ。 実際 この衣も質屋で買った。
『 ……… 』
小黒が ずっと見ているが、どうせつまらない話だと考えて、身支度を続ける。
『なぁ、なぁ、何で男の格好なんだ?』
チラリと小黒を見る。子供みたいな感じがする。子供は好奇心旺盛だ。質問に答えないと、ずっと話し掛けられ続けそうだ。
「若い娘の一人旅なのに、さらってくださいと言ってるものでしょ。だからよ」
『なるほど……』
感心したように頷く。
いくら 記憶を失っているとはいえ、 元は人間 だ。これぐらい常識だ。
(記憶喪失でも、生活に関しては忘れないと思うけど……)
「本当に何も知らないのね」
『おっ、俺は男だ。女の子 とは 知らなくて当然だろう』
『 ……… 』
これは男だから、女だからの話ではない。むきになる小黒を首を傾げながら観察する。
知らないことは仕方がない。
別に知らないからと言ってバカにしたりしない。下手に誤魔化すからダメなんだ。前にも思ったけど、バカにされるのが よっぽど嫌なのね。
(もしかして、元は 高い身分の者だったんだろうか?)
『何だよ!』
「はい。はい」
いちいち 取り合っていは時間が勿体ない。
「もう良いです。出掛けましょう」
『おう! 行こう』
そう言って荷物の上に 小黒の入った箱を乗せると 紐でくくりつける。背負子を背負うと部屋をグルリと見回す。
「忘れ物はない!」
他の人に見られても、恥ずかしくないぐらい片付いている。
よし出発だ。
***
こうして春花は昨夜の宴の名残りが消えてない 劉家を出発した。
誰にも 何も伝えず 家を出たけど、みんな分かってくれる。私が旅に出るのは初めてじゃないし、その目的も知っている。
( それに わざわざ起こすのも……)
私だって旅に行かなかったら、1秒でも長く眠っていたい。それほど大変だった。
角を曲がると大通りに出た。その先には 大門が見える。その大門を目指して歩く。
春花は 懐に入っている通行証(身分証も兼ねている)が、あるかを確かめた。
これが無いと他の街に入ることができない。しょっちゅう出入りする人や、身分の高い人は腰牌を持っている。だけど私は、滅多に外に出ないし、何より男の名前での通行証だから 毎回旅に行くたび作って貰っている。
これから半月間は劉家の書生『森 楽』だ。
花が咲いているところだからと 森、薬師の子供だからと 草冠を取って楽。そんな適当なような 真剣なような名前を旦那様に名付けてもらった。
一番鳥が鳴く前の早朝なのに、すでに 人通りがある。煮炊きの匂い
もする。それでも冷たい空気が朝だと言っている。
やっぱり静かだと落ち着く。
(朝っていいな……)
思わず スキップしたくなる。昔は早起きするの嫌だった。そんな私に 父さんが、
「朝は好きだ。どんな1日が始まるか楽しみだから」
「前は夜が好きだと言ってたよ」
「 夜も好きだ。明日はどんな出会いがあるかと考えると楽しくて仕方ない。だから早く寝るんだ」
「全く それじゃ 1日中楽しくて仕方ないってことじゃん」
「そんなことないぞ。昼過ぎは嫌いだ。今日も平凡な一日になりそうだと思うと がっかりするから」
父さんは寝る前に、そんな話をしては笑いあったものだ。
懐かしい思い出だ。
朝の挨拶をしながら進む。久々の 旅に心が踊る。
しかし 、不安材料もある。道中 小黒の無駄なおしゃべりに付き合わされるということだ。 しかし、差し迫っての心配は小黒の二日酔いだ。私に向かって吐くかもしれない。 そしたら背負子の全てが臭くなる。
( ………)
気分が優れないのか、今は大人しくしている。
(ずっとこのままならいいのに……)
だけど、そうもいかないだろう。
やはり、念のため薬を処方したがいいかも。 一応 薬の用意はある。
大門に着くと行列に並ぶ。出入りする時は必ず門兵たちの取り調べがある。
よろいに身を包んだ大男。
門兵は みんなそんな感じ。ニコリともしない。帯刀しているから、疑われたら殺されるかもしれないと 思わせる怖さがある。自分の番になり 通行証を差し出す。
緊張で、ごくりと喉を鳴らして 唾を飲み込む。
(大丈夫、男に見える)
門兵の1人が私の後ろに回って、背負子をトントンと叩いた。
(ひーっ!)
まずい。小黒 に黙っているように言ってない! もし、目を覚まして喋りだしたら……。
(ああー!)
心の中で頭を抱えて絶叫する。
そんなことになったら 牢屋に一直線だ。生き霊だとバレたらどうなるの? 害はないと言っても信じてもらえないだろう。
(どうしよう……)
旦那様に知らせる?
それとも李真人に頼む? どちらにせよ 1日、いや2日は 足止めされちゃう。
(お願い、小黒。 黙っててよ)
額に人差し指を押し当てながら念じる。
(神様、 仏様、 お父さん助けて。
「よし、通っていいぞ」
「あっ、ありがとうございます」
ほっとして通行証を受け取ると、声をかけられる前と、急いで立ち去る。
( 良かった……)
これから気をつけよう。
ちゃんと小黒に言っておかないと、いろんなところで騒ぎになる。
人も まばらになったところで背負子をおろすと、人間の薬が効くかどうかわからないが 、酔い止めのための沢瀉を煎じて箱の上に置く。その後も 小黒が元気になるまで しばしば 休憩をとった。
***
街を出て 最初の街道の分かれ道に出た。春花は 懐から自前の地図を取り出す。 すると、カタカタと箱が動く音がする。目を覚ましたみたいだ。
「もう 大丈夫なの ?」
『おう』
小黒が 体を伸ばして覗き込んでくる。
『 何してるんだ?』
「 地図を見てるのよ」
『向坂? そんな国あったか?』
「 国名じゃないわよ。村の名前よ」
ここ10年ほど 国同士の戦いが続いている。 数ヶ月で国ができたり、消えたりするのもザラだ。
そのたびに国の境も移動する。
だから 、行商人たちは 国名ではなく 村の名前で取引するのが普通だ。 私の見習って 村の名前の地図を作った。
『へ ー、そうなんだ。その方が便利だな』
「 ……… 」
なんとなく聞き流していたが、
(字が読めた!)
開けて翌日、清々しい朝を迎えるはずだったのに、小黒の唸り声が気分を台無しにする。
『春……花……みっ、水……水をくれ……』
「はぁ~」
春花は ため息をつくと水の入った茶碗を箱の横に置く。
やれやれと小さく 首を振ると 櫛に
椿油をつけて 髪を高く結い上げる。後れ毛が落ちないように手でつけて、頭のてっぺんで くるくるとまとめると、端っこを押し込む。用意しておいた布で、くるくる巻きにして 後ろに結び目を作る。
鏡で出来上がりを確かめる。
どこから見ても 貧乏書生だ。
晒しを巻いたから胸も、ペタンこ。今着ている衣は 綿できた青色の、どこにでも売ってそうな物だ。 実際 この衣も質屋で買った。
『 ……… 』
小黒が ずっと見ているが、どうせつまらない話だと考えて、身支度を続ける。
『なぁ、なぁ、何で男の格好なんだ?』
チラリと小黒を見る。子供みたいな感じがする。子供は好奇心旺盛だ。質問に答えないと、ずっと話し掛けられ続けそうだ。
「若い娘の一人旅なのに、さらってくださいと言ってるものでしょ。だからよ」
『なるほど……』
感心したように頷く。
いくら 記憶を失っているとはいえ、 元は人間 だ。これぐらい常識だ。
(記憶喪失でも、生活に関しては忘れないと思うけど……)
「本当に何も知らないのね」
『おっ、俺は男だ。女の子 とは 知らなくて当然だろう』
『 ……… 』
これは男だから、女だからの話ではない。むきになる小黒を首を傾げながら観察する。
知らないことは仕方がない。
別に知らないからと言ってバカにしたりしない。下手に誤魔化すからダメなんだ。前にも思ったけど、バカにされるのが よっぽど嫌なのね。
(もしかして、元は 高い身分の者だったんだろうか?)
『何だよ!』
「はい。はい」
いちいち 取り合っていは時間が勿体ない。
「もう良いです。出掛けましょう」
『おう! 行こう』
そう言って荷物の上に 小黒の入った箱を乗せると 紐でくくりつける。背負子を背負うと部屋をグルリと見回す。
「忘れ物はない!」
他の人に見られても、恥ずかしくないぐらい片付いている。
よし出発だ。
***
こうして春花は昨夜の宴の名残りが消えてない 劉家を出発した。
誰にも 何も伝えず 家を出たけど、みんな分かってくれる。私が旅に出るのは初めてじゃないし、その目的も知っている。
( それに わざわざ起こすのも……)
私だって旅に行かなかったら、1秒でも長く眠っていたい。それほど大変だった。
角を曲がると大通りに出た。その先には 大門が見える。その大門を目指して歩く。
春花は 懐に入っている通行証(身分証も兼ねている)が、あるかを確かめた。
これが無いと他の街に入ることができない。しょっちゅう出入りする人や、身分の高い人は腰牌を持っている。だけど私は、滅多に外に出ないし、何より男の名前での通行証だから 毎回旅に行くたび作って貰っている。
これから半月間は劉家の書生『森 楽』だ。
花が咲いているところだからと 森、薬師の子供だからと 草冠を取って楽。そんな適当なような 真剣なような名前を旦那様に名付けてもらった。
一番鳥が鳴く前の早朝なのに、すでに 人通りがある。煮炊きの匂い
もする。それでも冷たい空気が朝だと言っている。
やっぱり静かだと落ち着く。
(朝っていいな……)
思わず スキップしたくなる。昔は早起きするの嫌だった。そんな私に 父さんが、
「朝は好きだ。どんな1日が始まるか楽しみだから」
「前は夜が好きだと言ってたよ」
「 夜も好きだ。明日はどんな出会いがあるかと考えると楽しくて仕方ない。だから早く寝るんだ」
「全く それじゃ 1日中楽しくて仕方ないってことじゃん」
「そんなことないぞ。昼過ぎは嫌いだ。今日も平凡な一日になりそうだと思うと がっかりするから」
父さんは寝る前に、そんな話をしては笑いあったものだ。
懐かしい思い出だ。
朝の挨拶をしながら進む。久々の 旅に心が踊る。
しかし 、不安材料もある。道中 小黒の無駄なおしゃべりに付き合わされるということだ。 しかし、差し迫っての心配は小黒の二日酔いだ。私に向かって吐くかもしれない。 そしたら背負子の全てが臭くなる。
( ………)
気分が優れないのか、今は大人しくしている。
(ずっとこのままならいいのに……)
だけど、そうもいかないだろう。
やはり、念のため薬を処方したがいいかも。 一応 薬の用意はある。
大門に着くと行列に並ぶ。出入りする時は必ず門兵たちの取り調べがある。
よろいに身を包んだ大男。
門兵は みんなそんな感じ。ニコリともしない。帯刀しているから、疑われたら殺されるかもしれないと 思わせる怖さがある。自分の番になり 通行証を差し出す。
緊張で、ごくりと喉を鳴らして 唾を飲み込む。
(大丈夫、男に見える)
門兵の1人が私の後ろに回って、背負子をトントンと叩いた。
(ひーっ!)
まずい。小黒 に黙っているように言ってない! もし、目を覚まして喋りだしたら……。
(ああー!)
心の中で頭を抱えて絶叫する。
そんなことになったら 牢屋に一直線だ。生き霊だとバレたらどうなるの? 害はないと言っても信じてもらえないだろう。
(どうしよう……)
旦那様に知らせる?
それとも李真人に頼む? どちらにせよ 1日、いや2日は 足止めされちゃう。
(お願い、小黒。 黙っててよ)
額に人差し指を押し当てながら念じる。
(神様、 仏様、 お父さん助けて。
「よし、通っていいぞ」
「あっ、ありがとうございます」
ほっとして通行証を受け取ると、声をかけられる前と、急いで立ち去る。
( 良かった……)
これから気をつけよう。
ちゃんと小黒に言っておかないと、いろんなところで騒ぎになる。
人も まばらになったところで背負子をおろすと、人間の薬が効くかどうかわからないが 、酔い止めのための沢瀉を煎じて箱の上に置く。その後も 小黒が元気になるまで しばしば 休憩をとった。
***
街を出て 最初の街道の分かれ道に出た。春花は 懐から自前の地図を取り出す。 すると、カタカタと箱が動く音がする。目を覚ましたみたいだ。
「もう 大丈夫なの ?」
『おう』
小黒が 体を伸ばして覗き込んでくる。
『 何してるんだ?』
「 地図を見てるのよ」
『向坂? そんな国あったか?』
「 国名じゃないわよ。村の名前よ」
ここ10年ほど 国同士の戦いが続いている。 数ヶ月で国ができたり、消えたりするのもザラだ。
そのたびに国の境も移動する。
だから 、行商人たちは 国名ではなく 村の名前で取引するのが普通だ。 私の見習って 村の名前の地図を作った。
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