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二十一日目・旅立ち

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 小黒の引っ越しや、正体について  なんやかんやとあったが、他のことで 忙しくて有耶無耶のまま日々は過ぎて行った。

 劉家は婚礼の日が近づき 人の出入りも多く、客以外の客も訪ねて来て 上へ下へと慌ただしかった。
「忙しい、忙しい」
使用人の誰もが 口をそろえて言っている。一日が二十四時間あっても足りない。そして、春花は その倍 忙しかった。

***

 春花は 五月蝿く喋り続けている小黒に耳を塞ぎたいと 思っていた。
(帰ってくるなり これだ)
『春花、華西は何が名物なんだ?』
「 ……… 」
小黒は生き霊だから 別のモノになるではと密かに期待していたのに、餅は餅のまま。のっぺりした顔に黒い体で、伸びる。何一つ変わらない。
一つ分かったことは他の箱に入れると言うこと。
(まぁ、小さい箱に なったんだからよしとしよう)

 仕事を終えて春花は 大枚をはたいて買った蜜蝋のロウソクに火をつけると、棚に置いてある絵を取って文机上に置く。
香玉と吏元様の結婚祝いに絵を贈ろうと思っている。金欠の私にできる最高の贈り物だ。もともと絵は得意だし、香玉の好きな花も知っている。
 『椿だ』
今は下書きを終えて 色塗りをしている途中だ。花 一つ一つに 色の濃淡や、陰影をつけて立体的に塗っていく。椿は ぽとりと花ごと落ちるから自害を連想させるそのため 悪い印象が持たれがちだが、寒さに負けない。その色鮮やかさは人目を惹きつける美しさがある。
真っ白い雪の中に咲いている赤い花。 とても 風流だ。小さい頃は、 しょっちゅう香玉が髪に飾っていた。さすがに今は、 玉や金などの細工物だけど、好きなことに変わりはない。

『この家は金持ちなんだから、酒だっていいのが 揃えてあるだろう』
「 ……… 」 
うるさい! こっちは息を止めて絵を描いているのに! 無駄話ばかり。握っている手に力が入り、線が太くなりそうになる。
「ふぅー」 
冷静に、冷静に。 自分をなだめて深呼吸する。
聞こえない。聞こえない。 そう、ここにいるの 私だけ。
『俺も参加できるよな?』
「 ……… 」
『春花 連れて行ってくれるだろう?』
「 ……… 」
『たまには お前以外の人間と会って楽しく過ごしたいな』
「 ……… 」
(はぁ~)
集中できない。筆を置くと 小黒を見据える。
「 あんな騒ぎを起こしておいて、よく言えるわね。 あんたは ここでお留守番よ」
『えー!』 
自業自得だ。でも、私も香玉の結婚式の食事には期待している。
いくら ケチな旦那様でも、娘の結婚式だもの 大盤振る舞いするはずだ。美味しい料理に、うまい酒。想像するだけで よだれがたまる。
高級食材が搬入してきたと耳にした。そんな贅沢は無理でも、今食べているのよりいい物が食べられる。

 それに、香玉付きの侍女じゃないから、当日は十分時間がある。
侍女だと 床入りまで 身の回りの世話をしなくてはいけないらしい。
(今から楽しみだ)
「私が料理を運んで来るから、食べたかったら大人しくしてるのよ」
そう言って 小黒を指さすと、
『わかったよ。 だけど、絶対だからな!』
小黒がそう言って箱に戻った。
「はい。はい」
これでやっと仕上げられる。 絵筆を手に取ると、金の絵の具を筆につけて 椿の花を縁取っていく。

***

 春花は式の当日だというのに朝から飛び回っていた。
やれ、飾りが曲がっている。
やれ、食材がない。 
やれ、椅子が足りない。
どこへ行っても手伝いを頼まれる。このままでは身が持たない。休憩しようと額の汗を拭う。
柱の一つに隠れて、厨房で拝借したお菓子を頬張る。
「んー、おいしい」
ほっぺたが落ちそうだ。 こんな高級なものが簡単に手に入るのは今日だけだろう。 
(いっぱい食べよう)

 門の方がうるさくなった。
香玉が来たんだ 。急いで残りを口に押し込むと、その姿を見ようと 走り出した。
衣装は見たけど、着たところは見ていない。化粧もしているだろうから、見違えるようだろう。
よく見るためには 場所も重要だ。

 香玉が 吏元様に手をひかれて門をくぐる。本来なら 花婿が花嫁を家まで迎えに行くのだが 、同居の婿取りだから 形だけのものだ。
すでに大勢の人が集まっていた。
( 綺麗だ……)
 今まで見た中で一番綺麗だ。紅蓋頭をかぶっても、動くたびに 見え隠れする その美しさは隠しようがない。

 そんな 花嫁衣装を身につた香玉を見て、春花は一抹の寂しさを感じる。 
(ああ、本当に香玉が嫁に行ってしまう……)
香玉が火をくぐって歩いてくる。

なぜだか涙がこみ上げる。
父はいたが、 一緒にいる時間は少なく。薬師だったから、薬草探しのため   家を空けることが多かった。そのたびに、雇い主であった 劉家で 帰りを待つようになった。
香玉とは同じ年ということもあり、自然と仲良くなった。 一人っ子だった香玉は妹ができたと喜び。私も大人びている香玉を姉のように慕った。そして一緒にいる時間が長くなるにつれ、 いつしか 本当の姉妹のような関係になっていた。

その香玉が嫁いでいく。
 
 頭ではわかっている。誰だって大人になる。
遠くへ行くわけじゃない。結婚しても この家で生活する。でも今までのように 気軽に行き来でなくなる。と、言うより……置いてきぼりにされた気持ちが拭えない。
大事なものを取られたような、私と香玉の間に 隔たりを感じるような……。
別れを感じさせる 痛みがある。
(祝福したい気持ちは本当なのに……)

 吏元様の世話や 子供ができたら、いたずらする暇もなくなるから酷い目に遭うこともなくなる。
良いことだ。それなのに……。
父さんが死んで 以来私の家族は香玉一人。そう思っていたからなの、やもやしたものが消えない。
(この感情は何だろう?)
分からぬまま涙を拭く。
二人が三拝礼をした。
これで、晴れて二人は夫婦になった。
(どうか幸せに……)
そんな気持ちで、香玉たちを見つめる。いずれ この気持ちもなくなるだろう。

 肩を叩かれて振り返ると青江姉さんだった。
「春花、時間よ」
青江姉さんの目がやる気に燃えている。これから、最後の一人の客が帰るまで、卓の上に空の皿ができないように 忙しく厨房と宴会場を往復する。私たちの本番はこれからだ。頷くと足音とたてないように 早足で青江姉さんの後に続く。

***

 疲れた……。
1日中が働き詰めだった。足を引きずるように 自室に向かっていた。

 使用人の誰一人椅子に座って食事ができなかった。 客が多すぎる。
結局 下げられた皿、出しに行く皿から、食べ物が目に入るたびに つまみ食いしていた。客にしてみたら、皿にのっかっている物が 五つだろうと、4つだろうが 変わりはない。

 子供の頃、お相伴に預かろうと 食事をしているところを 叩き出されたことがあったけど、今ならその気持ちがわかる。作り時間に対して、食べる時間は一瞬だ。
客でもない相手が勝手に食べるなど、その労力を無駄に感じるからだ。
( 早く布団に入りたい……)
 角を曲がると廊下に小黒が入っている箱が転がっていた。
「えっ?」
外に出した覚えはない。その周りには酒瓶が転がっている 。
「これは……」
酒の匂いに誘われて 部屋の外に出たのね。
(どこまで 呑兵衛なんだか)
酒瓶を片付けようとしゃがむと、酔っ払って 箱から出てた小黒が だらりと伸びている。
正体をなくすほど飲むなとは、呆れてものも言えない。さっさと片付けて寝よう。酒瓶をかき集めていると、私に気づいた小黒が鎌首をまたげる。
『おっ! 春花だ』
「 ……… 」 
(この、酔っ払い)
『ひっく、やっぱり酒は うまいにゃ』
「 ……… 」
ろれつが回っていないし、目も座っている。右に 左に千鳥足みたいにフラフラしてる。
 『ねぇ、知りたい? 知りたいにしょ』
「別に』

 小黒が突然 絡んできたが 相手にせず横を通り過ぎた。すると小黒が、どうやってたか知らないが、箱ごと飛び跳ねて後ろをついてくる。
新たな発見だ。これなら自力で移動できる。
『特別に、教えてあげにゅ』
「結構です」
そう言ってるのに話してくる。
『 実は……香玉の侍女が、持ってきてくれにゃんだ』
あっ! なるぼど。だから、外に酒瓶があったんだ。
『香玉って 優しいにゃ~』
( まあ、 2人の仲人みたいな存在だしね)
 いくら言いつけでも 扉を開けて中に入る勇気はないだろう。
扉を閉めようとすると 小黒が隙間に箱をねじ込んできた。
『なんだ、飲まないのか? 旨いぞ』
「もう寝ます]
『なんで、まだ読みの口だにょ』
小黒の文句を聞き流した。しかし、はたと思い出した。
そうだ 。袖口から小黒の為に取っておいた包みを取り出すと廊下に置く。約束は約束だ。
「はい、これ」
『 なんだ。なんだ。いい匂いがする』
小黒が転がるように包みに向かっていく。
「それじゃあ、明日早いんだからほどほどにね 」
そう言って部屋に入った。
いくら 小黒でも扉は開けられないだろう。 追い出すことに成功した 。今夜は ぐっすり眠れそうだ。にんまりと笑うと寝台に向かう。

***

早朝
清々しい朝を迎えるはずだったのに……。
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