嫌な男アランの結婚までの30日

あべ鈴峰

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友人達を送り出したアランは、これからの話をしようとグラハム伯爵と書斎に集まった。
 計画が順調に進んでいるが、一つ だけ懸念材料がある。
「 そこで、伯爵に お願いがあるんです」
「なんだ 言ってみなさい」
「 念のためシャーロットを結婚式まで軟禁して欲しいんです」
 今日の一件でシャーロットが諦めていないことを再確認した。 あの頭の速さ、何より口の上手さには舌を巻く。 本人にその気はなくても シャーロットに言いくるめられて、願いを聞いてしまう可能性は否めない。 念には、念だ。気を緩めたら 足をすくわれかねない。

「分かった。私も目を光らせているが 、今のところ目立った動きは無い。 少しでも、何か変わったことがあったら、 私に報告するように 使用人 全員に徹底してある 」
「それだけ、していただけているなら 大丈夫です」
「 はっ、はっ、そうか? まあ、アランがそう言ってくれるなら私も安心だ 。しかし 、無事に結婚式を終えれればいいが 」
グラハム伯爵の声が次第に 元気がなくなっていく。気持ちは分かる。シャーロットは、 一筋縄ではいかない。道筋立てて間違いを指摘して 追い込んでくるから 、質が悪い。
 
「そう心配しないでください。 ちゃんと手は打ってあります」
 アランは自信に満ちた声でグラハム伯爵を励ます。
「どんな手を打ってるんだね ?」
「シャーロットの知り合いには 、マリッジブルーで少しナーバスになっている と、言ってあります 。勢いで結婚を決めたので 後悔しているようだけど 、幸せにする自信があるので 、 宥めてほしいと伝えてあります」

グラハム伯爵を引き入れる、ずっと前から 計画を練りに練っていた 。シャーロットに悟られないように 、外側から何重にも、包囲網を作った 。
「マリッジブルーか、 中々良いアイデアだな」
「念の為、  辻馬車の御者にも、 お金を渡してあります。ですから、 シャーロットの姿を見つけたら、私の家まで連れてくるように手配済みです 」
「流石、アランだな。抜かりは無いか」
「そんな事ありませんよ 」
グラハム伯爵が感心したように頷くのを見て 、アランは、うっすらと笑みを浮かべた。
「それなら、私も 、もう一人監視をつけよう 。それから、お金を持たせないようにしておこう 」
対抗するようにグラハム伯爵が、策を口にする。

「 ところで、アラン。約束は忘れてないよな」
グラスに目を落としたまま グラハム伯爵が念を押してくる。
 「もちろんです。結婚したら、速やかに手続きを行います 」
ダミアン
密約を交わして以来 、何も言ってこなかったのに・・。 結婚が現実的になって、取り分の使い道を考え出したのか。 娘を使って金儲けとは私より酷い男だ。
「では、乾杯しよう」
グラハム伯爵が、乾杯とグラスをあげると、アランも自分のグラスをあげる 。

***

話し合いも終わり グラハム伯爵たちが帰る時間になった。 親たちは 話したりないのか、いつまでたっても帰りの馬車に乗らない。
 両親の横で辛抱強く 愛想笑いを浮かべているシャーロットを見て、 婚約しているのに何もせずに ただ突っ立ったままでは 不自然ではないかと思う。 だが、両親たちのように喋ることなどない。 口喧嘩になりかねない。 
(・・・)
だったら、婚約者としてアランは、チークキスをしようとすると、シャーロットが身を引いて拒む。
ただの挨拶なのにシャーロットの目には怒りの炎が燃え上がっている。

別段キスなど しなくても構わない。
 しかし、ここで何もしなかったら 図に乗るかもしれない。アランは 今後のためにも上下関係をわからせようと、シャーロットの顎を掴んで 強制的に 目を合わせる。 蔑むような目で見られるのは今日までだ。 これからは怯えた目で私を見るんだ。
 シャーロットが私に平手打ちしようと手を振り上げる。アランは、その手を掴むと 両親達に自分が何をしてるか見えないよう背を向ける。
 そして、その手をシャーロットの背中に回して動きを封じる 。
「なっ」

いつの間にか私に背後を取られていることに シャーロットが驚く。 お前の考えなど お見通しなんだよと 片方の口角だけを上げる。
 すると 怒ったシャーロットが痛みに耐えながら 振りほどこうと もがく。 その姿が捕らわれ小鳥のようで面白い。
「 何を企んでも無駄だよ。 すでに私の手の中なんだから 。逃げられるものなら 逃げてみれば良い」
「・・・」
逃げて、捕まって、絶望すればいいんだ 。
そして、私の力を思い知れ。 一言も発しないで黙っているシャーロットの顔を覗き込む。 

「この町にいる全ての人が、私の手足となって、君を探すから 。嘘だと思うなら、やってみるといい 」
「・・・」
怒っているその顔をもっと見ようと顔を近づける。すると、キスしようと 勘違いしたシャーロットが恐怖で顔をこわばらせる。
 そのことが、さらに面白さを増す。 なんだかんだ言っても所詮女か。 辱めを受けることに耐えられない可愛いところもある。

「いつまでも、私を甘く見ていると 痛い目にあうのは お前の方だ」
「・・・」
そう言って怖がるシャーロットの顔を楽しげに見下ろす。 悔し涙を瞬きで、ごまかしているシャーロットを さらに追い詰めるように耳元で囁く。
『これから先のことを考えるなら 、私に盾をつくのは得策じゃないことは 、賢い君なら理解してるだろう 。違うかい? シャーロット 』
「・・・」
血が滲みそうなほど唇を噛み締めるシャーロットに満足する。 これぐらいで、いいだろうと手を外すと シャーロットが これ見よがしに手首を擦る。
( はい、はい)

 シャーロットが恨みがましい目で私を見るが、これまでのように言い返してこない。
 だからといってアランは これで終わりとは考えていない。 シャーロットは簡単に折れたりしない。 必ず 反撃してくる。 だから、手綱を緩めるつもりは無い。

**残り24日

議会に顔を出している父は迎えに来た マロニアは 馬車の中で インクの匂いをする新作の台本のページをめくる。 念願叶って脇役をゲットできた。 最初のページに書かれている出演者の欄を見ながら 自分の名前を探す。
あった!5番目に 載っている。
マロニア・キャメロン。
 (ああ、 夢のようだ)
もう大根女優と 言わせない。 台本を抱えて あまりの嬉しさに 足をばたつかせる。
 今度の稽古の日まで完璧に 台詞を頭に入れておかなくちゃと、 浮かれている自分を律すると ニヤニヤしそうになる顔を 真剣な顔にする。

台本を読みたマロニアには 台本をカバンに戻す。お父様と一緒に 新作用の舞台衣装を発注しに行く予定になっている。
「 まだ、お仕事終わらないのかしら?」
 そう思っていると外が父の声が聞こえる。
 やっと帰ってきた。 馬車の窓から身を乗り出して父の姿を探すと、 若い男の人と並んで歩いている。
(あれ?あの人・・)

 その若い男の人に目が留る。 
父より頭二つぶん背が高くて 長い手足に金髪。 それを見て、あの時のイニシャル A の人だとわかった。 こんな偶然が、あるなんて・・。
 自然と口角が上がる。 嬉しくて その姿を見ていたが ハッとする。
(そうだ!ハンカチ、ハンカチ)
マロニアは 慌てて鞄の中を探る。いつか返そうとハンカチを持ち歩いていた。それなのに、 いくら探しても 見つからない。

なんで?
 おかしいなと首をひねる。
そうだった・・。台本を持ち歩けるようにと大きな鞄に今朝 変えたんだ。 返すチャンスだったのにと、 がっかりして肩を落とす。
 神様も酷い。会わせてくれるなら 鞄を変えさなくてもいいのに。不満だと唇を突き出す。

 マロニアは窓から、あの人を見ながら どうしようかと悩む。ハンカチは返せないけど、お礼だけでも言った方が 良いだろうか?
 待って!駄目だわ。いま会いに行ったら、あの人に迷惑が かかる。もし、あの人が独身の伯爵だったら、 お父様が結婚させようと ごり押しする。それは良くない。 迷惑が かかってしまう。
ハンカチを返すなら、2人きりじゃないと。
 それが 良いと自分に頷く。
父が一緒でなければ、今すぐ馬車を降りたのに、 残念でたまらない。

仕方なく馬車の中から二人のやり取りを観察する。 親しい感じはしないが、よそよそしいようにも見えない。でも、あの人は ここで何をしているんだろう? 親が議会に出席しているんだろうか?そんなことを考えていると父が あの人と別れてこっちに向かってくる。 覗いていたのがばれると慌てて首を引っ込める。

 「待たせたな」
マロニアは 馬車に乗り込んできた父に、早速 あの人の事を尋ねる。
「ねぇ、お父様と一緒にいた人は知り合い?」「ああ、 ラングスフォード伯爵だ」
( ラングスフォード伯爵ね。後で紳士録を調べよう)
 身なりも上品だと思ったけど、やはり上級貴族の人だった。
「 議会の議事録を担当している方だ」
「えっ、 ここで働いているの?」
 父の言葉に驚く。議会に出席する人は、おじいちゃんばかりだと思っていた。若い人がいても補佐官で平民が多い。 家督を相続しても、よほどの名門でない限り若い人は議会の主席を認められない。本当に、そうなのかと確かめる。

「あんなに若いのに 仕事を任せられてるってこと?」
「 そうだ。別に おかしくないだろう。優秀なら若くても役職には着ける」
凄い。 実力主義のお父様が褒めるくらいだから、相当なものだろう。
そうか、 議会で働いているのか。
マロニアは、出会った時の印象を思い出す。
 確かに、私に声をかけてくる放蕩貴族達とは違って 落ち着いていた。
働いているからか だったのね。
それに、とても優しくて・・。とても・・。
 続きの言葉を探しながら、もう一度会いたいと願う。 2度あることは 3度あると言うから きっと会える。そのときこそ、ハンカチを返そう。

「それで、マロニア。いつもの店でいいのか?」
「ええ、お父様 」
甘えた声で父に返事をしながら、ラングフォード伯爵を 今度 自分が出るお芝居に招待しようと考えていた。主役じゃないけれど、脇役だもの恥ずかしくないわ。
私が女優だと知ったら 驚くかしら?
その時のことを想像して一人微笑む。

**残り23日

アランは、友人のドナルドに連れられて、嫌々劇場に来ていた。ずっと断っていたが 新しい彼女を見せびらかせたいから しつこく誘ってくる。 
結局 今夜は千秋楽だと言われて 押し切られるかたちで来た。
今度の恋人女優らしい。レストランのウエイトレスの時は、日替わりで友人たちを店に誘っていたし、 家具の売り子の時は彼女の売り上げに協力しろとまで言われた。 悪い癖だ。
 そのことを経験上わかっている。さっさと合って、とっとと帰ろう。
一度 紹介すれば気が済むだろう。

自分たちの席に向かっているとアランはドナルドの不意の一言に 歩みを止めそうなる。
「シャーロットを 連れてくればいいのに。 気を利かせて 二席用意したのに」


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