嫌な男アランの結婚までの30日

あべ鈴峰

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交渉・下

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シャーロットの居場所を聞き出すため ティアスの自宅の一つを訪ねたアランは 交渉という名の揺さぶりをかけていた。
「 いい加減 、意地を張るのは止めろ。 どう足掻いても 私との結婚は無くならない」
「・・・」
そう言うとアイツの眼に黒いものが浮かぶ。
激怒しているな。 そりゃ、そうか。
なにせ命の恩人が自分を虐げた男の妻になるのだから。 殴りかかってくるかと思ったが、かかってこない。 忍耐強くて つまらぬ男だ。

 しかし、皮肉なものだとアランは運命を薄く笑う。私と どう言う因縁があるか 知っててティアスに 助けを求めるなどシャーロットも酷なことをする。
「このまま隠れていると 状況が悪くなるのは、シャーロットの方だ 」
「・・・」 
未婚の伯爵令嬢が 男の家で暮らしている。 
どんな理由があっても許されることじゃない。
 これが知られれば シャーロットの伯爵令嬢としての立場さえ 失いかねない。
それなのにティアスは 感情を見せない。
 よほど自信があるんだろう。その自信が墓穴を掘ることを知らない。


アランは、ニヒルな笑みを浮かべて ティアスにプレッシャーをかける。
「お前が匿っていることは、 分かっているんだ。 さっさと居場所を言え!」
そう怒鳴りつけるとティアスが唇を引き結ぶ。 
それを見てアランは、しまったと反省する。 
つい感情に流されてしまった。 今日は交渉したんだ。 怒らせてどうする。 冷静になれ。
「いったい何の事か 分かりかねます」
自分の怒りを隠して事務的に接する
ティアに アランは、内心感心する。 さすがに、一代で ここまで財をなしただけの事はある。
 度胸もあるし、 ハッタリもうまい。

「忘れたのか? それとも、昔みたいに打たれないと 思い出せないのか。 どっちだ?ティアス」
「さて 何の事でしょう?」
「くっ」
騎士の如く自分が盾になって シャーロットを守ろうとするティアスに反吐が出る。
(はっ、英雄 にでも なったつもりか?)
 こう言う愛する者を守るためなら 命を賭しても構わないという馬鹿げた考えが大嫌いだ。
 命がけで守っても 結局 自分が死んだら 別の男に抱かれるんだから。 死んでしまったら何一つ報われない。 女一人に振り回されるなんて 嫌悪しか感じない。

アランは、ティアスに背を向けて 深呼吸して 感情を消す。 今は個人的な考えは無しだ。クルリと振り向いた時には いつもの 顔に戻した。
「今更、そんな嘘が 通じると思うのか? お前の馬車に乗り込むの を何人もの人間が 目撃してるんだぞ !」
「ええ、その通りです 。ですがその後、 示談が成立して出て行かれました」
「 示談 ? 何寝ぼけたことを言っている。 シャーロットは 金も無いし 、 頼る相手もいないんだぞ。 一体 どこへ行くというんだ。 笑せるな」
「 勿論 。シャーロット様は特別ですので、 1マイトも 頂いていません 」
「・・・」
白 を切り通すティアスを 憐れむように 見る。

貴族の娘の我が儘に付き合って 損をするのは自分なのに、何故そこまでする。 いいように男を弄ぶ。 愛を口にしても別の男のとこに嫁ぐ。
 それが貴族の令嬢だ。
 夢見るのは女。 男は現実を見るべきだ。

「ティアス。 何か勘違いしてるんじゃないか?」
「 勘違い?」
アランは、ティアス の本心を探るように目を覗き込む。恋愛小説であるまいし 貴族の娘が 市井の者の妻になるなど ありはしない。 ありはしないからこそ、 そういう話が好まれるんだ。
「 そうだ 。金があれば シャーロットと結婚できるってな」
「っ」
視線に耐え切れず、ティアスが一瞬目をそらしたが、直ぐに戻した。しかし、それで十分 だった。 そんな愚かな考えを持っているティアス見て片方の口角だけ上げて 笑う 。
(図星が・・)

相手の弱みを知って いつもの調子に戻ったアランは ティアスに詰め寄る。 それは儚い願いだ 。
特権階級で育ってきたシャーロットが 市井の世界で生きられるはずがない。
「ハッキリ言ってやる。  お前と シャーロットと では 住む世界が違うんだよ 」
「・・・」
畳み掛けるようにティアスの胸を期待するだけ無理だと何度も指で小突く。
「アヒルの子はアヒル。 白鳥にはなれないんた。 だから、おとなしく その辺の売春婦とでも結婚するのが お似合いなんだよ」

全財産を差し出しても、神に祈っても、逆立ちしても 貴族には なれない。 
それが、覆られない現実。
 国に対してよほどの 功績をあげなければ、バロンやナイトの称号も受けられない。 戦争があった時代なら別だが 平和になった今では下級貴族にもなれない。
「そのような、邪な気持ちは ありません」
ティアスが私の 指を掴んで言葉を否定する。
アランは 自分の指を掴んでいるティアスの手を見る。何故か、 それがティアスにとって 命綱のように感じる。 私に対する怒りで 自分の気持ちを隠そうとしている。
アランは、その命綱である指を引き抜く。

「本当に?」
「・・本当です・・」
 小さな声にティアスの心が透けて見える。
 面白い。商人として貴族社会と付き合ってきたのに 未だになんとかなると思っている。
 奇跡を信じるティアスを嘲笑う。
「本当は 、あわよくばと 狙ってるんじゃないのか?」
「シャーロット様は、 命の恩人です」
ティアスが 、きっぱりと 言い切る。
そうだ。それは本当のことだ。しかし、その事をわざわざ口にするティアスに アランは心の中で深くため息をつく。
(はぁ~駄目だ。重症だ)
 本人は自覚しているか どうか分からないが 呪文のように そう自分に言い聞かせて、 恋ではないと 自分の行動を全て正当化するつもりだ。
 恋に溺れる男ほど救いようがない。

 このままシャーロットへの思いが膨らむと厄介なことになると 危惧する。
 全財産を処分して シャーロットと二人で  海外へ逃げてしまうかもしれない。
それは避けたい。
ここで、その想いに とどめをささないと 思い切った行動を取られるかもしれない。

「命の恩人ねぇ~。 私だって色々 お前の面倒を見ただろう」
「 何の事でしょう」
ティアスの平然とした態度に 顔が ひきつる。
 式が中止になっても結婚証明書が無効になるわけではないのに、 シャーロットに どこまで丸め込まれているんだ?
 お前のトラウマを利用しているだけなのに・・。 この話は 駄目か。

だったら、そろそろ自分が どんな人間が 思い出させる必要がある。
「ふ~ん。でも 、お前が銀貨3枚で買われた奴隷だという 事実を取引先の人間が知ってら、 どう思うかな?」
ティアスの前を 行ったり来たりしながら  言うことを聞かなかったら、どうなるか分かるなと 含みを持たせて言う。

無一文になって、元の泥水をすするような生活に戻りたいか? シャーロットに、それほどの価値は無い。
 もうそうなったら、シャーロットに捨てられる。 そうなったら惨めすぎるだろう。
「言いふらされたくなければ 言うことを聞くんだ な!」
「 ご自由に 。それで離れるようでは 私の取引相手としては 不相応です」
 「そう上手くいくと思っているのか?お目出度い 奴だ」
「・・・」
考えが甘過ぎると 両手を上げて首を振ると ティアスが拳を握る 。
「私は欲しがる人間に 売るだけですから」
取引先との関係が強いと言いたいのか? それとも 貴族相手でなくても商売が成り立つと言いたいのか?

 どちらにしても、すごい自信だ。 
だが、そんなモノ 私が 『婚約者のシャーロットが、ティアス・カークランドに、さらわれて 慰み者になりました』 と言うだけで、木っ端微塵に砕け散る。
 ティアスと交渉しているのも、 シャーロットを探しているのも事実だ。 たとえ、二人が愛し合っていると言っても 誰も聞く耳を持たない。
 世間とは そういうものだ。 
そしたら、私は悲劇の主人公 。ティアスは、極悪人という筋書きになる。
「・・・」
「・・・」
諦めが悪いと 苛立ってティアスを睨みつけると 相手も強い視線送ってくる。 一歩も譲らぬと言いたいらしい。 ならば、その一歩引かせてやる。
「 売れれば良いがな ?」
「取引相手は 国内とは限りません」
「!」
ティアスの言葉に、はっとして 自分を蹴りつけたくなる。 本当に、国外に出て行かれたら見つけ出せない。 全く何をやっているんだ 私は。
 追い詰めてどうする。 

しかし、困ったことになった。 シャーロットの居場所を吐きそうにない。 だからといって 何か言えば もっと 追い詰めそうだ。
論破するのは得意でも 説得するのが苦手だ。
このままでは、いつまでたっても平行線だ。

 あまり刺激して意固地になっても困る。
頑ななティアスの態度にも閉口する。
 ここまで思いつめた様子だと、私とシャーロットが結婚したら 自殺しかねないな。 まあ、そうなったら シャーロットに お前のせいだと言って楽しもう。

既に相手を怒らせてしまった。仕切り直し したいが、何と言えばいいんだ?
『 出直す』という選択肢が頭に浮かぶ。
 ティアスの今日の態度を見るからに、次は無い。
だからと言って下手に出るのは プライドが許さない。しかし、 口を開いたら論破してしまいそうだ 。
ティアスの口数の少なさも 話し合いが うまくいかない原因だ。 膠着状態をうやむやに出来るような、 何かきっかけのようなものが あれば帰れるんだが・・。 そう、うまくは いかない。

 そう思っていると キィーと言うドアの開く音が聞こえた。 お茶でも運んで来たのかと、顔を向けると、一気にドアが 両方とも開いて 何かが、なだれ込んできた。
(なんだ?)
驚いて、よく見るとメイドだ。 しかも、3人。
全く シャーロットの差し金か?
盗み聞きとは、あの女の やりそうな事だ。
 失敗して無様な姿をさらすメイドたちを呆れ果てて見ていたが、 これが千載一遇のチャンスだと気づく。
(助かった ・・)

「ふん。盗み聞きとは 。主が主なら 使用人も使用人だな 。興が冷めた 。今日は、これで帰るが 私は本気だ 。このままシャーロット を匿い続けるなら、 お前の大事な会社を潰してやる。 覚えておけ!」
立て板に水のごとく、捨て台詞を言って最後にティアスを指差すと足早に立ち去る。

***

ティアスの家を後にしたアランは 両手を腰に当てて下を向いてため息をつく。
「はぁ~」
完全に失敗した。 事実上交渉は決裂。
シャーロット捜索に暗雲が立ち込めてきた。
 説得しきれなかった私の負けだ 。駄目だと分かっていても 追及の手を緩められない。

 ティアスの確固たる決意をした顔が思い出される。『 無償の愛』 そんな言葉が浮かぶ。
 市井に生きる者は 愛に生きる。 我々と違ってプライなどは簡単に捨てられる生き者だ。
 順調だったのにシャーロットに婚約指環を渡してから予想外のトラブルばかり。
 これも全てシャーロットの家出を許した伯爵が悪い。 時を巻き戻したいものだと頭を横に振る。
 

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