春花の開けてはいけない箱の飼育日誌

あべ鈴峰

文字の大きさ
上 下
23 / 94

二十日目・憑依

しおりを挟む
 春花は 香玉の豪華な花嫁衣装を見て 素晴らしいと感嘆していた。 
すると、自分にもお母さんの形見があると知って、 親の思いに感謝していたが、ここに来た目的を忘れていたことを思い出して 話を切り出した。
「香玉、いろんな大きさの箱を貸して欲しいんだけど」
「箱?」
怪訝そうな香玉に こくりと頷くと、必要な理由を説明した。



「なるほどね……。 そういえば、春花は 小黒の体全部見たことあるの?」
「ありません」
即答する。見たいとも思わない。
「前に吏元様が、小黒を箱に戻した時、水みたいにビシャッと流れててこなかったし、全然 出てこなかったわけでも 無かったわ」
「そうですね」
 同意する。私もひっくり返った小黒を箱に戻そうとした時、中から 伸び た体を見て 餅みたいだろうと思っていた。
「そこがおかしいのよ」
「何がですか?」
香玉が指を振りながら 卓の周りを歩き回る。 
「私が思うに、生き霊なんだから 実態は無いはずででしょ」
「あっ!」 
そうだ。 体は別の場所に保管されていると李真人が言っていた。 
つまり 霊体。体がある方がおかしい。霊力がなければ、幽霊は見えない。なのに見える。その上 喋れる。 これも普通ではありえない。 眉をひそめる。

 
「どういうことでしょう?」
「答えは簡単よ」
「何ですか?」
秘密の話をするように香玉が顔を近づけてくる。自分を身を乗り出して顔を近づける。
「黒い餅に憑依してるのよ」
「 ……… 」
 ドヤ顔で言う香玉を前に言葉を
失う。
(いや、いや、食べ物に憑依する間抜けはいないでしょ)
間違って食べられたり、 捨てられたりするのに。 首を振って否定した。
「ありえません」
「だったら、あの黒い体は何よ」
むっとして 言い返してくる香玉に対して返事に困って見つめ返す。
(そう言われると……)
でも、間違ってると思う。しかし、根拠はない。

「だから、他のものに憑依させればいいのよ」
「 ……… 」 
そんな簡単なものだろうか? 
もしかしたら 箱に憑依してるのかも……。う~ん。でも……。
考え込んでいると、しびれを切らした香玉が 冬実を呼びつける。
「冬実いらない空き箱を全部持ってきて」
香玉が言っているのが本当なら、実体が無いんだから筆にだって憑依できる。
(それは ありがたいけど……)

***

 盆の上に大量の箱を乗せて戻ってくると 小黒が箱から顔を出した。
『おかえり。 その箱 なんだ?』
「あんたの新しい……家よ」
"実は生き霊" だということを本人には伝えてない。
言えば 大騒ぎすることは分かりきっている。だから、適当に言葉を選ぶ。
『はっ?』
 「荷物が多くて、あんまり大きいと連れて行けないの」
『ええー!』
騒ぐ小黒を無視して卓の上に箱を並べると 小黒を連れてくると、手頃な大きさの箱はないかと 手にとってみる。 あんまり 小さすぎても 窮屈だろう。 
(私としては、小さければ小さいほどいいんだけど……)

 色々探した結果 二つに決めた。 一つは、かんざしの入っていた箱。もう一つは竹簡を入れる箱だ。まずは、小さい箱から始めよう。
「小黒、こっちに入ってみて、無理だったら、こっちの箱」
『どう見たって小さいだろう。無理だよ』
そう言って 小黒が箱に向かって 頭を振る 。 
「嫌なら お留守番ね」
『無茶言うな! 絶対 はみ出るよ』
( ……… )
このままだと、今の箱とたいして
変わらない箱を持って行かないといけなくなる。 それでは 元も子もない。仕方ない。本当のことを言ってしまおう。

「あんたには言ってなかったけど、あんたは、物の怪じゃなくて、生き霊なのよ」
『えっ!?』
「この前 道観に行った時、教えてもらったの」
『うっ、嘘だ!』
ポカンと口を開けていた小黒が、 叫び声あげて 箱の中に戻ってしまった。

物の怪だと、散々言っていたのに実は生き霊だと知って ショックなんだろう。
「はぁ~、小黒」
『 ……… 』
「小黒~」
出てこいと 箱をポンポンと叩くが返事がない。 そんなに気にすること? 人々に恐れられるという意味では同じだ。 私的には、どっちでもいいけど、小黒は違うらしい。
このままというわけにはいかない。困ったなと頭をポリポリと掻く。
( ……… )
「私は生き霊の方が 怖いなぁ~」
『 ……… 』
「正体が分からない物の怪より、生き霊の方が強い感じがするし」
『 ……… 』 
また 黙り。
何が悲しくて、小黒のご機嫌取りをしなくちゃいけないんだか。
旦那様に言った手前 置いてはいけない。
『…… 本当に、本当にそう思うか?』
「思う。思う」
『…… 嘘だな』
「じゃあ聞くけど、私が嘘をつく必要ある?」
『 ………』
かすかに蓋が浮いた。後 もうひと押しだ。
「旅に出たら珍しい料理とか、美味しい地酒が飲めるのに。残念。行かないんだ」
『 ……… 』
「私一人で、楽しんでこよう」
と、くるりと背を向けて出て行こうとすると、 ひょいと蓋が開いて 小黒が出てきた。
『待てよ』
「 ……… 」
『……まあ、お前がそう言うなら……』
しばらくふて腐れてるかと思ったが、食べ物に釣られたようだ。
単純なやつだ。 小さく首を振る。

**

「出来ないなら置いていくから。 この箱に入って」
『えー』
「お・留・守・番」
『分かったよ』
文句を言う小黒に、命令すると後ろ手に扉を閉めて部屋を出た。 
どんな体か 見たい気もするが、気持ち悪かったり、 呪いにかかったりするかもしれないと思うと簡単には行動に移せない。

 ガタガタ! カタカタ!カタン、カタン。 小黒が箱に出入りしていのが音で分かる。その音を聞きながら 想像してみる。
霊だから、魂がひゅーっと箱から出てきて、別のモノの中に入るのかな?
(うーん どうだろう? )
餅じゃなくなるなら、 箱の蓋に目や口が見えるのかな?
それはそれで気持ち悪い。
いっそ 姿は無しで声だけでいい。
「いいぞ」 
小黒の声に扉を開ける。
いよいよご対面だ。ちょっと緊張する。
「どっちにしたの?」
竹簡の方に入っている。
蓋が持ち上がると、二つの目が 私を見ている。
(あれ? この感じ、前にも……)
「小黒どう? 大丈夫そう?」
そう聞くと蓋が押し上がって、ぬるりと出てきた。 

「えっ!?」
その姿に絶句する。黒い餅のままだ。 どういうこと? 
「なんでそのままなのよ!」
『はぁ?』
詐欺だと指さす。 しかし 、小黒は
戸惑ったように体を傾ける。
「あんたは餅に憑依してるんだから……。だから……」
餅に憑依してたんじゃない。餅自体が小黒なんだ。でも なんで?
(……あっ!)
もしかして、この餅に保護の術がかかってるの? それなら、分かる。いろんな意味で 正体不明だ。
(小黒って本当に どんな生き霊なのよ!)


***

 慌ただしくに 日々がすぎ、あと五日で香玉の婚礼の日。 
そして、その翌日は 私の出発する日でもある。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

リアルフェイスマスク

廣瀬純一
ファンタジー
リアルなフェイスマスクで女性に変身する男の話

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...