上 下
27 / 52

歴代の伴侶

しおりを挟む
   リサはベッドに寝そべったまま、寝る準備をしているご主人様
を無意識に目で追っていた。
どうして私は好きだと気づいたんだろう。思い返しても異性として
ご主人様にアプローチした事は無い。
(それとも猫の求愛行動を気付かぬうちにしていたんだろうか?)
でも、猫の求愛行動ってオスがするものじゃないの?

   パジャマに着替えたご主人様が私の隣に横になると目を閉じた。
何も特別なことはしてこないし、何も聞いてこない。
(………)
ご主人様の胸に自分の顎を乗せた。この家に来てからずっとこうして一緒に眠って来た。
人間になってもこうして寝てくれるかな……。




   ハッとして目を覚ますと体を見る。良かった猫だった。あれは夢だったんだ。ホッとして 布団に頭を乗せる。人間の姿は可愛くないと背を向けて行ってしまうご主人様を追い駆けようとしたのに、追いつけなかった。 人間の自分に自信がないから、こんな夢を見たのかも。
静かな寝息に 横を見るとご主人様がすやすや寝ている。人に爆弾を投げつけておいて 本人は気楽なものだ。
その顔をジッと見つめる。
(………)
私はこの男が好きだ。それは間違いない。顔も、体も、声も、その温かい目も好きだ。マーカスに見せる優しさも、そして何より、私を常に傍に置いて撫でてくれる。
ご主人様が仕事をしている間、机の上に乗ったり、膝の上で寝たり、客用の椅子に座ったり、何処に居ても怒らない。何処へ行くにも私を抱っこしてくれる。そう言うスキンシップが嬉しかった。

  人間になれると分かった途端、悩んでいるのは人間になることに尻込みしているんだ。
勝手気ままな猫として生けるか? 人間になって家族の一員として生きるか?
その二つで揺れている。
家出するほど苦しんだのに……。解決すると分かったのに……。
(情けない……)
自分がこんなに優柔不断な人間だとは思わなかった。

  人間になったからと言って別に何かを求められる訳じゃない。
そう考えるのは、自分で自分に枷を付けているようなものだ。
でも、そう思うのは私のこの家での立ち位置がハッキリしないからだ。でも決めなくちゃ……。人間になるか? ならないか?

   その前にご主人様が何を秘密にしているのか聞き出さないと。
早まって後で後悔するのは嫌だ。

***

  リチャードはマーカスの部屋に来ていた。おもちゃの一つも無い。
本が友達。そんな生活を強いてきた事に親としては 罪の意識を感じざるおえない。

   勉強しているのかと近づくと、いつもの本を読んでいた。
毎日読んでいる。
(よく飽きないもんだ)
「マーカス」
「父上、どうしたんですか?」
本を読むのを止めたマーカスの頭を撫でる。私の可愛い息子。この子が、悲しむことは絶対したくない。

リサを人間の姿にすると決めたけど、 マーカスが そのことをどう思うか考えていなかった。リサを大人になってしまったと悲しむかもしれない。
マーカスにとって リサは特別な存在だ。友達 一号と言ってもいい。
その友達を奪いたくはない。
「マーカスは、リサが人間に変身
出来るとしたら嬉しいかい?」
「………」
何気なさを装っても心臓は バクバク いっている。無言のマーカスに、あまりにも飛躍した話だったかと 心配になる。ここで ノーと言われたら終わりだ。
マーカスがパッと 私を見上げる。その瞳は好奇心でキラキラしている。
「もしかして ザブマギウムは 人間になれるんですか?」
「ああ そうだ」
その方法と理由は言えないが、その通りだ。
「やったー!」
マーカスが部屋の中を 拳を突き上げて飛び回る。その姿に安堵した。マーカスもリサが人間に なったら良いのにと思っていたんだ。
「いつです。いつ 人間のリサに会えるんですか?」
「今は練習だ。もう少し待っててくれ」
「はい。待ちます」
嬉しそうに何度も頷く。
良かった。猫の姿の方が好きだと言われたらどうしようかと思っていた。これで安心してリサを口説ける。
「何して遊ぼうかな」

***

   リサはベッドの上で尻尾を追いかけるようにクルクル回りながら、リチャードが来るのを今や遅しと待っていた。
話したい事も、聞きたい事も、いっぱいあるのに、あれきり何の進展も無い。猫と人間のまま。それが、こんなにもどかしいとは……。
私としては少しでも早く話がしたいのに、不満を口にすることさえて出来ない。
絶対人間の姿になってやる。そして 私をほったらかしにした事を怒るんだから。

  そう思っていたのに……。
今夜も何も出来ずにご主人様が眠ってしまった。
(………)
駄目だ。
猫のままでは何も解決しない。
進展もない。人間になるために自分から動こう。どうやって人間になったっけ?
今まで人間になった時のことを思い出してみた。
……そうだ!
ご主人様がしたみたいに服をドンドン脱いでいけばいいんだ。
つまり誘惑!
それを私もすれば人間になれる。
とは言え、どうしたらいいんだろう?  猫なんだから服を脱ぐことは出来ない。
猫の体でできること……。
う~ん。
(キスしてみる?)
それで誘惑できる?
とりあえずやってみよう。
トットットとご主人様の胸の上でエジプト座りをして深呼吸する。
いざチュッと唇に唇を押し付けるとご主人様と まともに目が合う。
「んっ……リサ?」
誘惑出来た? 出来なかった? 伝わった? 伝わらなかった? 
リチャードの表情を探る。
嫌そうな顔はしていない。
だけど……。
ご主人様の反応がイマイチだ。
偶然 ぶつかっただけだと思っているかも。ご主人様の唇は湿っていて温かくて柔らかい。そして、歯磨き粉の味がした。今の二人の姿が頭に浮かぶと 熱も冷める。
全然ロマンチックじゃない。
でも、猫のキスってこれからどうするの? 舐める? 擦る? 突く?
「………」
「………」

  それ以上進むこともなく 唇を押し付けあったまま、互いに見つめ合っている。失敗だ。他の方法を考えよう そう思った時、口の中に
ご主人様の舌がぬるりと入って来た!!!
これが、ベロチュウ。全身に波のようにゾワリとしたものが流れて行く。舌を絡ませあっても物足りない。もっと欲しいとリチャードの頭に手を回して引き寄せる。胸、腹、足と二人の体が重なる。
しかし、1ヶ所だけそれを阻むモノが。退かそうと手を差し入れて掴むと、それは 太く、熱く、硬い。そして、リチャードの腹にへばりついている。
 退かそうとしても退かない。
「リサ……急かさないで……」
(?)
苦しそうなリチャードの声に我に返る。火傷でもしたように 慌てて手を引っ込めると、リチャードから距離をとる。
「なっ、なっ、なっ」
何してるのよ……。手にまだ感触が残ってる。
「リサ!?」
リチャードが起き上がった。 嫌でもそこに目が行く。そそり起っている。見るのは初めてじゃないけど、もはや別物だ。
(もう やだー!)
シーツを頭から被って現実逃避した。自分から触りに行くなんて。
「リサ」
ツンツンとリチャードが肩をつつく。知らないと首を振るとリチャードがため息をついた。
(だって、だってー!)
「何か聞きたい事があったから、人間になりたかったんだろう」
「………」
見抜かれていたか。


  ご主人様と膝を突き合わせるみたいにベッドで向かい合うと、気になっていた事を切り出した。
「では遠慮なく。その……好きな人と同じ種族に変身すると言う事ですが、それって……こっ、恋しているって意味ですか?」
普通に考えれば人間になるのは相手が好きだから話がしたいとか、デートしたいとか、両想いになるためのアプローチをしたいからだ。しかし、ご主人様が顎に手をあてて考え込んだ。
返事に困る事?
何か別の理由があるんだろうか?
「大体はそうだと思う」
「大体?」
それ以外の理由なんてある?
まさか……淫乱。否、恋多き動物なの?
「正しく言うなら、その相手との間に子供が欲しいと思った時に変身する」
「へっ?」
(こっ、子供!?)
余りにも衝撃的な内容に、言っている事は耳から入るのに脳へ届かない。確かに 番になりたいからと言っていたけど、目的は子供なの?

  話終わったリチャードに、合っているかどうか自分の言葉で言ってみる。
「ええと……つまり……リチャードと……子作りしたいから……その……人間になると……」
「そう言う事になるね」
(嘘でしょー!)
心の中で絶叫して頭を抱えた。
単に好き嫌いじゃ無くて、リチャードと間の子供が産みたいって、言ってるって事でしょ。
それじゃあまるで、発情しているみたいじゃない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【完結】悪役令嬢に転生したのでこっちから婚約破棄してみました。

ぴえろん
恋愛
私の名前は氷見雪奈。26歳彼氏無し、OLとして平凡な人生を送るアラサーだった。残業で疲れてソファで寝てしまい、慌てて起きたら大好きだった小説「花に愛された少女」に出てくる悪役令嬢の「アリス」に転生していました。・・・・ちょっと待って。アリスって確か、王子の婚約者だけど、王子から寵愛を受けている女の子に嫉妬して毒殺しようとして、その罪で処刑される結末だよね・・・!?いや冗談じゃないから!他人の罪で処刑されるなんて死んでも嫌だから!そうなる前に、王子なんてこっちから婚約破棄してやる!!

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった

白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」 な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし! ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。 ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。 その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。 内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います! *ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。 *モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。 *作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。 *小説家になろう様にも投稿しております。

【完結】推しの悪役にしか見えない妖精になって推しと世界を救う話

近藤アリス
恋愛
「え、ここって四つ龍の世界よね…?なんか体ちっさいし誰からも見えてないけど、推しから認識されてればオッケー!待っててベルるん!私が全身全霊で愛して幸せにしてあげるから!!」 乙女ゲーム「4つの国の龍玉」に突如妖精として転生してしまった会社員が、推しの悪役である侯爵ベルンハルト(通称ベルるん)を愛でて救うついでに世界も救う話。 本編完結!番外編も完結しました! ●幼少期編:悲惨な幼少期のせいで悪役になってしまうベルるんの未来を改変するため頑張る!微ざまあもあるよ! ●学園編:ベルるんが悪役のままだとラスボス倒せない?!効率の良いレベル上げ、ヒロインと攻略キャラの強化などゲームの知識と妖精チート総動員で頑張ります! ※推しは幼少期から青年、そして主人公溺愛へ進化します。

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

処理中です...