『双子石』とペンダント 年下だけど年上です2

あべ鈴峰

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隠されていたこと

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 クロエは ネイサンと一緒に伯母の家に向かっていた。ところが途中でネイサンが馬車を停めて欲しいと言ってきた。
「ここで停めてくれ」
伯母の家は まだ先だ。どうして?
こんな所で?
「えっ? 何か 用があるですか?」
「ああ」
クロエは言われるがまま 馬車を停めた。その場所は 道の両側が雑木林になっていて、周りに建物の ひとつもないところだった。
 (誰かと待ち合わせでもしてるの?)

 そんな疑問に、降りるのをためらっているうちに、ネイサンが さっさと馬車を降りてしました。
「あっ、ちょっと……」
声をかけたのに無視するし、なんの説明もないし、置いてきぼりにするし。 勝手な行動に腹が立って地団駄を踏む。
「もう!」
しかし、このまま一人 取り残されるのも嫌だ。渋々自分も降りると、御者に待つように指示して 既に歩き始めているネイサンの後を追う。
(早めに出発したのは、この為だったのかな)

 背の高い木が鬱蒼と生えて 下草が地面を覆い尽くしている。人が歩ける道など無い。それなのに、ものともせず進んでいく。
(どこに 行く気だろう……)
ネイサンが 通った後をなぞるように歩く。しかし、スカートが邪魔で 思うように進まない。このままでは見失ってしまう。
「ネイサン様。お待ちください!」
背中に向かって頼むと、ネイサンが足を止めた。良かった。待ってくれそうだ。見ると、ネイサンが 懐から地図を取り出して何やら熱心に見ている。 
今のうちに、草木に悪戦苦闘しながら突き進む 。やっとネイサンに追いつけた。

 何の地図なのかと覘き込むと伯母の家の付近の地図だった。
(何時の間に手に入れたんだろう)
伯母の家には御者が連れて行ってくれるんだから、地図など必要ないのに。 そんなことを考えているとネイサンが地図をたたむ。
「こっちへ行こう」
ネイサンが指差す。クロエは分かったと頷く。目的地が、はっきりしているなら迷子になることもないだろう。
何処へ案内してくれるのか楽しみだ。そう思って大人しく後をついていたが、 歩いても歩いても、まだ着かない。

 一息いれようと立ち止まると、後ろを振り返る。さっきまで見えていた街道も見えない。かなり 高いところまで来た 。こんなに登っては、ピクニックと言うより登山だ。それを裏付けるように、スカートの裾に枯葉が模様のようにへばりついている。靴底に泥が付いて重さが倍になった。それでも、まだ先がある。もう、うんざりだ。

 伯母の家に行く前に綺麗にしないと嫌味を言われる。面倒事が増えたとに軽く舌打ちする。 その後も直進するネイサンの後ろを着いていく。ここまで来たなら 最後まで行くしかない。
途中 獣道を見つけたから良かったものの、でなかったら道なき道を歩くことになっていただろう。息が苦しくなってきた。少しづつ差ができ始めた。
私がついてくると思って、一度も振り返らないで、ほったらかしのネイサンを睨み付ける。
こういうところがダメなんだ。
(そりゃ、着いていきますけど……)
気を使ったってバチは当たらないのに。心の中で愚痴る。すると、先を行っていたネイサンが立ち止まる。
着いたの? よかった。足がパンパンだ。今夜は湯船に浸かってゆっくりしよう。


 最後に小高い丘を登り切った。
ゴールだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
私は両手を膝について息を整えるのに、ネイサンは息一つ乱れてない。
悔しい。これでも鍛錬しているのに。持久力を身につける為にマラソンも取り入れないと駄目かも。主君に置いて行かれては恥だ。
「はぁ、こっ、ここで、はぁ、はぁ、なっ、何をなさる気ですか?」
「 ……… 」
私の質問に返事をせず、頻りにネイサンが地図と辺りの景色を見比べる。
ネイサンが 立ち止まった場所は、雑木林を抜けた先にある 小さな草地だっ
た。その場所は 見晴らしはいいけど、山ばかり、わざわざ登ってみる価値があるとは思えない。
それでも熱心に見ている。 何をそんなに見ているのかと隣に立って 同じ方向を向く。
クロエは 目の前に広がる景色にアレと小首を傾げる。高台から見た事など無いのに、どこか見覚えがある。

 その理を探ろうと ひとつ、ひとつ、丁寧に見ていくと、あるモノに目が止まる。それを見て分かった。
ここ伯母の家の裏庭だ。遊びに来るたびよく遊んだ場所だ。
そう思って見ているとネイサンが急に説明を始めた。
「ああ言うタイプの人間は、家の内情を表には出さないようにしている。 つまり、見えないところは手を抜くものだ」
そう言ってネイサンが顎でしゃくる。 その先を見て愕然とする。ネイサンに 言われるまで、雑草に覆われて花壇だと気づかなかった。 

 四季の花が綺麗に咲き乱れる花壇が伯母の自慢だった。客が来るたび見せびらかしていた。それが今は、荒れ放題で見る影もない
(あのマーガレット伯母が?)
俄かには信じられない。だって何人もの庭師を雇って一年中綺麗にしていたのに……。
一体 伯母の身に何が起きたの? 
言い知れぬ不安が忍び寄ってくる。
「この荒れ放題をみるに、一年や二年じゃないな」
そんなに昔から? 確かめるようにネイサンに視線を送ると頷いた。
つまり伯母は生活に困窮したから、一番 お金のかかる花壇を捨てたの?
(ああ、どうしよう……)
伯母が犯人だと言うネイサンの説が濃厚になって来た。
足下から伯母への信頼が崩壊する。



 今思えば兆しはあった。
エミリアも このところパーティーに参加してないと言っていた。それに、長年勤めた使用人が クビになったり、 自宅に人が来るのを嫌がったりするようになった。
でも、私も母様も 伯母の気まぐれと思って何とも思わなかった。
本当は、財産を食いつぶして生活していたんだ。
私たちの知っている伯母はもういない。裏で何をしていたのか想像するのも嫌だ。伯母の言葉は全て嘘だったのだ。まんまと騙された。
怒りに拳を作った。しかし、すぐに手を開く。
(ううん。違う)
騙されていたんじゃない。
私も両親も 伯母の嘘を信じたかったんだ。人は信じたいものだけ 信じる生き物だから……。

 だけど、どうやって生活費を工面していたんだろう……。
3年も前からお金がなかったら、人を辞めさせても、物を売っても、何時かは限界が来る。
ハッとして口元に手をやる。
(頻繁に 我が家に訪ねて来るのは、お金や美術品を盗むため?)
何食わぬ顔で 我が家に出入りしていた伯母を思い出して、クロエは怖さに身を震わす。
(いったい 何を信じればいいの?)
もしかして、それを母様に知られたから入れ替わろうとしたの? じゃあ、今度は秘密を知った私の番なの? 
ガタガタ震えだした自分の手を見る。そうなったら、この手で母様を殺すかもしれない。怖い。怖い。 たとえ中身は私じゃなくても、母様にとっては同じだ。
「何で……何でこんな事に……」
真実から逃れるように、その場にうずくまる。人の裏の顔を知ることは 恐ろしい。まして、肉親ともなれば そのショックは倍だ。前の世界でも 彼氏に浮気されたけど、その比じゃない。
「クロエ」
肩を掴まれてハッとして見上げると、
ネイサンが優しく微笑んでいた。その 温かな笑顔に震えが止まる。
「大丈夫。これ以上悪い事は起きない。私がついている」
「 ……… 」
「必ず、夫人もクロエも守る。約束する」
「 ……… 」
その言葉に元気づけられて立ち上がる。じっとネイサンの顔を見る。
そうだ。こうして 自分を支えてくれる人もいる。
「私のことを信じるだろう?」
「ネイサン様……」
ネイサンは 確かに信用できる相手だ。
自分の周りにいる人が全員裏の顔を持ってるわけじゃない。それに、裏庭だけで 伯母が犯人だと決めつけるのは早い。まだ私の中に 家族としての情が残っていて 信じたくないという気持ちが強い。
(もし伯母が犯人なら……)
傷つくのは 私一人じゃない。
実の妹の母の事を思うと身を切られるようだ。ずっと辛い人生を送ってきたのに、その上また……。こんなこと父様にも言えない。
「 ……… 」
だからといって目をつぶることもできない。だけど自分で解決するには、覚悟も勇気も必要だ。
その覚悟が自分にあるのか、今はまだ分からない。家族の罪を家族が暴く。考えただけで気が重くなる。だけど、
家族の中の誰かがするならば、私だろう。出来るだろうか? 

 一人悩んでいるとネイサンが私の両頬を挟んで上を向かせる。
「クロエ」
そして、身を屈めて私と視線を合わせた。 突然のことに驚いていると
「今はショックで正しい判断が出来ない。だから、真相を調べるのは私に任せれば良い」
その言葉にコクリと頷く。
他に任せにするなんて自分らしくない。だが、今の私には 真相を暴く気力が無い。ネイサンの言う通り最悪の事態に備えるための時間が必要だ
主に甘えてはイケない。

****

ネイサンは、すっかり元気のなくなってしまったクロエを見て、荒療治すぎしすぎたかと後悔する。 酷なことをしたという自覚はある。だか、家族だからという思い込みから目を覚まさせるには、仕方のないことだった。
( 私の勘が外れて欲しいと思っていたが、これで決定的になった)

物思いに耽るクロエの顔は幼いのに、大人の影が宿っている。その顔を見て、伯爵との会話を思い出した。

*次回予告
ある予感


 
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