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母の記憶

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 クロエは、やっと 母様が目を覚ました嬉しさの中に、恐れを感じながらも幸せだった。

  一夜が明け、クロエは 体力が戻っていない母様のために、早速プリンを作り届けるところだ。

母の気分を上げようと庭で花も摘んだ。これで完璧だ。久々の穏やかな日常に気持ちが浮き立つ。足取りも弾む。ウキウキした気分で、母様の部屋のドアをノックしようと手を上げたが、中から聞こえて来た父様の大声に手が止まる。
仲がいい二人なのに何かあったのだろうか? 何事かと慌ててドアを開けると、父様が 青ざめ母様の肩を揺さぶっていた。
「キャサリン、本当にそうなのか?」
「 ……… 」
 切羽詰まった父様の顔を母様が悲しそうに見つめている。 喧嘩とも違う。
微妙な空気が流れている。

 クロエはそれを壊すように割って入る。私に気付いた父様が 手を離すと誤魔化すように首の後ろをさする。母様は、父様に背を向けた。
「父様、母様、どうしたの?」
「 ……… 」
「 ……… 」
しかし、二人とも何も言わない。 
理由を探ろうと二人を見るが、二人とも私の視線を避ける。
昨日の めでたい雰囲気が、険悪な雰囲気に急変している。私の知らないうちに、それほど 重大な事件が起きたらしい。もう一度 声をかけようとすると、スッと 父様が立ち上がる。
「私は 仕事があるから」
誰に言っているのか分からない。まるで独り言のように言って、部屋を出て行ってしまった。出ていくまで、誰とも視線を合わせなかった。
そんな、父様を訝しく思いながら見送る。それなら、母様から原因を聞こうと、くるりと振り返ったが 引きつった笑みを返してきた。その笑顔に
今は駄目なようだと察した。

「ああ、クロエ。大丈夫よ。少し……その……」
言いよどむ母様を見て 話題を変えた。
そして、元気付けようと作ったプリンの乗ったトレイをベッドにを置く。
「はい、お母様の大好きなプリンよ。食べて」
「あっ、ありがとう。食べたいと思っていたの」
本当の笑顔でスプーンを手に取る。
クロエは、その顔に安心して花をいけようと花瓶を探す。 嬉しそうに 頬張る母様を見て安心した。
(そこまで深刻ではなさそうだ)



 プリンを完食した母様にお茶を手渡して ベッドに腰かけると、頃合いかと話しを振ってみる。
「母様、父様と何かあったの?」
そう言って、問うように小首をかしげる。それでも、母様が私を盗み見している。言うかどうか悩んでいるようだ。
クロエは母様が手を取ると、話してみてとぎゅっと力を込める。
「話してみて」
「 ……… 」
それでも秘密にしたいのか、俯いたまま語ろうとしない。
母様の気持ちも大事だけど。さっきの父様の態度を見る限り、自然に解決とはいかない気がする。
「母様」
「 ……… 」
催促するように名前を呼ぶ。すると、しばらく黙っていたが、母様は小さくため息をつくと話を始めた。


***

「それじゃあ、なにも覚えてないの?」
信じられないと念を押すが、母様はそうだと頷く。
「ええ、私としては何時もと同じ様に眠りについて 目を覚ましただけだもの」 
「 ……… 」
なるほど、母様が何も知らないと言うから、それで父様が 声を荒げていたのか。父様的には肩透かしを食らって面白くて八つ当たりした。というところかな。
持病もない母様が、自然に昏睡状態になるとは考えにくいから、睡眠薬でも飲まされたと考えたに違いない。
「まさか、そんなに時間が経っているとは思わなかったわ。フィリップに聞いて初めて知ったのよ」
本当に知らないと 首を左右に振る。

 父様からしてみれば、一日も早く犯人に罰したい。 その気持ちは分かる。でも空回ってる。だって母様は 自分が
昏睡状態だったと 知らなかったんだもの。軽々しく口にしちゃダメなのに。 誰かに陥れられたのかもと知ったことてショックを受けて また寝込む
かもしれないのに。まだ体だって、本調子では無いんだから。全く父様は本当にデリカシーが無い。
「あの日、本当にいつもと 違う事はなかったの?」
再度訊ねても母様は首を横に振る。
お茶を飲む母様の横顔を見つめながら、その態度に不信感を持った。自分に睡眠薬を盛った人間が居るかもしれないと、聞かされたのに平然としている。何日も寝たことにも、あれこれと聞いてこない。
( ……… )
そこまで神経が図太い方では無い。犯人を庇っているのか? もしくは睡眠薬を飲まされてない? 

メイドの証言では、お母様が寝る前に飲んだお茶は、本人が自分で淹れている。
(う~ん)
だけど、母様の体から睡眠薬の成分が検出されたんだから、何かしらの方法で摂取したのは確かだ。
(犯人を捕まえるためにも 母様の記憶が頼りだったんだけど……)
 この点が、伯母が犯人だという説のネックになっている。偶然が重なった? いや、そんなものはありはしない。
色々と尋ねても 不安にさせるだけだ。
暫くはそっとしておこう。
後で思い出すこともあるかもしれないし……。


***

 クロエは溜め息と共にネイサンの部屋から出ると閉めたドアに凭れかかる。
何でこんなにタイミングが合わないんだろう。
(母様のことで相談したかったのに……)
会いたい時に会えない。それがこれ程精神的に悪いとは思わなかった。
ストレスが溜まって仕方ない。
朝食の席では 何処かに出かけると言ってなかったから、一日中居ると思っていた。どっかへ行くなら、私を誘ってくれてもいいのに。もしくは、一言言ってくれてもいいのに……。
二人で事件を解決すると思っていたのに、私を置いてきぼりにするのは 私が頼りないからだ。
子供扱いにムッとする。
(本当に何度言っても私を頼ってくれないんだから)
 でも我が家以外に、知り合いもいないのに、何処へ行ったんだろう? ネイサンは一人で何とかしようとするところがあるから、裏で何かしてる可能性はある。
まさか、単独で伯母の所へは行ったりしてないわよね。
「う~ん」
腕組みして首を左右に振りながら、自分がネイサンだったらと、考えてみる。 母様が、その時の記憶はないと知って自力で証拠を探そうと内偵に出かけたのかも。
ネイサンならあり得る。
私も、もう一度伯母の家に 行った方が……。
( ……… )
でも、あれから数日しか経っていないのに、行ったら絶対疑っていることがバレる。
そう言えば見舞いに来ると言っていた。
ちょっと、待って今日は何日? 
まさか、伯母が来る日? 
不味い。母様を護るためには、まだ目を覚ました事を知られる訳には行かない。
父様に口止めしておかないと。
慌てて廊下を駆け出した。


 急ぎ足で書斎に向かっていると、メイドのエバが書斎から出てきた。 それを見て足が止まる。
お茶の時間でもないの、どうして書斎にお茶を運ぶの? エバが頭を下げて私の横を通り過ぎる。その後ろ姿にはっとする。
思い当たる理由がある。
大変だ。伯母が来たのかも。
嫌な予感に体が震える。

 ノックもせずにドアを開けると父様と伯母がお茶を飲んでいた。
二人が私を見た。父様の機嫌は良い。伯母はと見ると、何時もの様に腹立たし気に私を見る。 
(遅かった……)
心臓がドキドキして体から突き破りそうなほど、なっている。その視線を受け止めながら伯母の心の中を探る。
もう父から聞いた? 聞いていない?

次回予告
*死神の微笑

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