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転生前

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 クロエは、まだ状況証拠だけで 何の手がかりもつかめていない状態で帰ると言い出したネイサンを見つめる。
(せっかく来たのに、手ぶらで帰るのは……)
「もう、ですか? あと少しくらいなら……」
躊躇う私にネイサンが、ここまでと言うように目配せする。
分かっているけど、白黒つけたがる私には難しい。伯母に疑われていると思われたら、 次 ここに来るのは難しい。まして犯人だったら、二度と家に上げてもらえないかもしれない。
もう少しと目で訴える。しかし、ネイサンが私の手を取ると、伯母に気づかれないように微かに首を振る。
「夫人の事が心配で堪らないんだろう」
「えっ……ええ」
確信の持てないまま引き下がるのは悔しい。でも、焦りは禁物だ。
分かったとギュッと手を握ってから離した。

「殿下が帰ると、おっしゃってるんだから、早く帰りなさい」
伯母が さっさと行けと手を振って追い払う仕草をする。いくら家族とはいえ、扱いが雑すぎる。ムッとしていると ネイサンが立ち上がって、まだ座っている私を引っ張り立たせた。掴んでいる手は優しいのに、有無を言わせないモノがあった。コクリと頷いて従う。このまま居座っても嫌な思いをするだけだ。

帰ろうとすると、伯母が声を掛けて来た。
「フィリップに伝えて置いて。近いうちにお見舞いに行くからと」
「っ!」
その言葉にドキンとして息が止まる。
母の姉なんだから見舞いに来るのは当たり前だ。だけど、真実に近づいている今の状況では返事に詰まる。来ないでと口から出かかった。
「いえ……」
「はい。伯爵に伝えておきます」
私の代わりにネイサンが返事をすると私を攫うように部屋を出た。
あのまま会話を続けていたらボケツを掘っていたかも しれない。

 馬車に向かっていても、頭の中は伯母
の見舞いをどうしたら断られるか、そればかり考えていた。
頭では "まだ" と言っても、心は "そうだ" と言っている。
(あー、どうしたらいいんだろう)
弱音を吐きそうになる。それを唇を噛んで止めた。そんな事をしても何も変わらない。
ふと外を見て馬車が止まったままなことに気づく。どうしたのかとあたりを見るとネイサンがこちらに向かってきた。なぜ一緒に乗らなかったの? そう思ったのは一瞬で、すぐに伯母の顔が浮かぶ。伯母が犯人かもと思うと胸が苦しくなる。

 馬車が動き出して門をくぐり、伯母の家から遠ざかって初めて、安心感からやっと呼吸が上手くできる。
(家を出る時はネイサンの考え過ぎと思っていたのに……)
まさかこんな気持ちになるなんて、思ってもみなかった。今は、その事を口にする事さえ怖い。
キュッと唇を引き結ぶ。
「クロエ……」
「 ……… 」
すると、隣に座っていたネイサンが大丈夫だと私を抱き寄せて頭を撫でた。そんな事されたら、優しさに甘えたくなる。頭をネイサンの胸に押し付ける。

 様々な思いが私を苦しめる。
双子石を買った事が、母様と入れ替わろうとしたことが、平気な振りして私に会う事が、お金が無いことを両親に秘密にする事が、伯母を疑う事が、そして、犯人かも知れないと言う事が。
そんな疑惑が胸の中に溜まって心を押しつぶす。これが確信になったら私はどうなっちゃうの? 
父様は? 母様は? 


*****

 マーガレットは、二人が部屋を出て行くのを見届けると コルセットに差し込んでいた棒を外した。
支えを失った体がぐったりと椅子にもたれる。
「はぁ~」
(乗り切った)
安堵感から全身に汗が噴き出す。王子からの訪問の申し出に、断ることなど出来ない。それで、仕方なく会ったけれど……。
(気づかれただろうか?)
イライラとストレスから爪を噛む。
多少のミスはあったけど、クロエは大丈夫そうだ。問題は第二王子のネイサン。王族のせいか感情が読み取れなかった。このままキャサリンが目を覚ますまで ネイサン王子が居座り続けたら、お金が底を付いてしまう。
(さっさと死ねばよかったのに、全くどこまで私を苦しめるば気が済むんだか)
 失敗するとわかっていたら無理に買ったりしなかったのに……。
ジョンだって何時までも無償で私の面倒を見てくれるか分からない。
(どうにかしないと……。時間が無い)

 いつの間にか指まで噛んでいたのか、口の中に鉄の味が広がる。

****

 クロエは 伯母の家から戻ったが、まだ混乱していた。いろいろありすぎた。自分の部屋を歩き回りながら ネイサンの伯母犯人説について考える事にした。認めたくはないが他に容疑者が浮かばない。
(動機としては、やっぱりお金かな……)
あの花壇を見せられては同意せざるを得ない。でも、何故、伯母は母様と入れ替わろうと思ったんだろう。

 もし私だったら……双子石を買わずに、そのお金を使って金持ちの結婚相手を探す。伯母は三十を少し過ぎただけだ。贅沢な暮らしをしたいなら、50過ぎの相手を選べば良い。そう言う男ならもろ手を挙げて娶ってくれるだ
そう。
……否、 主導権を握られるのが 嫌なのかもしれない。結婚すれば相手だけでなく、その家族のしがらみも出てくる。だからずっと再婚しないでいるのかもしれない。でも、それは母様と入れ替わっても同じだ。
お金の管理は父様がしているから、自由に使えない。もし、父様が死んだとしても、私も居るから相続できる額は少ない。
それでも、そのお金が欲しいほど逼迫しているの?
( ……… )
 一人気ままに暮らして来たのに、大勢の人と接するのは煩わしくないんだろうか? 伯母は、いつも母様のことをバカにしていた。
自分の見た目が母様になる事に抵抗を感じないんだろうか? 
お金の為に自分を捨てる。そんな事が出来るの?あの伯母が? 
全く想像がつかない。

(ちょっと待って!)
歩みがピタリと止まる。
もし、成功していたら自分を自分で追い払う事になる。もし、死んでしまったら、自分の死体を自分の目で確認する事になる。 自分の葬式を自分でする。 そんなこと出来るものなのだろうか?
こうなると、自己とは何を指すのか、と言う事になる。肉体か魂か……。両方揃っていなかったら自己では無いのか……。だったら私は……。
(………)
駄目だ。考えが哲学的なことになって来たと、考えるのを放棄した。

こういう時は母様のところ行こう。

*****

クロエは眠っている母様を 見ているうちに昔のことを思い出して 笑ってしまった。縁とは不思議な物だ。あの時、私がこちらの世界にこなければ、今こうして母娘として居る事はなかった。

橘里華として大学に通っていた私は、
その日もいつものように次の授業を受けようと八階の教室を目指して歩いていた。

 スマホの着信音に立ち止まると、肩に掛けた大きめのトートバッグの中に手だを突っ込んで探してみたが
見つからないでいた。
バッグには教科書も、弁当も、化粧品も、 折りたたみ傘も、何でもかんでも、押し込んであるからスマホを探すのにも一苦労。 その間もコール音は続いて、早く出ろと催促している。
「ええと……どこ?」
肩から片方だけ取っ手を外して、口を大きく広げる。

 鞄を漁っているとドンと背中を押された。
「えっ?」
その衝撃にハッとすた。しかし、次の瞬間には、体が傾いて手すりを越えていた。
余りにもあっけなく落ちて しまった。
何も出来なかった。手すりに手をかけることも、叫び声をあげることも出来なかった。ただ地面が近くなって行くのを見ている事しか出来なかった。
八階からの落下。確実に死ぬ。そう覚悟した。すると、欲が出た。
私をこんな目に遭わせた犯人が知りたい。顔をみようと体をひねって仰向けになった。

次回予告
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