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十一日目・役に立つこともあるらしい

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 春花は いつものように請求書を書いていたが、内心 うんざりしていた。


 名前も決まり 本当に 小黒の飼育が始まった。だけど、変わったことは一つだけ。
餌として食事の品数を一品 増やす と言われたが、お酒に変えてほしいと言った。
小黒が『気』だけ食べるということを知っている人間は少ない。
だから、周りから見たら 私が食べ残しをしていると勘違いされる。 自分の性格上、食べ物を残すのはもったいないと思う。でも現実は、無味無臭の食べ物を 平らげることになる。それは 砂をかむようなものだ。しかも、それが 毎日。そんな日が続いたら、まさに生き地獄だ。酒なら最悪 その辺に捨てても気づかれない。
(酒にしたのはいい考えだと思う) 

 この際だから部屋を一つもらうのも悪くない。 小黒の面倒を見る苦労を考えれば、それぐらい要求してもいいと思う。
そうすれば、小黒に煩わされなくてすむ。今まで通り 1人で仕事に精を出せる。経験上、小黒が箱から出られないことは分かっている。つまり、閉じ込めておけるということだ。
私は餌を運ぶだけでいい。
考えれば、考えるほど、良い。
いついつい 口元がほころぶ。
香玉に相談してみよう。
しかし、 どうして私が小黒の面倒を見ないといけないのか 未だに納得できない。
(香玉のお願い(命令)でも)
ペットのように従順じゃない。
そもそも 私を主人だとは思ってない。
その上、何の役にも立たない。
そんな小黒をなんで手放さないのが信じられない。


 何とか香玉を説得して 小黒を引き取ってもらわないと、一生面倒見るはめになりかねない。
何せ 相手は もののけだ。私の何百倍も寿命がある。
(一生 預かれと言われるかも)
 脳裏に 年老いた私が 小黒に餌をやる姿が浮かぶ。
 ゾッとして それを振り払う。
とにかく、この厄介者をさっさと どこに、へってしまいたい。
キッと睨み付ける。しかし、そんな私の気持ち など知らずに、小黒
が朝からずっとしゃべり続けて、仕事の邪魔をしている。
『しかし、お前つまんないやつだな。 一日中 机に座ってるだけだろう。飽きないのか?』
「 ……… 」
(当たり前だ。ここは 仕事部屋なんだからだ)
『それに、誰も来ないし。お前香玉以外 友達いないだろ』
「 ……… 」
 (お前に言われたくない)
筆を持つ手に力が入る。
その口ぶりだとまるで私が、ぼっちみたいじゃない。
確かに友達と呼べるのは1人しかいない。けど、それは仕方ないことだ。お父さんの仕事の都合で故郷を離れたから、幼馴染も ここにはいない。

 だけど、知人はたくさんいる。
私が風邪をひいたら、みんなが見舞いに来てくれる。ひとりぼっちじゃない。1人が好きなだけだ。 従って 小黒の指摘は間違っている。よって相手にする価値はない。 そう結論付けた。
太くなってしまった文字を見て渋い顔をする。
(まぁ……間違ってる訳じゃないし、良しとしよう)
書き上げてあった請求書の上に乗せる。すると、 元気よく扉が開く。

***

 誰なのかと視線を向ける。
「ふふん、いいもの持ってきたわよ」
声とともに 香玉が部屋に入ってくると 持参した篭を掲げる。  
昨日来たばかりなのに、どうしてまた来たんだろう。 しかも 手土産 
つきだ。 ますます可笑しい。
ニコニコ と笑っている姿は、いつも以上に機嫌がいい。今にも 踊り出しそうだ。
(これは、いいことがあったな)

『あっ、香玉だ!』
「はい。小黒にも」
そう言って篭から饅頭を取り出すと箱の上に乗せた。その行動に驚く。相手にもしなかったのに、どうして?
これは本当にいいことがあったんだ。
『 やった! 飯だ。嬉しいぞ』
春花は筆を置くと 文机の上を片付けて、2人分のお茶を用意する。
その間も 上機嫌で私を見ている。
まあ、私を見て喜んでるわけじゃないけど、喋りたくてうずうずしていることが、その表情から伝わってくる。
(聞きますか……)
お茶を差し出すと それとなく話を流す。
 「それで、何があったの?」
「実は……」
香玉が湯のみをもって 遊びながら恥ずかしそうに 私を見上げる。
「吏元様と結婚が決まったの」
「おめでとう。良かったね」 
(そういうことか)
心から2人のことを祝福する。 
それで、いつも以上に浮かれていたのね。幸せそうな香玉に微笑み返す。人妻になるから色気が出てきた。

 吏元様とは  公認の仲だったから 落ち着くところに落ち着いた とも言える。それでも、旦那様も 思い切った決断をしたものだと思う。
「ふふっ、ありがとう」
「でもよく 旦那様が OK したわね」
町一番の金持ちの美人の娘を たかが使用人に嫁がせるとは信じがたい。 別に吏元様が劣ってるとかそういう意味ではない。 旦那様にとって香りの玉は一番の売り物だ。 一人娘だが 嫁ぎ先は引く手あなただった。安徽省の貴族全員が求婚したとか、 どこぞの皇子との連打があったとか、なかったとか。
とにかくモテモテで 選び放題だったということだ。
それを蹴ったのだから、商売仲間も、世間も驚くことだろう。私もその中の一人だ。いくら 香玉に、
甘くても。最後は自分の意思を通すと思っていた。ところが 娘の気持ちを尊重したんだから 驚くのは無理はない。

 まあ 香玉は自分の意に添わないわないことをされると、激しく抵抗することを考えれば、吏元様が一番なのかもしれない。 
何より 吏元様は、超わがままお嬢さんも上手に手だけでいるんだから結婚しても大丈夫だ。
「それは小黒のおかげの。感謝しないとね 」
そう言って香玉が小黒に微笑みかける。


「えっ? ちょっと、そってどういうこと」
感謝? 文句じゃなくて? 意味がわからない。何も聞いてなかったけど 知り合いだったの? 
2人の顔を交互に見る。 
一人かやの外で面白くない。

 しかし、本人が嫌そうな顔をしたので、思い当たる事があったのだろう。その顔に どんな事があったのか 俄然知りたくなった。
「 小黒に後押ししてもらったのよ」
「はぁ?」
『 ……… 』
この無駄飯ぐらいの,おしゃべり野郎が 人の役に立つ?
春花は 信じられないと小黒を見る。ところが、小黒が黙る。
おしゃべりしか 能の無いのない 何があったのかとすごく気になる。 その理由を聞こうと興味津々で香玉に向き直る。
「香玉、何があったの。早く教えてよ」
「実は、お父様が 小黒を他の金持ちに売ろうとした時、謝って落としてしまったらしいの」
「 売り物だっの?」
そう聞くと香玉が軽く頷く。 
やっぱりと内心 頷く。 珍しいものを欲しがる 金持ちは大勢いる。
曰つき ともなれば、もっと 高値で売れる。商売人の旦那様がチャンスを逃すとは思えなかった。
( なるほど 類をと思う 呼ぶか。 物好き が いるもんだ)
「そうよ 。その時 蓋が開いて 小黒が出てきたのよ。それで上をしたいの 大騒ぎになったの。 それで私も駆けつけたね」
 「ええーっ! 蓋が開いたの?」
そんな騒ぎ あったと知らなかった。驚く私を見て、そうだろうと香玉が頷く。
「そうよ。呪われるんじゃないかと思って、それはそれは怖かったんだから」
そんな話をするけれど、見たところ香玉も、他のみんなも 何の変化もない。体調を崩したとの話も聞かない。
「でも 蓋が開いたら、相手を呪う
んじ ゃないの?」
今は真実を知ってるけど、その時は 小黒の正体を知らなかったはずだ。 訝しく思って聞くと香玉が顎に手をやって考えこむ。
「そうね……開いたというより、ずれたと言った方が正解 ね」
この前 棚から落ちた時と同じだ。なんとなく どんな状況か想像がつく。紐が邪魔して全体が出てくれなくて、もたもたしてたんだろう。 間抜け と 小黒に向かって 眉を上げる。
『フン!』
正解だったらしく
機嫌を損ねた小黒がそっぽ向く。
「もう皆、びっくりして腰を抜かしていたところへ、吏元様が 颯爽と現れて ムンズと小黒を掴んで箱に押し込んだよ」
 素敵だったと香玉が遠い目をする。よく掴まえられたものだ。
ずっと同じ部屋にいる私でさえ 気持ち悪くて触りたくないのに。  
初見でよく出来たものだ。

「でも、どうして私は知らなかったんだろう?」
はてと首を捻る。そんな大事件なら みんな 話したくてたまらないはずなのに……。すると香玉が、やれやれ と首を横に振る。
「それは、あんたが人付き合いしないからよ。誘っても大抵 断るでしょ」
そう言われると……。返事ができない。
人付き合いは金がかかる。貧乏人には贅沢なことだ。仕事が忙しいと、部屋に運んでもらったり 食べ終わったらすぐに戻っていた。 
時間もかかるし、気苦労が多い。
それで 避けていたんだ。

 しかし、そこで、ある事実に気づいて香玉に詰める。 
「ちょっと待って! 香玉、中身が何か知ってて渡したのね」
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