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異世界転生!?

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   リサは リチャードが来るのをベッドの上で待っていた。別に先に寝てもいいんだけど 何となく習慣になっている。そんな事を考えていたが、急にハッとして自分の前肢を見る。
湿って撫で付けらたようになっている。
(今、私……)
前肢をペロリと舐めてから耳の後ろから顔に向かって撫でていた。この滑らかな一連の動き、完全に猫だ。それも無自覚だった。どんどん猫化している? 
人間じゃなくなるのも時間の問題かも……。良いような、悪いような複雑な気持ちだ。
(………)

  ガチャ
ドアの開く音に機械的に目を向けると、リチャードがドア枠に片手をついて立っていた。私と目が合うと笑顔で こっちにやって来る。私のスパダリ。目の前にくると、リチャードが カフスボタンに手を掛ける。
(着たのに 何で また脱ぐの?)
「上手にシャツを脱ぐためには 最初にカフスボタンを外すんだ」
へーそうなんだ。その情報が何時役に立つか分からないけど一つ勉強になった。
キュッ
布の擦れる音に目を向けると、リチャードがネクタイの結び目に手を掛けて左右に動かしている。
ネクタイを緩める仕草にドキッとする。手の甲に浮かんだ血管が男らしい。外したネクタイをポイッとテーブルに投げると、続けてシャツのボタンを外し始めた。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。
(えっ、えっ、えっ)
ボタンを外して出来たシャツの Ⅰ(アイ)ラインにドキリとする。
これ以上見るのは毒だ。
両前肢で顔を覆う。
(早く着替えが終わって欲しい)

   しかし、布の擦れる音がしたかと思ば、続いてファサッと軽い物が落ちる音が聞こえた。
何の音?
好奇心に勝てず目を開けると、六個のわれた腹直筋。そして、乳首が下を向いた大きな大胸筋。深い溝を作るくらい盛り上がっている。それを支えるように前鋸筋が第一から第十肋骨に沿って並んでいる。

くらっ

まるで石像のような完璧な体。
触ったらどんな感じなんだろう。誘惑に駆られる。夢中で見ていたが、足音にハッとして顔を動かす。
「リサ」
甘い声音に体がしびれる。ドキドキしながらリチャードを見ていると、スラックスのジッパーが下げられグレーの下着が出て来た。
その下着にリチャードが指を掛けた。押し下げようとしている。
(なっ、なっ、なっ、なっ)
いくら猫でも、こんなのを見せつけるのは反則だ。
あわあわとベッドの上で慌てふためく。やばい。やばい。前世だって経験がないのにどうしよう……。
だけどリチャードは止める気配がない。腰から斜めに走る、足の付け根の溝が見えた。
止めて欲しいのに止めて欲しくない。その先を知りたい。食い入るように指の動きに集中する。





  暖かいような、寒いような、どっちつかずの天気に目を開けると、見た事も無い世界が広がっていた。右目と左目に映る景色が全く違っている。右目では向日葵が咲き、蜂が飛んでいる。左目では紅葉のように赤く色づいた木が生えていて、どんぐりが転がっている。
「えっ?……」
慌ててクルリと後ろを見ると、こっちも左右で景色が違う。
右側は桜の花びらがハラハラと舞い散って、モンシロチョウが飛んでいる。左側では枯れ木に雪が積もり、六角形の雪の結晶が地面に落ちて消えた。私を中心に夏、秋、春、冬と四季が一周している。
「えっ?…………いやいや………」
目を擦っても首を振っても何一つ変わらない。同じ物が見える。それでも、有り得ない状況に受け入れがたい。
「まさか…………違う。違う……」
しかし、いくら否定したくても目の前にある物が消える訳じゃない。
やがて、
「ははっ……ははっ……」
笑いがこみ上げてた。現実を受け入れるしかない。
これはどう考えても、完全にそうじゃない。そう!

『天国!』

じゃあ、私……死んだってこと? 
でも……死んだ記憶が無い。ええと……昨日は……会社から帰って……帰って……あれ?
記憶をたどってみるが、思い出せない。
(なんで思いせないの? 本当に死んだの?)
寝ている間にポックリ? 持病も無い二十四歳の女子が? 
「……まぁ、忘れているだけかもしれないし。そのうち思い出すだろう」
疑問が沢山あるけど考えても答えの出る事じゃない。

  歩いているうちに誰かに会うだろう。その人から話を聞けばいい。
よっこらしょと起き上がって歩き出したものの……ピタリと止まる。
(何かが、おかしい……)
立ち上がったのに地面から少ししか離れてない。私が小さいのか、周りのが大きいのか、どちらかだろう。
キョロキョロしていると、白い毛に覆われた可愛らしい足が目に飛び込んできた。指と指の間に 透明な細い鉤爪が見える。
(これ私の足?)
足の裏を見るとピンク色の肉球がある。間違いなく猫の足だ。トントンと地面を叩くと確かな感触がある。
となると……ここは天国じゃ無くて、異世界!? 

『異世界転生』!?

じゃあ生きているんだ。
でも、まさか人では無く猫だなんて……。そんなのあり?
エルフとか良かったな……。
淡い期待が木っ端みじんに砕けてしまった。そうだよね。そう都合が良いわけない。
でも、異世界転生なら私の役って何だろう? 動物だから主人公をサポートする神獣とか? だから、森で目覚めた?
まあいいや。とにかく、どんな姿になっているか確認してみようじゃないの。
異世界だから、髪の色がピンクとかもしれない。どうしよう!(期待大)高校、大学、社会人になってもずっと真面目生きて来て、(勇気がなかっただけ)一度も染めた事がなかったか、ちょっとワクワクしちゃう。

   四季の森(勝手に命名)の奥へと進んで行くと水の音が聞こえて来た。
音のする方に行くと、そこには池があった。
トコトコと池の淵まで行き、水に顔を映してみる。
(どうか可愛い見た目でありますように)
祈るように覗き込むと、黒い真ん丸の目がビックリしたように私を見返していた。

   青みがかったフワフワの白い毛に覆われた体。とんがった耳、クリクリした丸い目。ちっちゃくて、可愛い……。
小首を傾げると水面に移った猫も小首を傾げる。その姿が自分で言うのもなんだが破壊的に可愛い。こんなに可愛く生まれ変われたなら、私の第二の人生は猫で決まりだ。でも、よくよく見ると、この目……間違いなく、人間の眼だ。
毎日化粧するときに見たものと同じだ。
不思議……。猫の体に人間の眼。
だけど、自分だって実感出来てうれしい。
やっぱり他人の顔じゃ、慣れるまで時間がかかりそうだし……。
安心も出来た。それに、人でも妖でも無く、ただの猫。いかにも平凡な私らしい転生だ。
それに、ゲームや小説の登場人物でもモンスターでもなさそうだから、自由に生きていけそうだ。
あっ! 
ポンと地面を叩く。
今迄あくせく働いて来たからゆっくりしろという事か。
さらば、満員電車。さらば、ハイヒール、伝線したストッキング、飲み会、上司の小言、後輩の愚痴、クレーム処理、親のプレッシャー。
ただ、生きることだけ考えてお気楽な人生を送ろう。
となると……。
まずは餌を探そう。トコトコと道なりに歩いて行く。
猫だからと言ってネズミとかを食べるのはパス。果物や野菜がいい。

   四季の森を抜けると普通の森が広がっていた。両側には鬱蒼とした木々が、足元には下草が生えている。所々に花が咲いていて、蝶や蜂が飛んでいる。
「うわぁ~、すごい。アニメにから抜け出した世界みたい」
感動してクルリとその場で回ってみる。何だかテンションが上がる。弾む足取りで食糧を探し回ったが、思うようには発見出来なかった。見かけるのはキノコばかり。これシメジに似ている。
「………」
キノコが私を食べてと誘っている。食べる? 食べない? ところで、シメジって生で食べられるの? キノコを前に首を捻る。困ったな……。そもそも野生植物の知識がない。だから、食べられるかどうか見分けがつかない。
う~ん。……無理。食中毒イコール死。テレビでよく報道されたいた。転生初日に死にたくない。パス。パス。この先にもっと他の食べられる物があるはずだ。それに、猫だから木に登れる。木の実だったら食中毒にはならなそうだし。

  そう思って首が疲れるほど上を見て、やっとそれっぽい木の実を発見。赤くてつやつやしていてサクランボみたいだ。
よし。コクリと頷く。はっ、よっと、木肌に爪をひっかけて登る。
さすが猫。お目当ての木の実のところまで簡単に辿り着けた。しかし、いざ掴もうとしたが猫の手では難しい。片手だと掴めないし、なんとか両手で挟んで口元に持ってくることは出来ても、こんどは自分の手が邪魔で食べられない。
(………)
こうなったらアレをやるしかない
パン喰い競争みたいに木の実を口だけで食べようと大きく口を開ける。
あ~ん。パック。ブチッ、カミカミ。
(………!)
ペッペッペッ。
赤い色のくせにどうして酸っぱいのよ。口の中に涎が溜まる。それ何とか飲み込んだ。
せっかく登ったのに……。ガッカリして肩を落とす。
「はぁ~」
こんなに食べ物を探すのが大変だったなんて……。自分の甘さを痛感する。
その場でへ立っていたが、グウ~と腹が減ったと訴える。腹の虫に催促されて次の木の実を探す事にした。

   次に見つけたのは黄色い木の実。落花生みたいな形をしている。色はレモンみたい。
低い木になっているから採りやすい。さっきの事もあると、色は当てにならないけど。
だったら、きっと当たりだ。
あ~ん。パック。ブチッ、カミカミ。
(………!)
ペッペッペッ。
今度は苦い。唾を吐いても吐いても苦さが取れない。
「今度は見た目通りかい!」
前脚を上げてツッコむ。何で上手く行かないよ。それでも腹は鳴り続けている。
イライラしながら歩いていると、何処からか甘い匂いがする。匂いに誘われて進む
と、白いブヨブヨしたキノコみたいな木の実が表れた。
しかし、突いたら胞子をまき散らしそう。白って色も味が想像できない。怖くてチャレンジする気にもなれない。
(………無理だ)
転生して二日目にしてピンチ! 
パタン! もう駄目だ~。空腹で目が回る。グテッと草の上に寝そべる。もう一歩も歩けない。その場でドサリとしゃがみこむ。
まともに口に入れられたのは酸っぱい木の実だけ。
木の実が駄目なら魚にも
チャレンジしたけど野生の勘は
働かなかった。

「猫なんだから、魚ぐらい簡単に捕まえられると思ったのに……」
元人間は、魚にからかわれるだけだった。早くこんなサバイバル生活とおさらばしたい。このままでは餓死と言う名の死亡フラグが立ってしまう。
「ああ、早く人間に会いたい」
こんなに可愛いんだから絶対、拾ってくれる。
そして、ペットとして何もせず一日三食昼寝付きの生活。働かなくて良い何て最高だ。
(この際誰でも良い。もし酷い人間だったら逃げれば済むだけことだ)
このまま野垂れ死にしたくない。スクッと起き上がると再スタートする。

    三日目
探しても、探しても他の木の実が見つからない。
酸っぱい木の実と水だけの生活。
水は、舌でペロペロではちょっとしか飲めない。だからと言って水に直接口をつけても隙間から水が零れる。私の悠々自適のハッピーライフは?
地面にひっくり返ると地面を駄々子のように、その場で右に左にゴロゴロと転げまわる。
「嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。お風呂入りたい。ベッドで寝たい。ビールが飲みたい。餃子が食べたい。唐揚げも食べたい。ステーキに寿司も食べたい。甘いものが食べたい。……兎に角美味しいものが食べたい!」
前の暮らしが恋しいよ。さすがに、この環境での生活では限界だ。
お腹は同意見だと言わんばかりに「ぐぅ~」とお腹が鳴る。
ゴロゴロ動くのをピタリと止める。愚痴を言ってもお腹は満腹にならない。
「はぁ~、もういい」
新しい木の実は何か要らない。こうなったら酸っぱい木の実だけ食べてやる。

 四日目
食べ物を求めて新天地をさがそうと、歩いても、歩いても同じ景色が続いている。もしかして同じところをグルグル回っている。脇道さえ無い。
う~ん。
(方向音痴じゃないんだけど……)
こんなに歩いているのに森を出られない。
クンクン匂いを嗅いでみても 新しい匂いがしない。耳を澄ませても 変わった音は聞こえない。人間ならまだしも、今の私は猫なんだから、目も耳も鼻も人間の何倍も敏感のはずだ。
どう考えてもおかしい。
(………)
気になるのは、虫と魚はいるけど他の動物が居ないことだ。
天敵が居ないのはありがたいけ少々怖い。この森って……普通の森じゃないの? 
そういえば……最初に見た景色も異常な光景だった。
確かめてみよう。
目の前にあった木をヒョイヒョイと天辺まで登り、辺りを見まわす。見渡す限り緑色。遠くの方にも民家や道は見えない。
もしかして……この森って外の世界に出られないようになっているの? 一生このまま、この森の中で生きていかなくちゃいけなの? 
ゴクリと喉を鳴らす。
いやいや、明けない夜がないように、出口のない森はない。
ブンブンと首を振って、ネガティブな気持ちを追い出す。体が小さいから時間が掛かっているだけだ。

    五日目
空腹で目が目が覚めた。お腹ペコペコだ。食事をしようと木に登ったのは良いけど 木の実を見ただけで、酸っぱさが蘇って口の中に唾液が広がる。
「う~」
やっぱり止めた。本当にお腹がすくまで食べるのは止めよう。
ピョンと木の枝から飛び降り、ポンと地面に着地。
もうすっかり猫ライフに慣れたものだ。だからと言って満喫しているとは言い難い。真っ白だった自慢の毛も今では狸かと見まがうほど真っ茶っ茶。見る影もない。
良く見ると、木の枝まで絡みついている。私のフワフワモフモフの毛並みを返せとバンバンと前肢を打ち付ける。
川に入って体を洗うべきだろうか? でも、三日も経てばまたこの姿になる。
(………)
こんな生活嫌だ。もう動くのも面倒だ。草の上に寝転がると丸くなって尻尾をクルンと体に巻き付ける。何一つ上手く行かない。こう言うときは寝るのが一番。昔からこうしてた。

    ガサッ、ガサッと言う音に、無意識に耳が動く。ふて寝しているうちに本当に寝てしまったようだ。
初めて聞く音だ。
何かに葉の擦れる音も、地面を伝ってくる振動も感じる。
誰か居る!?
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