上 下
18 / 26

18 角英の思惑

しおりを挟む
明芽(ミンメイ)を助けに 満の国の天守閣まで来た 暗瞬(アンシュン)だったが 、そのことに気づいた角英(カクエイ)が 明芽を連れて 欄干を蹴って飛び出してしまう。

「明芽ー!」
一歩及ばず ハタハタと衣をはためかせながら 明芽が角英と一緒に落下していく。

***

 角英に腕を引っ張られて歩きながら 明芽は自殺の道連れにされると思っていたから 生きていることに喜ぶ。
もう一度、暗瞬様に会える。
 そう思うと心が強くなる。

 信じ抜くことこそが  私たちの幸せに繋がるんだから。今度は私が頑張る番だ。 
それには まず 暗瞬様に私の居場所を伝えなくてはならない。 でも、ここは何処だろう?

 高い板塀と土手に挟まれた 閑散とした場所だった。
 角英の屋敷? それにしては簡素すぎる。
 角英の衣装からして 派手好きのはず。
手がかりを求めて 辺りを見回してみるが  一軒も家が建っていない。 これでは助けを求めるのは無理・・。
それでも何とか方法を考えようと模索する。
( どうにかしないと・・)

 逃げるにも 腕を角英に掴まれていてるし 何か 目印になるような物も持っていない。
 試しに靴で地面を削ろうとしたが 固くて字が書けない。
(何か?何か無いの?・・)

 何も思いつかないうちに 角英が立ち止まる。
もう着いたの?
焦る私の前で角英が 板塀に手をかざすと一瞬で背丈ほどの板塀が巨大なレンガ城壁に変わる。
なっ、何事?
言葉もなく唖然とする私を尻目に角英が両手を突き出して城壁を叩くと隠れていた門が現れた。

 もう時間がない。 中に入ったら最後、 外への連絡が不可能になってしまう。
( 早く、早く、早くしないと・・・ああ 駄目だ)
 焦るばかりで何も考えられない。 落ち着こうと額に浮かんだ汗を拭こうとして 手が髪に触れる。
 これだ !

明芽は 何気なさを装いながら 手櫛で何度も 髪をとかしながら  手のひらに紫水晶の玉を 集める。
(後は気付かれない様に・・)
明芽は 角英の 死角になるように体の位置をずらすと そっと手を開いて道に転がす。
( どうか 暗瞬様が気付きますように)

「永春! 永春!どこだ」
扉を開けると 角英が八つ当たりするように 呼びつけた名前に驚く。
( 永春様?)
 どういう事? ここに居るの? 戸惑う私の前に 音もなく永春様が  拱手した姿で現れる。

「お呼びですか?」
 静かな川の流れを思わせる優しい声音に 明芽は口元を緩める。本人だ。
ここだけの話 暗瞬様の知り合いだと言っていたけれど 少し疑っていた。
 でも、何故ここに?話の雰囲気からして 待ち合わせをしていた 事になる。 何をする気なんだろう・・。

「アレを寄越せ」
(アレ?)
催促する角英を無視して 永春様が眉を顰める。
「 何か、あったのですか?」
「 どうもこうも。 全く 厄介やつを従者にしよって。 いいから さっさと出せ」
 イライラと吐き捨てるように言うと手を揺らす。

「 分かりました」
永春様が懐から札を出すと 角英が ひったくるように奪い取ると 代わりに私を押し付ける。
「永春。ちゃんと見張ってろ」
「御意」
角英が  そう命令すると   門に 向かって歩き出したが 、扉の前で 振り返って私を顎でしゃくる。
「おかしな素振りをしたら知らせろ。 痛めつけてもいい 」
「 御意」
永春様が頷くと 角英が忌々しげに 私を一睨みしてから 扉の中に入って行く。

「 あり」
「しっ!」
  早速、お礼を述べようとすると 永春様が口に指をあてる。
 分かったと頷くと 永春様が扉を閉める。
戻って来た 永春様が囁き声で喋り出す。 明芽も囁き声で答え 二人はヒソヒソと話し出す。
「初めましてで、 いいのかな?永春 と申します。 以後、お見知りおきを」
「 黄 明芽と申します。 先ほどは ありがとうございました 」

丁寧に挨拶を返してくださる 永春様の態度に喜ぶ。
暗瞬様と同じで お優しい方に違いない。
「 どういたしまして。でも、 ここに居るという事は・・ 間に合わなかった?」
「いえ、 会うことは会えたんですが・・」
そうではないと 首を振る。
 顔を見れたし、 言葉も交わした。でも・・。
 落ちていく私を見つめる 暗瞬様の顔を思い出す。
きっと私が死んだと思っている。
どんな気持ちで私を探しているのかと思うと 胸が痛む。

「 お願いします。 もう一度 使いを出してもらえませんか?」
「 平気平気。 アイツの事だから すぐ追いかけてくるよ」
私の願いを永春様が そっけなく却下する。
 重ねてお願いしたいところだが 永春様の口ぶりから 暗瞬様への信頼が見られる 。
それに、 生きていれば必ず会える と気持ちを切り替える。

「 分かりました 」
明芽は永春様の言葉を信じて 笑顔で同意する。 すると何故か 私の顔をじっと 見つめる 。
顔に何かついてるのだろか? そう思っていると、唐突に 問うてきた。

「明芽は 暗瞬の何を知っているの?」
「えっ?・・」
 そう聞かれて続きの言葉が見つからないことに 明芽は衝撃を受ける。 本当に何も知らない。 
どこの国の出身かも 好きな食べ物も知らない。
 私が知っているのは 妖魔だという事だけ。

 色々と話をしたりして 少しでもお互いに分かり合えたらと 願っていたのに・・。 現実は私のことで 振り回したばかりで じっくりと話す時間がもてなかった。
これでは、永春様が 心配するのも当たり前だ。
 きっと暗瞬様のことを 私が利用するだけ利用して 捨てると 心配してるんだ。

「私は・・」
暗瞬様を傷つける存在ではないと 安心させようと 口を開いたが、そこでハタと気付く。
( ちょっと待って!)
『 何を知っているの?』 だから これは暗瞬様が 妖魔かどうかを知っているのかを 聞いてるのでは? それなら何の問題もない。

明芽は永春様に 体ごと向くと 自分の正直な気持ちを伝える。
「 妖魔だということは知っています。 他の事は何も知りません。 ですが、 私にとって暗瞬様は この世で一番信じられる方です。 たとえ 瘴気の王でも 好きな気持ちは変わりません」
 と一気に言い切る。

 私の返事に永春様が 驚いたように目を見開いたが、 にこやかな笑顔になる。
良かったー。 分かってもらえたと ホッとする。 
「 そんな あだ名があるんだー」
(えっ?)
感心したように 小刻みに頷く 永春様を見て 慌てて両手を振る。
「ちっ、 違います。それは角英が勝手に呼んでるだけです」

「 今度、読んでみよう」
「永春様、お願いです。 今の話は 聞かなかった事にしてください」
明芽は茶化してくる永春様の 袖を掴んで振り回しながら 懇願する。
この感じでは 暗瞬様をあだ名で呼んで、からかうに決まっている。

 おかしい? こんなはずではなかったのにと 心の中で首をかしげる。
『 そうか 、そこまで暗瞬様のことを思ってくれたのか』と、 喜ぶはずだったのに・・。
 どこで間違ったの?

「えー!どの辺りから聞かなかったことにすれば いいのかな?」
「もう!」
これ以上からかわないでくださいと 地団駄を踏む。 
すると 永春様が顔の前で手を振る。
「 いやいや、 だって明芽が急に 暗瞬を好きだって告白すから」
「永春様!」
確かに好きだと言ったけど 永春様にとって 重要なのは前半の部分だ。

「そういうのは本人に言わないとね。喜ぶと思うし。 それとも私で予行練習したったのかな?」
「うっ、ううっ」
 そう言って片目を閉じる。

 私は 暗瞬様の事を 永春様が案じて聞いてきたと思った。 だから、心配させまいと言っただけなのに、からかうのは酷いと 口を真一文字にして睨みつけると 永春様が肩を竦めて誤魔化す。
「 そう睨まない。 可愛い顔が台無しだよ」
「・・・」
 なおも からかってくる 永春様を睨み続けると 不意に真顔になる。

「ごめんよ。暗瞬が羨ましかったから からかっただけだよ・・」
( 羨ましい?)
そう言うと 視線を反らす。
寂しげな口調が気になる。
(永春様も誰か思う人がいるのだろうか?)

その伏せた瞳には 永春様の愛しい方の面影が 浮かんでいるだろう。
 一体 永春様の身に何があったのだろう。
「永」
「 しっ!」
永春様が 人差し指 を 口に押し当てると  目だけ動かして角英が来た事を教えてくれる。
 見ると角英が 扉から顔を出して、こちらへ手招きする。
「永春!明芽を連れて来い」
「 やっとか」
( やっと?)
何がやったのかと聞こうとしたが 永春様の厳しい顔に黙る。明芽は永春様に手を引かれて歩き出す。

***

 門の中には 立派な屋敷が立っていると想像していたのに 実際は 小石ひとつ 木の葉一枚落ちていない。 更地が広がっている。
どうなってるの?
私を囲うと言っていたのに何も無い。こんな所に私を連れて来た理由が 分からない。

 仕方なく角英の何処へ行こうとしたが数歩も進まないうちに 理由もなく心が騒いで 自然と立ち止まる。
「明芽?」
明芽は痛む胸を叩く。
 そうしないと息がうまく吸えない。
「だっ、 大丈夫です。 少し・・胸が ・・」
あまりの痛みに、がくりと膝をつく。
 体の丈夫さには自信があったのに 急にどうして?
「やはり感じるんだね」
永春様の言葉に顔を上げる。
何?私に何が起こっているの?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特別な私と貴女の特別な花

楠富 つかさ
恋愛
 転校してばかりの主人公、元住空凪は中学二年の夏に何度目かの転校である中学校にやってきた。そこで出逢ったのは、綺麗だが周囲の同級生とは一切交わろうとしない孤高の美少女、時見結心だった。  担任の先生に強引に任され、空凪は結心と同じ園芸委員になるのだが……。  二人の少女の運命が交わる時、特別な……初恋の花が開花する。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...