上 下
2 / 9

告解

しおりを挟む
「こんにちは。どうされました?」
「あ! こ、こんにちは。あの……神は……どんな罪も、許してくださるのでしょうか?」

 黒田さんは目を伏せ、言いにくそうにボソボソと言葉を落とす。えらく恐縮した様子の黒田さんが少しでも心穏やかになれるよう、そっと微笑みを浮かべ落ち着いたトーンで話しかけることにした。

「なにかあったんですか?」
「告解……したいのです。もう、耐えられない」

 震える声に、ひどく苦しそうな表情。こんなに怯えきって……助けてあげたい――

「大丈夫ですよ。では、こちらへ」
「…………」

 逞しく大きな背中にそっと手を当て、礼拝堂の奥にある、懺悔するための小部屋。告解室へと案内する。
 黒田さんは手に持ったタオルをギュウギュウと絞りながら、無言で頭を下げた。

 告解室は人一人が入れるだけの幅の箱のような部屋で、左右に入口がある。箱の真ん中にある一枚の壁。椅子に座ると丁度顔の辺りが細かい格子になっていて、少しだけお互いの顔が見れる。この壁を挟んで告解を行う。暗く狭い閉鎖された空間で静かに自分と向き合い罪を告白するのだ。

 黒田さんは告解室へ入り、静かに座った。

「神の声に心を開いてください」

 私の声かけのあと、二人で神に祈りを捧げる。

「父と子と聖霊の御名によって。アーメン」

 胸の前で共に十字を切る。

「では、神のいつくしみを信じ、告白してください」

「…………」

 重苦しい沈黙が続く。吐き出してしまえばラクになれるのに、なかなかその踏ん切りがつかないようだ。

「どうぞ」と促すと、黒田さんは小さく咳払いをして再び胸の前で小さく十字を切った。

「私には好きな人がいます。その人はとても美しい人で……清廉潔白な心の持ち主です。その姿を見るだけで私は……私は……」

 苦痛の滲む声で、前屈みになる黒田さん。精神的に追い詰められ、肉体的にも痛みを感じているように息を吐く。見ているだけでも悲痛感を味わうくらいだ。
 幼いころから馴染みのある彼がこんなにも苦悶する姿はとてもつらい。私はいつになく声のトーンを落とし、ゆっくりと話しかけた。

「大丈夫です。落ち着いて」

 黒田さんは小さくコクコクと頷いた。私の声はちゃんと届いてはいるようだ。でもだからといって黒田さんの苦痛が薄まったわけではなかった。

「姿だけじゃない……声を聞くだけで、胸が熱くなるのです」

 恋に苦しむ黒田さん。

 私はなんとも言えない気持ちになった。この身を一途に神へと捧げ、仕えてきた私にとって恋というのは全く未知のモノだった。今までの人生の中で可愛いと思う異性はもちろんいたけれど、この道と決め神学へ進むのは個人の恋愛とはかけ離れていくということだった。
 そも、私自身が抱いた感情も信仰心以上に勝るものでもなかった。

 恋愛を知らない私に、黒田さんの苦しみはわからない。私が神に抱く想いもそれとは違う気がする。苦しみの中にいる黒田さんへ私のできることは話を聞き、私の持つ限り。知る限りの愛を解くことしかない。

 私は合わせた両手の指を組み、静かに頷いた。

 黒田さんは恐る恐る慎重に再び口を開く。

「……その閉ざされた隙のない服を剥ぎ取り、白い首筋に思い切り吸い付きたくなる……毎晩、毎晩、いやらしい妄想を描いて、己を慰めています」

 黒田さんの悲痛の告解はだんだん妖しいものとなり、私は息を飲んだ。

「人を愛する事は素敵な感情です。決して罪ではない」そう解きたかった。素晴らしい恵みなのだと。

 しかし、黒田さんの迫力と信じがたい言葉に圧倒され言葉が出てこない。

 苦しそうに息を吐き出しながら黒田さんの告解は続いた。

「……白い肌に口付けたい。小さな胸の蕾を舌で転がしながら……隠された奥の奥を俺のモノでいっぱいにしたい……」

 呼吸は止まり、息ができない。時間も空気も止まってしまったようだった。ただただ圧倒され、鼓動が胸に響き下腹部が熱くなっていく。


「泣き叫ぶ姿が見たい。喘いでいるあなたが見たい。いつもそう思っているのです」

 私は驚き、その瞬間、微動だにできなかったはずの体が動き、足が椅子に当たってしまった。ガタッと大きな音が立つ。

 動揺を見せてはならないはずの自分が……。

 神聖な告解の場なのに、静寂を保ち心を鎮めるべき場所で、それを促すのが自分の使命であるはずなのに。
 私の失態に、突然黒田さんはスクッと立ち上がった。

「あっ、黒田さん!」

 慌てて呼び止めた私の声は届かず、扉が閉まり部屋から出て行ってしまう。

 私としたことが、これでは神父失格。
 何を言われたにせよ、相手に動揺を見せるなんて。黒田さんはあんなにも苦しそうに告白をしてくれたのに。

 後悔にさいなまれていると開くはずのないこちら側の扉が開いた。目の前には黒田さんの姿。

「……あ、ご、ごめんなさいっ」

 私はその場で頭を深く下げた。

「静かに聞く立場であるわた……しが、……」

 放たれた扉から射し込んでいた光が遮られる。顔をあげると黒田さんの目は熱病でも患っているように虚ろだった。

 黒田さんが一歩踏み出す。ドアが内側から閉められた。鍵を掛ける音。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる

すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。 第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」 一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。 2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。 第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」 獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。 第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」 幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。 だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。 獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。

とわに

空居アオ
BL
★高位ヴァンパイアと人間の間に生まれたダンピール。人間のふりをして、あてどなく旅を続ける魔物は、とある町で一人の神父に出会う。わけもなく強烈なまでに惹きつけられ、獲物にしようと心に決めるも、神父のほうにも人には言えない秘密があった。 ――これは、血を与えるものと、与えられるものの、出会いの物語。 ★過去に2次創作のパロディとして自サイトに上げていたものをオリジナルに書き直しました。ダンピール、ヴァンパイアについての解釈は捏造要素有。登場人物の性質上、若干の流血表現も有。キス以上の要素はありませんので、そういったものをお求めの方はご注意ください。

隠れSな攻めの短編集

あかさたな!
BL
こちら全話独立、オトナな短編集です。 1話1話完結しています。 いきなりオトナな内容に入るのでご注意を。 今回はソフトからドがつくくらいのSまで、いろんなタイプの攻めがみられる短編集です!隠れSとか、メガネSとか、年下Sとか…⁉︎ 【お仕置きで奥の処女をもらう参謀】【口の中をいじめる歯医者】 【独占欲で使用人をいじめる王様】 【無自覚Sがトイレを我慢させる】 【召喚された勇者は魔術師の性癖(ケモ耳)に巻き込まれる】 【勝手にイくことを許さない許嫁】 【胸の敏感なところだけでいかせたいいじめっ子】 【自称Sをしばく女装っ子の部下】 【魔王を公開処刑する勇者】 【酔うとエスになるカテキョ】 【虎視眈々と下剋上を狙うヴァンパイアの眷属】 【貴族坊ちゃんの弱みを握った庶民】 【主人を調教する奴隷】 2022/04/15を持って、こちらの短編集は完結とさせていただきます。 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 前作に ・年下攻め ・いじわるな溺愛攻め ・下剋上っぽい関係 短編集も完結してるで、プロフィールからぜひ!

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

真夜中の秘め事

弥生
BL
夜の9時には眠くなってしまい、朝まで起きることがない少年。 眠った後に何が起きているかは、部屋の隅の姿見の鏡だけが知っていて……? 透明な何かに犯されるだけのどすけべなお話です。倫理観はありません。ご注意ください。 R18です。

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

君の全てが……

Guidepost
BL
『香月 蓮』には誰にも言えない秘密があった。 それは、長袖の下に隠されている腕や手首にある傷。 彼には、全く自傷行為をするつもりはないし自殺願望も、なにもかも嫌だと鬱になる気持ちも基本的にないものの……。 ある日、『香月 蓮』は同じ大学に通う『秋尾 柾』と知り合った。 そして彼に、その傷を見られてしまい── * この物語には自傷行為・流血表現等が少々ですがありますので、苦手な方はご注意ください。 (R指定の話には話数の後に※印)

神父は傭兵に弄ばれる

彩月野生
BL
傭兵の集団に弄ばれる神父。

処理中です...