お人好しアンデッドと フローラの旅は道連れ世は情け。 骨まで愛してる。

あべ鈴峰

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家族だから。 否、家族だからこそ

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ジャックと一緒にウイリアム邸に侵入したフローラは、 不審者と間違えられて攻撃を受けていた。そこへ、姉のカーラが登場して、 ことなきを得た。


「さあ、入って」
姉に促されて部屋の中に入ると、 外以上に豪華で目がチカチカする。
どこを見ても金ピカだ。 壁も家具も、天井さえ。どこもかしこも。
見たことも聞いたこともないが、貴族の部屋とは こういう物を言うのだろう。見るもの全てが初めてのものばかりで目移りする。
「フローラ。座って」
姉に椅子をすすめられるが、 綺麗すぎてとても座れない。汚い格好の私が座ったら 汚れてしまう。フローラは、あたりを見回して 一番安そうな椅子を持ってくる。
「 何してるの?」
「えっ?……この椅子が気に入ったから」
「 そう?ならいいけど」
不思議そうに首を傾げる。姉はこの生活に順応しているようだが、田舎暮らしが抜けない私には無理だ。


 紅茶を飲みながらウイリアム伯爵との出会いを語る姉の話しを聞く。
「あの後、いろんな村を転々としたの。どの村でも誰かしら連れてこられたわ……」
 姉がカップの底を見つめながら話す。 きっと底には、つらかった当時の様子が映し出されているのだろう。 
被害者は、自分だけではない。
そう言うふうに考えられれば 苦痛はない。でも姉にしてみれば、自分と同じように家族を悲しませている人が増えることが、 耐えられなかったのだろう。

いつもコーヒーばかりだから、紅茶は新鮮だ。薄い白磁のカップには綺麗な花が かかれ、 金の縁取りがされている。 フローラは紅茶にたっぷりと砂糖入れる。 何よりの贅沢だ。
( おいしい……)
ジャックにも飲ませてあげたいな。
「逃げようとしたんだけれど、連れ戻されて……。だんだん、逃げるのを諦めて、奴隷になっても生きていれば あなたに会えると考えを切り替えたの」
 そう言うと姉が私の太ももに手を置く。 確かな重さと温かさ。フローラはその手の上に自分の手を重ねて、にっこり笑う。

「そうだね。私も絶対、探し出そうとしてた」
静か動の違い。お互いに、もう一度会いたいとしてた。 考えることは同じ 。
「………」
「………」
再会の喜びに見つめあう。
フローラはカップを置くと横目で姉
を見る。
「それで、伯爵とはどうやって知り合ったの?」
「ああ、それは」
伯爵が姉を買ったことは知っている。
あの画廊の店主の話しの真偽が知りたい。
「実は移送されてる時に視線を感じて、見回したらローレンスと目が合ったの。だから助けてほしいと言ったら、 助けてくれたわ」
「はっ?」
確かに姉は美人だが、檻に入っていることを考えれば奴隷だと分かるはず。 それなのに願いを聞き入れて買ったなら、ウィリアム伯爵の一目惚れ以外に考えられない。
いくらだったか知らないが。
まさか、そんな出会い方をしてたなんて。運命というのは、あながち嘘ではない。

「それで、どうしてここに?」
それ言うことなら村で待ってればいいのに。 お姉ちゃんが見つからなけれぱ、遅かれ早かれ村に帰った。
「ローレンスが私の事情にひどく同情してくれて、あなたを迎えに行かせたのよ。でも入れ違いになってしまって。それで、 妹が探してるはずだから私も旅に出ようとしたら、 すれ違いになったら困るから。それまでここで待ってればいいと言ってくれたの」
「それで一か月働きもせず、ここに居たの?」
「ええ、ローレンスはとても親切だから」
(親切ねぇ……)
どう考えても下心が見え見えでしょ。
でなかったら、ここまで面倒を見たりしない。それなのに無邪気にニッコリと笑う姉を見て、事のあらましを聞いたフローラは頭が痛くなる。

何もしなくて良いと言われたから、本当に何もしないで、のうのうとお茶を飲んでいる姉の気が知れない。 
でも、そう言う事なら 伯爵が本気で姉を好きなのは伝わった。あとは姉の気持ち次第。
「お姉ちゃんは鈍感すぎるよ。伯爵は、お姉ちゃんが好きなの」
「…… 私を好きなのに、買ったの?」うっ! 確かにそうだ。姉的には、物語みたいに 連れ出して欲しかったのかもしれない。でも伯爵としての責任があるから、よその町で揉め事を起こしたくなかったのだろう。
「それは仕方ないでしょ。でなかったら他の人に買われちゃうんだから」
「それは……そうだけど」
イマイチ納得していない姉に向かって 身振り手振りで説明する。

「ただの同情で、ここまで尽くしてくれる?この部屋も、その服も、全~部。お姉ちゃんの気を引こうとしてやってるの!」
「私もそうなのかなと思って、何度も聞いたけど違うと言うのよ」
「………」
首をひねる姉を見ながらフローラは心の中で 伯爵のことを毒ずく。
(このヘタレが!)
 1ヶ月もあったのに何してたのよ。
使用人達は、もっと主の尻を叩きなさいよ。同情か好意か。
同じことをされても受け取り方が違ってくる。
「振られるのが嫌で、嘘をついてるのよ」
「 嘘?嘘をついてなの!?」
ムッとした顔では音が声を荒げる
「だったら、どうやって分かれているのよ!」
 逆ギレする姉を見てフローラは額に手を当てる。 我が姉ながら呆れる。
相手が自分に気があるかどうか、わかりそうなものなのに、 言わないと伝わらない。

フローラは 喉を潤すとお茶を口に運ぶ。 直球勝負に出るしかない。
「お姉ちゃんは、伯爵のことどう思ってるの? 」
「どつって……良い人だと思うわ」
 姉が頬を赤らめてドレスの袖をいじる。
良い人。普通なら80%の確率で友達止まり。でも姉は違う。良い人は好ましい人の意味だ。
「なら、伯爵が好きだと言ったら結婚する?」
「けっ、 結婚!そっ、そんなの早いよ。まだ、一か月よ」
 慌てて姉が両手を突き出すが、まんざらでもない様子だ。 本人は自覚していないけど "早い"も、"まだ"も、 その時が来たらという意味にかわる。

フローラは姉の気持ちがわかって安心すると 椅子に深く座る。 両思いなら問題ない。
「そういえば、フローラはどうしてアンデッドと一緒にいるの?」
「ああ、 ジャックね」
そう言えば、私とジャックの出会いを話していない。
「お姉ちゃんを探すのを ずっと手伝ってもらってるの。実は私も」 
しかし、話す前に姉が顔をしかめると諌めるように言う。
「手伝ってもらうなら人間に頼めば良いのに。どうして、アンデッドなんかに……」
その口ぶりにカチンときて、立ち上がる。いくらお姉ちゃんでも、ジャックの悪口は許さない!
もちろん アンデッドの評判が悪いことは知っている。 私だって最初はそう思っていた。 でも、頭から悪いと決めつけるのは間違いだと思う。
「ジャックを悪く言わないで!ずっと私を支えてくれたのよ」
「フローラ……」

姉のように美味しい物を食べて、 きれいな服を着て、 ふかふかのベッドで寝ていたわけじゃない。 コーヒーと固いパンを食べて、 着の身着のままで、野宿ばかりだった。 それでも私は楽しかったし、幸せだった。
「もちろん、そのことには感謝しているわ。あなたをここまで連れてきてくれたんですもの 」
「そうなの 。ジャックはいろんな事を知っていて、この街に居るかもしれないという情報も、 ジャックが調べてくれたの」
姉のジャックに感謝するという言葉に有頂天になる。 自分のことのように嬉しい。
「 今、ジャックを呼んでくるね」 
フローラは立ち上がって出て行こうとすると、姉に呼び止められる。
「フローラ」
「何?」
姉がカップを置くと 私を見据える。 その厳しい視線に嫌な予感がする。
「ジャックに 会うのは今日限りにしなさい」
「どうして?」
「私に会えたんだから、もう用は無いでしょ」
「………」
(用済み?……)
姉の言葉に、ずっと後回しにしていた自分の気持ちを自覚した。好きなんだ。とても、このまま別れるなんて出来ない。だけど、ジャックが私を好きなのかは分からない。その事が、歯切れを悪くする。
「でも、ジャックは……」

「ローレンスが、あなたの面倒も みると言っているわ。だからこれ以上、あなたが働く必要はないの」
「………」
 姉が何を言いたいのか理解した。
人間社会で生活なんだから、 アンデッドのジャックと親しい関係というのは 都合が悪い。 姉の恋人は、 人間で、貴族で、領民を守る義務がある。
でも、私は貴族の生活など望んでいない。姉とは違う。 私は自分の手で働いて食べていければいい。
「私は、ここに住まない。村に戻る」
「どうして?もう、あくせく働かなくて良いのよ」
「それはお姉ちゃんの幸せで、私の幸せじゃない」
そんな暮らし望んでいないと首を振る。 姉の幸せを否定しないが、同じようには生きられない。

「フローラ。私と一緒に暮らしたくないの?」
「っ」
 ずるい言葉だ。
家族を盾に私を脅してくる。
「だったら、一緒に村に帰ろう」
 そう言って姉に手を差し出す。
「それは……」
姉が言葉を濁す。別に姉は、今の暮らしを手放したくないというわけじゃない。 伯爵と別れたくないだけ。
私と同じように寝起きを共にしているうちに情が湧いてしまったのだ。
「どうしてよりによって、アンデットなの?」
姉が爪を噛んで考えを廻らせる。
どうしても私とジャックの縁を切らせたいと言う気持ちがあらわれている。

 何も知らないくせに。 アンテッドにたって心ある。美味しければ人間と同じように笑い。悲しければ人間と同じように泣く。 人間と大差ない。
良い人もいれば、悪い人もいる。 
ザップやリンダの顔が浮かぶ。
どうしてアンデッドというだけで、ジャックが悪者にならなくちゃいけないの。 悔しさに涙が滲む。
「だったら私が馬や人形を連れてきたら認めてくれるの?」
姉の物さしで、私の幸せを測って
欲しくない。
何かに気付いた姉が、青い顔で私を見つめる。
「フローラ……。あなた、まさか」
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