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それぞれの結末

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 トニーは仲間に手を組んでもらうと、そこに足を乗せて 窓から中に侵入した。
ちょうど、そこに足音が近づいてくる。 互いに さっと隠れると、ひょろりとした男がこちらに来る。ハンスと一緒にいたはずなのに、今は一人だ。
「いたぞー!」
「こら待てー!」
聞こえてきた声にベンジャミンが振り返った。
そのチャンスを生かして後ろから首に手刀を当てるとガクッと気を失った。任務完了。

**
 
 リサは少しでも追手から逃げようとスピードを上げた。
(しくじった……)
一階へ行こうと階段の所に行った時、ばったり会ってしまった。私だと気付かなくて一瞬間があったが、直ぐに私だとバレた。
結局、行く手を遮られ二階へ 戻った。
やっぱり白い毛は目立つ。ぴょんぴょんと階段を一段飛ばして 二階に行こうとすると 上から複数の足音が近付いて来た。
まずい。まずい。捕まっちゃう。
途中の踊り場で どっちに行くか迷っているうちに、気付けば三人の男が取り囲んでいた。
「怪我させるなよ」
「分かってるよ」
「この猫本当にさっきの女なのか?」
パニックで頭が真っ白だ。それでも猫の本能で体が勝手に逃げようと反応をする。
捕まるのは時間の問題だ。
どうしよう。どうしよう。
何処へ逃げたら良いの?
「そんなのいいから捕まえろ!」
「そうだな」
「ドミニクに怒られるのは嫌だ」
走ったり跳んだりして捕まらないように逃げるのに精一杯で、何も考えられなくなった。ただ逃げる。それだけで体を動かしていた。
その時外から名前を呼ばれた。
「リサー!」
えっ? 
リチャードの声にハッとする。
助けに来てくれたんだ。声のする方へ行こうとすると手下たちが立ち塞がる。
「まずいぞ。バンドールの奴らが来た」
「どうしようゲイル」
「丁度良い。一度戦ってみたかったんだ」
ゲイルの言葉にハンスが嬉しそうに笑った。サイコパスだ。それを見てゲイルが嫌そうな顔をする。隙が出来た。
目の前にいる一人目のゲイルにジャンプして肩に乗ると、その肩を蹴って二人目のドナルドを飛び越える。三人目のハンスが掴まえようと両手を上げた。その手前に着地して その股の下をくぐる。
「何やってる」
「お前こそ」
「ベンジャミンは何処だ」
「知らない」
「この肝心な時に」
揉めているゲイルたちの声を背に受け、窓の桟に飛び上がって外を見た。
どこにいるんだろう? キョロキョロ と首を動かした。
「リサ! ここだ」
声のする方を向くとリチャードが居た。
宵闇に紛れていてもわかる。
(ああ、この時を待っていた)
拉致されたと分かったとき、最初は絶対来てくれると信じて疑わなかった。でもその後は、何時来るか、それまで私は無事でいられるのか不安を抱えていた。こんなに早く来てくれた。
(リチャード……)
安心した途端 目頭が熱くなる。
ずっと、ずっと会いたかった。 

  スッと風が流れてきた。
後に誰か居るのに気付いた。
「リサ! 危ない!」
リチャードの声と同時に手が伸びてきた。それを 体をひねって廊下に降りた。前も後ろも右もゲイルたちが居る。既に私を包囲している。残った左側は窓だ。三人がかりで、じりじりと私を包囲して来る。壁のようにそびえている。ジャンプして乗り越えるには 高い。
逃げ場がない。 
「 ここまでだ」
「 逃がすなよ」
「わかってるよ」
そろりそろりと後退りする。三人目配せがしたかと思うと、一人が手を伸ばすと次々と手が増えてくる。もう一度桟に飛び乗った。
桟を歩きながら距離を取る。
「ほら、良いこだから」
「無駄だ」
「そこでジッとしてて」
逃げる場所は一か所しかない。どうしよう。ここは二階だ。
躊躇う私をゲイルが追い詰める。
窓を閉めた。ハッとして歩みを止めると、窓を閉める音が続く。私を建物の中に閉じ込めようとしている。そうなれば、リチャードが入れない。
「リサ飛んで!」
リチャードの言葉に振り向くと両手を広げて私を待っている。怖さに足が震える。
カウントダウンのように窓がどんどん閉まって行く。
「今だ! 捕まえろ」
私に向かって手下全員が手を伸ばして来た。
こうなったら……。
もう覚悟するしかない。
えい! 窓の桟を蹴った。リチャードが受け止めようと窓の真下に駆け寄って来る。






 星一つ無い空を肉眼でも模様が分かるほど大きい月が埋め尽くす。その大きくて真ん丸の月が青白い光を放っていた。その月を横切るように白い猫が飛んで行く。その先には両腕を広げた男が待っていた。建物の窓からは三人の男が、雑草の中に立っている者たちも 月を見ていた。
白い猫が男の腕に収まる瞬間、月の女神の力で猫から乙女へと姿を変えてた。月の光で二人のシルエットが重なり合う。

 嬉しそうに男が乙女を抱き締めるとその場でクルリと一回転した。
それはまるで捕らわれていた乙女が笑顔で恋人の腕の中に納まる。そんな幻想的なシーンに誰もが目を見張る。挿し絵のように美しい。物語の最後を飾るに相応しい最高のシーンだった。表情は分からない。
しかし、二人が微笑み合っていると分かっていた。その場に居た全員が、月の魔法の目撃だった。


✳✳✳

 ベッドで寝ていたリサはムクリと起き上がると前脚を伸ばすと同時にお尻を持ち上げた。よく寝た。と、ピョンと床に下りた。 それと同時に人間の姿になった。あの日以来コツを掴んで自分の意思で人間から猫、猫から人間へと変身出来るようになった。
全てが夢だったんじゃないかと思うほど穏やかでゆったりとした時間が流れている。
エリザベートは修道院へ、ドミニクたちは牢屋に入っている。噂では執筆活動をしているとのことだ。まったく懲りない男だ。八十を超えているんだ、生きて出所する事は無いだろう。全てが満足する結果 なのにリチャードの機嫌が直らない。馬車の中でもずっと機嫌が悪かった。その理由は色々だけど一番は私の裸を皆に見せた事。
私だって恥ずかしい。やり直せるならやり直したい。だけど、猫の姿でリチャードの胸に飛び込もうとした時、あの瞬間、前にリチャードに怪我させた事を思い出してしまって猫から人間になってしまった。
リチャードの事を思ってした事だったのに裏目に出てしまった。そんな理由なら全身爪痕だらけになっても良いと怒られた。
「はあ~」
人生ままならないものだ。小さく首を振るとクローゼットのドアを開ける。
今迄色々あったしこれからも色々あるだろう。だけど、命を大事にするし絆も守る。ありふれた言葉だけど喜びは倍に悲しみは半分に、一人で抱え込まないでお互い支え合ってちゃんと生きる。今回の事で得た教訓だ。
でもその前にリチャードの機嫌を取らないと。ハンガーをカチャカチャと動かしながら一番セクシーなドレスを選んだ。




*エピローグ①

 太陽がブランコの木陰の色を濃くする。そんな初夏。リサはブランコを前後に揺らしながら森から吹いて来る風を顔に受けていた。
キィーッ。
誰かがブランコのロープを掴んだ。視線を向けるとリチャードが覘き込んで来る。
「眠ったかい?」
「ええ」
自分の膝の上ですやすや眠っている愛娘を見つめる。自分が子供を産んだ事が未だに実感がわかない。だけど、この子が私とこの世界を繋ぐ存在だと言う事は理解している。ふっくらとした桜色の頬に指を滑らせる。すると、瞼がゆっくり開いて黒い瞳が私たちを見て嬉しそうに笑う。何かを掴もうと手を空に向かって振っている。
その手にリチャードが指を近付けるとギュッと握しめた。そして、きゃきゃとご機嫌になる。そんな無邪気な姿にリチャードと見つめ合う。リチャードの髪と私の瞳を受け継いだ。日に日に愛らしさが増す。家中の者がメロメロだ。玄関のドアの開く音に続いてマーカスの声が聞こえた。
「持って来たよー!」
振り向くと絵本を大事そうに抱えている。生後半年、読み聞かせにはまだ早い気もするが。その後ろにはケーキの乗ったトレーを持ったマリーナさん。アイリス、ニックさん、ロイ。庭からは花を摘んだトニーさんとイーデスがこちらに向かって集まって来る。
全員集合に思わず笑うと、リチャードが愛娘を縦抱きしてもう一方を私に差し出す。
「お手をどうぞ、奥様」
「はい。旦那様」
その手に自分の手を重ねた。
私はこの世界で生きて行く。ザブマギウムとして何が出来るかは分からない。まだ手探り状態だけど時間はいっぱいある。
ゆっくり生きて行けば良い。


エピローグ②

 ドナルドは慎重に コーヒー豆を焙煎しようと フライパンを動かしていた。
ここで味が決まる。一 人 早く出所したらドナルドには時間がたっぷりあった。ベンジャミンはどこかの研究所に、ハンスは 余罪が発覚して別の刑務所に連れて行かれた。
色ムラが出始めたコーヒー豆は目を見て 首をひねった。何度やっても上手くいかない。
(フライパン のせいか?)
ゴミ箱に捨てると新しく豆を入れた。
「今度こそ」
変化を見直すまいと フライパンを覗き込んでいると扉の開くことに顔を輝かせた。
何もかも放り出して玄関ホールに行くとゲイルが立っていた。
「ゲイル、お帰り!」   
飛びつくとゲイルがトントンと背中を叩いた。
「ただいま」 
ずっとずっと待っていた。
「元気にしてたか?」
「うん」
素早く頷くとゲイルが目を細めて頭に手をポンと置いた。
(痩せたな……)
頬の肉がこけて、目もくぼんでいる。
刑務所暮らしは過酷だった。俺は 一年だったけど、ゲイルは……。
ゲイルが眉間にシワを寄せた。
「何か焦げ臭いぞ」
「しまった!」
美味しいコーヒーを淹れてやろうと思ったのに。

 厨房に戻るとモクモクと煙りをあげている。フライパンの中には真っ黒になったコーヒー豆があった。
「あ~あ~」
「はっ、はっ、はっ」
人が落ち込んでいるのにゲイルが大笑いした。でも、そんなゲイルを見ていると自分もおかしくなってきた。
「はっ、はっ、はっ」
「はっ、はっ、はっ」



エピローグ③

 エリザベートは修道院のベンチで一週間遅れの新聞を読んでいた。
(まさか死んでしまうなんて……)
ドミニクの死亡記事を見て小さくため息をついた。 あの男を懲らしめることだけを支えに生きてきたのに、これからどうしよう……。
「マーマ」
スカートを引っ張られて下を見ると ケリーが 雑草の花を 私に向かって突き出していた。
「 私にくれるの?」
「あい」
頷くとハニー ブランドの髪が揺れる。
まだ、二歳の子供だ。語彙が少ない。
「ありがとう」
花を受け取るとケリーを膝の上に乗せた。やっぱり子供は女の子に限る。
走り回っていたのか 今朝せっかく綺麗に編んだ髪の毛が乱れている。
慣れた手つきで直していると、
「マーマ」
と言って膝の上から滑り落ちた。
その先には この村の牧師がいた。人がいいだけで うだつながらない 平凡の男だ。愛しそうに愛娘のケリーを抱き上げた。
「ここにいらしたんですね」
隣を歩いていたハンナが声をかけてきた。
全く この女も お人好しだ。
何日も 馬車を乗り換えてここまで来た。 私のことなど忘れて さっさと別の人生を送ればいいのに。
「マーマ」
ケリーが抱っこしてくれと腕を広げる。
「はい、はい」
そう言って本物のお母さんがケリーを夫から受け取った。

 結果的に幸せになったんだから、よかったのかもしれない。新聞を畳むとパンパンとスカートの埃を払って立ち上がった。
「 ハンナ、私 赤ちゃんを産むわ」
「ええー!  シスターは神の花嫁なので結婚できないんじゃないんですか?」
「だから 神の子供を産むのよ」
「なるほど……」
私の冗談に妙に納得してるハンナに牧師が呆れたように首を振った。

雑草呼ばわりされた、ネメシアが不満気に揺れていた。
                                  終わり


 最後まで読んでくださりありがとうございます 。一周 休んで8月15日から 新連載スタートです。そちらも是非読んでください。
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