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四日目・正体見たり

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 香玉から預かった 箱からカタカタと 音がし出す。それをやめさせようと重石として竹簡 を乗せたが、 翌朝に落とされていた。
そこで春花は 箱との 決着をつけるため、中の生き物が何か突き止める方法を思いつく。

***

 春花は借り受た合わせ鏡を 懐に忍ばせ箱に気づかれないように部屋に持ち込んだ。竹簡を立てて箱から見られないようにすると 合わせ鏡を取り出して 1枚ずつ手に持って 角度を調整しながら 箱を映し出す。すると、相手も私が 何をするのか気になるのか、蓋が持ち上がっている。

 とうとう中身の正体を見るんだ。 そう思うと緊張して ゴクリと音を鳴らして唾を飲み込む。
( キラリと光る二つの目が 、現れるに違いない)
 その時を固唾を飲んで待っていたが……。

(えー なんで?)
 蓋がパカッと持ち上がると思ったのに。入れ物と箱の間に 指2本ぐらいの隙間が出来ただけ。
これで どうやって覗いてたの?
 襲ってくるかもと、あんなに怖がってたのに……。
あの幅の隙間では 箱から自由に出入りできそうにない。拍子抜けする。だったら、放っておけばいい 。正体見たり、枯れすすき。
現実なんて、こんなもんだ。

 もう見る必要もないと思ったその時、蓋と箱の隙間から 黒い物体が、ぬるりと出てきたのを見て息を呑む。
(うっ)
想定外のことに春花は 思わず鏡を落としそうになる。
動物じゃない。ドロドロとした液体みたいな生き物だ。 そんな生き物を目撃たら、悲鳴を我慢するのが精一杯だ。呼吸が浅くなる。
生まれて初めて物の怪を見た。

逃げろ!

危険だと生存本能が警告する。
しかし、落ち着け落ち着くんだと自分に言い聞かせる。でも、そんなの無理だ。体は正直で 鏡を持つ手が震える。
これ以上見るのは無理だ。
見たら余計に怖くなる。 慎重に音を立てないように合わせ鏡を机に置くと、恐怖を抑え込もうと震える手を組んで ゆっくりと息を吐く。ちょっと、やそっとの事じゃ驚かないと思っていたけど、世の中 まだまだ知らない事があるものだ。

 深呼吸を繰り返しているうちに 冷静になれた。黒くてよく分からなかったが何かが居る事は確かだ。
( このまま謎のままにする?……)
相手は物の怪だ。刺激たら厄介なことになるかも。でも、実害はなさそうだし……。見てみたい気もするが、どうしたものかと 考えあぐねる。
(う~ん)
 やっぱり、恐怖より興味が 勝る。
何て名前の物の怪なんだろう? 知りたい。ちょっとだけなら問題ないだろう。それに、せっかく覚悟したんだ。ちゃんと見よう。そう決めると 合わせ鏡をもう一度手に取る。

 箱の中から出てきた黒い体の生き物が 箱の側面を伝って出てきたと思うと、私が何をしているのか気になるのか 鎌首をもたげて こっちを見ている。
(鎌首? 蛇かな?)

 蛇の仲間の物の怪か判断しようと 鏡にもっと顔を近づける。
 しかし、どんなに目を凝らしても 毛も鱗もないし、蛇のようにチロチロと 舌を出していない。
 全然 蛇ぽくない。だったら何の物の怪? まるで、箸でつまんだ餅のように 先端だけボリュームがある。 胴体らしき部分は だんだん細くなって行って どうやら箱と繋がってるっぽい。
 唯一確認できたのは 黒い物体の中に、もっと暗い 黒い点があること。どう考えても目だろ。それと口? 大きさだって私の拳 程度だ。妖気らしいものも纏って無い。
それ以外に目立った特徴はない。

 自分の中の恐怖が、どんどん消えていく。のっぺりした顔に、つるんとした体。どう見ても ただのごま餅だ。どこに怖い要素がある。
分かる。無害だ。なんとなくアホさが滲み出ている。もっと恐ろしい顔とか、唸り声とか していれば別だけど。体が小さいせいか それ以上伸びそうにない。おまけに 組紐があるせいで、箱の縁を行ったり来たり してるだけで、箱から出られないらしい。
「なんだ ~」
行動範囲が限られてるんだから、 近くに行かなければ問題ない。 
その事実にホッとして、一気に緊張から解放される。

 なら 大丈夫だ。怖がって損した。
これで一件落着したと 合わせ鏡をしまうと フンフンと鼻歌を歌うと、 いつものように墨を摩りながら 帳簿をめくる。

 仕事に集中していたが ふと黒い生き物のことを思い出す。どうしてるのか 気になって 鏡で確認すると まだこちらを身を乗り出して見ている 。ずっと箱から出っぱなしのところを見ると 隠れる気はなくなったらしい。

 再び仕事に戻ったが、どうも気になる。気づかないふりをして無視しているが、じっと見られていると分かっていると落ち着かない。
視線だけならまだしも、目でじかに見られていると思うとやはり違う。
 ……でも、このままでいいや。
相手も私が自分の正体を知らないと思いば、今以上の事はしてこないだろう。
ところが、暫くすると 寝息のようなものが聞こえて来た。
( 寝てる?)
竹間から顔を出して 黒い生き物を見ると 組紐に頭らしきものを乗せて 体を上がったり下がったりさせている。

 自分への関心が向かなくなったと 喜ばなくては いけないんだろうけど……。なんだかそれが私を見下した態度のように思える。その舐めた態度に怒りが ふつふつとこみ上げる。物の怪なら物の怪らしく人間を脅かすとか、どっしり構えてるとか しないと。それを人間の前で無防備に いびきをかいて寝るなんて、呆れ果てる。

 寝られたままでは癪だ。驚かしてやろうと机をバンと叩く。その音にのっぺりが飛び起きて何事かと、あたりをキョロキョロする。その姿に気分がすっきりする。
 いい気味だ。初めてこっちが驚かせる側になって 気分が良い。
もう二度と怖かったりしない。

** 5日目

 箱の中身を確認して平常心を取り戻した春花は手馴れた手つきで竹簡を立てると仕事の準備に取り掛かる。 今日からいつもの日常だ。
 そう思っていたが、 そうはならなかった。
『 ねえ、ねえ』

いきなり誰か呼びかけられて 軽くパニックになる。誰?誰が私に話しかけてきたの?
(もしかして……)
 春花はゴクリと唾を飲んだ。 変な緊張感に飲み込まれる。
「 ……… 」
 いや、いや、あののっぺりした餅顔に知性があるとは思えない。 それはないと首を振って気のせいだと思い込もうとする。

『 ねぇってば~』
 にわかには信じられないが 確かに声は箱の方からする。 それに、この馬鹿っぽい声。 見た目と合致する。人にしては甲高い。 それに喋り方からして5歳児並みだ。
物の怪だろうとは思っていたが……。
でも、たとえ人語が喋れるからと言って、物の怪なのに真っ昼間から 話しかけてくる?
私の考える物の怪のイメージと 見た目と同じように違いすぎる。
やばい部類の物の怪だ。

『ねぇーねぇー、昨日俺のこと見てたでしょ』
 (見てたんじゃない。 監視してたんだ)
嬉しそうに、のっぺりが言う。 
そのうぬぼれた言い方に反論したくなる。しかし、ここで相手にしたら見たことになる。
無視するのよ。完全無視。そうすれば全て無かったことになる。 
多分…… 希望的観測だけど。
( そうであれ)

『 ねぇってば~。 認めなよ』
(ちっ)
 春花は心の中で しくじったと舌打ちする。やっぱり昨日の件で、私が自分の存在に気付いたと分かったんだ。自分では上手くやったつもりだったが、相手は物の怪だ。
そういうところは敏感なのかも。

『 だから見つけ見つめ返そうと思ったのに、 こっちを見ないから寝ちゃったよ』
 相手も気づいてたか……。 あの時、間抜けな顔を見なかったら。 返す返すも残念だ。 やはり好奇心は猫を殺す。
それでも知らんぷりを決め込んだ。それなのに、のっぺりが一方的に話し始めた。

『 ビンビンに視線を感じたよ』
 絶対返事をしてやらない。 大丈夫。昨日だって
竹簡越しにに 目があっただけだ。黙っていれば相手だって、 思い違いだと思う。
「 ……… 」
『 まあ、分かるよ気持ちは。 いきなり男に声をかけられたら 戸惑うよな』
( 違う。物の怪だからだ)
物の怪だけど軽薄という言葉が頭に浮かぶ。 
体は小さいし、のっぺりした顔だし、 箱から出れないくせに 全然いいところが無い。
 それなのに、その自信はどこから来るの?

『 どうして無視するんだよ……』
( 当たり前でしょ。物の怪と仲良くなりたい人間がどこにいる)
叱られしょげた子供のような言い方に イラつく。 私が悪いみたいじゃない。物の怪のくせに傷ついたとでも言うの。
のっぺり顔のくせに、 そこまで繊細なように見えない。
『 ……… 』
「 ……… 」
 静かになった。どうやら自分の声が、私に聞こえていないと騙されたようだ。


 請求書を書き終えて 次の請求書を書こうと帳簿を掴もうとした手が止る。 あまりにも静かだ。筆を弄びながら、確かめるか確かめないかで、
 どうしようかと考える。 
( …………… )
念のため竹間の隙間から覗く。 
すると、相手が待ち構えていたかのように蓋が浮いて 物の怪が真正面から私を見ていた。
(!!!)

誤魔化せないくらいばっちりと目が合ってしまった。ずっと私を監視していたらしい。

 一生の不覚と後悔している私に向かって のっぺり顔の物の怪が 目をキラリと光らせた。
『よっ』
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