嫌な男アランの結婚までの30日

あべ鈴峰

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イニシャルは A

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アランは、初めて見るストロベリーブロンドの娘に興味を持ったが、何も出来ないまま横を通り過ぎるはずだったのに・・。
気づけば睨まれていた。
「なに?」
 その怒ったような娘の声音に、アランは目を瞬かせる。
「えっ?」

 何か彼女に失礼な事をしたようだ。全く、身に覚えが無い。戸惑っていると、彼女の視線が『これは、何だ』と、言う様に動く。 その視線の先を見てアラン慌てて手を離す。
「あっ、すまない」
 いつの間にか、彼女の腕を掴んでいた。
 (どうしてだ?)
確かに彼女が気になった。 しかし、だからと言って、 いきなり腕を掴むような 無礼は働かない。 自分で自分が理解不能だ 。
今まで、こんなこと無かったのに・・。
(私は何が したかったんだ? )

 自分の気持ちを探すように 考え込んでいると 彼女の焦れたような声に顔を上げる。
「 もう!何の用なの?」
 彼女が腕を組んで睨みつける。
 その目には軽蔑の色が浮かんでいる。
気づけば周りの人々が我々を見ている。
(不味い・・)
 このままではナンパするような軟弱な人間だと 皆から思われてしまう。

「ええと・・」
 しどろもどろになりながら 必死に理由を考える。いくら美人だからといって、衝動で動く男じゃない。何の用も無しに、彼女を引き留めたりしない。
考えろ。考えるんだ!
 必ず合理的な理由が あるはずだ。
手がかりは彼女が持っているはずだと、その美しい顔から視線を彷徨わせる。 
細い首、浮き出た鎖骨、長い腕、白い指、 クラッチバッグ。クラッチバッグ?・・金持ち・・窓口係・・。
そうだ!全てが繋がった。

「チケットだ!」
「チケット?」
 まるで初めて聞いた言葉のように ピンとこない 彼女が 小首を傾げる。
「ああ、ダイアナ・ブラウンのチケットだ。見たかったんだろう? 余っているから譲ろう」
「嘘!・・本当に?」
軽薄な男だと不審そうに見ていたくせに、現金なものだ。態度をコロッと変えて、彼女が両手で口を押さえて喜ぶ。 
「ほら」
 アランは自分の身の潔白を示すように 証拠のチケットをポケットから取り出して彼女の目の前で 振る。
これで誤解も解けただろ。

「ありがとう。いくら?」
「別に、いい」
彼女が クラッチバッグ に手をかけると、アランは、その手を押し止める。すると彼女が、怪訝そうに見る。
 本当は正規の値段が請求したい。しかし 彼女を引き止めたことで、既に注目の的になっている。その上、金のやりとりをしたりでもしたら、 どんな 噂が立つか。
 自分の つまらない気まぐれで、シャーロットとの結婚が駄目になったら 堪ったもんじゃない。
婚約したからと 浮かれていないで気を引き締めると、自分を戒める。

 今は一刻も早く、この場から立ち去ろう。
「でも・・」
「 いいから。それより、もう始まる。急ごう」
 中に入ってしまえば薄暗いから面が割れることも無い。
アランは、躊躇らう彼女の腕を取ると、 そそくさと入り口に向かう。 すると、甘い香りも ついてくる。 軽やかで、華やいだ感じがする香りの主を 探すように振り返ると彼女が私を見上げる。
 いかにも彼女らしい香りだ。

 初対面なのに、そんなことを考えた自分に眉をひそめる。何故だ? けれど、答えを見つけ出す前に開演のベルが鳴った。

*****

 マロニアは横目で隣に座る男性を見る。
 金髪は撫でつけられ、糊のきいたシャツに、白くて長い指。 間違いなく上級貴族の男だ。
 誰だろう?
 母に連れられてパーティーには何度も出席しているから、 そこそこ令息たちの顔は知っている。 でも、一度も見たことがない。
 じゃあジェントリーの人?
 それとも伯爵以上の人?
ああ、 いったい誰なんだろう・・。
すごく知りたい。

 名前を聞きたいが、気があると誤解されるのは癪だ。好きだと勘違いされたら、私の気持ちを逆手に取って いいように利用しようとする。
上級貴族とは、そういう輩だ。
でも・・久々に見上げるほど自分より背の高い人に会った。 何より初めて下心なしに、 下級貴族の私に優しくしてくれたから 気になって仕方ない。
 どうして 見知らぬ私に親切にしてくれたんだろう? やっぱり私は美人だから?
 それとも、ただの気まぐれ?

どうしても男性の本心が知りたい。
マロニアは相手の気を引こうと、 胸を突き出したり、 髪を払ったり、 ハンカチを落としたりと、あの手 この手で攻めてみる。
 こちらをチラリでも見てくれたら会話の糸口になる。しかし、何の反応もない。
何で? 
真顔で、まっすぐ前を向いて 微動だにしない。 息している? と疑ってしまうほどだ。
(・・・)

 もういい!やめた!
 私の事を からかって、遊んでいるんだ。そうでなければ、隣にいる私を 完全無視するなんて、おかしい。だから、貴族の男は嫌いだ。 
そっちが無視するなら、私だって無視すると 決める。
(私だって、彼方のことなんか何とも思ってません!)
 少しでも 良い人と思った私がバカだった。

***

 緞帳が下りて、お芝居に無くほど感動したマロニアは、 立ち上がって カーテンコールをする。
 やはり、ダイアナ・ブラウンのお芝居は最高だ 。他の観客たちも賛辞を おくっている。
 鼻をすすりながら涙を拭こうとして 手にしているハンカチが自分のもので無いことに気づく。誰のハンカチ?マロニアはハンカチをじっと見る。 いつから使っていたんだろう? 拾った記憶も、手渡された記憶もない。

 ハンカチの持ち主を探そうと 周りを見るのが、みんな舞台を見て拍手している。
そんな中、隣の席だけが空席なことに気付く。
いつ帰ったんだろう。全く気付かなかった。
何故か ぽっかりと空いた席を見て寂しくなる。

 チケットを譲ってくれたの人が、貸してくれたのだろうか? 手のひらの中にある 角のそろったハンカチに目を落とす。
水色の糸で ハンカチに「A」と、刺繍されている。名前だろうか?
マロニアは、その刺繍の部分を指で、なぞりながら 「A 」から始まる名前を考える。
 アントニオ、アレックス、アーサー、アルベルト。 駄目だ。候補が多い多すぎる。

 私に関心が無いと思っていたけれど、ちゃんと私が泣いている事に気付いて、ハンカチを貸してくれたんだ。 なんて、紳士的なの。
 自分を気遣ってくれたことが嬉しくて自然と笑ってしまう。
「ふふっ」
 素敵な人だ。今度会ったら自分から、名前を言おう。 そして、ハンカチを返して お礼を言って。それから・・何と言おう?

マロニアは、どんな話なら あの人の関心をひけるかと、 あれやこれやと考える。
 お芝居が好きな人ならいいな・・。 そしたら、自分が出ている舞台に招待しよう。
 「楽しみだわ」
また、会える日を信じて夢は膨らむ。

****残り27日

 だだっ広い王宮の西翼は 昔は戦争の作戦会議などをする 部屋に使われていたが、今は 議会が開かれている。会議の内容は 国の財政管理など 多岐にわたる 。
アランも 財務担当として一躍を担っている。

 議事録を書きながら自分が、こんな生活をしていることに不満が募る。
贅沢さえしなければ、荘園の収入で働かなくても生活できるのに。
 貴族筆頭で学生時代の同級生のラインハルトに『王の補佐するのは義務だ』と仕事を押し付けられた。 労働など貴族のすることではない。

 私以外でも適任者は居るとゴネまくると、 あろうことか、逃げられないようにと 国王に命令書まで書かせた。さすがに国王 相手では嫌だとは言えない。それで、仕方なく議会に 出席 している。それだけでも嫌なのに 無能な古狸達が新人だからと 雑用ばかりを押し付けてくる。
( まったく、さっさと隠居しろ)

カリカリとペンを走らせていると入口に人の気配を感じて顔を上げる。

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