嫌な男アランの結婚までの30日

あべ鈴峰

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石畳とスレート瓦が、広がるこの国は 別名 石の国と呼ばれている。
そして、その名に恥じぬように 王宮を守るように 十大貴族が  ぐるりと取り囲んで堅牢な構造になっている。 その十大貴族の周りには それを追随する貴族たちの家が建っていた。
 だが、戦が終わると 自分の荘園に戻ったり、 没落したりして 出来た空き家には 次々とジェントリー達が住み始めていた。
 時代は変わりつつある。
 そんな一軒の邸宅を 覗くように鳥たちが窓辺に並んでいる。

***

真っ赤な薔薇の壁紙に、 天蓋付きのレースのベッド。 猫足の家具。その部屋の中央に、背の高い赤毛の娘が立つと 深呼吸する。

マロニアは、お腹に手を当てて発声練習する。「 あ、え、い、う、え、お、あ、お 」
ちゃんとお腹から声が、出ているか確かめる。
 今日はオーディションだもの頑張らないと。
 このままでは、セリフが一言、二言の 端役のままだ。 主役は劇団の看板女優の マリアベルに決まっている。 彼女は人気も実力もある。そのことは認めている。

 でも、私だっていずれは 主役をやりたい。
 だから、その手始めに脇役をゲットして見せる。 そして、ゆくゆくは人気者になって、 今まで下級貴族だと見下していた連中を見返してやる。
( そのためには、練習。練習)
「 あ!え!い!う!え!お!あ!お!」
 大きな声を出すと 驚いた小鳥たちが飛んで行く。

*****

その小鳥が人工池のある屋敷の上を通り過ぎる。

 贅沢な作りの寝室は 薄暗く 。
オイルランプに照らされた 鏡台だけが、ぼんやりとした 黄色の灯を 放っている 。 その鏡に一人の男が映し出される。
日焼けなどというものと無縁な生活を送ってきた男は 女性の如く色が白く、銀色に近い金色の目は切れ長でつり上がり、薄い唇と相まって冷たい印象を与える。

アランは卓上カレンダーを手に取ると、ある日付に丸をつける。
 この日 今の生活とおさらば出来る。 
荘園の管理を怠った父のせいで収入が減り 節約生活を余儀なされている 。
 あのまま父に任せていたら 今頃は路頭に迷っていたことだろう。
 (自分の父親だというのに、無能すぎる)

 これで計画通り大金が入ったらと、アランは使い道を考える。 まずは、パリッと糊のきいたシーツの上で オイルランプの灯りを最大にして 本を読みたい。
それから小間使いを一人雇って・・。
そんなことを考えている自分にハッとする。
もう、 細かい計算など する必要はない。
湖水地方に別荘だって買えるほどの大金だ。
湯水のように使えるんだから、 気分で買い物すればいい。
(この生活も あと30日の辛抱だ)

 これも全てグランドのお陰だ。
 グランドは 寄宿舎時代の後輩で、 偶然バーで再会した。その会話の中で自分が勤めている弁護士事務所に大金が眠っている 案件があると話し出した。 聞けば、亡くなった前スチュワート伯爵夫人が 孫娘のシャーロットに遺産を残しているという。
しかし、夫人は 何年も前に 亡くなっていて、 遺産相続の期限が切れているから 信じられないと 否定した。すると、私がシャーロットと知り合いだと知らないグランドは 酔いに任せてペラペラと何でも話してくれた。 

ある条件を満たせば受け取れるらしい。
しかも、この事は家族を始め、本人にも秘密だという。
そんな大金なら是非とも手に入れたい。
スチュワート伯爵と言えば十大貴族の一人。
 その遺産とも なれば少なく見積もって、もかなりの額になる。

 シャーロットの父親のグラハム伯爵とは 何度か貴族の集まりで会ったことが あるが、 頭の悪い小心者という印象だった。
 結果その通りだった。
 シャーロットの遺産を手に入れるために 政略結婚したいと切り出すと すぐに食いついてきた。 娘の気持ちなど考えもせず、 自分の取り分の話をしだした。 最低な父親だ。この時ばかりはシャーロットに同情した。

伯爵を懐柔するのは簡単だったが 問題はシャーロットだ。
貴族の結婚は家同士の結婚と言っていい。だから 、父親の承諾だけで済むのだが、シャーロットの祖母が遺産相続のためにつけた条件がネックになった 。なんともアホらしい内容だったが、条件は条件。金が欲しいなら満たすしかない。

 しかし、シャーロットの事は3歳の頃から知っている。だからが、一筋縄ではいかないということを嫌と言うほど知っている。
 シャーロットの母方の祖父は フィリップ・スチュワートと言って 一廉の人物。
数々の戦いで手柄を立てている。 その部下の一人として自分の祖父がいた。
 その為、二人が生きている頃は、よく行き来していた。

 シャーロットに会ったときの 第一印象は生意気。
社交辞令というものを知らないシャーロットは 何でもズバズバ言うから大人たちから煙たがられていた。
 実際 私も 些細な事で説教された。
 頭にきたが、相手は女だし、 私の方が年上だし、大貴族の血筋だし、 やりあって損をするのは自分の方だと相手にしなかった。

会えば文句を言われると知っていたから 疎遠になっていたが、 こうしてシャーロットを相手にするのかと思うと まるでチェスをするかのようだ。 次の一手が勝敗を決める。 そんなスリルがある。 先攻は私だ。 断然有利。
だが、シャーロットを見ていると フィリップ・スチュアートの影を感じる。
 大胆不敵で奇策の名士。
(・・・)

コンコン!
ノックの音に 気づいて アランは カレンダーを手早く戻すと 小間使いを迎え入れる 。
「入れ」
「旦那様。 新聞社から 早刷りが 届いております 」
小間使いが 新聞を鏡台に置く。 早く読みたい気持ちを抑えて軽く頷く。
「下がっていいぞ」
「はい」
 小間使いが出て行くと アランは 早速 新聞を手にとって 社交欄のページを開く。
社交欄には貴族の冠婚葬祭の情報が載る。
 ようは 人生の節目の出来事とか、 スキャンダルが公にされるということだ。

丸い切り抜きの 写真付きで、私とシャーロットの 婚約の記事が載っている。
 写真の中の私は 自信に満ちていて、満足いく写りになっている。 写真館で撮っただけの事はある。
シャーロットの 写真はイマイチだが 、 本人に内緒なんだから仕方がないと 肩を竦める 。
他人の 婚約や結婚の 記事を 何度も見たが 、 こうして 改めて 自分の記事を見ると 本当に結婚すると 実感出来る。
(シャーロット 。私の金のなる木 。そして、 忌々しい女 )
結婚したら 今までの恨みを少しずつ 晴らそう。何て 甚振り甲斐があるだろう。
シャーロットが私に屈服する姿を想像して にやりと笑う。

***始まりの日 ***残り30日

アランはシャーロットの家に向かう前に 最終確認しようと、懐からビロードの小箱を取り出して 蓋を開ける。
 中にはセンターに1カラットのオーバルブリリアントカットのダイヤモンド。 それを縁取るように小さなダイヤモンドが 合計1カラット分 一周している。合計2カラットの指輪が現れる。
 シャーロットに贈るための指輪だ。 正直古臭いデザインだが、 シャーロットとの婚約が本気だと思わせるためには 欠かせないアイテムだ。
 これだけのカット数なら注目を集める。

 アランは指輪を懐に戻すと 服の乱れをチェックする。今日から戦いが始まるから 完璧なスタートを切りたい。 だから、今までで1番身なりに気を使った。 これなら誰も文句は言うまい。 
そう確信すると馬車飛に乗り込む。

 馬車に揺られながら、考えるのはシャーロットのこと。 いくら我が儘娘ても所詮は令嬢 。 働いたことも無い。 金を使ったことも無い。そんな生活を送っているんだ 。父親に逆らえるはずもない。 いつも私たちのことを見下していた あのプライドの高いシャーロットが 私の術中に陥る。それに気付いた時、どんな表情を見せるか楽しみで仕方ない。
怒った顔か?それとも、泣き顔か?どちらにせよ これほど痛快なことはない。

シャーロットが、もがく姿を見ながら時間が過ぎるのを 待つだけで大金が転がり込んでくる。 そう考えると、こみ上げる笑いを止められない。
「くっ、くっ、くっ」
 
そんなことを考えているうちに シャーロットの家に到着した。
 馬車を降りたアランは懐中時計で時間を確かめる。 ぴったりだ。 幸先の良い滑り出しに満足して ノッカーを落ち着ける。

***

 アランはメイドに案内されて応接室に入ると  すでにクランドル伯爵夫妻が待っていた。
「 よく来たアラン。元気そうだな」
「はい。伯爵もお元気そうで何よりです」
握手しながら伯爵にシャーロットに、バレていないでしょうねと視線で問う。
すると伯爵が大丈夫だと頷く。 
「アラン。いらっしゃい」
「はい。夫人も お元気そうで」
 夫人にチークキスして挨拶をすると 向かい合って座る。

雑談でもして リラックスしたいところだが、 私が訪ねてきたことが シャーロットに気付かれるとまずい。一秒でも早く この部屋に来させないと成功率が下がる。 アランは急かすように伯爵に視線を送る。 それに気付いた伯爵が メイドに声をかける。
「シャーロットを呼んできなさい」
「かしこまりました」
頭を下げてメイドが出て行くと 何も知らない夫人が私に笑いかけてくる。
夫人に政略結婚する理由 伝えてもいいが、 伯爵同様、 自分の取り分を言い出されたら1/3になってしまう。 伯爵も同じ考えのようで、夫人に 伝えていない。

「ありがとうアラン。 こんな日が来るとは思ってなかったから・・」
 娘が婚約することに感激して胸を詰まらせている 。夫人の様子にアランは、よほど見合い話が流れたんだと想像する。
まあ、その気持ちも分かる。シャーロットは 相手が見合い相手でも 遠慮しないで意見するから、 ほとほと手を焼いていたんだろう。

 「あなたから結婚の申し込みがあった時、どんなに安心したか・・。 娘は、ああいう性格だから・・」
その先は言わなくても 分かるでしょと、夫人が私に視線を投げかける。 夫人にしてみれば、私の心変わりが心配なのだろう。
「 安心してください。止めたりしません」
アランは、もちろんわかっていると微笑む。
『 シャーロットの遺産が欲しいですから』と、 心の中で付け加え。
「 ほら、それくらいにしなさい 。アランも 困ってるだろう」
「ええ」
伯爵が夫人の手を取って心配ないと、その手を掴む。夫人が分かったと頷く。

「・・・」
「・・・」
「・・・」
暫しの静寂。
後が主役の登場を待つばかりだ。
 アランは出番待ちする役者のように 緊張を和らげようと小さく嘆息する。
「シャーロットです」
シャーロットの声に部屋中に緊張が走る。
誰もが、この婚約が上手くいって欲しいと願っている。 それには、気難しいシャーロットを説き伏せられるかどうかが、カギになる。
夫人が、 伯爵を見る。伯爵が私を見る。
アランは準備はできていると頷く。

「入りなさい」
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