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第6話:領主からは逃げません!(2)

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 厚い窓ガラスは粉々に砕け散った。高所から落ちる氷のように散らばっていく。きれいと思った人はぜひ触ってみて欲しい。


「領主なんとか、覚悟ーー!!」


 そう叫びながら、領主の名前さえ知らない自分に気がついた。やっぱりガッツの助言を聞いときゃよかったかな?

 ええい! ここまでくれば悩んでもしょうがない。


「お、お主は何者だ! ま、まさかワシの金を狙ってきたのか? やらんぞ! 国王にも隠してきた金じゃ!!」 


 わーい。典型的なやられ役の台詞だ。

 警備を呼んだのか、数人のガタイのいい男たちが駆けつけてくる。残念ながら細マッチョはいない。全員、例えるなら戦士のような前衛職。

 ……だったら、遠慮なく攻撃してもいいよね!


「おおおおお! この小娘がああ!!」

「おのれえ! ちょこまかと動くな……ってあれ、動いて、ない?」

「できれば受身取ってね」

 私は、男が振りかぶった拳を受け、そのまま腕を掴んで投げた。ちょっとした実験だったけれど、人間のパンチぐらいならば、痛くも痒くもない。

 それどころか、投げた男はベッドにぶつかり、そのまま眠るように気絶している。我ながら、良い場所に投げたと思う。

 他の男たちは、高価そうな壺や絵画へと投げつけた。ドラキエだって勇者には壺を割る権利があるのだから、これぐらいは問題ないでしょ。


「さあて、これでアナタ一人になりましたね。ふっふっふ……」

「こちらにはこわーいドラゴンもいますから、変なことをしないでくださいね」

「……ふふふ、我が名はガッツ。残光山を根城とする竜の王よ。そなた、我が主に手を出せば承知せぬぞ」

「ガッツ、あんたキャラ変わってない?」


 でも、効果はあったみたい。ガッツは本当にこの近くでは恐れられている竜で、誰も山には近づかない。私が山の麓へ行った時、妙に動物の姿が少なかったのもそういうことか。


「ひ、ひいいい。あのガッツ様が。何故ここに! しかもそのようなお姿で」

「ま、まあ色々とあってな。勇者様に仕えることとなったのだ。まさか……お前は勇者様のことを知らぬとは言うまいな?」

「ええ! ええ!! 世界を統べる魔王を倒すため、神が遣わせるという伝説の……」


 と、領主と目があった。腰の剣に目をやり、倒れそうになっている。この剣、ハッタリとしては使えるね。


「何とぞ、何とぞ……お許し下さい。つい魔が差しただけなのです。い、命だけは……」

「村人を操っていたのはあなたなの? ずいぶん酷いことをさせているようだけど」

「め、めっそうもございません。私は村のことを思い、産業の発展を願って……」

「すぐに術をといてね」

「はっ! わかりました!!」


 彼はあたふたと本棚を探し、一つの魔術書? を取り出した。あるページを千切ってテーブルに置かれたロウソクの炎で焼く。焼き芋を焼きたい。

 それにしても、ずいぶんと呆気なく終わっちゃったな。私としてはまったく問題ないはずなのだけど、もう少し粘ってもらいたかった。

 ……ん? 何を考えてるんだろ。私。


「これで術は解けました。やがて平常に戻るでしょう。それで私は……」

「そのことなんだけど、村の外れに小さな家を建ててくれないかしら? できるだけ可愛らしくて使いやすいものね。しばらくは食事を運んでもらえたら嬉しいかな。そのうち自炊するから」

「え、ええと。勇者様は魔王討伐に行かれるのでは?」

「も、もちろん行くんだけどね。いくら私のような最強勇者と言えど、魔王は強敵。しばらく精神統一していたいの。だからこのことは秘密ね」

「ほほう! なるほど、さすが勇者様。ではしばらく、お待ち下さい。私が手配します」


 チョロいな。でもチョロすぎる気がする。

「――ん? ご主人、あの音は何すかね? まるでたくさんの馬がこちらへ向かってきているような……」

 ほら来たよ。


「おじさん、さっきの話無しで。あ、でも村人の皆には優しくね。約束破ったらまた来るから」

「は、はひぃいいい」


 領主の館、その屋根に登ってみると、遠くから見たことのある鎧の人間たちが見えた。


「はあ、しょうがない。次の街行くわよ、次」

「うす。じゃあ、国境越えます。……けど、さっきご主人が言った家とか精神統一って……」

「まあまあ、気にしないの。色々あるのよ、勇者には」


 荷物袋にガッツを詰め込むと、館の後ろにある森へと飛び込んだ。

 領主を倒した私は、国王軍から逃げます!
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