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告解
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「こんにちは。どうされました?」
「あ! こ、こんにちは。あの……神は……どんな罪も、許してくださるのでしょうか?」
黒田さんは目を伏せ、言いにくそうにボソボソと言葉を落とす。えらく恐縮した様子の黒田さんが少しでも心穏やかになれるよう、そっと微笑みを浮かべ落ち着いたトーンで話しかけることにした。
「なにかあったんですか?」
「告解……したいのです。もう、耐えられない」
震える声に、ひどく苦しそうな表情。こんなに怯えきって……助けてあげたい――
「大丈夫ですよ。では、こちらへ」
「…………」
逞しく大きな背中にそっと手を当て、礼拝堂の奥にある、懺悔するための小部屋。告解室へと案内する。
黒田さんは手に持ったタオルをギュウギュウと絞りながら、無言で頭を下げた。
告解室は人一人が入れるだけの幅の箱のような部屋で、左右に入口がある。箱の真ん中にある一枚の壁。椅子に座ると丁度顔の辺りが細かい格子になっていて、少しだけお互いの顔が見れる。この壁を挟んで告解を行う。暗く狭い閉鎖された空間で静かに自分と向き合い罪を告白するのだ。
黒田さんは告解室へ入り、静かに座った。
「神の声に心を開いてください」
私の声かけのあと、二人で神に祈りを捧げる。
「父と子と聖霊の御名によって。アーメン」
胸の前で共に十字を切る。
「では、神のいつくしみを信じ、告白してください」
「…………」
重苦しい沈黙が続く。吐き出してしまえばラクになれるのに、なかなかその踏ん切りがつかないようだ。
「どうぞ」と促すと、黒田さんは小さく咳払いをして再び胸の前で小さく十字を切った。
「私には好きな人がいます。その人はとても美しい人で……清廉潔白な心の持ち主です。その姿を見るだけで私は……私は……」
苦痛の滲む声で、前屈みになる黒田さん。精神的に追い詰められ、肉体的にも痛みを感じているように息を吐く。見ているだけでも悲痛感を味わうくらいだ。
幼いころから馴染みのある彼がこんなにも苦悶する姿はとてもつらい。私はいつになく声のトーンを落とし、ゆっくりと話しかけた。
「大丈夫です。落ち着いて」
黒田さんは小さくコクコクと頷いた。私の声はちゃんと届いてはいるようだ。でもだからといって黒田さんの苦痛が薄まったわけではなかった。
「姿だけじゃない……声を聞くだけで、胸が熱くなるのです」
恋に苦しむ黒田さん。
私はなんとも言えない気持ちになった。この身を一途に神へと捧げ、仕えてきた私にとって恋というのは全く未知のモノだった。今までの人生の中で可愛いと思う異性はもちろんいたけれど、この道と決め神学へ進むのは個人の恋愛とはかけ離れていくということだった。
そも、私自身が抱いた感情も信仰心以上に勝るものでもなかった。
恋愛を知らない私に、黒田さんの苦しみはわからない。私が神に抱く想いもそれとは違う気がする。苦しみの中にいる黒田さんへ私のできることは話を聞き、私の持つ限り。知る限りの愛を解くことしかない。
私は合わせた両手の指を組み、静かに頷いた。
黒田さんは恐る恐る慎重に再び口を開く。
「……その閉ざされた隙のない服を剥ぎ取り、白い首筋に思い切り吸い付きたくなる……毎晩、毎晩、いやらしい妄想を描いて、己を慰めています」
黒田さんの悲痛の告解はだんだん妖しいものとなり、私は息を飲んだ。
「人を愛する事は素敵な感情です。決して罪ではない」そう解きたかった。素晴らしい恵みなのだと。
しかし、黒田さんの迫力と信じがたい言葉に圧倒され言葉が出てこない。
苦しそうに息を吐き出しながら黒田さんの告解は続いた。
「……白い肌に口付けたい。小さな胸の蕾を舌で転がしながら……隠された奥の奥を俺のモノでいっぱいにしたい……」
呼吸は止まり、息ができない。時間も空気も止まってしまったようだった。ただただ圧倒され、鼓動が胸に響き下腹部が熱くなっていく。
「泣き叫ぶ姿が見たい。喘いでいるあなたが見たい。いつもそう思っているのです」
私は驚き、その瞬間、微動だにできなかったはずの体が動き、足が椅子に当たってしまった。ガタッと大きな音が立つ。
動揺を見せてはならないはずの自分が……。
神聖な告解の場なのに、静寂を保ち心を鎮めるべき場所で、それを促すのが自分の使命であるはずなのに。
私の失態に、突然黒田さんはスクッと立ち上がった。
「あっ、黒田さん!」
慌てて呼び止めた私の声は届かず、扉が閉まり部屋から出て行ってしまう。
私としたことが、これでは神父失格。
何を言われたにせよ、相手に動揺を見せるなんて。黒田さんはあんなにも苦しそうに告白をしてくれたのに。
後悔にさいなまれていると開くはずのないこちら側の扉が開いた。目の前には黒田さんの姿。
「……あ、ご、ごめんなさいっ」
私はその場で頭を深く下げた。
「静かに聞く立場であるわた……しが、……」
放たれた扉から射し込んでいた光が遮られる。顔をあげると黒田さんの目は熱病でも患っているように虚ろだった。
黒田さんが一歩踏み出す。ドアが内側から閉められた。鍵を掛ける音。
「あ! こ、こんにちは。あの……神は……どんな罪も、許してくださるのでしょうか?」
黒田さんは目を伏せ、言いにくそうにボソボソと言葉を落とす。えらく恐縮した様子の黒田さんが少しでも心穏やかになれるよう、そっと微笑みを浮かべ落ち着いたトーンで話しかけることにした。
「なにかあったんですか?」
「告解……したいのです。もう、耐えられない」
震える声に、ひどく苦しそうな表情。こんなに怯えきって……助けてあげたい――
「大丈夫ですよ。では、こちらへ」
「…………」
逞しく大きな背中にそっと手を当て、礼拝堂の奥にある、懺悔するための小部屋。告解室へと案内する。
黒田さんは手に持ったタオルをギュウギュウと絞りながら、無言で頭を下げた。
告解室は人一人が入れるだけの幅の箱のような部屋で、左右に入口がある。箱の真ん中にある一枚の壁。椅子に座ると丁度顔の辺りが細かい格子になっていて、少しだけお互いの顔が見れる。この壁を挟んで告解を行う。暗く狭い閉鎖された空間で静かに自分と向き合い罪を告白するのだ。
黒田さんは告解室へ入り、静かに座った。
「神の声に心を開いてください」
私の声かけのあと、二人で神に祈りを捧げる。
「父と子と聖霊の御名によって。アーメン」
胸の前で共に十字を切る。
「では、神のいつくしみを信じ、告白してください」
「…………」
重苦しい沈黙が続く。吐き出してしまえばラクになれるのに、なかなかその踏ん切りがつかないようだ。
「どうぞ」と促すと、黒田さんは小さく咳払いをして再び胸の前で小さく十字を切った。
「私には好きな人がいます。その人はとても美しい人で……清廉潔白な心の持ち主です。その姿を見るだけで私は……私は……」
苦痛の滲む声で、前屈みになる黒田さん。精神的に追い詰められ、肉体的にも痛みを感じているように息を吐く。見ているだけでも悲痛感を味わうくらいだ。
幼いころから馴染みのある彼がこんなにも苦悶する姿はとてもつらい。私はいつになく声のトーンを落とし、ゆっくりと話しかけた。
「大丈夫です。落ち着いて」
黒田さんは小さくコクコクと頷いた。私の声はちゃんと届いてはいるようだ。でもだからといって黒田さんの苦痛が薄まったわけではなかった。
「姿だけじゃない……声を聞くだけで、胸が熱くなるのです」
恋に苦しむ黒田さん。
私はなんとも言えない気持ちになった。この身を一途に神へと捧げ、仕えてきた私にとって恋というのは全く未知のモノだった。今までの人生の中で可愛いと思う異性はもちろんいたけれど、この道と決め神学へ進むのは個人の恋愛とはかけ離れていくということだった。
そも、私自身が抱いた感情も信仰心以上に勝るものでもなかった。
恋愛を知らない私に、黒田さんの苦しみはわからない。私が神に抱く想いもそれとは違う気がする。苦しみの中にいる黒田さんへ私のできることは話を聞き、私の持つ限り。知る限りの愛を解くことしかない。
私は合わせた両手の指を組み、静かに頷いた。
黒田さんは恐る恐る慎重に再び口を開く。
「……その閉ざされた隙のない服を剥ぎ取り、白い首筋に思い切り吸い付きたくなる……毎晩、毎晩、いやらしい妄想を描いて、己を慰めています」
黒田さんの悲痛の告解はだんだん妖しいものとなり、私は息を飲んだ。
「人を愛する事は素敵な感情です。決して罪ではない」そう解きたかった。素晴らしい恵みなのだと。
しかし、黒田さんの迫力と信じがたい言葉に圧倒され言葉が出てこない。
苦しそうに息を吐き出しながら黒田さんの告解は続いた。
「……白い肌に口付けたい。小さな胸の蕾を舌で転がしながら……隠された奥の奥を俺のモノでいっぱいにしたい……」
呼吸は止まり、息ができない。時間も空気も止まってしまったようだった。ただただ圧倒され、鼓動が胸に響き下腹部が熱くなっていく。
「泣き叫ぶ姿が見たい。喘いでいるあなたが見たい。いつもそう思っているのです」
私は驚き、その瞬間、微動だにできなかったはずの体が動き、足が椅子に当たってしまった。ガタッと大きな音が立つ。
動揺を見せてはならないはずの自分が……。
神聖な告解の場なのに、静寂を保ち心を鎮めるべき場所で、それを促すのが自分の使命であるはずなのに。
私の失態に、突然黒田さんはスクッと立ち上がった。
「あっ、黒田さん!」
慌てて呼び止めた私の声は届かず、扉が閉まり部屋から出て行ってしまう。
私としたことが、これでは神父失格。
何を言われたにせよ、相手に動揺を見せるなんて。黒田さんはあんなにも苦しそうに告白をしてくれたのに。
後悔にさいなまれていると開くはずのないこちら側の扉が開いた。目の前には黒田さんの姿。
「……あ、ご、ごめんなさいっ」
私はその場で頭を深く下げた。
「静かに聞く立場であるわた……しが、……」
放たれた扉から射し込んでいた光が遮られる。顔をあげると黒田さんの目は熱病でも患っているように虚ろだった。
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