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二人が出した答え

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 伯母の口から出たものは、妹より自分の方が優れていなくてはいけないというものだった。そのためには手段を選ばない。そんな つまらないプライドのために 私たち家族を踏みつけたのだ。あまりの理不尽な考えに 黙ってなどいられない。クロエは伯母に反撃をした。
すると、怒りに任せて伯母が氷を割って出てこようとした。

「この餓鬼が!」
恫喝するような声にビクリと体が反応する。
(拙い。 調子に乗りすぎた)
バリバリと 大きな音を立てて氷に
亀裂が入る。
ネイサンが私の前に躍り出る。
(えっ? まさか出て来れないわよね)
パラパラと氷が落ちる音が続く。
「そこまでです」
ネイサンの 静かな声音に伯母を見ると、ヒビは下半身にまでは入らなかった。
良かった……。内心ヒヤリとした。
その姿に 父様たちも安心して 体の力を抜く。
「連行します。まだ、言い足りないなら 役人に言ってください」
ネイサンがそう言って指をパチンと鳴らすと、床に仕掛けてあった魔法陣が光り出す。
「なっ、何をする気?」
氷が消えて代わりに光が湧き上がる。その光が 伯母を包囲するように小さくなっていく。
「私を誰だと思っているの! こんなことして ただじゃおかないわよ!」
伯母は この期に及んでも命令してくる。しかし、その伯母もとうとう捕まる。 傷だらけの勝利だ。

 伯母が魔法陣から逃げようと右往左往する。もちろん 逃げられない。なすすべなく捕らわれるだけ。
「ちょっと、見てないで 助けなさいよ」
私たちは知りたくもない秘密を告白されて、悲しみ包まれているというのに。
「悪かったわ。私が悪かったわ。 許して、一度でいいのね。お願い。やり直すチャンスをちょうだい」
脅したり 頼んだりと忙しい人だ。 必死な姿にも 私たちは傍観する。
覆水盆に返らず。
聞いてしまったことを聞かなかったには出来ない。
「この! たった一人の姉の頼みも聞けないの! それでも妹なの」
私も 両親も 伯母の最後を黙って見ていた。 もう二度と会うことはないだろう。
「あんたなんか、産」
魔法陣がカッと光ったかと思うと、次の瞬間 伯母は檻に閉じこめられた。伯母が檻を叩いて何か叫んでいるが聞こえない。 
もう聞きたくもない。

 ネイサンが伯母の入った檻を魔法で持ち上げる。
「伯爵。失礼します」
何事も無かったように、そう言って頭を下げると スタスタと部屋から出て行く。その後ろを檻に入った伯母が付いて行く。
廊下に言い争う声に心配したのか、使用人たちが集まっていた。 その目の前を伯母が連行されていく。
「えっ? マーガレット様がどうしてここに?」
「いついらっしゃったんだ?」
「どうなってるの?」
使用た人ちが オロオロしながら私たちと伯母を交互に見る。
しかし、今は説明することさえ 煩わしい。

 残された私たちは、知らされた重大な事実に言葉を発する事も出来ない。伯母が落とした爆弾は余りにも威力があった。あり過ぎた。
伯母の話を信じたんだろうか?
二人の様子を伺うが、悲しみにくれる顔で、何を考えているかまでは分からない。
(こんな時 何を言えばいいんだろう?)
父様たちも ネイサンも そうかもしれないと考えているだろうが、どう 結論を出すんだろう。 真実だと知っているのは私だけ。
失ってしまうのだろうか? 
(やっと、その大切さに気付いたのに……)
もう二度と「父様、母様」と呼べないのだろうか?
私はクロエとして生きては、いけないのだろうか?
そう問いたい。
でも、目を合わせることさえ恐ろしい。その瞳に 私はどう映るんだろう? 娘? 偽者?
どうしても悪方に考えてしまう。

 手を取り合って支え合っている二人を見てクロエは 揺れる気持ちを隠そうとギュッと手を握る。
二人の元へ行きたい。だけど、決定的な言葉を聞きたくない恐れに、口を堅く閉じる。一秒でも長く家族で居たい。
自分を守るように俯いて自分の靴を見る。このまま何事も無かったように、立ち去る事も出来ない。
消えてしまいたい。逃げてしまいたい。そう考えていると、
「キャサリン!」
父様の叫び声に顔をあげると、ふらりと母様が父様に寄り掛かるように倒れた。
(あっ)
助けようと一歩前に足を踏み出したが、次の一歩が踏み出せない。 
後ろめたい気持ちが私をそうさせた。そんな私の目の前で 父様が母様を抱き上げると出入り口へと向かって行く。
ついて行こうとした。だけど、それを止めるものがあった。 
(……こちらを見なかった……)
父様は私に目もくれなかった。 
もう私のことなど、どうでもいいんだ。あんなに愛してくれていたのに……。

 二人が出ていって一人取り残された私は、近づいて来る別離の予感に涙が瞳を縁取る。
どうしてこんな事に……今頃は事件も解決して家族で喜び合っていたはずなのに……。
私は……私は、どうしたらいいの?
クロエのままでいいの?
一人では心もとない。
誰かにすがりつきたい。抱えてるものを全部吐き出して楽になってしまいたい。
(ネイサン。早く戻って来て!)

***

 心労から倒れて眠っている夫人の手を取ると、その手を自分の頬に押し当てる。
ベッドに横たわっているその姿は、どうしようもなく悲しい。
(どうか、私を受け入れて。背を向けないで)
そう願わずにいられない。


 まるで落ちている葉っぱのように 不確かな存在になってしまった。
私は、どこの誰なの?
使用人たちの目を避けながらクロエの部屋に入った。
もし会っても受け答えできる自信がない。

 ポスリと ベッドに腰掛けると ぐるりと部屋を見わたした。 この部屋も私のものじゃなくなる。もうクロエではないんだから。私を伯母の子供だと思っているんだから 仕方がないことだ。
それでも、寂しい……。
一緒に紡いできた 今までの時間が 綻んでしまった。 
もう戻れないんだろうか? 
泣くまいと唇をかみしめる。一度泣いてしまったら止められない。 それでも涙がポタポタリと頬を伝って手の甲に落ちる。
(ああ、何で……)
顔を覆うと声を押し殺して泣いた。 全くの赤の他人の魂が入っているなんて、 誰にも言えない。 
知られてもいけない。 聞かれないように、ベッドに突っ伏して涙を枕に押し付けた。

***

 眠れない一夜だけ、クロエは いつもの時間に食堂に着いた。
しかし、ドアの前で立ち尽くしていた。二人とも居なかったら? 
そう考えるとドアを開けるのが怖い。 ただ体調が悪いだけだと言われても 到底 素直に信じられない。 どうしよう……。
二 人の答えを知る勇気が出ない。

 ポンと肩を叩かれて ハッとて顔をあげるとネイサンが立っていた。
どれだけ時間が経ったのか、ほんの数分だったような 何時間も経ったような。どこか 感覚が麻痺していた。
私にネイサンが笑顔を見せる。 
まるで昨日のことなど無かったかのように爽やかな笑顔だ。
伯母の話を信じていないんだろうか? それとも、被害者だと同調しているんだろうか? 
私は、そのどちらも欲しくない。
「おはよう。クロエ」
クロエと 呼ばれて胸がえぐられる。もう その名前は 私のものではない。だ けど キュッと口角を上げて笑顔を作る。 憐れみの目で見られるなど 耐えられない。
「おっ……おはようございます。ネイサン様」
「 入らないのかい?」
「えっ、あっ、はい。 入ります」
 流れでドアを開けることになってしまった。 覚悟の出来ないまま ドアを開けると、二人分しか 朝食が
 用意されていない。 それを見て息が出来ないほど胸が押しつぶされる。二人とも私と食事を取りたくないんだ。これが二人が出した答えなんだ。頭では分かっていても、心のどこかは期待していた。 だから、そうじゃないと突きつけられて 目の前が真っ暗になるほど打ちのめされた。
ネイサンがいるから 耐えられているだけだ。 でなければ、泣きながら逃げ出していた。 

 心のうちを知られないように、機械的にフォークを 口に運びながら、ネイサンの話に適当に相槌を打つ。朝食の味も、話の内容も覚えていない。 ただ時間が過ぎて行っただけだ。

 朝食も食べ終わり 食後のお茶を飲みながら 伯母を役人に渡してきたことを伝えられた。
傷ついた自分を見せたくなくて、
仕方なく付き合うことにした。
事情を説明するのに時間が掛かってしまって、待たせて済まないと謝まるネイサンを どこか ぼんやりと見ていた。
(そうか……本当に終わったんだ)
伯母の 罪状など、他にも色々言っているが、彼女がどうなろうと正直どうでもいい。今は別のことで頭がいっぱいだ。
もうすぐ追い出されるなんて知られたくない。

 ネイサンの変わらぬ態度に何とか取り繕う。母様を助ける為にした事なのに、パンドラの箱が開いて自分の立場を危うくしてしまった。でも、後悔はない。私の願いは母様を守る事だった。
だから、満足だ。
それなのに喪失感が迫ってくる。 もう私の役目は終わってしまった。 ここにいる理由もない。





 コトッ。
目の前に何かが置かれる音に、我にかえった時には カップがテーブルに置かれていた。
「すみません……」
目を向けるとネイサンが、お茶を口にしていた。お客様なのに気を使わせてしまった。
情けない。
これでは心配ないと言っても説得力がない。
(早く元の自分に戻りたい……)
だけど、無理だ。二人とも私を避けているし、私も避けている。
気持ちを隠すようにカップを手に取ると、ネイサンがカップを置く。
(温かい……)
「もしかして、自分がクロエでは無いと知っていたのか?」

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