初恋の人は・・。 紅の双方は見つめる

あべ鈴峰

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23 絶望の果てに

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「危ない!」
倒れてくる幽鬼たちから 明芽(ミンメイ)を守ろうと 抱きしめた暗瞬(アンシュン)だったが 自分が怪我をして 瘴気の血が 体と衣に 付着したままだった事を思い出す。

 瘴気の化身である私に 触れれば死んでしまう。
分かっていた事なのに・・。
 今まで 気をつけて生きてたのに。
 どうして 、よりによって明芽に。
 どうしてだ! 
後悔が波の様に私を飲み込み心を粉々に砕く。

 自分で自分の愛する人を死に追いやったと絶望して 絶叫する。
「あ゛あああああ」
 死んでしまいたい。
 こんなに私に、想いを寄せてくれた 初めての人なのに。 奇跡のような存在なのに・・。
愚かな私を選んでくれたのに・・。 
取り返しのつかない 大罪を犯してしまった。

 涙を流しながら明芽を抱きしめる。
「明芽。明芽。 明芽。明芽・・済まない・・」
  時間を巻き戻すことが出来たなら 私の全てを失っても良い。 肩を震わせて泣いている私の両腕を小さな手が揺する。
「暗瞬様。暗瞬様。 私は無事です」
 幻聴が聞こえる。まさか? 否、違う。
 淡い期待を抱く自分を嘲笑う。 
どこまで虫が良いんだ。 お前は人殺しだ。 その事を無かったようにしようとする気か?

「暗瞬様! 目を開けてください」
 (止めろ!)
これ以上・・俺を苦しめないでくれ。
 もう二度と人に関わらないと 約束するから止めてくれ。 頼む・・。
明芽の声を聞くたび 心に痛みが走る。 暗瞬は聞きたくないと耳を塞ぐ。

びしゃり!
「っ」
 額を叩かれた痛みに目を開ける。
すると、そこに鼻がつくほどの近さに 明芽の大きな青い瞳がある。 その瞳には光が宿っている。
生きてる? それとも夢なのか? 
これは夢なのか?
「・・・」
夢だと言うのに 何か心配事が あるのか 眉間にシワが寄っている。どうしてそんな顔?

「暗瞬様?」
明芽が私の顔の前で手を振る。 想像と違う 行動に面食らう。
(夢じゃないなら・・)
暗瞬の中に疑問が生じる。
 確かめるように明芽の腕を掴む。温かく柔らかい感触が ある。
 ちゃんと肉体がある。 幽鬼では無い。

「なっ、 何ですか?」
暗瞬は腕を伸ばして明芽を遠ざけると頭から、つま先。果ては後ろを向かせてまで 至る所を確認する。
 衣に自分の血がついて 黒くなっているが、生きている。 信じられない。何故、人間の明芽が?
神以外 私の 瘴気のせいで 皆 死んでいたのに・・。
だから、どうしても 素直に受け入れられない。
 「明芽。平気なのか? 私に触れて」
「 平気ですけど。 どうしたんですか?」
半信半疑で尋ねると明芽が、怪訝そうな顔で首をかしげる。
震える指で ふっくらした頬に指を滑らせる 。
白桃の頬に 嬉しさが込み上げる。
ああ、本当に 生きている。

 感極まった暗瞬は 明芽の名を呼ぶと 強く抱きしめて頬ずりする。
「明芽。明芽。明芽」
「暗瞬様?」
 「だから 黒龍神の末裔だって言ったでしょ」
喜びに水を差すように 永春が声をかける。
 しかし、今は相手をする気分では無い。
 無視して 明芽をすっぽりと包み込むと 頭に口づけする。

それでも永春が喋り続ける。
「 だから、明芽にも浄化の力が あって、 たとえ体内に 瘴気が入っても 何の問題もないって。・・ おーい。聞いていますか?」
 暗瞬は永春の話を聞きながら 明芽の髪から出るの玉のこと思い出した。
( あの玉は、そういうことか・・)

 自分の体質のせいで 人にも妖魔には忌み嫌われ、 傷つき永遠の命に絶望していた。
 どうして、自分が生かされているのか 存在理由がわからなかった。 それでも 仕方なく、この世を彷徨っていた。 そんな私の孤独の日々を 明芽が終わらせてくれる。
当たり前の幸せが手に入る。

 陰と陽。清と濁。 二つは対なすもの。
 私の対が 此処に居る。 
暗瞬の周りの全ての存在が消えて 明芽だけが残る。 
初めて生きてる喜びを知る。
『ゴホン』

***

 明芽は、柔らかい笑みを浮かべる暗瞬様の乱れた髪を撫で付ける。 よく分からないが、 泣き出したのは私が死んだからだと 早とちりしたせいらしい。
困った人だと 乱れた衣を直す。 私を助けるために、どんな犠牲を払ったか 想像も出来ない。
 明芽は約束させるように、暗瞬様の両手を自分の手で包む。
「 無茶しないでください。暗瞬様が私の為に傷つくのを見るのは辛いです」
「 お前の為じゃない。 私の為だ。 お前が隣にいないと寂しい。 だから、当たり前のことをしたまでだ。それに、 お前を守るのは 従者としての務めだ」
暗瞬様の言葉にくすりと笑う。 それは呂についた嘘だ。
『 ゴホン、ゴホン』

 暗瞬様が、手を引き抜くと 指を絡める。
以前のように 軽口を言う暗瞬様と見つめ合う。 これで終わったんだ。
 お互いの無事を確かめ合っていると 永春様が横やりを入れてきた。
「 気にしないで良いいよ。 格好良いところ見せたくて無理しただけだから」

 暗瞬様が、私の頬に手を添えて 叩かれた跡を 痛そうな顔で見る。
「 頬が赤くなってる。 殴られたのか?角英のヤツ。殺してやる」
「これくらい平気です」
『ゴホン、ゴホン、ゴホン』

明芽は、 心配かけまいと 頬を隠そうとすると、その手を掴まれた。
「 駄目だ。見せてみろ。永春、 薬を出せ」
暗瞬様が 永春様を見ないで 手だけ出す。
「そんなの待ってるわけ無いだろ」
 と、言って永春様が その手を叩き落とす。
 「ちっ、 使えない奴」
暗瞬様が舌打ちすると 映春様がムッとする。

「 何を言っている。 お前が来るまで角英の毒牙から 明芽を守っていたの私だぞ。少しは感謝しろ」
「 そもそも、お前が角英に手を貸すからだろが」
 喧嘩になりそうな雰囲気に 場を取り繕うとする。 
「本当に大丈夫ですから」

『 ゴホン、ゴホン、ゴホン、ゴホン、ゴホン』
(もう、こんなときに誰?)
度重なる咳に注目すると お父様が こちらをガン見しながら咳払いしている。
お父様の前だったということ 忘れていた。

明芽は、慌てて暗瞬様と距離を取る。
『 紹介してくれる約束じゃなかったか?』
「 そうでした」
 暗瞬様も お父様の存在に気づく。
「 誰だ?」
 暗瞬様が 永春様に、こっそりと聞く。
しかし 、永春様が不機嫌そうに そっぽを向く。
 どうしよう・・。 確かに紹介するといったが 肝心の肩書きが 決まっていない。
 片思い中の人ですとは言えないし、 従者で通じるかしら?それとも私の初恋の人と紹介する?
 抱きついたり 頬ずりされたけど・・。 
う~ん。
 ここは 名前だけ言って逃げた方が良いわよね。
「 お父様、紹介します。こちらが・・暗瞬様です」

『おっ、お父様!?永春。 本当なのか?」
「自分で 確めろ」
暗瞬様が目を泳がせながら 助けを求めるように 永春様の袖を引っ張ったが けんもほろろに袖を振られる。
「永春ー」
『 どうも~、明芽の父で~す。 いつも娘がお世話になってま~す』

追い打ちをかけるように お父様が暗瞬様の前に立つと 下から顔を覗き込みながら挨拶する。
でも、 口調とは違って眼光が鋭い。
「 こっ、これは・・どっ、 どうも。・・初めまして暗瞬と申します」
『で、明芽とは、どういう関係だ? 』
ギクシャクしながら暗瞬様が  キョウ手するが お父様の言葉に ピタリと動きが止まる。

 私も 息を呑む。
 私たちは微妙な関係だ。 お互いに好意を持って大切に思っているが、 私と同じように暗瞬様が 異性として好意を持っているのかどうか、はっきりしない。
「・・・」
「・・・」
 気持ちを知ろうと、お互いに視線を絡ませる。
(暗瞬様は・・私の事 どう思ってるんですか?)

ところが 私達に かわって永春様が答える。
永春様が、お父様に向かって首を振りながら両手を上げる。
「恋人同士ですよ。 出なかったら 父親の前で、あんなことをするなんて 倫理に反します」
  永春様の意味深発言が炸裂する。
「えっ?」
「ちょっ」
勝手なことを言われては困る。
『恋人・・』
 お父様が 暗瞬様を睨む。

 慌てて誤解を解こうと二人揃って前に出る。
「永春様は、お話が 大袈裟なんです」
「違います。私は・・その・・」
「暗瞬。 明芽のお父上の前だよ。 観念しなよ」
永春様が、ここぞとばかりに 暗瞬様を追い詰め
る。完全に永春様に翻弄されている。

 でも、これは・・ 暗瞬様の本心が分かるかもと 明芽は黙って事の成り行きを見守る。
「 観念って・・俺は、何も」
「 食事をご馳走して、 服を買ってやって、 一緒に朝を迎えた仲なんだから。 言い訳するなんて男らしくない。 今更、 言い逃れできると思ってるのか?」

『 何だって!・・いっ、一夜?』
 その言い方には語弊がある。
永春様が腰に手を当てて いかにも自分は間違ってないと ノリノリで喋っている。
 お父様は、お父様で 永春様の言葉を完全に鵜呑みにしている。
『もう そんなところまで・・』
「永春。 いい加減にしろ」
「 じゃあ、別の言い方で 仙剛様に納得してもらえるわけ?」
暗瞬様が、いくら永春様を抑えようとして 前言撤回する気は微塵もなさそうだ。

 暗瞬様を困らせるのが楽しくて 仕方ないのが ありありと見て取れる。 当の暗瞬様も 嘘を言われたわけではないので 誤解を解こうにも 解けない。
「ですから・・これは・・その・・何と言うか ・・」
『では、明芽とは遊びだったということか? 弄ぶだけ弄んで捨てるのか!』
「いえ、 遊びしゃりませんし、弄んでもいません 」
お父様が詰問すると 暗瞬様が首を激しく振る。

 もう見ていられない。 このままでは暗瞬様が可哀想だ。 二人の間に 割って入ると お父様の腕を掴んで、自分を見させる。
「違うの お父様。 全部私が悪いの。 全部私のことを思ってのことなの」
『 思ってるなら認めれば良いじゃないか』
「そうだけど・・」

『・・ そうか、結婚か。結婚するのが嫌で そんな、煮え切らない態度をとってたのか?』
「待って」
お父様が私の手を振りほどいて 暗瞬様の胸ぐらを掴む。

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