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26 その一

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暗瞬(アンシュン)様が 角英(カクエイ)を倒したことで 『十日業火』で、命をなくした者たちは皆 天へと昇り 全てが解決した。
永春(エイシュン)様 とも別れの時。

 その永春様を暗瞬様が呼び止める。
「・・ 尋ね人は見つかったのか?」
 その問いに 振り返った永春様の顔が凍りつく。明芽(ミンメイ)は、 そんな事を聞く暗瞬様を見ると 同じくらい辛そうな顔をしている。
二人とも そんな顔をするくらいだから、何か 悲しい出来事が あったのだろう。
しかし、 まるで瞬きするかのように 永春様が、穏やかな表情に戻ると 静かに首を横に振る。
「否、 ここには居なかった」
「そうか・・」
諦めた様に永春様が言うと 暗瞬様が、自分の事ように 落胆する。
(永春様は、誰を探しているのだろう?)


「また、探すよ。時間は無限にあるんだから」
大した事ではないと 永春様が、肩を竦める。
でも、明芽は、酷く永春様が 傷ついてるのが 分かる。きっと 何度も同じ経験をしているんだろう。
「 残念だったな・・」
暗瞬様は 心からそう思っているようで永春様に同情の視線を向ける。そんな顔をする暗瞬様など 見たくないと 永春様が 指を振る。
「 私の心配より、自分の心配をしろ。 でないと明芽に捨てられるぞ」
「なっ、大きなお世話だ!」
「はっはっはっ」
暗瞬様が吠えると永春様が声を出して笑う。
それを暗瞬様が、苦々しく睨む。しかし、永春様は 気にも止めない。

「 またね、明芽。危険な目にあわせて すまなかった」
「 いいえ、避けては通れないことでしたから」
「 そう言ってくれると、気が楽だよ」
「ふん」
不満げに暗瞬様が 鼻を鳴らす。すると、永春様が、 横目で暗瞬様を見る。
「ああ、それと暗瞬が困らせるような事をしたなら、 すぐに知らせてくれ。 代わりに懲らしめるから」
「 お前は、俺の親か!」
暗瞬様が拗ねて、そっぽを向いて 文句を言っているが 顔は嬉しそうだ。

明芽は目で暗瞬様を諫めると 感謝の気持ちを込めて永春様に別れを告げる。
「永春様。本当にありがとうございました。 お気をつけて」
「 もう二度と来るな」
暗瞬様が、乱暴な 声をかける。 
全く大人気ない。 お別れだというのに。
「暗瞬様!」
「 いいの、いいの。 可愛い弟だから 気にしてない」
 暗瞬様の不器用な愛情表現を理解している永春様は、本当の兄のようだと感じる。  二人の仲の良さが伺えて ほのぼのとした気持ちなる。

「さっさと、帰れ!」
気恥ずかしいのか 暗瞬様が手を払って永春様を 追い立てる。 素直じゃないんだから。
「 はい。はい 」
永春様が軽く手を振って歩き始めると、どこからともなく 白虎が現れる。
 永春様が、ひらりと その白虎に乗ると 空を駆けて行く。 

小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、明芽は永春様の寂しそうな顔を思い出していた。
「永春様は誰をお探しなのですか?」
「恋人だ」
「まぁ」
明芽は 思わず口に手を当てる。
 何か特別な事情があると思っていたが、 そんなことだったとは。意外に隅に置けない。
 角英に協力したのは 恋人を探すためだったのね。角英のような見下す相手に取り入ってまで 探し出そうとする人とは どんな人なんだろう。

「 別に おかしくないだろう?神だって一人の男だし、 心もあるんだ」
 驚く私を見る暗瞬様の顔には苦い感情が浮かんでいる。 暗瞬様も 永春様の 恋物語を知っているんだ。
「 どんな方 だったんですか?」
そう聞くと 暗瞬様が、どこか遠くを見ながら 語りだす。

「永春は 楽師として 人間たちに音楽を教えていたんだ。 その弟子の一人と・・」
そこまで話しただけで、暗瞬様が 口をつぐむ。
「 そうだったんですか」
続きの言葉を聞かなくても悲しい結末を迎えたことは 容易に想像できる。
二人は よほど酷い別れ方をしたに違いない。

 だから、その気持ちが今でも心を占めていて、永春様は、諦めきれないのね。そして、兄である永春様の気持ちが 分かるから 暗瞬様も 辛いんだ。
明芽は 慰めるように暗瞬様の手に自分の手をすべらせると 暗瞬様が 握り返して来た。

 *** 想いの全て***

永春も 居なくなり。明芽と二人きりになった。 そう意識すると 何でも無い事だったのに、 今は恥ずかしくもあり、 嬉しくもあり 、緊張する 。

隣にいる 明芽を見つめる。
可愛いだけの少女は 、いつのまにか最愛の人になっていた。
 まさか、こんな日が来るとは・・。
今まで 人にも妖魔たちとも、一線を引いて傷つかないように自分を守っていた。
 私が誰かに思いを寄せるなど 望んでも、 夢見てもいけないことだった。
 けれど、奇跡のように明芽が現れた。

 ここで告白しなければ 二人の関係は元に戻ってしまう。いくら、明芽の父親から結婚の承諾をもらっても 肝心の明芽が「うん」と言ってくれなくては 意味がない。
告白しなくては駄目だ。 そう考えると息苦しい。
 緊張しているのか 手汗が凄い。
気づかれないように何度も 拭う。
(言え。言うんだ)
そうすれば、 昼も夜も離れることなく側にいてくれる。 私が呼べば 可愛い声で返事をしてくれる。 寒い日は寄り添って、 暖かい日には手をつないで 暮らしていける。
 しかし 唇が張り付いたように開かない。

結婚の承諾をもらった時 嫌がる素振りは、なかった。 それでも不安が拭いきれない。
  もし、 拒まれたら?
そう考えると怖い。 怖くて堪らない。
 でも、ここで逃げ出したら、 全てを失ってしまう。 不甲斐ない自分を 押しのけて、もう一人の自分が明芽の名を呼ぶ 。
「明芽・・」
 大きな瞳が私を見る。
‘’ 愛しい ” いつのまにか根付いた お馴染みの気持ちが胸に広がる。 温かく、柔らかく、ふっくらした頬を指の背で撫でる。
 誰にも渡したくない。 私だけのものにしたい 。暗瞬は すべての想いを込めて告白する 。
 (どうか、私の気持ちを受け取ってくれ)

*** 終章 ***

 暗瞬が、ひたと自分を見つめる。
 いつになく、まっすぐで真摯な瞳を見ながら ゴクリと唾を飲み込む。 心臓から口が飛び出しそうなほど 高鳴っている。

その時に来た。 直感的にそう思う。
 私たちが将来 結婚できることが約束されている。でも、物事に順序があるように 私達は誰にも催促されずに二人で 関係を始めるべきだと思う。
それなのに暗瞬様は 何も言わず頬に触れるだけ。
(暗瞬様。言ってくださらないんですか ?言ってください。 お願い)
どうか私の願いが届きますように。 心の中で強く願う。
 こう言う事は生涯一度の出来事。自分から言うのも一つの方法だけど。 それでも、やっぱり 言って欲しい。 それは女の子なら誰もが夢見ることだもの。

「明芽 。お前が好きだ。 どうか、私の心を受け取って欲しい」
 念願の言葉が耳から脳に伝わり 心に染み込む。 夢が叶った瞬間だ。 この時を待っていた。
 ずっと、ずっと。幼い頃から 頭の中で何度も繰り返して夢見ていた。 それが現実になった。
夢ではないかと疑ってしまうほど、 喜びが溢れる。
「・・はい。私も暗瞬様が、好きです」
明芽は、暗瞬様を しっかり見てから コクリと頷いて 返事をする。
すると、暗瞬様が破顔する。
 「ああ、明芽。明芽。・・大好きだ」
 私を抱き上げて暗瞬様が微笑む。
 私を見る赤い瞳は 喜びにきらめき花が咲いている。 私の大好きな紅の双方。
ただの言葉なのに その効果は絶大で。 自分が生まれ変わった気がする。 

明芽は言葉だけでは足りないと 自分から暗瞬様に抱きつく。頬に当たる暗瞬様の胸の感触に 出会ってから今までのことを思い出す。
この胸で 喜びも悲しみも全て分かち合ってきた。
明芽は 今まで次々と変わっていった 二人の関係を 一つ一つ指折り数える。
 初恋の人で、 保護者になって、従者として角英から私を救ってくれてた。 それから、許婚になって恋人になった。
  見るだけだった私が 今は隣にいる。
これからは二人で、どこまでも どんな道でも 手を離さないで生きていこう。

***

 長かった夜が、明けようとしている。
明芽は、暗瞬様の大きなゴツゴツと骨ばった手に 腰を抱かれて歩きながら 幸せに、どっぷりつかる。

両思いに なりたいと思っていたけれど、 いざそうなると何をするのか知らない。
「恋人同士になったら 何をするんですか?」
「 逢い引きだろう」
「逢い引き?」
「そうだ。 待ち合わせして、 いろいろ見たり、食べたり、 イチャイチャすることだ」
「 それなら、もうしてるじゃないですか」
初日に家の前に来てくれたし、 二人で服を買ったり 、甘味も食べたり、 いちゃいちゃもした。
 暗瞬様の言うことは全部した。後は何が残ってるんだろう?

すると、暗瞬様が呆れる。
「 まったく。今までのは知り合い同士みたいな付き合いだ。 恋人同士とは違う」
「じゃあ、恋人同士とは どんな事をするんですか?」
「 そうだなぁ・・」
暗瞬様が、顎に指をそえて 考え込む。明芽は 答えを待ちながら 期待に胸が膨らむ。知り合いどうして あんなに楽しかったんだから 恋人同士になったら 何倍。ううん。何十倍も 楽しいはずだ。

その暗瞬様が私をチラリと見る。

小首を傾げていると 暗瞬様が私の顎を掴んで、ぐいっと上げる。そして、有無を言わさず。
けれど、羽のように軽く 自分の唇を私の唇に触れてくる。 驚きに目を見開くと 暗瞬様の赤い虹彩の色の濃くなる。
「なっ、なっ、いっ、今」
 唇が離れると 明芽は狼狽しながら 自分の唇に触れる。 疼くような感触に体が熱い。
「 これが、恋人同士の秘め事 その1だ」
「秘め事?」
「そうだ」 
そう言うと今度ば、しっかり唇を重ねて やさしく長く口づけしてくる。
いつしか それを受け入れようと背伸びする格好になっていた。 恥ずかしいせいなのか 息が苦しくて、呼吸が荒くなる。

やっと唇が離れると 空気を求めて肩で息をしている私に 暗瞬様が意地悪な顔で笑いながら 私の額に自分の額をコツンと当てる。
「 慣れたら秘め事その2を教えてあげよう」
「っ」
「 じゃあ、もう1回」
私の返事を待たずに 暗瞬様の唇が近づいてくる。 明芽は、瞳を閉じながら 暗瞬様が 連れていってくれる新しい体験にワクワクする。

口づけが深くなる。 その度に 地に足がつかない。 衣を握っている手の力が抜けていく。
 それなのに 不思議な事に、唇が離れることが なかった。

                                                             おわり

最後まで 読んでくださり ありがとうございます。

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