春花の開けてはいけない箱の飼育日誌

あべ鈴峰

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七日目・私はお人好しだ

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 春花は、のっぺりが大人しくなったので 様子を見ようと箱に近づいた。すると、
『隙あり!』
と、叫んで のっぺりが箱から飛びかかってきたが、バランスを崩してガッターン!と、派手な音を立てて棚から箱ごと落ちた。

 大きな音に痛そうだと顔をしかめる。ズレた蓋と入れ物の隙間から 黒い餅みたいなものが、だらりと力なく伸びている。
(天罰だな) 
私を驚かそうなどと、考えたからだ。思わぬ形で のっぺりを間近で見る事になってしまった。目が二つと口が一つ。 眉と鼻。……耳は無い。見たところ手も足も無い。
何となく 想像していた通り。見た目からは 恐さはない。

 そのうち起きるだろうと 見下ろしていたが、あることを気づいて 眉間の皺を寄せる。
(これは……箱を開けたことになるのかな)
……箱は壊れてないし、結んである紐もそのまま 蓋がズレただけだから 約束を反古したことにならない。ぎりぎりセーフだ。

しかし、 ピクリともしない。
「ちょっと、ちょっと」
『 ……… 』
のっぺりに向かって声をかけたが 返事が無い。
 気を失ってる? それとも死んだ?
( ……… )
物の怪って案外弱いんだ。
呆気なく死んでしまった。びっくりするぐらいだ。死んだら、その責任って誰になるんだろう。
「……」
などと考えていたが、 このまま死骸を放って置くのもなんだ。

 たとえ、数日でも一緒にいたんだ。 せめてもの情け 体を箱に戻してやろう。と、思ったが、どうしても死んだ気がしない。
のっぺりは、この前も 一泡吹かせようとしてきた。死んだふりかもしれない。人間のように呼吸していれば 鼻に指を当てるとか出来るけど、 肝心の鼻が無い。脈を見ようにも血管が あるかどうかも分から無い。
「 ……… 」

 真偽を見つけようとジッと その姿を見ていたが、判らない。やはり、本当に死んだのか確かめないと 枕を高くして寝れない。
見たり喋ったり出来るなら 触感があるかも。春花は、筆かけから墨のついていない ふわふわの毛の筆を掴み。のっぺりの体を ツンツンとつつく。
しかし、 動かない。
( ……… )

 今度は擽るように 筆で撫でると ピクピクと動き出したと思ったら
『キャハハ、キャハハ』
と笑い出した。 
予想通り死んでなかった。春花はそれを冷めた目で見つめる。
「 ………」
私を騙そうと死んだふり? 
まったく、しょうもないことをして。 無事だったと安心するより、まだ この生活が続くのかと思うと がっかりして首を横に振る。

『くすぐったいよ。やっ、止めてくれ』
のっぺりが、体を震わせて 笑ってる。 何故か、それがムカつく。踏み潰したい。しかし、すぐに踏んだ感触に悩まされそうだと 思って止める。生きてたんだし これ以上 のっぺりに、かまっていられない。机に戻ろうとすると のっぺりが呼び止める。
『 ちょっと。おい!』

 立ち止まったが 、どうせろくでもない事に違いない。 だったら、返事をするだけ無駄なことだ。 無視して歩くと また呼び止められる。
『おい!無視するなよ』
のっぺりが 何を頼みたいのかは予想がつく。 正直 棚の上にいても 下にいても 私には関係ない。
『 いいから、助けろよ。こうなったのは、お前のせいなんだから』
のっぺりが 床から私を見上げて子供みたいに駄々をこねる。
( どこが?自業自得だ)
 私を驚かそうとしたくせに、よく言う。
「 ……… 」

 私に優しい気持ちが あるなら そうするだろう。だけど、生憎 今日は持ち合わせていない。だから勝手にしろと放っておく。
『助けろよー!』
「 ……… 」
どこか必死な声に 少し考えたが 、これは躾だと考えて 席に着く。こうして お灸をすえれば、これに懲りて 二度と私に対して 悪さをしようなどと考えなくなる。

『 春花ー』
「!」
 自分の名前呼ばれてハッとして、 床に転がっているのっぺりを 見る。どうして私の名前を? 名乗った記憶はない。どうやって知ったのか、今までのことを省みて気づく。のっぺりのヤツ。この部屋に来た時から、ずっと 周りの話を聞いてたんだ。盗み聞きされたと思うと不愉快だ。なおさら無視しようと 墨をする。

『春花ちゃん』
「 ……… 」
『春花様』
「 ……… 」
私の機嫌をとろうと言うのか敬称までつけてきた。なりふり構っていられないらしい。それでも相手にしないで仕事を片付ける。
『春花。春花。春花。春花。春花』
「 ……… 」
『春花。春花。春花。春花。春花。春花。春花。春花。春花』
すると、馬鹿みたいに名前を連呼しだした。

根負けだ。
「ふぅ~。分かったわよ」
ため息とともに立ち上がる。
仕方ない。このまま言われ続けるのも面倒だ。しかし問題は どうやって、のっぺりを箱の中に戻すかだ。自分では箱の中に戻れないから 私に助けを求めてくるんだろうし……。となると 私が掴んで戻すしかない。 でも直接は触りたくない。となると……。

 厨房に行って箸を借りる?
「う~ん」
 それだと時間もかかるし 何に使うのかと聞かれそうだ。だったら、別の物で 代用するしかない。机に置いてある 筆がけに目に留る。春花は 筆を箸代わりにしてみようと思い二本持ってしゃがんで、 のっぺりの体を掴もうとしたが 筆では太さがあって 箸のようには掴めない。

だったら、右手と左手に 一本ずつ持って挟んでみるか。
『 ……… 』
 よし掴めた。
餅のように柔らかいかと思ったが 意外に硬い。硬い 体のくせに伸びるという気持ち悪い感触に 口が曲がる。しかし、それでも 我慢して持ち上げる。ここまで来たんだ。 今更やめるのも
なんだから続けよう。
「 ……… 」
後は、このまま……。

 持ち上げて、どうする?
のっぺりを 入れる箱は横倒し、私は両手でのっぺりを掴んでるから使えない。足で箱を元に戻すのは 出来そうだけど。そうなると 箱の紐を解いて蓋を開けないと駄目だ。そこまで考えて ハタと気づく。助けると言ってしまったが 箱を開ければ 香玉との 約束をたがえる事になる。しかし、このままと言い訳にも……。のっぺりの体を持ち上げたまま固まる。

 すると、大人しく 挟まれたまま のっぺりが 私の苦労も知らずに 話しかけてくる。
『この後、どうする気だ?』
「 ……… 」
(それが分からなくて困ってるのよ!)
一番いいのは箱の隙間から押し込むことだけど……。
液体のような体なら するすると中に入りそうだけど、この硬い体を 横倒しの箱の隙間から押し込むのはあまりにも高度すぎる。
『 ……… 』

「どうすれば、いいの?」
 背に腹は代えられない。 聞いてみよう。箱が 横に倒れるのは初めてじゃないだろうから、方法を知ってるだろう。
『 箱を元に戻せば 自分で入るよ』
 なんと。そんな簡単なことだったとは……。だったら、最初からそう言えばいいのに。何も言わなかったのは 私が困ってるのを楽しんでたのね。してやられたと のっぺりを睨み付けつける。すると、のっぺりが目をそらして 吹けもしない口笛を吹いている。

(ふん!だったら、私だって!)
担がれたと分かった春花は、 仕返ししようと のっぺりを挟んでいる筆をパッと離す。
『ふぎゃっ』
 ビタッと変な音を出して のっぺりが床に衝突する。
『何するんだよ』
「 ……… 」
 のっぺりが鎌首をもたげて文句を言うが、 気にも留めずに足で箱を元に戻す。
『 ……… 』
 私を睨みながらのっぺりが箱の中に戻った。
(助けてやったのに礼の一つも無しか。礼儀知らずめ)

私の機嫌を損ねたままなら箱に戻れない 状態で生活しなくちゃいけないのに……。
「はぁ~。疲れた……」
 今日は、のっぺりに振り回されて一日が終わった気がする。

もう絶対、どんなことがあろうと この箱には触らない。

八日目

 いつも通りに仕事をしてようと部屋に入ると いつも通りのっぺりが 話しかけて来る。
『おはよう~』
「 ……… 」
毎度、毎度 私に冷たくされてるのに なぜ話しかけてくる? ここまで来ると謎だ。
 
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