お人好しアンデッドと フローラの旅は道連れ世は情け。 骨まで愛してる。

あべ鈴峰

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訣別のとき

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エマの脳裏に 500年以上前の出来事が甦る。

我が儘の一つも言えない 不細工な自分が嫌いだった。小さい時から人の顔色を伺って生きてきた。そして、それが一生続くと諦めていた。でも、たった一晩で全てが ひっくり返った。
朝起きると人間からアンデッドに姿が変わっていた。

どんなに美人でも、どんなにスタイルが良くても、骨になってしまえば変わらない。みんなが阿鼻叫喚する中 私だけは歓喜の声を上げた。
世界は私の味方だと。

私の事を知らない場所で新しく人生をスタートさせようと決めた。
しかし、行く当てがあるわけでも無い。そんな、フラフラしている時 人間のエドワードが声をかけてきた。
アンデッドを一人紹介してくれたら、 金貨1枚あげると言う。

言われるがまま エドワードの言う通りにすると、どんどんアンデッドが集まり、どんどん金持ちになった。気づけば人間にさえ 敬われる存在に なっていた。栄華を極めたと言っていい。
でもあの日、その全てが崩れ去った。

私が騙して連れてきたアンデッドたちが復讐しに押し掛けて来た。
突然の事に着の身着のまま無我夢中で逃げた。しかし、街は何処へ行っても アンデッドで溢れていた。骨の髄まで凍りつく。その言葉が ぴったりの状況だった。
とっさの判断で、通行人の男から服を奪って 逃げおおせる事が出来た。
あの時の死を覚悟するほどの感覚に似ている。
(・・・)

ここに住み着いて久しい。 愛着もある。何より、ここまで来るのに苦労した。

 一文無しで 泥水をすするような生活を送っているとき 雨露をしのぐのに、たまたま入った家で 魔法の本を見つけた。試しに やってみると成功した。
自分に魔法の才能があると分かった私は その力で人を救ったり、騙したりして金を稼いで暮らしていた。
それでも、昔の生活が忘れられず 大金を稼ぎたいと考えていた。そんなときコソコソとアンデッドを拐っては使用人として売り飛ばしているデビットと出会った。

この絶好のチャンス逃せないと思った。だから、同じ轍は踏まないと 前以上に慎重に 何重にも策を巡らせて行動してきた。それが何の前兆も無く綻び始めている。
(何が悪かったんだろう・・)
 ここ一、二年順調に稼ぎが増えて 貴族のような暮らしを楽しんでいたのに・・。

これを全部捨てて出ていくべきなのか・・。それとも、返り討ちに合わない様に魔法陣を 新しく仕掛けるべきなのか・・。
決断を迫られて脊椎を冷たいものが這い上がって来る。
しかし、迷うエマの理性に対して 本能が命の危機を訴える。
 早く逃げろ!

 来るだろうか?
コロッセオの時のように私を捕まえに来るだろうか?
恨まれている。それは事実だ。だから・・きっと来る。恨みを晴らしに来る。全員で来るか、一人で来るか、人数は分からない。
だったら、逃げよう。
来ないかもしれないが、 逃げよう。
でも、また一からやり直すにしても 同じ村では危険だ。
 デビッドには悪いが、ここまでだ。

 決心するとエマはベッドの下からカバンを引きずり出して 手当たり次第に服やアクセサリーを放り込むと、最後に鏡台の引き出しを生き抜いて その奥に前腕骨を伸ばして 中から隠してあった油紙に包まれた物を取り出す。
「私には、これがあるんだから」
大事そうに油紙を開くと一冊の本が出てきた。魔術書だ。

その昔 魔術師から強奪した物だ。
これさえあれば、何度でもやり直せる。村を出たら名前を変えて どこか遠くのアンデッドの村に紛れ込もう。
そこで、ほとぼりが冷めるまで おとなしくしていればいい。

 最後に魔術書を鞄に押し込む。準備完了。後は馬車を奪って逃げればいいだけだと 考えながらドアを開けた。
とたころが、そこには 怯えた目をしたデビットが立っていた。
 どうして此処?
「エマ。助けてくれ!」
「デビット・・」
(ちっ!)
エマは心の中で舌打ちする。なんて間の悪い。あと数分遅ければ 逃げられたのに・・。 エマは苛立たしさに 歯牙を擦り合わせる。一刻も早く逃げたいのに、こんな男に時間を取られたくない。さっさと追い返さないと。

何を相談したいのか見当はつく。
逃げたアンデットをどうやって捕まえるか聞きたいんだ。
「大丈夫。私に任せてくれたら逃げたアンデッド達を連れ戻せるわ」
「本当か?ありがとう!」
喜んだデビットが私の指骨を掴んで上下に振る。
「それじゃあ、策を考えるから部屋に戻って」
 これで良い。
「・・・」
しかし、デビットが帰ろうとしない。

デビットの様子が変だ。下を向いたまま何かをじっと見ている。何を見ているのかとデビットの視線の先を見てギクリとする。それとなく 左手に持っている鞄を後ろに隠す。
「誤解しないで」
「俺に黙っていなくなる気だったな。 そうはさせないぞ!」
態度を豹変させたデビットが私を突き飛ばして 部屋に押し戻すと ドアを後ろ手に閉めた。

 完全に失敗した。 
それらしい理由を考えないと 逃げる前にデビットに殺される。
エマはゴクリと舌骨を鳴らす。

*****

ジャックはザックと一緒に エマの住んでいる建物の前で 同胞が偵察から戻ってくるのを待っていた。
 貴族のような暮らしをしていると言うから 城のような建物を想像していたが 他の建物と大した変わらない。
 言わなければ気づかない。
「本当に ここに住んでるのか?」
「そうだ。見た目に騙されるな。中は凄く豪華だ」
「ふ~ん」
俺たちアンデットにとって金など価値が無い。 

骨の体をいくら着飾っても骸骨に変わりないのに、エマにとっては大事なものらしい。
そんな事を考えていると興奮したように同胞が小走りで こちらに戻ってくる。
「デビットも一緒に一緒にいた」
「それは好都合だ。二人一緒に始末してやる」
「そうだ。俺たちに、二度と悪さを働こうと思わないようにしてやる!」

 息巻く同胞たちを見ながらジャックは 自分はどうしたいのか結論が出せないままでいた。
 エマの存在を知った時から 心の奥でくすぶっていた感情に 焼き尽くされようとしている。
エマを殺したいのか?
謝罪を求めてるのか?
自分の気持ちを吐露したいだけなのか?

(分からない。自分の心なのに分からない・・)
「行こう」
 ザップの声に答えが出ないまま歩き出す。きっと、エマを前にしたら 自分の気持ちがはっきりするはずだ 。
しかし、 答えが出ることが恐ろしい。


** 決別のとき

デビットの目が血走り恐怖に歪んでいる。デビットも逃げたのが一人や二人なら、ここまで焦りはしない。
今こうしているうちにも アンデッドたちが復讐に来るかもしれないという その不安がデビットを追い詰めている。しかし、私も自分のことで手一杯で 助けるなど無理だ。
「今ちょうど、会いに行こうとしていたところよ」
「嘘つけ!だったら、この荷物は何だ!」
 デビットが鞄を奪い取ると床に投げつける。その衝撃でカバンの口が開いて 中身が散乱する。
(あっ、私の魔術書が・・)

 エマはデビットに気づかれないように 体をずらしてもスカートの中に隠す。
「自分だけ逃げようだなんて 許さないぞ!」
 頭をかきむしりながら、私を睨みつける デビットの顔は、
ひきつり青ざめている。
まるで余裕がない。
(ここまで、小心者だったとは・・)


 前の失敗はエドワードに任せきりだったからと反省して、今は主導権を私が持った。そのツケが、今まわってきた。いつのまにか自分で考えられない 操り人形になってしまっていた。
だからと言って デビットと一緒に逃げるなど悪手でしかない。もし アンデッドが本当に 復讐しに来た、二人とも居ないと 探し回られる。
それを防ぐためにも デビッドは、この村に残って 殺されてくれないと 逃げる時間が稼げない。

「お前が 安全だと言うから話になったんだ!ちゃんと責任を取れ」
「・・・」
(そんな約束など してない)
デビットが両手を振り回しながら怒るが、その目は私に縋ってくる。
そこまで怖がるには理由がある。
 デビットはアンデッドから 絶対反撃されないと高を括って彼らの事を物のように扱っていた。
た。
それも仕方ない 実際、何年もの間トラブルがなかったんだ。  
でも、アンデッドたちに逃げられた事で、そのしっぺ返しがくると恐れている。

「さっさと、俺たちをアンデッドから守れ」
デビットが私の 肩甲棘と肩甲骨を 一緒に掴んで乱暴に揺する。
馬鹿なことを言う。私 ただの女だ。
魔法陣が使えるから魔法使いだと勘違いしている。 しかし、そう言った
らと言って納得するはずもない。

 エマは必死に、この場をどうやって 乗り切ろうかと考えを巡らす。
 怖がってるデビットに 言葉で説得するのは無理 。一緒に来いと連れて行かれる。 私を置いて行っても安心で思わせる物が必要だ。
 何かないかと部屋を見回す。
思います。
しかし、どれもこれも役にたちそうな物が無い。

何か、何か、見つけないと・・。
「 早くしろ!」
「わっ、分かったから。待って」
デビットに怒鳴られたエマは 反射的に身を反らす。 動かした大腿骨が 何か固いものに触れる。!
 あった。これならデビットも信じる。 大事な魔術書だけど 命には代えられない。
「これを上げる」
エマはスカートの下から 魔術書を取り出すと 適当にページを破ってデビットに押し付ける。

 魔法使いと勘違いしてるな それを利用すればいい。
「これは何だ?」
「アンデッド避けよの魔法の呪文が書いてあるわ」
デビットが魔術書の切れ端を不思議
そうに見ている。
 全くの嘘だ。エマ自身どのページを破ったか知らない。しかし、魔法を知らないでデビットには何を書いてあるか理解できるはずもない。

「本当か?本当に、これがあれば助かるんだな?」
「そうよ」
エマは魔法書を鞄に戻すと 散らばった物をもう一度入れ直して 鞄を持つ。
ちらりと後ろを見ると デビットが後生大事に 魔術書の切れ端を見ている。
 所詮、人間など愚かな生き物だ。
 私が詐欺したという事を忘れている。
 (これで本当に、さようならだ)

しかし、エマは ドアの先に待ち受けていた現実に絶望する。
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