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三十文字

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 ザブマギウムの奇跡。それは何?  疑問に思ったマーカスの後を着いていく。

 このドアって……。執務室だ。
お父さんに会いに来たのかな? 
バンとマーカスがドアを開けた。えっ? ノックも無しに勝手に入って良いの?  いくら子供でも、そこは不味いんじゃないの?
打ち合わせ中だったのか、ご主人様と執事のニックが驚いたようにこっちを見た。
(やっぱり……)
このままだと怒られる。どうするのかとマーカスを横目で見ながら伺っていた。
しかし、マーカスはそんな事も気にせず机の上にザブマギウムのぺージを開いた状態で図鑑を置いた。二人が慌てたように書類をどかす。真面目な子供だと思っていたけど、こう言う一面もあるんだ。マーカスの隣をすり抜けるとピョンとご主人様に飛び乗る。
膝の上からご主人様の様子を見る、怒っている様子はない。
安心して膝の上で丸くなる。
すると、無意識にご主人様が撫でてくれる。
「質問があります。ここに書いてある奇跡って何ですか?」
私も自分にどんな力があるのか興味がある。二人が図鑑を覘き込んだ。
「奇跡と言っても神様のような力がある訳じない」
そう言うとご主人様が私を抱き上げて顔を近付ける。
「じゃあ、どんな奇跡ですか?」
「ザブマギウムが奇跡の生き物と言われるのは 我々が知らない知識を持っているからだ」
あっ! 
人間の知識と書かれていたが、そう言う事か……。他の物語に書かれているような料理とか 医療とかみたいな改革のこととかだ。
「知識ですか?」
「そうだ。ザブマギウムは前世の記憶がある」
「ぜっ、前世!?」
執事のニックさんが驚いて私を見る。なるほど なるほどと頷く。
今迄発見されたザブマギウムは前世持ちって事と言う事なのね。
だから、私もあるんだ。
猫の姿の事を除けば全て前世のままだ。そしてそれがザブマギウムには普通のこと。図鑑にも載っているのはそういう意味なんだ。
じゃあ、私がここに来たことに関係があるんだろうか?
私は仕事も趣味も大したことない。 それに、今まで生活してきて不便なこともなかった……。
「じゃあ、リサは誰かの生まれ変わりですか?」
「違う」
「じゃ、じゃあ……ひょっ、憑依ですか?」
ニックさんが青い顔で真剣に尋ねるが ご主人様が呆れたような視線を返す。
「何を言うかと思えば、ニックはそう言うのが好きなのか?」
「ちっ、違います」
慌てて否定するけど 案外 好きなのかも。

   でも猫の姿のままで、そんな改革みたいなこと出来るの? 
喋れないし、文字を読むことさえできない。意思疎通だって、たいして伝えられない。
(人間の姿になれるけど、ずっと はなれない)
ご主人様が私の背中を撫でる。
「それとは違う。別の世界からきた者のことだ」
「べっ、別の……世界……」
又もやニックが驚いて私を凝視する。その目は 恐れと畏れが、入り混じっている。どうも想像豊かな人のようだ。
別の世界から来たと聞かされて、魔界とか天界を想像しているんだろう。マーカスは尊敬とも恐れともとれる複雑な表情をしている。
こっちも同じか。二人ともそういうファンタジー系の話が好きなんだ。 その姿に ため息とともに ご主人様が片手で顔を覆う。
「はぁ~、お前たちが想像するような存在じゃない」
ポンとご主人様がマーカスの頭に手を置く。どう言う事とマーカスが首を傾げる。
「リサは ずっとリサのままだ」
「猫のままってこと?」
「………」
ニックさんの表情も固い。

   それを見てご主人様が顎に手をやって言葉を探す。
「そうだなぁ~、分かり易く説明するなら、行った事も聞いた事も無い場所の住人が四季の森の力でザブラギウムとなって召喚されたと言うところかな」
『にゃっ!』(召喚!)
まさかこんな所でその言葉を聞くことになろうとは……。
つまり、私は転生じゃ無く。

召喚者! 

勇者とかを呼び出すアレだ。
私のまま召喚されたと言う事だ。だから、記憶もそのままなのね~。コクコクと頷く。
でも、どうして体は猫なの? 
人間の姿でいいのでは?
すでに人間の姿に戻ってるし 意味がないと思うけど……。
「では、別に我々に危害を加えるとかは無いんですね」
「そうだ。だから心配ない」
やっとニックさんが肩の力を抜く。ところがマーカスは興奮したのか目を爛々と輝かせて前のめりになる。
「それじゃあ、いっぱい僕たちの知らないことを知っているんですね」
マーカスが勢いよく言う。
そんな姿にご主人様が苦笑する。子供に取って未知とかそう言うワードはワクワクするものだ。

 マーカスが私を持ち上げたままピョンピョンと飛び跳ねて全身で喜びを表現する。
「わあ~い。わぁ~い」
確かにスマホとか車とか聞いた事も、見た事も無い話を聞くのは楽しいだろう。冒険談を聞くようなものだ。しかし、ご主人様が残念そうに首を左右に振る。
「この前の名前を教えてもらった時のことを思い出してごらん。細かいを伝えるのは難しいだろう」
おいでと、ご主人様が両手を広げる。それを見て体をくねらせてマーカスから逃げると、テーブルの上を歩いて とっ、とっ、とっ、とっとご主人様の元へ行く。
「じゃあ、ずっとしゃべれないんですか?」
確かにその通りだ。マーカスが不満そうに唇を突き出す。でも、動物なんだからそれで良いのでは? 
「んー」
暫く考えていたご主人様が私の顔を見てにっこりと笑う。造り物のような笑い顔に眉を顰める。腹黒の笑いに嫌な予感がする。
「それはまだ先の話だ。まずは文字を覚えないと」
『にゃっ?』(えっ? 文字)
猫なのに文字を覚えってこと? 猫が? そんなこと出来るの? 
「本当ですか! 文字を覚えれば喋れるようになるんですか?」
「そうだ」
 (ええー!)
すっかりマーカスは 信じ込んでいる。でも 私は信じられない。
「頑張ってね」
驚いてご主人様を見ると頭を撫でながら、そう言った。

  声音は優しいのに有無を言わせない感じだ。あり得ない。有り得たとしてもかなり大変なはずだ。私はそんな事望んでない。
猫としてだらだら過ごしたい。
三食昼寝付きが希望です。
嫌だ。嫌だと首をフリフリする。けれど、ご主人様は笑顔のままだ。嘘でしょ。本気なの? 
信じられないとご主人様を見ていると、私の気持ちを知らないマーカスが私の胴体を掴んで引き寄せる。
「それじゃあ、明日からお勉強だね」
『にゃ、にゃ、にゃ』(否、待て、待て、私は猫だ)
フォークもナイフ使えないのに、そんなの無理に決まっている。と首を振る。
しかし、マーカスはすっかりその気で私の頭をごしごし撫でつける。ペットにはなったけど同級生になるつもりはない。逃げようと体をくねらせたが、ガッチリ掴まれて動けない。
「朝ごはんを食べたらやろう」
『………』
「リサなら大丈夫出来るよ」
『………』
「協力する」
『………』
(はぁ~)
やる気満々のマーカスを見て一旦諦めようと決めた。逃げる気になれば、いつでも逃げられる。ここは大人しくしておこう。

***

 エリザベートは、二人が蜜月を過ごした大きなベッドに腰かけると、そっとシーツを撫でる。
結婚したとき愛する妻の為にとエリオットが最高級の物を揃えた贅沢な部屋を用意してくれた。エリオットの愛を感じて、この部屋で過ごす時間が嬉しかった。
エリオットはどんなに忙しくても
昼も夜も私に会いに来てくれた。
(でもそれも半年で終わってしまった……)
あの日に戻りたい。

 離婚理由を知ってからは騙されてたと言って、今では会いに行っても追い返されてしまう。
どんなに美しく着飾っても、どんなに美味しい料理を用意しても、どんなに美しい品物を用意しても、この部屋に来ようとしない。
どうしてこんな事に……。
悔しくて唇を噛み締める。
結婚出来たときは 今度こそ幸せになれると思ったのに……。
リチャードとの結婚は我慢ばかり強いられる生活だった。
(最初からエリオットと結婚していたら全てが上手く行ったのに)
ギュッと拳を作る。
どうして私ばかり、こんな思いをしなくちゃイケないの?

   エリオットと結婚して何不自由のない生活を送っているけど、愛は無い。夫の情けが自分の美貌と同じように衰えて離れて行くのではと不安になる。
夫の寵愛を失くした妻ほど惨めものはない。子供が居ないなら尚更だ。このままでは使用人たちに甘く見られる。 夫の心を繋ぎ止めるために どうしても子供が欲しい。
今年こそ……成功させてみる。
「ハンナ!」

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