初恋の人は・・。 紅の双方は見つめる

あべ鈴峰

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紫水晶

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暗瞬(アンシュン)は、明芽(ミンメイ)の髪の柔らかさに うっとりしながら、櫛を滑らせていると、 いつのまにか手の中に 何かが入っている。 なんだと開くと 紫色の珠が数個あった。
「 この珠は・・一体何なんだ?」

 私の疑問に 振り向いた明芽が、どこか不安そうな顔で私を見ている。 何故、そんな顔をする?
原因を知っているのか? なら、どうして何も言わない。
そこまで思い至って ピンとくる。

「もしかして・・ この珠は・・」
「 そうです。 私の髪から その珠が出るんです。 暗瞬様も 出ますか?」
「 出ない」
 きっぱりと答えると明芽が あからさまに肩落とす。 長く生きてきたが、 こんな面妖な出来事に会ったことがない。

「そうですよね・・」
「みっ・・」
正直、落ち込んでいる 明芽に、 何と声をかければいいのかわからない 。それでも 慰めようしたが、明芽 が立ち上がって 身振り手振りを交えて 独り言を言いながら歩き回る。

 「自分でも そうじゃないかと、思ってたんです。 お母様が、私の髪が 特別だからだと誤魔化してましたけど・・」
暗瞬 は、明芽をそのままにして 紫の珠を調べることにした。
「 いくら、世間に疎くても。 お母様が嘘をついてるかどうかは、 家族なんだから直ぐ分かりすぐにわかるのに・・。 どうして嘘なんか 」

珠を日に透かしてみると 黒い靄のような物が、ゆらゆらと揺れている。
(これは・・)
「 でも、どうして、そうなるか分からないから、治しようもなくて・・」
明芽が、顔を伏して手を ひねりながら 独り言を言い続ける。
「 こんな変な病気を持ってたら、 きっと好奇の目で見られて 雇ってもらえるか、どうかも 怪しいです。 もしそうなったら・・。どうしましょう?・・って、 聞いてます?」

 珠を凝視していた暗瞬は、 二つに割ってみる。
ピシッ!
 すると予想通り 割れた球から 黒い靄のようなものが流れ落ちて 拡散する。
「暗瞬 様。 何をしたんですか?」
ミンメイが何事かと、こちらに近づいてくる。

 「多分、これは 瘴気の珠だ。 病じゃない 」
「どう言うことですか?」
暗瞬 は明芽に説明しようと 二つ目の珠を取ると 割ってみせる。 最初の珠と同じように、黒い靄のようなものが中から出てきて消える。
残ったのは紫水晶。

「 この珠は どういう仕組みか知らないが、 お前の体の瘴気を 体から 外に出してるんだ。 そう考えると、お前が 瘴気に侵されない理由の説明がつく」
「 じゃあ、体の中から瘴気が無くなれば  珠が出なくなるんですか?」
「 おそらく」
 明芽が期待に満ちた顔で聞いてくる。 しっかりと頷くと、 安心したのか明るい表情になる 。

「暗瞬様 大好き!」
「ちょ、 ちょっと」
明芽 が喜んで飛びついてくる。
 驚いて たたらを踏みながらも 抱きとめると 首にプランと 明芽がぶら下がる格好になる。
 それだけなら何とかなるが しがみついた腕が首を絞める。

「 私、ずっと不治の病で死んでしまうんではと 悩んでたんです。 なんとお礼を述べたらいいのか 分かりません」
「わっ、 分かった。 分かったから・・くっ、 苦しい。・・はっ、・・はな、 離せ」
 お礼の言葉より 腕を早く外してほしいと 首に回している ミンメイの腕を叩く。
「まぁ、 大変。 大丈夫ですか?」
明芽 が、ハッとして 慌てて腕を放す。
 解放されて一息つくと 襟元を緩めた。

「 兎に角 これで理由がハッキリしたんだから 、安心していい」
「 はい!」
明芽 が 、まんまる笑顔で喜ぶ。 愛らしい笑顔を見ているうちに 不安になる。 この調子だと 人前でも平気で 髪を梳かしそうだ。
だが そうなると厄介だな。

 「ええと・・。だか、髪から水晶が出ることは 他の者には バレないように気を付けた方がいい」
「 変だと思ってるんですね・・」
 注意すると明芽の顔が曇っていく。 それを見て急いで言葉を続ける。

「 違う違う。 私は気にしてない。 私が心配しているのは お前を利用する人間が現れるかもしれないからだ」
「 利用?」
明芽が小首を傾げる。
自分の髪から出る珠が 紫水晶だと知らないのか?

瘴気の抜けた珠を明命に渡す。
「瘴気が抜ければ この珠は紫水晶と言って宝石の一つだ。 だから人によっては、お前のことを 金のなる木だと考える」
「 この珠、売れるんですか?」
不思議そうに明芽が 珠の欠片と紫の球を見比べている。

「 なんだ 。知らなかったのか?」
「はい。知りませんでした」
「 多分 母親がそれを売って 生活の足しにしていたんだろう」
 家の周り畑らしいものもなかったし 、狩りをしようにも生き物がいない。 それなのに何年も生活できたのは それが理由だろう。

「 成程。 買い物の代金をどうやって支払っていたのか 不思議に思っていたんですが 、これで合点がいきました。でも・・死ぬ前に どうして教えてくれなかったんでしょう? 知っていれば 、お金に困らないとは思うんですけど」
 まるで お金持ちになったような発言に 銀ほどの価値は無いとは言えない 。

「・・きちんと働いて欲しかったんだろう」
「 そうですね。きっと、そうです」
 適当に言ったのに 明芽が素直に納得をする。
本当に人を疑うことを知らない。 純真無垢な心の持ち主だと 痛感する。

「 だから 黙っているに越したことはない」
「 じゃあ、この事は 私と暗瞬様との二人だけの秘密ですね 」
「っ」
暗瞬は思わず息を呑む。
二人だけの秘密。 誰にも言えない、 言っては、いけない秘密。 なんて甘い響き。 背徳感が相まって ぞくぞくする。

私にとっては 特別な響きがある。
しかし、明芽にとっては 子供がするような約束だろう。

 明芽が人間と約束するように 小指を出す。
私にとっては 特別な響きがある。
だが、明芽にとっては 子供がするような約束だろう。
暗瞬 は、 一瞬動きを止めたが 指を絡める。

明芽に とって私は人と同じ存在なのだろうか?
「 指切り げんまん。 嘘ついたら針千本 のーます。 指切った!」
暗瞬は 指切りしながら、明芽を守ろうと決意する。

【 いざ街へ】

 街へ行くのは10年ぶり。 まだ 、甘いお菓子を売っていたお店は残っているかな? それとも別の店になってる?
 新しくできたお店もあるはずね。 どんな、お店があるのかしら?
想像するだけでワクワクする。

 でも、 路銀が心もとない。
明芽は 巾着の上から 紫水晶の数を数える。
 一つ、二つ、・・全部で八個。 これで、幾らぐらいになるかしら?
街に  入ったら、まず 最初に紫水晶をお金に変えて。

 本当は何か、お礼の品を贈りたいけど そんな余裕はないし。 今夜の宿代の残りで 何か食べ物でもご馳走しよう。
何が好物なんだろう?
 明芽は チラリと暗瞬様の眠そうな横顔を見る。少しでも恩返ししたい。 

街が近づくにつれ 人通りが多くなってくた。
お母様と一緒にいた頃と違って、行き交う人々の数も増えた。 珍しかった異国の人も普通に歩いている。
こうして見ると 知らない街に、迷い混んだよう。
それでも 活気溢れた様子に 心が躍る 。

街の入り口にある大門の前まで来ると、明芽は、 暗瞬様の姿を探すと、 早く早くと手招きする。
「暗瞬様!」
「 そう、急かすな」
暗瞬 様が、笑いながら駆け寄ってくると、私と手を繋いで門を潜る。
明芽は、握り返しながら その手の力強さに安心する。

 通りの両側にお土産屋、 食べ物屋、 雑貨屋に宿屋。種々雑多な店が軒を連ねて、 客寄せをしている。
 新しい店が、ほとんどだが 懐かしい店も数件残っている。

「暗瞬様!見てみて あの店は10年前からある店です」
「そうか」
「 あっちの店もそうです」
明芽は 暗瞬様の手を引いて 自分の記憶を頼りに店を教える。懐かしさに顔が、ほころぶ 。
「 懐かしい・・」

「 少し早いが食事にしよう。 お腹が空いただろう?」
「待ってください!」
明芽は 暗瞬様の提案に 手を突き出して断ると 自分の胸に手を置く。

「 ここは、私にご馳走させてください」
「 そうか 悪いな」
 あっさりと話が進んで喜んだが、 そこでハタと気付く。
 お金が足りないんだった!

 「あっ!・・その・・もう少し待ってください。 と言うか 紫水晶を買い取ってくれる店を知りませんか?・・ そうしないと ・・ご馳走しようにも・・お金が・・」
 しどろ もどろに、なりながら言い訳を言うと 暗瞬様が 腹を抱えて笑い出す。

 (はいはい。 思う存分笑ってください )
今回ばかりは 笑いが収まるのを待つしかない。
「 すまん。すまん。私も 買い取ってくれる店は知らない。 どこか玉を売っている店に聞けば 分かると思うぞ」
暗瞬 様が、涙を拭いながら言う。

 そうか! 売っている店で買い取ってもらえばいいんだ 。
「では、 先に店に行こう」
「 はい」
「 ついでに 明芽の就職祝いを買ってあげよう」 
「そんな 気が早すぎます」

 明芽は 両手と首も振って断る。
 暗瞬様が親切なのは知っている。 だからと言って 頼ってばかりでは自立できない 。
「気にするな。 払うのは私だ 」
「もう!だからじゃないですか !それでなくても色々ご迷惑おかけしているのに・・」

 昨日今日、会ったばかりなのに 暗瞬様は私を甘やかしすぎる。 ここで、断らなかったら暗瞬様に、お金目当てで一緒にいると勘違いされる。

「 衣の一枚や二枚買っても 私の懐は痛まない」 
「それでも駄目です」
 私は暗瞬様が好きだから 一緒にいたいだけなのに・・。
 明芽は不満げに唇を突き出す。
「明芽。 年頃の娘は身なりに気を使うものだ 」
「それは・・そうですけど。 やっぱり 遠慮します」

 確かに今着ている衣は色あせていて くたびれている。 でも ちゃんと洗って清潔だし 自分では不満はない。
 渋る私と違って暗瞬様は 乗り気だ。
「 お金など気にしなくていいのに・・」
「 そういう訳にはいきません」
 このまま何でもかんでも 言うことを聞いていたらきりがない。

それに 贅沢に慣れたら、 お金がいくらあっても足りない。
「 お前の為じゃない。 私の為だ。 私は可愛い子に 服を買ってあげるのが趣味なんだ」
「ぷっ、暗瞬様ったら」

 あまりの言い草に 吹き出す。
 よほど 私に衣を買ってあげたいらしい。
このまま、かたくなに断るのは 暗瞬様の親切を拒むことになる。でも・・。
「 それでも どうしてもと言うなら。 働いて返せば良い」
 そうだ! その手があった。
明芽は、 ポンと手を打つ。

 暗瞬様に 立て替えてもらって、後で返せばいい。 返済の目処が立って 明芽は一安心。
 これで気兼ねなく買い物ができる。
 でも 、節度は 大事と 指を一本立てる。

「・・それじゃあ、 1枚だけ」
「よし 、一軒目は あそこだ」
 私の腕を組んで 勢いよく 暗瞬様が目の前の店を指差す。
「 一軒目?」
「 当たり前だ 。気に入った物が 一軒目から 見つかると思うのか? 最低 五軒は 回らないと 後で後悔する」
「 ごっ、五軒?!」
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