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さらば 泥団子

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   森で見つけた男の子を追いかけて と、うとう人間が住んでいる場所までたどり着けた。そこで出会ったスパダリ。私のご主人様になってくださいと、可愛らしさ全開で頼んだのだが 手応えなし。
実は泥団子状態だった。



   ご主人様に両脇を捕まえられて、そのまま水にジャボン。
(冷たい!)
猫だからって乱暴すぎない?
頭まで水に浸けられて、このままでは溺れると、もがく私の体をジャブ、ジャブ、ジャブと体を後前左右に振られる。
(たっ、助けて……)
『あっぷ。くっ、ごほっ、ごほっ、ぶくぶく、げほっ、げほっ』
息も苦しい。目も回る。ありとあらゆる溺れそうになったとき台詞を言い尽くして、やっと水から引き揚げた。
苦しいくてゼエゼエと息をつく。
いくらイケメンだからってこれは酷い。一言文句を言おうとしたとき、ガタンと桶が倒された。音に反応して下を見るとザザーッと黒い水が流れている。
(くっ、黒い……)
泥だけでなく、その中に葉っぱまで混じっている。
ここまで汚かったのかと、ボタボタと水を下らせながら唖然とする。
自分でも驚く汚れだ。ご主人様の気持ちが解る。チラリとご主人様を見る。渋い顔をしている。その顔に内心ため息をつく。
(汚れているのは知っていたけど、ここまでとは思わなかった)

    ショックも覚めないまま、何時の間にか用意された次の桶の中に押し込まれていた。
ザブン! 
(えっ、二回目?)
突然の事にボコ、ボコと空気を吐きながら助けてともがく。その間もジャブ、ジャブ、ジャブと容赦なく 体を上下に動かされる。完全に息継ぎするタイミングを逃した。
(死んじゃう!)
そう思ったとき、ご主人様が桶から引き上げられた。空気を求めて口をパクパクする。
雑巾を洗うみたいに扱われて不満だ。しかし、ザザーッと水の流れる音に下を見るとまだ茶色だった。
これでは文句は言えない。
水が流れた後に小石や枝が出て来た。毛に絡まっていたのかな?

ザブン!
そんな事を考える間も無く三回目が始まった。
今度はグルグルと回転するみたいに体を動かされて、洗濯機に中にいるみたいだ。
もう無理。死ぬ。そんな地獄のような経験をして、ぐったりしていると足下に また水が流れる。
ザザーッ
目だけ動かして確かめる。すると、ミルクティーの色に変わっていた。
(良かった……)
これで終わりだ。きっと……。
ホッとしていると、
「旦那様」
声に振り向くと中年の男の人が立っていた。初めて見る人だ。スーツを着ているところを見ると執事かな? 真面目そうな印象の人だ。
「お風呂の用意が整いました」
(やった!)
頑張ったご褒美の言葉が聞こえて来た。本当のお風呂だ。一気にテンションが上がる。

    現代様式とは違って猫脚の浴槽。周りはタイル張りでちょっと昔の西洋風だ。そのバスタブの横の壁に金色の蛇口が付いている。お湯は出るみたいだ。
お風呂場にも同じように桶があったが、水では無くお湯が入っている。
さっきと同じように両脇を抱えられるとザブンとお湯の中に入れられた。が、今度は極楽。
(温か~い)
もっと浸かろうと、ご主人様の腕をすり抜けて自らお湯の中にもぐる。
「あっ! 危ない」
頭まで温まると生きかえる。
ザバンと立ちあがると、桶の縁が首の高さに来た。
丁度良い。両前肢を桶の縁に掛けて身体の力を抜く。
「 ……… 」
こうやってお風呂に入っていると今迄の苦労も忘れちゃう。これで頭にタオルでも乗せていたら温泉気分を味わえるのに残念だ。そんな事を思っていると何か液体のような物を入れた
(なんだろう?)
湯加減を見るようにご主人様が手でお湯を掻きまわす。
すると、花のような匂いが立ち上がる。もっと匂いを嗅ごうとしたが、ご主人様の逞しい腕が胸周りに回されて桶から体が半分出された。程よい硬さに寄り掛かりたくなる。下を見ると逞しい腕橈骨筋と尺側手根骨筋。
(まさしく筋肉最高!)
きっと、上腕二頭筋も素晴らしいに違いない。そんな事を想像してニヤニヤしていると、ワシャワシャ、ワシャワシャとご主人様が私の頭に指を立ててられた。それと同時にシュワシュワと石鹸が泡立つ。

    さっきの液体は石鹸だ。一度、泡風呂に入りたいと思っていたんだ。その上、ご主人様が洗ってくれている。私は指一本動かさなくて良いなんて、まるで貴族の令嬢になったようだ。大きな指で洗われるのは、くすぐったいけど、気持ち良い。
そのままされるがなっていると、
「洗い流すから目を瞑って」
『にゃ、にゃ』(はい。はい)
言われた通り、ギュッと目を閉じる。石鹸が目に入ったら痛い。ザーッとお湯が一回、二回と頭から流される。こんなふうに洗ってもらうと三歳の子供にたみたいだ。
静かになった終わり? 目を開けていいの? そう思っていると頭上からご主人様の言葉が降ってきた。
「綺麗な白い毛だったんだね」
その通りだとコクリと頷く。やっと分かってくれた。
持ち上げられて、ふかふかのタオルに包まれた。ごしごしと体を拭いてもらいながら心地よい疲れに体の力が抜ける。
(はあ~生き返った)
今は ブラシを掛けてもらっている。
浸かっているお湯の色が透明になるくらい洗ってもらって、毛並みも元に戻った。綺麗になったらこっちのものだ。私の可愛らしさも元に戻ったに違いない。
(さて、どうアプローチしたものか……)
すると、ご主人様が、ふわりと抱き上げると私の頭を撫でまわす。
「初めまして子猫ちゃん」
『にゃ。にゃにゃ~』
(はい。よろしくお願いします)
嬉しそうに笑っている。どうやら気に入られたようだ。このフワフワの毛並、ピンク色の肉球。そしてつぶらな瞳。どこを見てもキュート。

    タオルに包まれた姿で新しい部屋に着いた。浴室からここまで壁には絵画が飾られ、天井には等間隔でライトが付いている。ご主人様の服も上等みたいだし、如何やら貴族かもしれない。部屋の雰囲気からして西洋の貴族を思わせる。
居間だろうか広さもある。清潔でよく手入れがされている。
ソファーセットがドドンと中央に設置されてある。そこに一人で座っていたマーカスが立ち上がる。飛びはねるみたいに元気よく近づいてくた。あんな泥団子状態だった私を見たら、その気も失せただろう。と諦めていたが、覘くように私を見つめるマーカスの目は、さっきと違い好意が見て取れる。
こんなに変わるなんて……私ドンだけ酷い姿だったんだろう。
「父上、すごい、見違えました」
「そうだな。別嬪さんだ」
(んっ。見違えた。別嬪さん)
褒め言葉に耳をぴくぴくさせながら聞いていた。私の可愛らしさにマーカスも気付いたようだ。諦めていたが、これは挽回できる。
これで三食昼寝付きが決定した。
安心して抱っこされたままになっていたが、突然ご主人様がグイッと顔を覘き込む。まじまじと見られて恥ずかしくて目を逸らす。
「父上、どうしたのですか?」
「んっ? いやなんでも無い」
あのままだったら心臓がドキドキして持たなかった。
(これがイケメンの力か……)

    ご主人様の膝の上で撫でられてゴロゴロと喉を鳴らす。
『にゃあ~にゃにゃ、にゃ』
(はぁ~気持ち良かった)
お風呂が終わって体まで乾かしてもらった。最高に気分が良い。文明世界バンザイ。ところがその手が止まった。どうしたのかと目を開けると、ご主人様がまた、私をジッと見つめていた。
(ああ、やっぱご主人様はカッコイイ)もろ私のタイプ。ドストライク。
まるで二次元の世界から出て来たみたい。
ウエーブのかかった金髪。勿忘草のような青い瞳。鼻筋が通って薄い唇。背は二メートル近く筋肉質の体。この家のペットになれれば最高だろう。だってこんなに素敵な人と一緒暮らせるんだもの。
『にゃ、にゃ~にゃにゃ』
(どうか、私をこの家で飼って下さい)
媚びるように少しだけ首を傾えて、にっこりと口角を上げて微笑む。
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