春花の開けてはいけない箱の飼育日誌

あべ鈴峰

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三日目・どんな種類?

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香玉から 開けてはいけない箱を預かった春花は、その箱から物音がすることに気づく。
カタタタタンと音を出し続けるのは、かまって欲しいと私に合図を送ってるという事なんだろうか?
ちょっと興味が わく。

 しかし、すぐに自分を律する。
どうせ関わりを持ったら、ろくな事にはならない。だから、止めておけと もう一人の自分が警告する。
(分かっているけど……知りたい)
どうしても、確かめたい誘惑には勝てない。

 竹簡の隙間から覗くと 箱が小刻みに上下に揺れている。 いや、よくよく見てみると 蓋だけが 持ち上がったり、下がったりしている。
どうやら中の生き物が、蓋が落ちきる前に 自分の頭らしきところで持ち上げている。
 それを ぶれて 分からないほど高速で、 連続して頭突きをする事で音を出していた。

カタタタタタン。
「ぷっ」
 間抜けだ。 あまりにも馬鹿げた行動に思わず吹き出す。
 しまったと 笑いそうになるのを慌てて手で口を塞いで止める。
カタタ……。
さっきまで連続して聞こえていたのに、急に音が止む 。不味い。
相手に気づかれた?
もう一度、竹簡の隙間から覗くと 相手も、じっとこっちを見ていた。
(うっ)
 慌てて竹簡から顔を離したけど、 相手とバッチリ目があった。
 完全に私を見ていた。 どうしよう……。

音が しなくなったし、見ても来なくなった。 静かになった事は良いことだが、何もしてこなくなった事が 逆に不気味だ。
 (これって嵐の前の静けさ?)
 箱の中の生き物が何か仕掛けてくるかもと、 ビクビクしながら仕事を続けたが、結局、その日は何も起こらなかった。

**三日目

 これほど不安な気持ちで朝を迎えたのは初めてだ。でも 部屋に閉じこもっているわけにも いかない。意を決して扉を開けると、視線を感じる。あからさまに見られて、なんとも居心地が悪い。このままの状態が続くのかと思うと嫌だ。
 だが、ここは仕事部屋だ。

 逃げたら仕事をサボることになる。サボったら仕事が溜る。普通の店なら2、3日休んでも何とかなる。でも、劉家は 豪商というだけあって、取引の数も半端ない。
1日の取引の件数は1万件近い 。
締め切りも5日ごとあって請求書を書く件数も多くて かなり忙しい。だから、3日も休んだら 溜まった分を取り返すためには徹夜しないといけなくなる。徹夜するためには 明かりであるロウソクが必要になる。そのロウソクは自分の都合で遅れたんだから、自腹で買うしかない 。つまり自分の金が減るということだ。それは 絶対やだ。
 (……だったら、仕事をするしかないか……)
 耐えるんだ。 無駄金を使いたくなかったら、耐えるんだ 。そう自分に言い聞かせて 机に座る。

 また 目隠しを設置しようと竹簡を手に取った。すると、カタンと音がする。その音に反射的に箱を見てしまった。
(あっ!)
私のドジまぬけ。しまったと目を逸らした時 このまま目を逸らした箱を見た事が相手にバレてしまう。それを無かった事にしようと 相手に誤解だと 思わせるように視線を別の方向に動かす。

 私が見たのは あなたでは ありません。その近くの本です。誤解しないでください。決して あなたでは ありません。ゆっくりと視線を一周させて机まで 戻ってこれた。
(ふーっ)
なんとか誤魔化せたかも。そう思って竹簡を立てようとすると、またカタン、カタンと まるで竹簡を立てるのを 止めさせようとするみたいに 音を鳴らす。

「っ」
音に動揺して手元が狂ってしまった。倒れそうになった竹簡を慌てて押さえる。音に敏感になっている。 落ち着くんだ。音が鳴っても気にするな。再度、竹簡を立てようとすると、今度は カタタタタンと 高速で音を出す。 
その音を聞いた途端 音を出す。
その姿を思い出して笑いがこみ上げる。 
(ふふっ)
声を出して笑いそうになるのを唇を噛んで堪える。思い出すだけでも笑いそうなのに、その姿をまともに見たら爆笑しそうだ。ここで笑ったら 相手の思うつぼだ。
何が何でも竹簡を立てる! 
そうでないと仕事にならない。
腹に力を入れて、金が減る。金が減る。と呪文のように繰り返すことで箱の妨害に堪えて 竹簡を立てられた。
(これでよし)
確認するように竹簡を指差す。

 それでもカタン、カタンと 鳴り続けている。こう五月蝿くては 集中できない。書き損じが増えるばかりだ。何とかして、止めさせたいけど……。でも、どうしたら良いんだろう。言葉が 通じないから、止めせようにも……。 
それとも一応、言ってみる?
 いや、駄目だ。
今でさえ構って欲しくて何かしてくるのに 声をかけるなどしたら 相手に しっぽを振るチャンスを与える事になる。

(どうしたら……)
すると閃く!
ようは、蓋が動かないようにすればいいんだ。思いついたなら、やるしかない 。立ち上がっただけなのに 箱が私の行動を目で追ってくるのが判る。しかし、春花は その事に気付かぬふりをして 隣の寝室に入ると一番大きくて重い竹間を手に取る。竹簡を乗せたら相手が、どんな反応するか 楽しみだと含み笑いする。

 春花は本を探すふりをして、書棚に近づくと箱の前まで行って それを箱の上に素早く乗せる。
(はい。これで任務完了)
と、手を打って埃を払う。
『!』
 どんな生き物が入っているが知らないか、香玉から取扱い注意について 何も聞かされていないから これくらいしても平気だろう。

 これでやっと落ち着いて仕事ができると思い 机に戻った。それでも箱が音を立てている。
でも、 前と違って くぐもった音だ。見ると重石として乗せてある竹簡の巻物が 上下に動いている。 悪あがきしている。意外にしぶとい。もう一巻乗せないと駄目かな?

 (……落ちる。……落ちるのか……落ちちゃうのか?)
 不安半分、期待半分で 見ていたが 結局落ちなかった。……と言うか、このまま蓋が開かなければ 問題ないのでは……。
よし決まった! このまま乗せっぱなしに、しておこう。 一巻でダメなら二巻と数を増やせばいい。

 そう思っていたのに……。
『くぅ~』とか『むぐぐっ』とか 必死に蓋に乗っている物を落とそうとしている声が聞こえる。 
(嘘!)
自分の想像の上をいく事実に唖然とする。香玉が渡すぐらいだから 変わった物だとは思っていたが、 どうやら喋れるっぽい。
 生き物は生き物でも 小人とか妖精とか…… 幽霊の類なの? 得体の知れない生き物を前に困惑する。嫌な予感がプンプンする。
 これから先どう対処したらいいのかと箱に向かって視線を投げる。
すぐに巻物を落とさないところを見ると 力が強いわけでは なさそうだ。 変な霊力を使ってもいない 。

 それより一番の問題なのは人語を話しそうなことだ。不味い。非常に不味い。人語を喋れるという事は それなりに知性があるということだ 。そんなモノが箱の中に? あながち呪いの箱というのは嘘じゃないのか。弱そうだから自分で何とかできると思ったのに……。
一体どうしたらいいんだろうと頭を抱える。

 今のところ視線以外の被害はないが、 この後もないとは言い切れない。 やっぱり、香玉に返そう。それが一番だ。 
(でも……)
今まで一度も香玉に悪戯されて 参りましたと言ったことはない。 
そう思うと踏ん切りが つかない。 したり顔の香玉を見たくないと 自分のつまらなプライドが邪魔をする。何でも持っていて、なんでも知っていて、美人の香玉に私が勝てるのは 絵の才能と度胸だけだ。
夜道だって、見知らぬ土地だって、 一人で歩ける。口喧嘩なら大人の男でも、野良犬だって負けない。その私が、この小さな箱に屈するのか?

 やっぱり、返すにしても 中身を確かめよう。中身が分かれば、最初の印象通りただのバカか、それとも想定外の強者なのか分かる。 
そうすれば対処のしようもある。
しかし、先ずは仕事だ。
新しい紙を用意して仕事を続ける。だけど、常に不測との事態に備えて聞き耳を立てていたから、時々聞こえる唸り声に ドッキリとする。そのせいで字が乱れるというミスもあったが、仕事は滞りなく終わった。

 喋るのではないかと警戒していたが、聞こえたのは『くぅ~』とか『むぐぐっ』だけ。しばらくすると諦めたのか静かになった。

* 4日目 

 朝起きると予想通り竹簡が落とされていた。風呂敷じゃないんだから、偶然落ちるはずがない。この箱の中の生き物が何とか自力で落としたらしい。やはり侮れない。 春花は 箱を見ながらどうやって決着をつけようかと思い悩む。
戦いに勝つには、まず相手を知ることが第一歩だ 。
(何か方法を考えないと……!) 名案を思いついた春花はニヤリと笑う。

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