お人好しアンデッドと フローラの旅は道連れ世は情け。 骨まで愛してる。

あべ鈴峰

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譲れない愛

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やっと会えた姉なのに……。元気な姿に喜んだのに……。青ざめた姉の顔には不安だけが浮かんでいる。
「フローラ……。ジャックはアンデッドなのよ。 どうして、そこまでこだわるの?まさか……好きなの?」
訝しげに聞いてくる姉の言葉に唾をごくりと飲み込む。姉の気持ちが分かる
ように、姉も私の気持ちが分かる。

核心を突かれて自分の気持ちを秘密にするのは難しい。
「………」
「フローラ。どうして?」
姉が立ち上がると私の手をとる。 その顔は、何かの間違いだと言ってくれと言っている。フローラは姉の視線を避けるように俯く。ジャックを好きになったことを恥じているわけではない。 理解してもらうのが難しいと知っているからだ。
でも、たった一人の姉には、私の気持ちを理解してほしい。そう決意すると、顔をあげて姉の手を掴む。
「そうよ、好きなの」
「フローラ……」
まるで罪の告白をされたかのように、姉の顔が強張る。
普通に考えれば、ありえない。
アンテッドは人間の敵だ。でも、敵を愛する物好きがいてもいいはずじゃない。

「お姉ちゃんだって、伯爵がいたから一人ぼっちになっても耐えられたんでしょ。それが、私はジャックだったの。 そのジャックが、たまたまアンデッドだっただけ。それだけなの。お姉ちゃんと変わらない」
「………」
そう言っても姉の顔には何の変化もない。まだ、足りない。
「それりゃ、村の人も他の人も親切だよ。でもそれは上辺だけのことで、 私を何の見返りも求めずに、力を貸してくれたのはジャックだけなの」
「………」
ジャックは特別な存在だ。その辺にいる人間より強いし、優しい。それなのにどうして分かってくれないの。

「お姉ちゃんの言う通りのアンデッド
だったら、 私はとっくに食べられて、ここにはいないわ」
フローラはそう言って自分の胸を叩く。 姉に会えたのはジャックのおかげだ。 私一人だったら、その辺でのたれ死んでいてもおかしくない。
「いいえ、アンデッドだけは駄目よ」
しかし、かたくなに拒む。
「どうして私の幸せを喜んでくれないの? 自分ばっかり狡い。私だって幸せになる権利はあるでしょう」
「………」
「どうして、お姉ちゃんだけ幸せになって、私は諦めなくちゃいけないの」
「それとこれとは、別よ」
 何で別なの? 私は姉のような幸せなど求めていない。 一生野宿生活でも構わない。
ただ、ジャックと居たいだけ。もう恋を知った私は、お姉ちゃんが幸せになるだけでは満足できない。

「私は自分を愛してくれる人なら、どんなに貧乏でも構わない!」
貴族と結婚することが最高の幸せじゃないと、 きっぱりと撥ね付ける。
すると、私の当てこすりに姉の目に怒りの炎が燃える。
「私だってそうよ。彼が好きだから一緒にいるのよ。 たとえ破産しても、そばを離れないわ」
 そこには家族に対するものとは別の愛情があって、それが私を拒否する。
きっと私も同じだ。愛する者を守りたいと思っている。だから怒るし、引き下がらない。
「お姉ちゃんが、たとえ駄目だと言っても、これだけは譲れない」
 自分の本気を分かってほしくて言い切ると、姉も言い切って来る。
「私だって譲れないわ。 大切な妹をアンデッドと結婚させるなんて無理!」
口をひき結んで私を見据える姉を見て、フローラは嘆息する。身内を説得するのは骨が折れる。

「お姉ちゃん。私の一番の幸せは何だと思う?」
「えっ? それは……夫とか、子供とか……家族を持つこと?」
 不意の私の質問に姉が、眉間に皺を寄せながら考え込む。 人間の女としての幸せなら 姉の言うとおりだ。
 私は何かで偉業を成し遂げたいとか、 秀でた才能があるわけではない。
だから、 ただ普通の一生でいい。
フローラは首を振って答えを否定する。
「 違うわ。 私の一番の幸せは…… 私を置いてきぼりにしてない人と結婚すること」
「えっ?」
 鳩が豆鉄砲が食らったみたいに、姉が目をまんまるにして固まる。
「お姉ちゃん。私、もう一人ぼっちになるのは嫌なの」
姉がパッと私の手を掴んで引き寄せる。
「だったら、ここで暮らそう。ねっ」
「………」
「この家が嫌なら、近くに小さな家を借りればいいわ。ねっ、そうしよう」
私の機嫌を取るように姉が顔を覗き込む。フローラは必死に引き留め様とする姉に向かって駄目だと首を横にふる。

「私が、ここで生きていけると思う?綺麗なドレスを着て、自分では何もしない。そんな暮らし私にできる?」
 フローラは姉の手に自分の手を絡める。
「お父さん達の次は、お姉ちゃん。みんな私を置いていなくなった」
「 それは……」
責めてるわけじゃないとフローラは首を振る。
両親が死んでずっと一緒だと思っていた姉だっていなくなった。
病気になったのも、拐われたのも自分たちが望んだことじゃない。
そんなの分かっている。でも、またあるかもしれないと不安になる。
待つのも、探すのも、疲れたと首を振る。

「お姉ちゃんだって知ってるでしょ。ある日突然、日常が壊れる。それがどんなに怖いか。 だからジャックがいいの。ジャックは絶対、私を置いて逝かない。私を一人にしない」
「………」
「もう二度と、あんな悲しみ経験したくないの」
 安心したい。明日も今日と同じで、 繋いだ手が離れない。振り返るとそこに何時もジャックが居る。そんな日々を送りたい。
「お姉ちゃん。お願い」
「………」
 フローラは、もう一度姉の手をギュッと掴む。 やっと会えたのに、このまま喧嘩別れしたくない。
フローラは認めて欲しいと姉に訴える。

 黙って私を見つめていた姉が、
ストンと肩の力を抜くと私の頬を撫でる。
「あなたの事は誰よりも知っているもの。どうして好きになったか言ってみなさい」
「ああ、 お姉ちゃん。大好き!」
 話を聞いてくれる気になったら、こっちのものだ 。抱きつくと姉が私の背中をポンポンと叩く。
「まだ、許したわけじゃないのよ」
「分かってる 」
「それで、どんな人なの?」
そう聞かれてフローラは、何から話そうかと悩む。 いろんな事がありすぎて、どこから話せばいいのか。
(う~ん)
 しばらく考えたが、すぐに分かる見た目の魅力から話そうと決めた。

「アンデッドなんだけど、凄く綺麗なの」
「綺麗?」
「うん。 あの商人が自慢してた青磁の器、覚えてる? あんな感じ。青白くて、艶があって、冷たくて……。それにいい匂いもするし」
初めて会った時の感動を覚えている。 頭蓋骨を切って家宝にしようとしたくらい気に入った。 もしかして、一目惚れだったのかな?
「……フローラ。皿と男性は違うでしょ」
呆れたように首を振る姉に、 頭蓋骨の魅力は通じにくいかと、諦める。 だったら、
「そうそう。体が凄く固いの。大木みたいに絶対、倒れないって感じがする」
「そりゃ、骨なんだから、硬いでしょ」
「……」
 やっぱり、アンデッドだから見た目は気に入らないか……。 フローラは腕組みして、どんな話なら姉の関心をひけるか考えてみる。
(う~ん)

「そうだ。凄く強いの。山賊たちを一瞬で倒したし。それに、ジャンプ力が凄いの。ひとっとびで塀を越えてた」
「山賊?……塀を飛び越えた?」
なんでだろう。言えば言うほど、姉の眉間のシワが深くなる。
どうして、ジャックの良さが伝わらないんだろう……。
 「あなた達、一体どんなことをしてここまで来たの?」
不味い。
本当の事を話したら心配する。 
でも、どうにかしてジャックの良さを証明しないと。

そうか! フローラは、ぽんと手を打つ。こういう時は本人に合わせるのが一番。会って話をすれば、ジャックの人柄が分かってお姉ちゃんも安心して貰える。
「 お姉ちゃん。ジャックを呼んでくる」
「えっ?ちょっ、 ちょっとフローラ」
ドアを開けてジャックを呼び込もうとした。
「ジャック。お姉ちゃん……に……」
が、姿がどこにもない。
 と言うか、誰もいない。 ジャックが叩き落とした矢もない。 きれいに片付けられている。
(………)
出会ってから片時も私の傍を離れたことなどなかったのに……。
まさか、どこかに連行されたの? 
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